聖書の一番短い節は?Twitter @MarkWatermanPhD より
Twitterで出した質問だが答が長くなりそうなのでブログにした。そもそも、こんな質問は馬鹿げていて何の役に立つかはわからん。しかし、昔から言われている笑い話だが、一つだけ役に立つことがあるらしい。
もし、あなたが、あるいはあなたのお子さんか誰か関係者が、教会あるいは教会学校でおかしな先生から(おかしくないかもしれないが)来週までに聖書からどこでも好きな一節を暗記してきなさいと言われたら、一番簡単でお手軽な一節である。同時に、覚えてもほとんど意味のない節ではあるが、前後を理解しているなら無駄ではないだろう。
下の答はいささか長いが結論を先に言えば、ヨハネ伝11章35節ルカ伝20章30節である。
英訳の聖書で見ると斜線で消したヨハネ伝11章35節はKing Jamesなどほとんどの訳が "Jesus wept" であり、確かに短い。私の愛用するNRSVでは "Jesus began to weep" だが、原文は "ἐδάκρυσεν ὁ Ἰησοῦς" であるから、どちらも理に適った訳ではある。日本語訳では、例えば新共同訳「イエスは涙を流された」だが、「涙」とするのは文語訳以来の日本語訳の伝統であろうか。私にはわからない。
私がこの設問をしたときに「何語の訳ですか、原語ですか」などとグダグダ言うな、すっきり答えてみろと言ったが、確かに訳によってはもっと短くなる可能性はある。日本語や英語でもそうだ。人によっては、第一テサロニケ5章17節を上げるだろう。例えば新共同訳なら8文字「絶えず祈りなさい」だから10文字の「イエスは涙を流された」より短いのである。英訳でもNIVなら "Pray continually" だから確かに短い。
なるほど。ならば、どっこいどっこいなのであろうか。では、原語で比べてみよう。こちらは "ἀδιαλείπτως προσεύχεσθε" であるが、やはりどっこいどっこいかな。今までは原語と称して編集の手が加わったアクセント付小文字で表したが、古代の写本なら大文字だけだ。しかも単語と単語の間に境目はない。比べ易いので比べてみる。
ヨハネ伝11:35
ΕΔΑΚΡΥΣΕΝΟΙΗΣΟΥΣ
1テサロニケ5:17
ΑΔΙΑΛΕΙΠΤΩΣΠΡΟΣΕΥΧΕΣΘΕ
勝負あったかな。しかも前者だが "ΙΗΣΟΥΣ" の部分、すなわちイエスの名前は二文字で実際は "ΙΣ" と記されるから更に短くなる。ただし、"Σ" は別の書体 "C" が一般的。
また、"ἐδάκρυσεν ὁ Ἰησοῦς" は三つの単語であるが、真ん中にある冠詞 "ὁ" はなくてもいい。確かにギリシア語では固有名詞に冠詞が付くのが普通であるが、なくても間違いではないのであるから、これも取ってしまえばもっと短くなる。
しかし、みんな負けた。(余も見逃してた。データベースに検索掛けて発見。)
ルカ伝20:30
ΚΑΙΟΔΕΝΤΕΡΟΣ
なるほど、短いわ。NIVの英訳ならThe secondだし、新共同訳は「次男」の二文字だけ。
しかし、待てよ、King James を見ると "And the second took her to wife, and he died childless" と書いてあるじゃないか。それに日本語訳だって口語訳は「そして次男、三男と、次々に、その女をめとり」じゃないか。いったい、どうなってるんだ、聖書学者?!
お答えします。底本が違います。どれを真正の(元々の)テキストとするかによって立場が変わるのです。まあ、近年ははシナイ写本、バチカン写本などを底本とするのが優勢になり King James や口語訳が元としたアレクサンドリア写本やワシントン写本の系列は劣勢となったのじゃ。(古さでいえばアレクサンドリア写本も古いんやでぇ。)
ともかく、現在の聖書学者多数に従ったギリシア語底本でいえば、一番短いのはルカ伝20章30節じゃ。伝統のヨハネ伝11章35節は敗退するわ。がっくり、_l ̄l○、(しかし、マジ、実際の写本での「イエス」は二文字だからヨハネ伝とルカ伝の最短節は同じ12文字で同点という屁理屈も成り立つ。)
結論:ルカ伝20章30節が一番短い。しかし、それを知っても何の役にも立たない。それが聖書学。∴聖書学者は貧乏。