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2016年6月17日 (金)

旧安保条約(密約)から日米安保は密約だらけ。知らないことだらけ。

 日本というのは、なんとウソで固められた社会であることよ。戦後の虚構の始まりは、旧安保条約(密約)の署名から始まる。

吉田ひとりで安保条約に署名 帰ってきた日本(17)
日米外交60年の瞬間 特別編集委員・伊奈久喜

  1951年9月8日は、吉田茂首席全権にとって忙しい日だった。午前中にサンフランシスコのオペラハウスで条約に署名し、午後5時(日本時間9日午前9 時)からサンフランシスコの第6軍司令部プレシディオ(将校集会所<注あり>)で日米安全保障条約に署名した。

 旧安保条約署名の舞台プレシディオについて、説明がある。

 9月10日付日経1面「ニュースダイジェスト」からとして、

 ▽…日米安全保障条約調印の地プレシディオはサンフランシスコ市の北西部にあり、現在第六軍司令部の所在地であるとともに公園として一般市民に開放されている。
 ▽…プレシディオはスペイン語で要さいまたは守備隊の駐留地を意味する言葉であったのが固有名詞に転化したもの。事実同地は1775年スペインの支配下にあったころ、時のメキシコ総督によって開設された歴史をもつ。
 ▽…調印式場に充てられた兵士クラブは36万ドルの建築費を投じて建てられた」近代的建築で、米、豪州、ニュージーランド3国間の太平洋安全保障条約の調印も1日ここで行われている。

 つまり、旧安保条約は米軍施設署名されている。後ほどの動画に出てくるが、旧安保条約は米軍と締結したというのに符合する。米、豪州、ニュージーランド3国間の太平洋安全保障条約も、同じく米国ではなく、米軍と豪州、ニュージーランドの締結と言える。ま、豪州とニュージーランドも軍部が締結したのかもしれないが。

 
 外務省条約局長だった西村熊雄は、7日夜の会議が終わり、午後11時近くに 議場を出ようとすると、GHQ外交局長だったシーボルト大使から呼び止められ、「8日午後5時にプレシディオで安保条約署名式」と通告され、深夜だったが、吉田が宿泊していたスコット邸に西村は赴き、これを伝えた。講和条約への署名が8日の昼前とされていたから、午後5時はそれから5時間後である。

 とのことで、旧安保条約署名は予定外の突然の出来事だったとされているが、

 

 豊下楢彦氏の分析は違う。

豊下楢彦「安保条約の成立」~吉田外交と天皇外交

 ところが、当のダレスさえも驚いたように、吉田はアメリカに対する交渉カードを一切切ろうとせず、当初から、日本への軍隊の駐留を、日本側から要請するよ うな態度をとった。その結果、日本は交渉において主導権を発揮することなく、アメリカの言い分を一方的に飲まされることになった。その挙句に、安保条約の 内容は、上述したような一方的なものになってしまったというのである。

しかし何故吉田はこんな不可解な行動をとったのか。氏はそこに、昭和天皇の影をみるのである。

氏は、あくまでも仮説だと断ったうえで、安保条約をめぐる日米交渉の過程に昭和天皇が深くかかわり、吉田ら政府担当者らの意向を超越したところで影響力を 発揮したというのである。その結果、日米安保条約は上述したようなものになってしまった。それは、日本にとっては一方的に不利なものともいえるが、昭和天皇にとっては必ずしもそうではなかった。日本に引き続きアメリカ軍を駐留させることは、すくなくとも天皇制を維持するという目的にはかなっている、そう天皇は判断したのだろうというのである。

 昭和天皇は、マッカーサーと吉田をスルーして、ダレスと直接交渉をしていたのであり、米軍の駐留を望んでいたのである。少なくとも吉田全権大使は、米軍の差し出す安保条約の内容を事前に知っていたと思われる。

 このリンクにはないが、吉田茂は、サンフランシスコへ全権大使として行くことを執拗に固辞しており、逃げ回っていたのであり、それが、一変して、全権大使の任務を受け、条約に署名したのである。つまり、吉田茂は天皇の意向を最後には飲んだということだろう。吉田一人だけが、事前に、安保条約に署名することを知っていたと考えられる。

 こうして署名された旧安保条約は、条約自体が密約とされる。

 この時にダレスに要求されていたのは、日本の再軍備であり、それが、アメリカとの軍事同盟を結ぶための最低の条件だった。米軍と一体化して戦うことが求められていた。

 去年、まさに、安倍首相の下でそれが実現した。米軍の指揮下で自衛隊が海外で戦えるようになったのだ。下に紹介する動画の中で、天木直人氏が、戦後レジームからの脱却を言う安倍首相が、まさに戦後レジームに嵌ったと言われているが、まったく、その通りだ。安倍首相は、戦後レジームを完成させたのである。


 そもそも自衛隊の出自は、警察予備隊であり、それは、
朝鮮戦争に出兵した米兵の代わりに米軍基地に配備されたというれっきとした軍隊であり、指揮権は当然アメリカにあるが、それを自衛隊は引き継いだとのこと。


 ぜひ、ぜひ、↓の動画をご覧ください。知らないことがたくさんです。だけど、聞いたら、ああ、そうだったのかと納得できる。不完全ながら、話の内容も書いたのでお読みいただければと思います。






・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

日本は、なぜ、ここまで対米従属な国になったのか。


日本の対米従属の原点は、1952年の安保条約。

戦後70年の日米外交は、すべて密約と言える。安保条約そのものが密約だった。若かりし頃の中曽根議員でさえ、何も知らなかった。
いったん嘘をつくと、次から次へとウソを塗り固めていかないと、矛盾が隠しきれない。

陰謀でも何でもなく、文章が残っている。しかも、公開されている。そのことだけを基準にして本を書いている。歴史的事実である。



基地権の密約


1960年の安保改定で、岸が、行政協定を地位協定に改定して、対等な日米関係を作ると言ったが、内容は変えないという合意がされていた。全土基地方式。ここから、無数の密約が、生まれていく。

今回の沖縄の問題も、地位協定だけ考えているとわからない。行政協定時代の取り決めが現在も続いているという前提で見ないと、理解できないことが多い。密約で、地位協定の文面のもとで行政協定の取り決めを維持するとなっている。

指揮権の密約

基地権の密約よりもはるかに重大な指揮権の密約があった。それを公にしてしまうと、誰の目にも属国ということが明らかになってしまうので、1951年日米交渉安保条約の中で徹底的に隠されていって、これが戦後の日米関係の一番深い闇だった。

関東6県の上空が、米軍の制空下にあるのは、
法的に取り決めなされているということはわかっていたが、今回、指揮権密約をたどってわかった。

指揮権密約を見るとダイナミックな関係が見えてくる。米軍基地がある上空は、必ず管制権は米軍が持っている。なぜなら、軍事行動する絶対的な権利を持っているからだとわかる。


国務省の外交官が、こんなひどい条約を結んでいいのかといったが、日本が文句を言っていないのだからいいのだと国防省が拒否した。
日本は、米国に占領されているのではなく、米軍に占領されている。
日米合同委員会に参加しているのは、米軍人。



占領中の1950年に、朝鮮戦争が起こる

米軍は出動する。日本は戦争協力をさせられる。それを、独立後も続けるという条文が結ばれている朝鮮戦争は終戦をしていなくて、休戦中である。

「占領体制」の継続ではなく、「占領下の戦時体制の継続」である。


66年前から、憲法破壊が行われていた。

海上保安庁

初代海上保安庁長官が書いた本「海鳴りの日々」に、朝鮮戦争の軍事作戦の前の機雷の掃海を海上保安庁が行っている。戦死までしている。これは、後方支援でなくて、戦争そのもので、完全に参戦している


警察予備隊

警察予備隊が作られる。警察力の延長という欺瞞がされているが、朝鮮半島へ出撃した7万5千人の米軍の代わりに米軍基地へ配備した兵力で、米軍の補完部隊で軍隊そのもの指揮権はアメリカにある。自衛隊にその指揮権が引き継がれている

指揮権密約

まず、警察予備隊ができる。そのあと日本は独立するが、52年一回目の指揮権密約を吉田が口頭で米軍司令官と結ぶそれを根拠に、保安隊ができる。司令官の報告書で明らかになる。

54年の2回目の口頭密約を根拠に、自衛隊ができる。


去年までは、指揮権を持たれているが、国外へは出ないという話だったので、戦闘行為は自国を守る行為に限られるので、それほど重大な問題にならなかった。去年、ついに、その関係を持ったまま外に出るということになった


旧安保条約の第1条に、米軍は日本に軍隊を配備する権利を持つ。それは、インアンドアバウトジャパン・国内とその周辺という条文がある。
韓国と台湾もインアンドアバウトの条文を持つ。その三つを合わせて考えると、その一帯は米軍がどんな行動でもできるということ。


ダレスが、朝鮮戦争で日本の戦争協力が不可欠だとのことで、もっともっと戦争協力をさせます、マッカーサーもそれを認めるように言って、軍部を逆に説得する。

その結果、安保条約は1950年10月米軍自身が書く。
―カーター・B・マグルーダー陸軍少将(その後、陸軍大将、在韓国連司令官)-

日本国軍事支配の起源。
安保条約の原案(密約として担保されている)

①「この協定[=旧安保条約]が有効なあいだは、日本政府は陸軍・海軍・空軍は創設しない。ただし(略)、アメリカ政府の決定に、完全に従属する軍隊を創設する場合は例外とする」

 これが、実現したのが去年。

②「戦争の脅威が生じたと米軍司令部が判断した時は、日本の全ての軍隊は、アメリカ政府によって任命された最高司令官の指揮のもとに置かれる。」

(吉田の口頭密約)国連の地位協定として成立していく。

③「日本軍が創設された場合(略)日本国外で戦闘行動を行うことはできない。ただし、前記の〔アメリカ政府が任命した〕最高司令官の指揮による場合はその例外とする」
→まさしく去年起こったこと。旧安保条約の原案がすべて実現することになった。

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 去年、安倍政権が「戦える普通の国」にしたというが、米軍の指揮のもとにしか外国で戦えない普通じゃない国なのに、自衛隊が海外で戦えるようにした。

 つまり、安倍政権は、米軍の傭兵として自衛隊を差し出したということだ。


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