(「週刊メルマガクリルタイ」Vol.015(2010年1月23日配信分)の原稿を再掲)
実は、私はしばらく前まで、個人商店(従業員5名以下の企業)で働いていました。俗に言う「日本の中小企業」というやつですが、「日本の中小企業」のパブリックイメージはマスコミなどで喧伝される「技術はあるけど規模は小さい」「地味ながらいい仕事している」等のポジティブメッセージ。でも、そんなよい会社の陰に無数の「取り立てた技術がない」「なんでまだやってるのか不思議」「社長が憎たらしいだけ」な会社があります。本稿では、私の経験を元にそんな「日本の中小企業」において今、何が起こっているのかという事について考えていきたいと思います。
私が働いていた会社(A商会とする)は以下のような特徴を持っていました。
・業種は小売業(何か独自技術があるわけではない)
・年商は1億円弱。だがバブル期に自社ビルを建設。それらの負債が数千万円レベルである。
・そもそも営業利益がマイナス
ネット上の「意識の高い」方たちからはフルボッコにされそうなA商会のスペックですが、A商会が特別ダメな会社というわけではなく、個人商店界隈にはわりかしそんな会社がゴロゴロ存在しています。まぁ色々あってそこに入った私は当然ながらなんとかしようとするわけですが、できる事は限られています。つまり、
1:収入(売上)を増やす
2:支出(経費)を減らす
3:毎月のキャッシュフローを改善する
基本的におよそ全ての経営改善はこの3点のうちどれかに分類できます。さて、ここで私はどうしたのでしょうか。
■それができれば苦労しないよ
「日本の中小企業」において最も身近な経営コンサルタントは会計士です。毎月監査にやってきて売上と経費のチェック、ついで社長に経営アドバイスと税理相談を行ってくれる会計士は中小企業にとっては非常にありがたい存在です。でも、この会計士、ピンキリなんです。A商会の会計士が10数年間言い続けてきた事は「売り上げを増やせ」この一言。「それができれば苦労しないよ」と心の底から叫びたくなるような大変素晴らしいアドバイス。私がA商会に入社してしばらくすると会計事務所の担当替えという穏当な理由で会計士が代わり、色々具体的な施策を提案してくれるようになりました。だが、この間に貴重な時間は浪費されています。
後述するように、経営改善において他の要素に手をつけるのは様々な障害が存在します。ひょっとすると経営者自身から恨まれる事すらあります。それに手をつけて痛い目をみるよりはそのため、「間違いではないがどうでもいい」アドバイスとして「売上を増やす」という「アドバイス」が選択されるのでしょう。
■すわ、経営改善!
さて、実際に経営改善を行おうとした時、一番最初に手をつけられそうなのが、2の支出(経費)を減らす、です。
収入を増やすのには非常な労力がかかり、かつ効果があるかわからない一方で、支出を削減する事は項目を洗い出してその支出を辞めればいいので非常にカンタン。会計士だってそれを言えばいいじゃん、とお思いの方もいらっしゃるでしょう。だが、具体的な削減項目、無駄な社用車の削減でも、仕入先の取捨選択でも何でもいい。具体的な削減項目を出した時点で経営側から出てくるセリフは「でも、昔から○○で決まってるし」です。つまり、一見無駄に見えるその経費も存在するのはそれなりの理由があり、それをやめるのは非常に強い意志が必要なのです。「昔から決まってるもの」を覆すのは非常に大変、例えどう考えても非効率的であってもまがりなりにも現在回っているものを見直し、覆すのには本当に労力が必要になります。これが尻に火がついた状態であればもう少し違うのですが。
はっきりいって、1万、2万の経費を削るために社内の説得、調整などをやり続ける労力があれば、その分収入を増やす努力した方がマシなぐらい。で、収入を増やそうとする。でも、年商1億弱の企業で月20万(年240万)とか30万(年360万)程度売上を増やしても全く焼け石に水です。恐らく月200万程度(年2,400万)売上を伸ばせないと経営改善にはインパクトはない。でも、これって相当に難しい事だという事に、読者諸賢は気付いていただけたでしょうか。毎月0から200万の売上を新規開拓なり新規事業で生み出す。これって口ではなんとでも言えるけど本当に難しいです。
■じゃあ、どうするの?
中小企業、打つ手なし!なゼロ年代。
そこに政権交代によって天啓がもたらされました。
亀井静香金融・郵政改革担当大臣(当時)が打ち出した中小企業金融円滑化法です。
中小企業に対する貸し渋り、貸しはがし対策として、金融機関に条件変更等、柔軟な対応を求めるこの法案、「隠れ不良債権」を生むだけだとか、「倒産を先送りしているだけ」だとして特に批判にさらされたこの法案ですが、中小企業にとっては天啓以外の何物でもありません。そもそも、条件変更などによってキャッシュフローを改善する方策は即返済条件や利率を変更できるので効果が高い半面、銀行などとの調整が必要で、そんなに応じてくれるものではありません。また、信用情報に関わる事柄なので企業側もそう簡単には言い出せない、非常にデリケートなものです。それが簡単な経営改善書を作って出しさえすれば大手を振って借金の支払いの猶予や利率の減免をしてくれるこの法案。まさに「黄金の羽根」と言わずになんだといえるのでしょうか。
でも、ここで問題なのは猶予されるのはあくまで借金であって毎月の営業利益がマイナスであればどこかでパンクするというのが一点。そしてこの「黄金の羽根」はすでに来年度一杯で効果が切れる事が確定しています。本来であれば今年の3月で期限が切れるこの法案。最終延長として2013年3月まで延長される事が決まっています。円滑化法の期限が切れた後、一括での借金返済を求められるか、それとも再度の融資を受けられるか、我々はまさにまな板の鯉なのです。
■結局…
結局、中小企業が取るべき指針は今まで通り地道な改善策、つまり細かい支出を削り、在庫を減らし、少しずつ売り上げを増やしていく他にはないように思えます。
そんなめんどくさいことしたくないよ!という声も聞こえそうですが、そんな人達のためにもう一つだけ中小企業が取れる方策があります。それは全ての改善策を放棄し、ちまちま借金をしながら日々をやり過ごしていく事です。そもそも、企業が潰れるということはそのままイコール個人の人生の終わりを意味しているわけではありません。確かに信用情報には傷が付きますし、今まで住んできた家や土地といった担保を手放す必要があります。でも、それは「死」を意味してはいません。家や土地を失ってもそれなりに働き先や住むところは存在しますし、ひょっこり別の場所で仕事をしている人だっています。一方で一番マズいのが倒産させまいとして借金を繰り返すパターンで、どんどん借りる先をエスカレートさせてにっちもさっちもいかなくなる…これが一番最もやってはいけないパターンで、倒産をある程度織り込んで「その日」が来るのを待ちながら日々を過ごす事は20代、30代の若者ならともかく、50代、60代の人間にとっては有力な選択肢の一つとなります。
というか、これこそが多くの中小企業において無意識的に選択されている最大の「経営改善」なのではないのでしょうか。「黄金の羽根」を失い、漂流するゼロ年代の中小企業経営者達。その行く末を知っているのは見えざる神の手、だけなのかもしれません。
(republic1963)
実は、私はしばらく前まで、個人商店(従業員5名以下の企業)で働いていました。俗に言う「日本の中小企業」というやつですが、「日本の中小企業」のパブリックイメージはマスコミなどで喧伝される「技術はあるけど規模は小さい」「地味ながらいい仕事している」等のポジティブメッセージ。でも、そんなよい会社の陰に無数の「取り立てた技術がない」「なんでまだやってるのか不思議」「社長が憎たらしいだけ」な会社があります。本稿では、私の経験を元にそんな「日本の中小企業」において今、何が起こっているのかという事について考えていきたいと思います。
私が働いていた会社(A商会とする)は以下のような特徴を持っていました。
・業種は小売業(何か独自技術があるわけではない)
・年商は1億円弱。だがバブル期に自社ビルを建設。それらの負債が数千万円レベルである。
・そもそも営業利益がマイナス
ネット上の「意識の高い」方たちからはフルボッコにされそうなA商会のスペックですが、A商会が特別ダメな会社というわけではなく、個人商店界隈にはわりかしそんな会社がゴロゴロ存在しています。まぁ色々あってそこに入った私は当然ながらなんとかしようとするわけですが、できる事は限られています。つまり、
1:収入(売上)を増やす
2:支出(経費)を減らす
3:毎月のキャッシュフローを改善する
基本的におよそ全ての経営改善はこの3点のうちどれかに分類できます。さて、ここで私はどうしたのでしょうか。
■それができれば苦労しないよ
「日本の中小企業」において最も身近な経営コンサルタントは会計士です。毎月監査にやってきて売上と経費のチェック、ついで社長に経営アドバイスと税理相談を行ってくれる会計士は中小企業にとっては非常にありがたい存在です。でも、この会計士、ピンキリなんです。A商会の会計士が10数年間言い続けてきた事は「売り上げを増やせ」この一言。「それができれば苦労しないよ」と心の底から叫びたくなるような大変素晴らしいアドバイス。私がA商会に入社してしばらくすると会計事務所の担当替えという穏当な理由で会計士が代わり、色々具体的な施策を提案してくれるようになりました。だが、この間に貴重な時間は浪費されています。
後述するように、経営改善において他の要素に手をつけるのは様々な障害が存在します。ひょっとすると経営者自身から恨まれる事すらあります。それに手をつけて痛い目をみるよりはそのため、「間違いではないがどうでもいい」アドバイスとして「売上を増やす」という「アドバイス」が選択されるのでしょう。
■すわ、経営改善!
さて、実際に経営改善を行おうとした時、一番最初に手をつけられそうなのが、2の支出(経費)を減らす、です。
収入を増やすのには非常な労力がかかり、かつ効果があるかわからない一方で、支出を削減する事は項目を洗い出してその支出を辞めればいいので非常にカンタン。会計士だってそれを言えばいいじゃん、とお思いの方もいらっしゃるでしょう。だが、具体的な削減項目、無駄な社用車の削減でも、仕入先の取捨選択でも何でもいい。具体的な削減項目を出した時点で経営側から出てくるセリフは「でも、昔から○○で決まってるし」です。つまり、一見無駄に見えるその経費も存在するのはそれなりの理由があり、それをやめるのは非常に強い意志が必要なのです。「昔から決まってるもの」を覆すのは非常に大変、例えどう考えても非効率的であってもまがりなりにも現在回っているものを見直し、覆すのには本当に労力が必要になります。これが尻に火がついた状態であればもう少し違うのですが。
はっきりいって、1万、2万の経費を削るために社内の説得、調整などをやり続ける労力があれば、その分収入を増やす努力した方がマシなぐらい。で、収入を増やそうとする。でも、年商1億弱の企業で月20万(年240万)とか30万(年360万)程度売上を増やしても全く焼け石に水です。恐らく月200万程度(年2,400万)売上を伸ばせないと経営改善にはインパクトはない。でも、これって相当に難しい事だという事に、読者諸賢は気付いていただけたでしょうか。毎月0から200万の売上を新規開拓なり新規事業で生み出す。これって口ではなんとでも言えるけど本当に難しいです。
■じゃあ、どうするの?
中小企業、打つ手なし!なゼロ年代。
そこに政権交代によって天啓がもたらされました。
亀井静香金融・郵政改革担当大臣(当時)が打ち出した中小企業金融円滑化法です。
中小企業に対する貸し渋り、貸しはがし対策として、金融機関に条件変更等、柔軟な対応を求めるこの法案、「隠れ不良債権」を生むだけだとか、「倒産を先送りしているだけ」だとして特に批判にさらされたこの法案ですが、中小企業にとっては天啓以外の何物でもありません。そもそも、条件変更などによってキャッシュフローを改善する方策は即返済条件や利率を変更できるので効果が高い半面、銀行などとの調整が必要で、そんなに応じてくれるものではありません。また、信用情報に関わる事柄なので企業側もそう簡単には言い出せない、非常にデリケートなものです。それが簡単な経営改善書を作って出しさえすれば大手を振って借金の支払いの猶予や利率の減免をしてくれるこの法案。まさに「黄金の羽根」と言わずになんだといえるのでしょうか。
でも、ここで問題なのは猶予されるのはあくまで借金であって毎月の営業利益がマイナスであればどこかでパンクするというのが一点。そしてこの「黄金の羽根」はすでに来年度一杯で効果が切れる事が確定しています。本来であれば今年の3月で期限が切れるこの法案。最終延長として2013年3月まで延長される事が決まっています。円滑化法の期限が切れた後、一括での借金返済を求められるか、それとも再度の融資を受けられるか、我々はまさにまな板の鯉なのです。
■結局…
結局、中小企業が取るべき指針は今まで通り地道な改善策、つまり細かい支出を削り、在庫を減らし、少しずつ売り上げを増やしていく他にはないように思えます。
そんなめんどくさいことしたくないよ!という声も聞こえそうですが、そんな人達のためにもう一つだけ中小企業が取れる方策があります。それは全ての改善策を放棄し、ちまちま借金をしながら日々をやり過ごしていく事です。そもそも、企業が潰れるということはそのままイコール個人の人生の終わりを意味しているわけではありません。確かに信用情報には傷が付きますし、今まで住んできた家や土地といった担保を手放す必要があります。でも、それは「死」を意味してはいません。家や土地を失ってもそれなりに働き先や住むところは存在しますし、ひょっこり別の場所で仕事をしている人だっています。一方で一番マズいのが倒産させまいとして借金を繰り返すパターンで、どんどん借りる先をエスカレートさせてにっちもさっちもいかなくなる…これが一番最もやってはいけないパターンで、倒産をある程度織り込んで「その日」が来るのを待ちながら日々を過ごす事は20代、30代の若者ならともかく、50代、60代の人間にとっては有力な選択肢の一つとなります。
というか、これこそが多くの中小企業において無意識的に選択されている最大の「経営改善」なのではないのでしょうか。「黄金の羽根」を失い、漂流するゼロ年代の中小企業経営者達。その行く末を知っているのは見えざる神の手、だけなのかもしれません。
(republic1963)