ハードボイルドオタが非ハードボイルドオタの彼女にハードボイルド世界を軽く紹介するための10本

 参考:アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本

まあ、どのくらいの数のハードボイルドオタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、「ハードボイルドにはまったく興味ないんだが、しかし自分のハードボイルド趣味を肯定的に黙認してくれて、その上で全く知らないハードボイルドの世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、ハードボイルドのことを紹介するために読ませるべき10本を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女にハードボイルドを布教するのではなく相互のコミュニケーションの入口として)



あと、いくらハードボイルド的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。
島田荘司が『こころ』は本格ミステリだと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は

ハードボイルド知識はいわゆる「新本格」的なものを除けば、小鷹信光がフランス書院で訳していた『女教師』程度は読んでいる
サブカル度も低いが、頭はけっこう良い

という条件で。
まずは俺的に。出した順番は実質的には意味がない。


さらば愛しき女よ((レイモンド・チャンドラー)

まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「チャンドラー以前」を濃縮しきっていて、「チャンドラー以後」を決定づけたという点では外せないんだよなあ。長さも300ページ前後だし。
ただ、ここでハードボイルドトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならずキザになりすぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、ハードボイルド側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。

裁くのは俺だ(ミッキー・スピレイン)、ガールハンター (ミッキー・スピレイン)

アレって典型的な「ハードボイルドが考える一般人に受け入れられそうな小説(そうハードボイルドが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのものという意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「ハードボイルドとしてはこの二つは“人殺し小説”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。

重力が衰える時(ジョージ・A・エフィンジャー)

ある種のSFオタが持ってる未来への憧憬と、エフィンジャーのSF的な考証へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも小梅けいとな
「童貞的なださカッコよさ」を体現するマリード
「異国的に好みな似非日本人女」を体現するタミコ
の二人をはじめとして、オタ好きのする設定をブーダインにちりばめているのが、紹介してみたい理由。

リンゴォ・キッドの休日(矢作俊彦)

たぶんこれを見た彼女は「はぐれ刑事・純情派だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の作品がその後続いていないこと、これがヨコハマでは大人気になったこと、ヨコハマなら実写テレビドラマになって、それが駐屯基地の外人に「キル・ザ・ジャップ」されてもおかしくはなさそうなのに、日本国内でこういうのがつくられないこと、なんかを横山秀夫のような警察組織オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。

愚か者死すべし(原籙)

「やっぱりハードボイルドは内藤陳のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「不夜城」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかける原の思いが好きだから。
断腸の思いで伸ばしに伸ばしてそれでも発表するまでに9年、っていう尺が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、その「伸ばす」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
発売するまでの長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう伸ばせないだろうとは思うけれど、一方でこれが赤川次郎や西村京太郎だったらきっちり1ヶ月で書いてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて9年間かけてしまう、というあたり、どうしても「自分の物語を形作ってきたものを完璧にしていきたいオタク」としては、たとえ原がそういうキャラでなかったとしても、親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。

シカゴ・ブルース(フレドリック・ブラウン)

今の若年層でエド・ハンターシリーズ読んだことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
『火星人ゴーホーム』よりも前の段階で、ブラウンのニヒリズムとか物語のプロットとかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、こういうクオリティの作品がハードボイルドでこの時代にかかっていたんだよ、というのは、別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなくハードボイルド好きとしては不思議に誇らしいし、いわゆる短編でしかブラウンを知らない彼女には読ませてあげたいなと思う。

さむけ(ロス・マクドナルド)

ロスマクの「目」あるいは「メタづくり」をハードボイルドオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「終わらない聞き込みを毎日繰り返す」的な感覚が探偵には共通してあるのかなということを感じていて、だからこそ法月綸太郎「悲劇三部作」は後期クイーン問題以外ではあり得なかったとも思う。
「祝祭化した事件を生きる」という探偵の感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「探偵の気分」の源はロス・マクドナルドにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(村上春樹)

これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういうジュベナイル小説風味の世界の終りをハードボイルドとこういうかたちで対比して、それが非ハードボイルドオタに受け入れられるか、気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。

涼宮ハルヒの憂鬱(石原立也監督)

9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にハルヒを選んだ。
チャンドラーから始まってハルヒで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、ニコ動以降の主人公がボヤいて、視聴者がつっこむアニメ時代の先駆けとなった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら教えてください。

「駄目だこの固ゆでは。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。
こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。