今年リリースされたポップス・ロック、あるいは電子音楽のCDから6枚ずつ選び、レビューを書きました。

※対象アルバム・・・2014/01/01~2014/12/19までの間にリリースされた、あらゆる媒体のアルバム。
※「Vol.1」「Vol.2」「Vol.3」の対象外、つまりVOCALOID/UTAUを用いていない、同人流通でもない、サウンドトラックでもないアルバム。
※なぜ6選みたいな中途半端な数になったのか・・・各10選しよう→候補数が他記事より少ないのと書き疲れたのとで各5選にしよう→年末に各カテゴリで今年有数の名盤が見つかった→各々+1して6選にしよう(イマココ)

【2014年ベストアルバムの記事一覧】

Vol.1 VOCALOID/UTAU20選 ・・・ 2014/12/19(金)公開
Vol.2 同人音楽10選 ・・・ 2014/12/20(土)公開
Vol.3 サウンドトラック10選 ・・・ 2014/12/21(日)公開
Vol.4 ロック・ポップス6選+電子音楽6選 ・・・ 2014/12/23(火)公開
Vol.5 今年出会った旧譜10選 ・・・ 2014/12/24(水)公開



 
【電子音楽】 (6) 高木正勝 / かがやき

リリース: 2014/11/19
販売: Amazon.co.jp


映像作家でもある音楽家・高木正勝による2枚組CDアルバム。1枚目はオリジナルアルバム、2枚目はジブリの記録映画「夢と狂気の王国」等のサントラ仕事をまとめた構成になっている。氏は前作「おむすひ」にて、世界中を旅して出会った人々と一緒に、自らの"Light Song"という曲を歌って記録し、全10トラックに及ぶそれを全てアルバムに収録している。高木正勝にとっての音楽とは、旅行者にとっての写真のようなものなのだろう。出会った人々との思い出を写し、その人そのものを音楽にする。氏の音楽にとって欠かせない要素が「人間」、それも人種や文化の違いなど意にも介さぬ「人間の魂」なのだ。今作「かがやき」において記録された魂のひとつが、氏が引っ越した日本の田舎で知り合った97歳の老婆「しづさん」。この方の歌を聴きながら、高木正勝が音楽を書き、残す理由というものは、他の数多の作曲家とはまた違うものなのだろうなという思いにふけるのである。ジャケットイラストおよびブックレットの絵本は、絵本作家・さとうみかを氏。これも前作に引き続きのコラボレーションとなる。そこに描かれる世界は、きわめて純粋な自然礼賛。宗教色が微塵もない綺麗な憧れがそこにはある。私達の暮らすこの星と一体化したような、おおらかな想像力に満たされる。これほど贅沢な疑似体験にはついぞお目にかかれない。この絵本に触れるためにも、このアルバムを手に取ることが心の糧になるものと期待している。なお、高木本人による特設サイトに、このアルバムが出来るまでの経緯が細かく書かれている。余談だが、このアルバムは当初10月にリリースされたのだが、ブックレットにミスがあったとのことで、なんとフラゲ日という土壇場で発売日を延期している。筆者は10月にフラゲして以来ずっと愛聴しているので、このアルバムとの付き合いが人より1ヶ月ほど長いのはちょっとした自慢である。人生何が起こるかわからない。このレビューをお読みになった貴方も、もし買うつもりのCDがあるなら早めに予約しておくと良いだろう。



【ロック・ポップス】 (6) IMERUAT / Propelled Life

リリース: 2014/02/12
販売: 公式ストア / タワーレコード
配信: iTunes Store


ゲーム音楽で著名な作曲家・浜渦正志のユニットによるミニアルバム。センスは感じるが何ともつかみ所のない1曲目「TeNiOe」や、浜渦史上ぶっちぎりでポップな3曲目「Fei Fei Fei-Propelled」等、”ストレートにカッコイイ浜渦”を期待すると少し肩透かしを食らうアルバムかもしれない。自分は2曲目「N-Chart」のアレンジがかっこ良かったために購入したのだが、なんとアレンジが別人だったため別の意味で肩透かしだった(といっても鈴木光人の仕事なのでクオリティは随一)。・・・さて、ここまで欠点を挙げつらねてなぜ6選に入れたのかというと、この肩透かし込みでも作品を大いに楽しめたからである。特に最後の6曲目「イメルア体操第四」は、浜渦節全開のピアノをバックに創作ラジオ体操を踊るというキテレツなMVが衝撃的で、キャッチーさを押し出したアルバム像とこれまでのカッコイイ浜渦像のどちらも立てた秀逸な作品だった。これはクール&エスニック全開の1st Album「Black Ocean」(名盤!)では出来なかったアプローチだろうな、と素直に思った。念の為に言っておくと、このアルバムはAmazonには最初から卸されておらず、IMERUAT&浜渦正志公式ストアやタワレコ等で購入できることを付記しておく。



【電子音楽】 (5) Flying Lotus / You're Dead!

リリース: 2014/10/07
販売: Amazon.co.jp(国内盤)


初めてこのアルバムの特設サイトを見た時の自分「( ゚皿゚)なんだこれええええええ!!!!」→初めてこのアルバムをフルで聴いた時の自分「(;゚Д゚)な・・・なんだ、これ・・・。」→現在の自分「・・・なんだこれ・・・」つまり何が言いたいかというと、最低でも10周はしているこのアルバムについて、評価はおろか説明さえ出来ない状態がリリースからずっと続いているのである。まずジャンルが分からない。電子音楽の6選には入れたものの、これは電子音楽であると主張する自信がちょっとない。どこかでフリージャズが云々と書いてあったのを見て、これはジャズの一環として捉えることも出来るのかーと感心したのがつい1,2週間ほど前。2,3枚前のアルバム辺りではブラックミュージックの括りで語られていた記憶もあるが、少なくとも今回の作品がその文脈にあるとはとても思えない。「死」を全体のテーマに据えたアルバムだが、よくありがちな”終わりとしての死”ではなく”(彼岸の)始まりとしての死”を表現したものなのでまず前例が思い浮かばない。生と対比した上での死ではなく、そこには死しかない。もはや生者が言葉で定義すること自体が無理なのであろう概念を音楽でやってしまったというのだから恐ろしい。もはやこのアルバムの音楽ジャンル自体が「死(DEATH MUSIC)」である。そして、曲に理解が追いつかなければ、絵にも理解が追いつかない。日本の漫画家・駕籠真太郎による作品群は(寡聞にして知らなかった)、何とも繋がっていないスタンドアローンな概念としての「死」を表現している。と、こうしてもっともらしい説明は出来るのだが、理解することを無意識に拒否しておりそれ以上先へ進めない。このイラストレーターの目には、人間がこうも物質的に映っているのかと恐怖を覚える。かつて生命体であった物質が、あたかも未だ生命を維持しているかのように振る舞うその絵は、モノに意味を与えずにいられない大多数の文明人の理知的思考へのハッキングを試みる。そこに意味などないのに、振る舞いによって仮初めの意味を与え、与えた上でそれを破壊する在り方はまさに、長谷敏司の唱えた「アナログハック」ではないか。聴覚と視覚を経由して何もかもを無意味・無価値のものと思わせる、おそるべきパッケージである。



【ロック・ポップス】 (5) やなぎなぎ / ポリオミノ

リリース: 2014/12/10
販売: Amazon.co.jp


デビューアルバム「エウリア」から1年半を経てリリースされた2ndアルバム。正直、聴いてかなり驚いた。1stはシングル曲に好きな曲が多かったものの、アルバム曲はどうも散漫として印象に残らなかった。しかしこの2ndは段違いだ。すべての曲の物語がスッと伝わってくる。おそらく曲自体の出来が良くなっただけでなく、曲順も前作以上に練られているのだろう。ジャンルもハードロックや歌謡ロック、本格的なエレクトロニカに童謡風とバラエティに富んでおり、前作で感じた退屈を今作では一切感じなかった。15曲という大ボリュームながらリスナーを疲れさせない、良質なエンターテインメントだ。ちなみに、アルバムの1曲目と15曲目はアルバム全体の導入とエンディングなのだが、これは作詞作曲と歌だけでなく、編曲・打ち込みもやなぎなぎ本人によるものだ。やなぎなぎは現在もAnnabelとの同人サークル「binaria」で活動している生粋のDTMerでもあるのだ。編曲や打ち込みまで出来るシンガーソングライターというものは、ちょっと探したくらいでは見当たらない逸材であると言えるだろう。そして、このアルバムの大穴は2枚目のカバーアルバムだ。6曲収録で、最初の1曲目が池田綾子「プリズム」のカバー。名曲として知られる、アニメ「電脳コイル」のオープニング主題歌だ。アレンジ担当はあの保刈久明だというのだからもうたまらない。この1曲のためだけでも高い限定版を買う価値がある。そしてこれ以外の曲も良いアレンジがなされているのだが、注目すべきはそのレパートリーの広さだ。先述の池田綾子のほか、カバーした曲はCooRie「センチメンタル」/小沢健二「流星ビバップ」/小川七生「月灯りふんわり落ちてくる夜」/中川晃教「セルの恋」/キリンジ「冬のオルカ」と、やなぎなぎ自身が源流としているであろう曲が集められている。一見無造作に見えるセットリストだが、そのすべてにゲスト等の良いアレンジが施されているため退屈しないし、何より普段聴かないカテゴリの曲に触れる良い機会でもある。そして、「どうせアニソンアーティストだからアニソンばかりだろ」と舐めてかかっている人にこそ、このカバーアルバム付きの限定版をおすすめしたい。そのアニソンのチョイスこそが、音楽好きにとってもグッと来るものばかりだからだ。最後になったが、このアルバムの限定版の仕様は非常に豪華だ。メインとなる15曲入りアルバムと6曲入りカバーアルバムだけでなく、ライブBD/DVDも入っている。しかも公演1本が丸ごと入っている。恐縮ながらBDはまだ観ていないのでレビューは控えるが、今出せるもの、今やりたいことを出し惜しみせず詰め込んだパッケージには、サービス精神の他にも、リアルタイムで活動しているアーティストとしての意地を感じ、アーティスト本人に対する好感度が大いに上がる結果となった。



【電子音楽】 (4) mergrim / Hyper Fleeting Vision

リリース: 2014/04/14
販売: Amazon.co.jp


エレクトロニカに叙情性と幻想性をふんだんに盛り込む作風の作家・mergrimの2ndアルバム。2ndであるからには当然1stとの比較が入るのだが、料理に例えて一言で表現するなら「味も栄養価も格段に向上した」。1stと2ndに共通するものとしてまず挙げられるのは、色の濃淡のみで構成された抽象的なアートワークだろう。1stは青系、2ndは赤系の色を軸としており、流れるような綺麗な音と併せてあたかも風景画のようなアルバムとなっている。青の1stは流れる水、赤の2ndは燃えるような紅葉をそれぞれ連想させるのだが、2ndの曲は、1stではあまり感じられなかったパワフルさが感じさせる。ビート部分は抑え目で王道エレクトロニカのそれなのだが、ストリングス等高音を担当する楽器がとにかく前に出て来てメロディの華を次々と咲かせる。メロディを担当しない各種サウンドエフェクトでさえも(正式名称は何だったか…)、時に主役を張ってリスナーをドキドキさせてくる。これをいかに使いこなすかがエレクトロニカの良し悪しを左右することは、普段からこのジャンルを聴いている人には説明するまでもない事実だろう。曲構成は比較的堅実ながらも、そのサウンドメイクがとても派手で華やかなのが今作の特徴だ。であるにもかかわらず、曲が悪い意味でノイジーにならず綺麗なままでいるのは、ひとえにサウンドエフェクトの配置の絶妙な腕前と、作曲する上での引き算の巧さが理由だと筆者は考えている。良いエレクトロニカというものは、聴いていて心がざわつくものであり、静かな曲展開の中で少しずつ、しかし確実に心の中に火を灯すものなのである。このアルバムは、今年聴いたエレクトロニカの中でも特に筆者を熱くさせてくれた、極上のエレクトロニカだ。



【ロック・ポップス】 (4) ササノマリイ / シノニムとヒポクリト

リリース: 2014/10/15
販売: Amazon.co.jp


ボカロP「ねこぼーろ(nekobolo)」が自らマイクを取った、初の商業流通アルバム。タイトル曲「シノニムとヒポクリト」を含む新曲のほか、VOCALOIDリスナーにとってはお馴染みの「戯言スピーカー」「自傷無色」等もアレンジされている。ボカロPが自分で歌うということに対して、これまでボカロ曲を聴いてきたリスナーの反応は様々だろう。同じ立場にある自分の素直な感想は「ボカロより合ってるとは言わないまでも、この方向性はアリだ」。初音ミクという女声ボーカルから男声ボーカルへ移る違和感は多少あったが、主張しすぎない歌声、とてもマイルドで繊細になったサウンドは、これまでの曲にあった「寂しさに寄り添う優しさ」を全く失っていない。むしろサウンドに関しては、ポストロックとエレクトロニカのいいとこ取りをして綺麗に消化しており、かなり好みだ。またアルバム曲のMVについても、「シノニムとヒポクリト」「戯言スピーカー」の2曲ではマッチ箱をモチーフにしたハンドメイド感あふれるぬくもりを持っていてとても心地が良い。押し付けない優しさで、リスナーの持つ何らかの「傷」に触れてくる。この微妙な心地よさをさらっと表現されてしまうとたまらなくなる。なお、アルバムの配信先にSpotifyがあったのは、VOCALOID出身者のアルバムとしては新しいという印象を抱いた。



【電子音楽】 (3) Mili / Mag Mell

リリース: 2014/09/17
通販: Amazon.co.jp(初回版/通常版)
配信: iTunes Store


コンポーザーのYamato Kasaiとシンガーのmomocashewの2人ユニットから始まったMiliが、ベースとドラムを迎えてバンドとなり、更にはデザイナーをも正式メンバーとして迎え入れた結果女子力・・・ではなくビジュアルを含めた総合力を高めてきている。YouTubeやTwitterでコンスタントな活動を続け、ついに自身のレーベル「Saihate Records」を興してリリースしたのがデビュー・アルバム「Mag Mell」だ。どうやらこのマグ・メルという言葉はケルト神話において「死者の国」を表すらしいが、地獄というよりはむしろ天国を指し、明るい光に満ちた世界を示すそうだ。先日のライブイベント「光と闇の音楽祭 Vol.1」において自らを「光」になぞらえたMiliとの音楽性に相応しいタイトルといえよう。実際、作曲を手がけるKasai Yamatoの作風もまさに明るさや神聖さを感じさせるものであり、賛美歌のような美しいコーラスと、喜びを全身で表したかのように飛び跳ねるピアノは特に印象に残る。しかし宗教歌のような権威的な色合いは皆無であり、時にポップに時にロックに、そして時に電子音楽へのアプローチを強く押し出す。そのため、アルバム全体が強固なコンセプト(キャラクター?)のもとに成り立っていながらも、実に様々な彩りに満ちているのである。(以下、各曲の抜粋レビュー)1曲目「A Turtle's Heart」は、バンドサウンドを基軸にしつつも、Miliの持ち味であるポップさと神聖さを120%体現している曲である。イントロで流れる打ち込みストリングスと木琴が合わさったような音が、”天上の音楽”という雰囲気を出しており特に好みだ。これが新曲だというのだから、そりゃあ新旧問わず全てのリスナーがハートをがっちり掴まれてしまうだろう。3曲目「Utopiosphere」はわずか2分の曲でありながら、ポップスバラードに必要な要素をすべて抑えており脱帽だ。4曲目「Friction」は、音楽ゲーム「Deemo」のために作曲された、重く美しいピアノに打ち込みビートが絡むエネルギッシュなインスト曲だ。ライブで聴いて一番よかったのもこの曲だった。6曲目「YUBIKIRI-GENMAN」はアルバム初の日本語詞であることと、オケのシンプルさとボーカルへの音符の割り振り方から実にJ-POP色が強い印象を受ける。少し意外だったが、歌詞を曲の中心にして響かせることに重点を置いた優しい曲だ。9曲目「Imagined Flight」はピアノとドラムが主役を張り合う骨太な曲だが、ボーカルmomocashewが本領を発揮する曲でもある。英語とラテン語(?)が複雑に交差するトラックを難なく歌うだけでなく、めまぐるしく変遷する曲調に合わせて様々な声色を使い分けていたりもする。個人的には、「Tuli tarita...」と繰り返し歌うパートが何となくカタカナ発音っぽく聴こえて親近感が沸いた。12曲目「Maroma Samsa」は、アルバム中で最も電子音楽への傾倒が強いインスト曲。ラストの13曲目「Witch's Invitation」は、アルバム中最長の5分超えのトラックであり、イントロ(兼Aメロ)とBメロ、Cメロ、Dメロのすべてで異なる印象を受ける、まさに変幻自在といった曲だ(多分サビに相当する部分はない)。Miliの持つすべてを詰め込んだと言っても過言ではないこの曲、Miliのキャラクター性やその音楽の自由さを示す名刺代わりの曲として相応しいだろう。



【ロック・ポップス】 (3) Fecking Bahamas / I. Japan

リリース: 2014/06/05
配信: Bandcamp


あなたは「マスロック」というジャンルをご存知だろうか。英語で綴ればMath Rock、直訳すれば算数ロック。こう書くとかっこよさが伝わらないが、まるで譜面上で割り算して音符を割り振ったかのような精緻で細かいカッティングと、その演奏を可能とする高い技術を併せ持った良質なバンドが数多くひしめいているジャンルである。そんなマスロックを軸に展開している海外レーベルFecking Bahamasが、第1弾コンピレーションとして企画したものが「I. Japan」である。平たく言えば、日本でマスロックを演ってるヤバいバンドが一斉に集結した大規模コンピである。一口でマスロックと言っても紋切り型の音ばかりであるわけではない。惚れ惚れするほど細かい音をさも軽そうに演って貫禄を感じさせるナンバーや、かなりエモ寄りの激しいナンバー、比較的ゆったりしたナンバーまで実に多様なマスロックが楽しめる。ここでは、マスロックという言葉は音楽を規定する記号ではなく、あくまで最小公倍数でしかないという印象を抱く。「マスロック」でググって検索結果にズラッと並んだバンドを詰め込んだような感覚、と言って伝わるだろうか。ジャンルの初期衝動のような、仕切る顔役がまだどこにもいなさそうな自由なお祭り騒ぎを感じることが出来る良いアルバムだ。とはいえ、いくら自由といっても細かい譜割りは最低条件として共有されているようで、全体として演奏技術が高めであることは特色として挙げられるだろう。しかしこのコンピレーション、日本のバンドだけを集めただけあって、ところどころに叙情性やキャッチーさが散りばめられており、日本の音楽を聴くことの多い筆者の好みに大変良く合う。ちなみにこのアルバム、驚くべきことに無料である。上記のBandcampより21曲が可逆圧縮音源でフリーでダウンロード出来るのである。ところで、2014/11/30にはロシアのマスロックを凝縮した第2弾コンピ「II. Russia」がリリースされているので、両者を聴き比べてみるのもオツだと思う。



【電子音楽】 (2) Mulllr / for Minus Four Nine

リリース: 2014/03/14
配信: Bandcamp


Motoro Faamとして名盤「...And Water Cycles」を残した前衛的電子音楽作家・mulllrのソロ3作目となるアルバム。1stと2ndでは長尺の無機質なアンビエント・ドローンをリリースしていたが、今作では音楽性を一転させてノイズ蠢く透明な激流を生み出した。19のトラックに分かれているが全てひと繋がりとなっており、総計50分もの壮大な流れを生み出している。各トラックのタイトルは数字となっており、よく見ると徐々に下がって行っている事が分かる。最初はゼロで、最後が-9999.00、つまりこのアルバムのタイトルが示す通り、-9999.00に向けて概念の奔流を下っているのだ。全編に渡り支配するこの暴力的なノイズは、まるでドラゴンのような”触れ得ざるもの”の偉大さを感じさせ、何人たりとも寄せ付けないオーラを有している。しかし、これはただ破壊するだけのノイズではない。むしろ人を生かすもの、心を活かすもののようにリスナーの血肉を沸騰させていくのである。これは生命の音であり、魂が脈動する音だ。もし、大動脈に耳を押し当ててその音を聴くことが出来たとするなら、もしかしたらこのような複雑かつ力に満ちあふれたサウンドを奏でているのかもしれない。こういったノイズ・アンビエントの数々のアルバムを聴いていると、生命そのものを音に置き換えたかのような、人間が音楽に抱く原初的な感情(本能と言ってもいい)を直接呼び起こす作品と出会うことがある。2009年に「Puella Magi」、2012年に「Xeno」をリリースしたGo-qualiaなどはまさにその代表格だ。ノイズは血流であり、ビートは脈動だ。もはや音楽を聴いていると思っていたら、いつの間にか自らの生命と向き合っていた、そんな風に思わせられるような傑作が、今年も生まれたのである。BandcampでName Your Priceでリリースされているので、是非可逆圧縮音源でダウンロードし最大音量で聴いていただきたい。



【ロック・ポップス】 (2) Marmalade Butcher / Uteruchesis

リリース: 2014/11/26
配信: Amazon.co.jp


マ肉ことMarmalade Butcherのデビューアルバム。先に紹介したFecking Bahamasのコンピレーション「I. Japan」に参加していることもあり、マスロックのバンドであると筆者は認識している。硬派なロックバンドとしては珍しく最初は同人サークルとして出発しており、3枚のアルバムを含めた多数のCDを自主制作している。非常に細かい譜割りを緻密に再現した高い演奏技術を誇るバンドだが、それもそのはず、このバンドの曲はまずコンポーザー・ギター担当の「にえぬ」がまず打ち込みでほぼ完成させてから、他のメンバーが再現しつつ手直しするという非常に特異な作り方をしているのだ。このことをインタビューで読んだ時、技術先行型でとにかくゴリ押すタイプだな、と昔同人CDを聴いて感じていたこの感覚に合点が行ったのである。極論するなら、打ち込みの精神で作られたロックはまさにマスロックと相性抜群なのだ。ライブをするようになった今でも作り方は変わっていないとのことで、これからのバンドの動きが実に楽しみである。そういえば大事なことを言い忘れていた。このバンドの曲はほぼインストである。つまり歌ものが皆無なのだ。昔、それこそ同人で初めてCDを作った時などは音楽性も定まっていなかったため、普通の(と言っては悪いが)ボーカルロック等も聴けたものだが、このアルバムでは5曲目「Voice of Chloe」にとある女声ボーカルをズタズタにサンプリングした残骸を散りばめたノリノリなナンバー以外には何らかの声すら見当たらない。というかこの曲はかなり良い。アルバム全体を通してBPMの高い硬派なマスロックが多い中、この曲はライブで観客と一緒にジャンプしながら弾くタイプのミドルテンポ(BPM128くらい)な縦ノリが持ち味であり、言ってみればアルバム序盤の怒涛のマスロック攻勢を終えて一息つく立ち位置にある曲だと言える。ブレイクビーツを取り入れた6曲目「Distruczione Dei Cervello」や、ギターリフだけで全てを引っ張る叙情的な7曲目「Hypnorain」等、アルバム中盤は比較的落ち着いた曲が多く、メロディのフックも効いておりただ細かい演奏が出来るだけのバンドではないことがよく分かる。このバンドは、曲にキャッチーさを取り入れることを決して忘れない。「モテるインスト」を標榜しているだけあって(公式スローガン)、バンドにおいてボーカルが不在であることのデメリットをよく理解しており、ボーカル無しでもリスナーの耳に残るような曲作りを心がけている事が随所で感じられるのである。速い曲は休まぬ速弾きで有無を言わさず畳み掛け、ゆったりな曲はギターに啼かせてとびきりクサいメロディを披露する、といったある程度のスタンスが見えてくると、このバンドの曲を2倍も3倍も楽しめるようになると思う。



【電子音楽】 (1) hacne & fuyuru0 / usuyami

リリース: 2014/05/12
視聴: 特設サイト 


間違いなく、今年最も衝撃を受けた電子音楽のアルバム。絵描きのhacne(白熱灯)と音描きのfuyuru0によるアルバム。この作品は全7曲のアンビエント・アルバムだが、そのトラックすべてに絵が付けられている。いや、7枚の絵に音楽を付けたと言った方が正しいか。このアルバムは、CDや配信サイトでリリースされるべく作られたものではない。完全な形で鑑賞するには、専用のWebサイトを訪問する必要がある。そこでは、真っ黒な背景に7つの曲目が示されており、クリックすると1枚の大きな絵が現れる。その下に小さなプレイヤーが設置されており、画面一杯に展開された絵画を鑑賞しながら音楽を味わうのだ。このアルバムは、「うすやみ」と題する7枚の連作絵と、そのサウンドトラックによる「絵のアルバムと音のアルバムの総体」に他ならないのだ。hacneによる絵の魅力、迫力というものがまた言語に尽くしがたい。使われている色の種類は少なく、1系統のものしか使われていない事が多いものの、その濃淡がくっきりしているため「光と影」の強烈なコントラストが生じ、見た者の脳に焼き付く。その絵をほぼ完璧に音楽の形に起こしたfuyuru0の抜群のセンスもあり、鑑賞者は危うく五感と思考を失いかけ、それを7度連続で経験することで初めてこの「usuyami」という怪作を鑑賞し終えるのだ。まるで恐怖体験談のような文章になった。しかしそれだけこのアルバム(音楽と絵、両方の意味合いで使える便利な言葉だ)のもたらす衝撃が凄まじいという事を察していただきたい。アンビエント好きと自覚している方には、是非この作品を専用サイトで味わってみて欲しい。特にそうでない人も、アンビエント音楽というものの真髄を十二分に表現したこの作品に、是非触れてみて欲しい。繰り返しになるが、このアルバムはまずウェブサイトで聴いて欲しい。筆者もそう強く願っているため、あえて上に音源のダウンロードリンクを貼らなかった。とはいっても、公式サイト上でFLACやMP3の形で音源をダウンロードできるリンクが紹介されているので、その点については安心していただきたい。



【ロック・ポップス】 (1) Annabel / TALK

リリース: 2014/03/26
販売: Amazon.co.jp


Annabelのソロ2作目となるフルアルバム。完全にmyuプロデュースだった1stとは異なり、アルバム中の各曲を異なる作曲家が手がけている。1曲目は感傷ベクトル、2曲目は 元School Food Punishmentの蓮尾理之、他にも保刈久明やハイスイノナサ照井順政、ラスマス・フェイバー等、見る人が見れば卒倒するほど豪華な、押しも押されぬ個性派が揃っているのである。こういう「作家で固めた」タイプのアルバムには、作品全体の統率が取れずじまいになって散漫になってしまうものも少なくないが、このアルバムに関してその心配は皆無だ。Annabel側は「自分が好きなアーティストにオファーした」と語っているのだが、それと同じく作家側もAnnabelというアーティストをよく知った上で楽曲提供し、作品を作り上げる過程で互いのコミュニケーションを濃密に取れているのだ、という事がどの曲からも聴けば聴くほど伝わってくる。これまで大多数のリスナーが前提としていた「Annabelソロの楽曲といえばmyu」という固定観念をいい意味で脱却した作品だが、錚々たる作家陣の中には引き続きmyuの名前もあり、名曲「Alternative」等でしっかり混ざっている点も見逃してはならない。新しいことを始めるのに、これまでのもの全てを切り捨てる必要はない。みんなで一緒に楽しんでしまえばいいのだ。新規のAnnabelリスナーや長年のAnnabelリスナー、楽曲提供したアーティストのリスナーも含め、誰もが幸せになれるアルバムではないだろうか。自分も何度も何度も聴き、気が付いたら今年最も心に残った日本語ロック・ポップスのアルバムとなっていたのである。