ビートたけしとフライデー事件(2)


■事件の幕開け


「俺だよ、ビートたけしだよ。お前ら今日俺の姉ちゃんの所へ行っただろう。殴る蹴るの暴行をしてくれたそうだな。取材に行った記者を出せ!」
12月8日深夜、「フライデー」編集部の電話が鳴り、たけしの怒声が響いた。


その日の昼1時ごろ、石垣はたけしの愛人であるA子が通学していた専門学校前路上で、登校して来たA子に取材、これを拒否されたため、彼女を押さえつけるなどの暴行を加え、軽傷を負わせていた。
夕方6時ごろ、たけしは番組収録中にA子からの電話で「フライデーの記者が学校前に張っていて、喉元にマイクを突きつけたりし、断ると私を車に押しつけてきたので、腰を打った。その記者は校内にも入ってきて、私を校内放送で呼び出したりもするので、自宅に逃げ帰った」などと暴行などの状況を伝えられる。
さらに午後7時過ぎ、石垣は、A子のマンションに赴き、A子の母に面会を求めたが拒否されるとインターホンを通して、大声で「娘がたけしと5年間も愛人生活を送っていることをどう思っているのか。お前の娘が売春婦まがいのことをしているのを知っているのか」などと叫ぶ。


午後10時過ぎからたけしはマネージャーらとともに「北の屋」で酒を飲んだあと、翌9日午前2時頃、自宅に帰り、A子に電話で、記者が彼女の自宅前まで来て侮辱したことを聞き憤慨、直後、「フライデー」編集部に冒頭の電話をかける。
すでに取材の失敗を石垣本人から報告を受けていた増子は「記者を出せ!」との要求に担当記者は不在であると返答するが、たけしの怒りは収まらず「ぶっ殺してやる、お前ら皆やってやるからな! 俺のところへ記者をよこせ! 名前はなんていうんだ?」と問い詰める。
増子は取材の責任は全て自分にあり、記者の名前は教えられないと答えると「10分後に電話をよこせ!」とたけし、電話を切る。
たけしは電話直後、たけし軍団セピアのキドカラー大道に連絡し、軍団を集めておくよう指示。
約10分後、たけし、フライデー編集部に2度目の電話。再び増子が応対する。
この会話は何らかの事態が起こることを予測したフライデー編集部によって録音されている。

増子 「まだ、つかまんないですよ」
たけし「ふざけたことぬかすなよ、こらー、増子だ、本名だろうな?」
増子 「本名ですよ」
たけし「そうか、お前、女房、子供いるだろうな」
増子 「いや、いませんや」
たけし「家族がいるのか?」
増子 「家族はいますよ」
たけし「お前、お前がそれなら、本名だろうな、てめい」
増子 「そうですよ」
たけし「お−、そうかい。それじゃあ、その記者呼び出せよ、お前、てめいのところで使ってるだろう、フリーで」
増子 「えー」
たけし「あん、なんっていうやつだ、それ?」
増子 「私が取材に関して責任を持っていますから」
たけし「あん、責任持ってるなんて、誰なんだよ、だから」
増子 「増子ですよ、私です」
たけし「だから、フリーのライターって誰なんだよ」
増子 「私の指示で動いている人間です」
たけし「あーそうか、じゃ今からこいや、おめい、さっき来るといったろう。あー待ってるからこいよ」
増子 「よっぱらてるとしか思えないですね」
たけし「思えねー、てめいのかんぐりだろう、てめいら勝手にやっているんだろうよ、来いよお前、勇気がねいのかよ、てめいは、あーん」
増子 「勇気の問題…?」
たけし「勇気ねいのか、じゃ、よくそんな商売やってんな、てめいこの野郎。いじきたない商売やりやがってこの野郎。よく一丁前にそんなこと言ってらんな、おめい、はずかしくねいか、てめいのやってることはよ」
増子 「はずかしくないですよ」
たけし「はずかしくないのか、ずうずうしいなてめいは、くず、うーん、そんなこといってよく生きていけると思うなよ、この野郎、いいか、てめい俺だってな、普通の男じゃねいからよ、呪い殺してやるからな。笑わせるなよ、お前、笑ってんなよ、いいかてめいの親だ、なんだって、かたわになったら絶対俺のせいだと思っておけよ、いいか根性きめてやってやるからな、いいか、来いよ、今から」
増子 「いや、明日TBSに来いという話じゃなかったですか?」
たけし「今からの方がいい」
増子 「えー」
たけし「今から、今そこにいるのか? 俺いってやろうか?」
増子 「今ここにいますよ」
たけし「うん、どこだよ、住所教えー」
増子 「えー講談社の文京区の音羽ですよ」
たけし「逃げんなよお前」
増子 「逃げませんよ」
たけし「警察呼んでおくな。警察呼んでおくなよ、お前。どうなんだよ、音羽のどこだよ」
増子 「音羽2-12-21です」
たけし「2-12-21、いいか、警察呼んでおくなよ」
増子 「えー」
たけし「あーよくわかった、今から行くからな」
増子 「わかりました」
たけし「逃げんなよ」
増子 「はい」
たけし「増子だな」
増子 「えー」
たけし「守衛によく言っておけよ」
増子 「わかりました」

見事なまでに「酔った」たけしと「醒めている」増子の対比が現れている。
会話はまったく噛み合っていない。
執拗に担当記者の名前を聞き出そうとするたけしに、増子は石垣の名を決して明かそうとしない。
これは、上司としての責任感というよりも、石垣を内密に雇っていたことを知られるのを恐れてのことだろう。
対応はどこまでも事務的であり、たけしのイライラが増していく。
「じゃ今からこい」という事情説明に来いという要求から「俺いってやろうか?」と編集部乱入を決意するに至ってしまうのもこのためだ。
この会話を聞く限り、電話の前までは編集部に殴りこむことまでは考えてはいなかったことが窺える。
しかし、キドカラー大道らからの連絡で軍団11名がたけしの自宅に集結した。
もう後には戻れなかった。
                               (つづく)