長い裁判が今日で事実上終わった。判決が出て、私は感無量の気分でいる。昨夜、布団に入って眠るとき、明日の判決を前に
本村洋はどうしているだろうかと天井を見ながら思った。ブログは光市母子殺害事件と大きな関わりを持っている。自慢でも自惚れでも何でもなく、事実としてネットの中でのブログと本件裁判との強い
結びつきは切っても切れないもので、2年前に
最初の記事を上げたときからそれは始まった。3年半公開を続けているブログにおいて、最も多くアクセスを受けたのが2年前の4/18の記事である。この記事は本当に反響が大きく、特に死刑廃止論者のネット左翼から徹底的な罵倒と糾弾の標的にされ、それは現在でもずっと続いている。裁判が終わったこれから先も続くだろう。印象としては、最高裁が差し戻し判決を出した2年前から、この問題について異常に関心が高まり、特にマスコミよりもネットの中で議論が沸騰して、そのネットでのブームを追いかけるようにマスコミが事件と裁判を報道するようになった。
そして事件と裁判について多くの者がネットの中で語ってきたが、私には心に響くものは無かった。薄っぺらな護憲左翼による脊髄反射的な死刑廃止論の反復か、ネット右翼による人権派市民叩きのための事件と裁判の政治利用の咆哮ばかりの言論砂漠。正義とは何かを正面から論じて人を感動させるものは一つも無かった。本村洋は判決後に、「信じていたこの国の正義が実現された」と言い、確かにそのとおりだが、今度の判決で裁判所が示した正義を正面から受け止める人間がどれだけいるだろう。少なくともネットの中には多くない。お祭り騒ぎのネット右翼は別にして、ブログ左翼は必ず
安田好弘の反論に依拠して判決を誹謗する発言をして、万年一日の死刑廃止論を狂騒し続けることだろう。本村洋を貶める材料を懸命に探し、例によってカリスマ否定論をヒステリックに喚き散らすことだろう。本村洋の活躍によって、犯罪被害者の権利は画期的に拡充することになり、特に司法の場における犯罪被害者の立場は従来とは一変した。
本村洋の名前は大学の刑法と高校の政経の教科書に残るだろう。被害者が裁判に参加する権利、法廷での意見陳述権を確立したのは本村洋の奔走による。しかし人権派左翼はその意義を全く認めようとせず、狭猥で空疎な死刑廃止論の立場から本村洋を蛇蝎のごとく嫌悪し、本村洋の功績を正当に評価しようとするブログの言論に唾を吐いた。光市母子殺害事件をめぐる裁判と言論の過程を通じて、日本における死刑廃止論は、常識でも、正論でも、理想でもなく、遂にマスコミから「イデオロギー」のレッテルを貼られる特殊思想の範疇へと転化して行く。それは、安田好弘の非常識な妄動とネット左翼の軽薄な言論がそうさせたと言っていい。人権派左翼ブログの中で安田好弘を批判しようとする者が一人も出なかった。ブログ左翼は全員が安田好弘の倒錯した弁護活動を擁護し、死刑廃止を鼓吹して安田好弘に声援を送っていた。裁判は勝ち負けだから、安田好弘が勝つか本村洋が勝つかどちらかである。判決は死刑廃止イデオロギーの敗北を意味する。
死刑廃止派のブログ左翼は私の主張を「俗情への迎合」だと中傷して非難を浴びせた。本村洋の裁判の勝利は死刑廃止派の敗北をも意味する。裁判に敗北した福田孝行が残りの生で自己の犯した罪と向かい合わなくてはいけないように、日本の死刑廃止派左翼は自らのイデオロギーの内にある思想的要素と対峙しなくてはいけない。その要素とは、脱正義・脱倫理・脱規範・脱責任の思想性である。それを合理化し正当化している理屈と気分が80年代以降の脱構築主義である。その理屈と気分は、安田好弘と福田孝行との関係に典型的にあらわれている。いわゆる人権派弁護士の正義の倫理の観念の不在に象徴的にあらわされている。福田孝行は最後まで犯行について反省しなかった。福田孝行が反省しなかったのは、安田好弘が福田孝行を反省へと導かなかったからだ。「少年は反省している」という安田好弘の言葉は嘘だった。人権派弁護士たちが福田孝行の耳元で言ったのは、「無期にしてやるから我々の言うとおりに協力せよ」だったに違いないのだ。騙したのだ。
反省をしなければいけないのは、福田孝行以上に安田好弘や
足立修一なのである。今度の判決が厳しい言葉で貫かれているのは、そのメッセージは福田孝行ではなく安田好弘や足立修一に対して向けられているのだ。われわれはそれを読み取らなくてはいけない。福田孝行の裁判は事実上終わった。福田孝行は広島の刑場で絞首刑になる。例の「ドラえもん」の話が出たとき、本村洋は安田好弘に怒って言った。「
このまま少年が嘘をついたまま裁判で負けて死刑になったとき、弁護団はこの少年の人生をどう意味づけするのか」。そのとおりだ。福田孝行は安田好弘と足立修一のイデオロギー宣伝の道具にされただけであり、そのイデオロギー戦も無残な敗北に終わり、安田好弘と足立修一は局地戦の一時撤退で済むが、福田孝行は絞首台に吊るされて惨めに人生を終わるのである。福田孝行の人生は何だったのか。福田孝行の人生の意味を不毛化した安田好弘の責任はないのか。きっと、これから最高裁での上告審までの間に問題が起こる。福田孝行による安田好弘への反逆があるだろう。
上告は無意味だ。それに意味があるのは安田好弘と人権派弁護士だけだ。福田孝行には意味はない。死刑廃止のイデオロギー宣伝に道具利用されて延命の時間を延ばすだけだ。殺意はなかった、計画はしていなかった、復活の儀式だったと、それをまだ言い続けるのか。その立場を続けるのか。福田孝行は、罪を認め、差し戻し控訴審で荒唐無稽な作り話をして嘘を言った事実を認めなくてはいけない。なぜ法廷で嘘をついたのか、弁護団とのやり取りの経緯も含めて証言しなくてはいけない。真実を人前で言って反省しなくてはいけない。そうしなければ福田孝行の生は全く無意味で無価値なものになる。反省すれば、罪と向き合えば、死刑を自然に受け入れることになる。人間としての自分を生かすことは、安田好弘の法廷闘争に従って上告審まで付き合うことではないと知るはずだ。それをやることは本村洋や殺した二人に対する謝罪や反省の意思表明にはならない。素直に判決を受け入れ、弁護士を解任して上告を断念することだ。その上で本村洋に手紙を出すことだ。そうすれば、本村洋は反省を受け入れるだろう。
残された時間で人生を有意味なものにするにはそれしかない。ネットのショボい小さな世界だが、本村洋と一緒に戦ってきた。そして勝った。この勝利は格別なものだ。「ニュースステーション」のあのときの感動を忘れない。