NATROMのブログ

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輸血拒否した両親・親権停止が男児の命を救った

10歳の少年が事故にあって救急病院に搬送されたものの、両親が熱心なエホバの証人であったため輸血を拒否し、最終的に少年が亡くなるという事件*1がかつてあった。十分に情報提供された成人が宗教上の理由で輸血を拒否する権利はあるし、また、子供がどのような医療を受けるかについては、原則として親権を持つものが選択・決定するというのもわかる。しかしながら、医学的にあるいは社会通念上、あまりにも常識から外れた決定を親が行った場合、社会が介入して子の生命を守るべきだ。今回、1歳の男児に対して輸血を拒否した両親の親権を一時停止することで輸血が行われた例が報道された。


■即日審判で父母の親権停止 家裁、息子への治療拒否で(47NEWS)


 東日本で2008年夏、消化管内の大量出血で重体となった1歳男児への輸血を拒んだ両親について、親権を一時的に停止するよう求めた児童相談所(児相)の保全処分請求を家庭裁判所がわずか半日で認め、男児が救命されていたことが14日、分かった。
 子供の治療には通常、親の同意が必要で、主治医は緊急輸血が必要だと両親を再三説得したが「宗教上の理由」として拒否された。病院から通報を受けた児相は、児童虐待の一種である「医療ネグレクト」と判断した。
 医療ネグレクトに対しては過去に1週間程度で親権停止が認められた例があるが、即日審判は異例のスピード。児相と病院、家裁が連携して法的手続きを進め、一刻を争う治療につなげたケースとして注目される。
 関係者によると、当時1歳だった男児は吐き気などを訴えてショック状態となり、何らかの原因による消化管からの大量出血と診断された。
 病院は「生命の危険がある」と児相に通告。児相はすぐに必要書類をそろえて翌日昼、両親の親権喪失宣告を申し立てるとともに、それまでの緊急措置として親権者の職務執行停止(親権停止)の保全処分を求めた。

西日本新聞にも同様の記事→■即日審判で父母の親権停止 家裁、息子への治療拒否で。病院、児童相談所、家庭裁判所それぞれがすばやく連携できたため、男児の命が救われた。素晴らしい。海外では似たような事例を聞くが、日本では私の知る限りははじめて。Web版では省略されたようだが、西日本新聞の紙面(2009年3月15日朝刊)では、より詳しい解説がついていた。



日本には親の治療拒否に対する特別な制度がなく、現行法では親権を取り上げる「親権喪失宣告」と、その結論が出るまでの間、親権を停止する保全処分を請求するしかない。だが一時的でも親権停止すれば戸籍に記録され、親子関係を壊しかねないなどの懸念があり、児相の現場は慎重にならざるを得ない。請求に至るのはまれだ。
今回の男児を治療した病院と児相は普段から頻繁に連絡を取り合い、子供の命を最優先に対応する連携態勢が地域に培われていた。そうした取り組みが迅速な対応につながった意義は大きい。
ただこの方法は、親権はく奪までは意図せず、一時的な処分を求め、その間に治療しようといういわば”苦肉の策だ”

今回の例では、「男児は命を取り留め、その後請求取り下げで親権を回復した両親の元で順調に育っているという」とある。解説にもあるように、親権の停止といった強い処分については慎重に運用すべきである。今回は、輸血を行わないことで男児の命が危険にさらされていたと判断されたわけであるから、一時的な親権停止は妥当だっただろう。

今後も、輸血拒否に限らず、標準的な医療を拒否する親が出てくることが予想される。骨髄移植を拒否する千島学説支持者や、ステロイドを拒否するホメオパシー支持者など。どの時点から介入するかは難しい問題であるが、今回の例にならい、子の生命が危険にさらされているときには同様の介入を行うべきだと私は考える。


*1:詳細を知りたい方は「川崎事件 エホバ」などで検索せよ