インプレッション
トヨタ「86(ハチロク)」(2016年ビッグマイナーチェンジ)
2016年7月11日 00:00
2012年に登場して以来、世界中のスポーツカーファンに迎え入れられたトヨタ自動車「86(ハチロク)」。毎年アップデートを続けてきているが、今年になって86として初めて大掛かりなマイナーチェンジを行なった。
もちろん、86のコンセプトに則った上でのマイナーチェンジなので、これまで86をこよなく愛していたユーザーの期待に応えるに十分という内容だ。86のコンセプトはパワーに頼らずにドライビングを楽しめて、かつ手の届きやすいスポーツカーを提供することにあった。そこでこれまでの改良でも外観の変更は最小限にとどめ、基幹パーツも踏襲することが86オーナーにとっても安心材料になっている。そのように86の進化はオーナーを裏切らないポリシーが受け入れられていたが、今回のマイナーチェンジもその延長線上にある。
エクステリアではフロントノーズ先端を下げ、グリルもワイドになっている。同時にヘッドライト、リアコンビランプなどのLED化も行なわれ、オーナーなら違いがすぐに分かるだろう。さらにフロントフェンダーガーニッシュの“86エンブレム”から、水平対向エンジンをイメージしたピストンが外れて円形になったことも後期型の特徴だ。
実は最近、マイナーチェンジ前の86に乗るチャンスがあり、初期型より確実に進化したハンドリングや乗り心地に改めていいクルマだなと思ったばかりだったので、今回のマイナーチェンジは大いに興味があった。当然ながら、同じタイミングで兄弟車であるスバル(富士重工業)の「BRZ」もマイナーチェンジしている。
変更されたのはエクステリア、インテリアだけではなく、大きなポイントは足まわりとボディ剛性だ。とくにボディ剛性はボディの後半側を中心に変えられており、板厚の変更(部分的にはこれまでの倍になっている)など、メーカーでなければ不可能な基本的なポイントを押さえており、このほかにもスポット溶接の打点を増して、剛性バランスの適正化を図っている。また、同時にフロント側でもトランスミッションのマウントブラケットで剛性アップを行なうなどの変更がなされた。
今回のマイナーチェンジでもリプレースパーツで対応できるブレースやバーなどは入っていない。これによってアフターマーケットで各ショップがパーツなどを使って味付けを変え、オリジナリティを持たせられるようになっている。
さて、試乗は富士スピードウェイのショートコースで行なわれた。路面はほぼドライというコンディションで、短い周回ながら進化した86を楽しめた。
粘り腰のグリップし、コントロールしやすくなった標準ダンパー
コックピット感覚の室内は、グレード別装備ではあるがインパネやドアトリムなどの表面にスエード調加工を施して、質感が向上しているのと同時に日差しが強いときにガラスに対する映り込みを緩和する。また、アルカンターラを使用したシートは、身体にフィットしやすくなじみやすい。さらにステアリングホイールが握りやすくなったことに気づく。断面形状が掌になじむものになった。ちなみにφ362mmというサイズはトヨタ最小径のステアリングホイールだ。
最初に試乗したのはAT仕様のGT“Limited”。オプションのSACHS(ザックス)製ダンパーを装着したモデルだ。VSC制御は「ノーマル」と「VDC/OFF」、そして新設された「TRACK」モードがあり、順次選択してトライした。VSCの制御も大きく進化して、より実践的になっているので、こちらもチューニングされたサスペンションと共に興味の焦点だ。
SACHSはZFグループに属するドイツの大手ダンパーメーカー。OE装着を主とする量産メーカーで、高い技術力を持ち、手堅いメカニズムながら信頼性は高い。走行後の感想としては、減衰力の伸び側を中心に高められ、ロールを少なくする方向でチューニングされているようで、標準のショーワ製ダンパーとはかなり特性を変えられている。SACHSはフリクション感はあるが腰のある減衰力で、スピードレンジの高いところで踏ん張り感がありそうだ。一方、ショーワ製ダンパーはしなやかな動きで、これまで頑張ってグリップしていたところが粘り腰のグリップでコントロールしやすくなっている。
もちろんダンパーだけではなく、前後スプリングの設定変更、そしてボディ剛性に合わせたリアスタビライザー径のアップで、その抜群なコントロール性を向上させた。
今さら言うまでもなく、86は低重心の水平対向エンジンをフロントミッドシップに配置して、ドライバーも後方に座らせるというスポーツカースタンスのレイアウトを取っている。クルマの回転中心がドライバーを軸にして旋回するように設定されており、回頭性、スライド感覚など86ならではの味を持っている。
まず、VSCをOFFにした状態で“素のハンドリング”を試したが、マイナーチェンジで電動パワーステアリングにチューニングが行なわれ、操舵時も適度な保舵感が好ましい。ハンドル操作に対してロールはごく自然で、応答遅れなどが感じられない素直なものだ。ハードなコーナリングをすると、これまでの86ではリアがグリップ限界に到達した時点でスライドする兆候を見せていて、直近のイヤーモデルではマイルドになる傾向になっていたが、新型ではスライドするポイントになっても余裕を残してリアが滑り出すという感触で、ドライバーにとってドライビングのコントロール幅がより広がった。SACHSのダンパーではコーナー後半でのトラクションが出せるような減衰力で、グイッと駆動力がかかりやすい。
リア側の安定した動きはサスペンションのリセットもさることながら、スポット増しだけでなく板厚も変えたボディ剛性の向上が効果的で、土台がさらにしっかりした強い印象を受けた。
VSCをノーマル状態で使うと、従来は強い制御が入って安定志向に振っていたが、今回のマイナーチェンジでは介入タイミングが遅めになっただけでなく、VSCの制御を状況に応じて細かく行なうので、スポーツカーらしいコントロール幅を持ったまま、危険な領域には近づかないという設定になっている。通常はぜひこのモードを使うことをお勧めする。
一方、TRACKモードではドライバーはサーキットでも十分にコントロール幅を持たせて走れるように設定されており、ある程度のリアスライドも許容するので、ドライバーのスキルは十分に発揮される。感覚的にはギリギリの範囲までVSCが介入せず、しかも精密な制御感覚には変わりがないので、サーキットなどのスポーツ走行ではこのモードがお勧めだ。とくにウェットコンディションではTRACKモードは有効で、トラクションもある程度確保されるので実戦的なモードとなる。VSCのチューニングはかなり進化している。
マニュアルトランスミッションは基本的に変わりないが、6速MT車はエンジンの最高出力が200PSから207PSにアップし、最大トルクも205Nmから212Nmに向上した。また、最大トルクの発生回転数が6400-6600rpmから6400-6800rpmに広くなっている。実際に走ったショートコースでは、7PS/7Nmの差はそれほど大きくないが、本格的なサーキット走行やレースではその違いが顕著になるだろう。また、レースになると空力特性の違いも大きくなるので、ワンメイクレースの場合は同じクラスで走るのは難しそうだ。
オートマチックトランスミッションでも86のサーキットランは面白いが、やはりマニュアルシフトはダイレクトで楽しい! シートに座ったときはシフトレバーの位置が少し高く感じたが、走り出してしまえば身体になじむ。スッキリと入るシフトフィーリングはスポーツカーに相応しい。ギヤレシオは従来型と共通だが、実は6速MT車はもう1つ違いがある。それはファイナルドライブが従来の4.1から4.3(6速ATは変わらず4.1)に落とされており、相対的にクロスレシオ化が図られているということ。日常的な走行ではほとんど変わらないが、走りこんでくるとその差がドライビングに及ぼす効果は大きくなる。これまでシフトダウンしていたところが、そのままのギヤでも微妙にトルクバンドの端に乗ってくる可能性もあるのだ。
今回の試乗では市販モデルのほかに、ブレンボブレーキ装着のプロトタイプ車両にも乗ることができた。こちらのダンパーは標準のショーワでブレーキのほかに大きなブレンボのブレーキキャリパーと干渉しないよう、通常は7Jサイズの17インチホイールが7.5Jとなっている。ブレンボが効果を発揮するのは耐久性などだと思うが、ブレーキペダルのカッチリ感は向上している。
ボディ、サスペンションを進化させた効果は、新しい86を後期型と呼ぶのにふさわしい内容となっていた。それでも、毎年微修正しながら進んでいくのが86だ。
さて、最後にもう1台。試乗会ではR3仕様の86に乗ることができた。この86は、欧州仕様の「GT86」をベースに、TMG(Toyota Motorsport GmbH)がWRCのR3カテゴリーに向けて製作したラリーカー。試乗順の1番手で、わずか3周のみということでタイヤを温めることぐらいしかできなかったが、ドグミッションとスピンターン用のサイドブレーキを持ったラリー仕様の車両はやっぱりワクワクする。
カムを変えて高回転型になったエンジンは230PSを発生し、足下にはピレリのターマックタイヤを装着。クラッチミートの幅は意外と広く、トルクバンドもそれほど狭くないのでスタートには困らない。引いてシフトアップ、押してシフトダウンというドグミッションは、スタートでしかクラッチを使わない。ドグミッションは1回のシフトで0.2秒程度タイムを削れるといわれている。確かにつながりはトルクの落ち込みなどを考慮するとかなり早い。もっとも、わずかなラップの中でエンジン回転もそれほど上がっていたとは思えないので、恩恵に浴するには至らなかったし、「やっぱり競技車は楽しい! ずっと乗っていたい」という誘惑にかられたが、残念ながらあっという間に時間切れになってしまった。