(「週刊メルマガクリルタイ」Vol.92(2011/08/24 配信分) の原稿を再掲)
☆はしがき
みなさんおひさしぶりです、やっほう!!
日々の生活にお変わりありませんでせうか? お変わりありませんね。よかった~、お変わりなくて。
僕はといえば、去年の四月から大学院(博士後期)に進学いたしました。専攻が日本文学・古典と人文学/非現代とゆう「高学歴フリーター」の道をまっしぐらでございます。
「就職詐欺」「やめろ! そっちの道はがけ崩れだ!」「誰だ! 花園を荒らすものは!」といわれる博士ライフを送ってはや二年目。いや、すごいですね。文系博士課程ライフ。もう何がすごいって……いや、悲しくなるからやめます!
さて、今回は修士残酷物語の続編、博士残酷物語をお届けしようと思います。
※『文系大学院残酷物語修士篇』
大学院をめぐる恋愛事情も、以前とはまるきり変わって、『anan』などの一流女性雑誌でも大学院生彼氏がふゅーちゃーされるようになりました。「時間がいっぱいあるからたくさんあってもらえる☆」とか、「彼は物知りでいろいろ教えてくれる!」とか、「社会人スレしてなくて、私のことを純情に考え続けてくれるに違いない☆」とか、巷では院生男子をめぐっていろいろ言われておるそうです。
それで、なんでしたっけね。理系大学院で大学近くの喫茶店でMacBook開いてる眼鏡で白衣で黒髪の天文学者を捕まえるといいんでしたっけね。
そんな雑誌を見るたびに……。
「夢みてんじゃねぇぞメス豚どもぉおおおおおおおおおおお!!!ゴルァァアアァアアアアアアアアアアアアア!!!!」
…と、叫びたくなるのでした。もちろん、叫びません。人を荒涼に難ずるまじき旨1150年ぐらい前から藤原清輔の教えるところでございます。
本日は大学院生博士後期課程まであがった私めが、恋愛のなんたるかを伝授するべく筆をとり、世にいる夢みちゃってる俺と彼女のために御文したた目申上致候。しかし、もちろんこの戯文は実証的なデータに導かれた社会の真理を伝えるものでありません。現役の大学院生による卑屈で陰湿で、しかし希望にも満ちた虚実皮膜のファンタジーとして読んでいただければ幸いですの!
☆院生男子の現状
……と、書きだしてはみたものの、はてはてどうしたものやら。実はここ最近、僕には恋愛がらみの話題が降っておらず、壮大なネタ切れを起こしてもいるのです。なんてったって女性とあわないからねぇ。国公立はまた違うでしょうが、私学の博士課程も二年になると、かわいい後輩たちも次々別の道へと去ってしまいます。
「わぁ、せんぱぁーい。これこれ教えてくださいよ~」
「ふふん、これは文治年間の司牒状だねぇ。たぶん翻刻が『鎌倉遺文』に収載されているはずだよ。……ほらあった。あったよ! あったけど、これは、翻刻ミスってる上に重出文書だ! ちくしょう! なんてこった! 竹内理三、てめえは俺を怒らせた、千と四回生まれ変わってもてめえだけは絶対許さない!! ゴゴゴゴ!」
「せ、せぇんぱい……?」
とか……
「せんぱぁーい。みとのまぐわいってなんですか~?」
「ふう、それは君には教えてあげられないな」
「な、なんでですか」
「体験するほうが速いからだよ。ほら、ふくをぬいで」
「せ、せんぱい(スルスル)」
…とか、上記のような話をした記憶はありませんし、文治年間の重出文書も見つけた覚えがありませんが、可愛い後輩はいなくなってしまうのです。
まあぶちまけますが、男子大学院生の恋愛相手で一番多いのはぶちまけ「後輩」だそうです。進学以前にパートナーがいるケースにおいても、後輩の彼女率は相当高い印象があります。
後輩にも様々なレベル(学部、サークル、研究室など)があります。まあもちろん上はどんどん抜けていきますし、女性と会う、といっても、大学院生でいえば他領域の院生か、他大学の女子院生と学会でお会いする程度、社会人との接点がない領域だと、あとはバイト先/同窓会/オフ会などに限定されてしまうのです。
しかし、他領域の院生はそもそもほとんど会うことがありませんし、他大学の女子は基本的にライバルです(そして、時と大学によっては指導教員が保護者のごとく悪いムシ=僕から守っています)。社会人とオフ会での出会いは、それこそ人によるでしょう。院生だって(いちおう)人間です。社交的な人もいれば、そうじゃない人もいる。
ネットに強い人もいれば弱い人もいるのです。とはいえ、多くの人文系(とくに文化研究系)の大学院生にとって「ある程度のステータスをもった社会人」との恋愛とは、誰もが夢みるファンタジー。女子院生にとってはなおさらで、男子であれば研究をしながら「ヒモる」ことに憧れない人はおりませぬ。社会人との恋愛。院生男子(博士)にとってはそれはまさしくファンタジー。
残念ながら、たとえ社会人のパートナーを見つけることができても、多くは長続きはしないのです。
社会人が「院生男子との恋愛」に誤解をもっており、また、大学のほうも社会人との恋愛に強い幻想を抱いているからなのです。次節では、この不幸なすれ違いについて考えます。
☆四つの誤解
では、まず「大学院生が恋愛の相手として悪くはない」とされる要素を検討しつつ、その誤解について少し解説しておきましょう。
1.『大学院生は時間がある』
たしかに、博士後期課程の大学院生の多くは他の職業についている人たちに比べて自分たちの時間があるように思われます。授業は原則としてありませんし、論文を書くのに「何時から何時まで」という縛りはほとんどありません。他に本業があって院生を副業で行っている人たちもいるので一概にはいえないものの、自由になる時間は社会人よりもあるといえるでしょう。
しかし、自由になるから暇かと思えば大間違いです。それは「人生すべてが就業時間」でもあるということなのです。
特に同年代に近い領域をやっている友人やライバルがいる場合はなおさらです。一分一秒僕が遊んで無駄にしている間に、KOのあいつは僻案抄の伝本再分類に成功しているかもしれないし、帝大にいる彼女は毎月抄の偽書説を裏付ける確かな証拠を見つけているかもしれないのです。
時間があれば本を読みパソコンに向かい、時に息抜き。それ以外の時間は遊んでいる自分を見下している同僚たちの姿を想像して「ぐぉぉぁああう」と悲鳴をあげている。それが大学院生の自由時間なのです。
なるほど、それでも平日の夜、社会人のあなたに院生彼氏は会ってくれるでしょう。疲れ果てて「あー、彼に癒してもらいたいな☆」とか思って会うのでしょう。
しかしながら、あなたと会ったときに彼は無駄な煩悶に悶え苦しんだあと(か、苦しんでいる最中)なのです。疲れ果てた笑顔をさらしながら「お仕事おつかれさま」といってくれる彼氏の笑顔にほこほこすることもできるでしょう。ああっ! ほこほこすればいいさ! でも、きっとそんな彼はあなたと話している間も上の空で、細川藤孝公の書写目録を頭に浮かべて、まだ見ぬライバルが永青文庫を来訪している姿を想像して苦悶しているのです。
あと、意外な点かもしれませんが、土日が休みでない、ということも多くあります。
まず、学会の多くは土日、時に二日間続けての開催となります。あるいは、大学や研究機関の先生方が中心となって活動する研究会などの多くも土日に開催されることになります。社会人彼女がうきうき気分で「ねぇ、土日ひまぁ? 『コクリコ坂』観にいこうよ?」と誘っても、院生彼氏は「ごめん学会」乃至「ごめん疲れてるから」といって断る可能性が高いわけです。時間はあるけど気はそぞろ、それが文系院生男子です。家に帰ればページ数が二万とかまで振ってある謎の叢書を読みながら、謎の笑みを浮かべているときの彼のアヘ顔にあなたは耐えられるでしょうか。。
2.『物知りである』
なるほど、文系院生彼氏を連れていけば、博物館や美術館で出品するものについて解説をしてくれることはありうるでしょう。時に映画や小説を読んでいるときに、面白い小話を聞かせてくれることも大いにあり得ます。また、文系院生彼氏は意外と多趣味で凝り性だったりします。そういうのがお好きな方にはちょっとスパイシーな存在。普段は「ニート同然の腐れ外道がっ☆」とか思っている彼を見直すことがあるかもしれませんね。
でも、彼のお話があなたの興味と合致するかは人生をかけたギャンブルです。博物館について迂闊に「そういえば●●くんの専門ってこれだよね?」なんて言ったら大変です。小一時間ぐらい初めて聞く書名や人名やまだ活字になっていない本の話などをされ、他の展示の個所でも繰返し同じ話をしやがります。もし、あなたが比較的近い領域の研究者であればそこから有益な情報を引き出すことができるかもしれませんが、毎日朝早くから夜遅くまで働くキャリアウーマンであればそれは呪いか狂気かお経に聞こえるかもしれません。そして、万が一あなたが同じ領域の研究者であれば「し、知ったかしやがって……クソがっ!」と叫んで博物館で喧嘩が始まる可能性を考慮しておく必要があります。
しかし、そこで「ま、その話はいいから」と話を遮ってしまうと、あら大変。ガラスのハートをもった院生男子はコートの中でも泣いちゃうかも? 自分の研究が社会の役にも立たず、彼女の興味にも当てはまらないことを自覚させられるのは、覚悟していても辛いものですから。
3.『純情である』
人によります。
4.『落としやすく、駆け引き無用』
人によりますが、ぶっちゃけあなたの「ステータス」次第です。
5.『将来性』
社会科学、法学、広義の経済、経営系などには十分あります。また、意外と文系学科も就職口そのものは少なくありません(中高の先生、僧侶等があります)。しかし、文化研究系の男子院生はとにかく働くことに無駄な嫌悪感と、「好きなことだけやって生きていきたい!」という叶わない夢と、特に誰かが知りたいわけではない情報をたくさん知っておきたいという謎の欲望と、しばしば人間としてダメな部分を抱えており、お給料がもらえるような普通の社会生活に支障があるようです。というより、将来とかないほうがよりよいとすら思っている自暴自棄さ
を持っているケースも散見され、僕がその典型です。そうではなく、広く社会の役に立ちたいとか、「もっとみんなの苦しみを減らしたい!」というような高い志をもっている人がいたら、万が一そんな大学院生を見つけたら、背中を預けてもよいでしょう。ただし、そんな優秀な人はすでに就職をキめている可能性が高いです。
以上のように、魅力に映る院生彼氏のメリットを何一つ持たない文化研究系の大学院博士課程彼氏は恋愛の相手として非常に厄介な存在です。かくいう僕も書いていてだんだん悲しくなってきました。
今はインターネットとデータベースが次々と公開され、文系大学院生でもパソコンは必須アイテムとなっていますが、それでもAirMacをエアバス社の飛行機だと思っているぐらいにITリテラシーの低い院生も数多くいます(実話)。それでも、大学院の果てまでやってきた男子は「自分の価値がいかに低いか」を様々なシーンで体験していて、その辛さ、悲しみと、文系男子にありがちなナイーブな感性と、多くは完全に一方通行の同情をこじらせて、あなたの苦しみを減らしてくれるかもしれません。
☆院生男子の目論見
しかし、大学院生の男子だって、「高収入の女子と結婚したい!」とぶちまけ思っているのです。とはいえ、大学院生にとってはまさに高値の花(高嶺でもあります)。自分の将来的価値を担保にしてキャリア女性と付き合うのは実はちょっとしたゴールのようにも感じているのです!
ですが、この「担保」がいかに薄弱なものかは、当人たちが一番分かっているのではないでしょうか。実際に「将来的価値」を担保に出来るのは、将来弁護士の可能性があるロースクール、あるいは法学、それから就職に比較的有利な経済関係と、理工大学院でありましょう。では「キャリアウーマンではなくても普通のOLじゃだめなのかい!?」と思ったみなさま! もちろん、いいのです。いいのですが、しかし。
☆「支えられるぐらい、あたし……ないもん!」
普通の社会人との恋愛について、とある彼女もちの友人(忍者の研究者)に呼び出されて、人生相談をされたことがあります。
彼「こないだね。吉祥寺のいせ屋にいったときにさ、お見合いの話になったんですよ」
僕「はあ」
彼「で、彼女に、お見合いでさ、『おれだってオックスフォード大学卒の女子とお見合いしてキャリアアップだぜヒャッハ!』みたいな話になったんだよ」
僕「なにでそうなったのかわかんないけど、そうなんだ」
彼「そしたらさ、彼女が泣き出して」
僕「なんで!?」
彼「よくわかんないんだけど、傷つけたみたい。それで、大泣きされて、『わ、私が、正社員の彼とお見合いするっていったら●●君嫌でしょ!』とか、言われてさ。それで、『なんで怒ってるの? 話してよ』っていったら、すごく、泣き始めてさ」
彼女「あたし、●●君を支えられるぐらい年収ないもん! ●●君、本当は私じゃなくて、もっとお金もってる人に支えてほしいんでしょっ!」
友は、ビールを干しました。
彼「ちょっと図星だった」
……そいつを非難するなんて簡単なことです。人間が小さいとか、バカやろうとか。
でも、その時の「彼女」の苦しみは痛いほどわかるわけです。忍者の研究で大成しても、果たしてそこに『未来』はあるのか。たぶんない。一時期は勉強をやめてしまおうと考えていたそいつに、僕はその時、彼から目を逸らしながら「がんばれよ」なんて、目悲しい慰めをいうことが精一杯でした。
そして、そいつはいま、某女子大の助教です。
ノッキョオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
さすが、さすが忍者! これ立てたの絶対忍者だろ・・汚いなさすが忍者きたない!
僕はこれで忍者きらいになったなあ。卑怯過ぎるでしょう?
-------------------------------------------------------------
このように、院生の恋は誰かを傷つけてしまうのです。少なくとも、そんな風に思っている高学歴フリーターたちは多いのです。大学院生の恋最大のハードルは、そういう「怯え」を超えることが、たぶんちょっとだけ他の人より難しいこと、なのかも。
でも、そんな感じの院生ライフですが、なんだかんだで楽しく満足してます。好きな本をたくさん読んで、知りたいことをたくさん知って。図書館にはあなたが触ったこともないような本が実はゴマンと収蔵されており、重文や重美にも触れる機会ができました。将来性や時間の余裕や、人格や駆け引きじゃなくて、自分の幸福に満足できる、すてきな大学院ライフを楽しんでいるその姿にこそ、世のOLは惚れてほしいなーと思うのです。
(安倉儀たたた)
☆はしがき
みなさんおひさしぶりです、やっほう!!
日々の生活にお変わりありませんでせうか? お変わりありませんね。よかった~、お変わりなくて。
僕はといえば、去年の四月から大学院(博士後期)に進学いたしました。専攻が日本文学・古典と人文学/非現代とゆう「高学歴フリーター」の道をまっしぐらでございます。
「就職詐欺」「やめろ! そっちの道はがけ崩れだ!」「誰だ! 花園を荒らすものは!」といわれる博士ライフを送ってはや二年目。いや、すごいですね。文系博士課程ライフ。もう何がすごいって……いや、悲しくなるからやめます!
さて、今回は修士残酷物語の続編、博士残酷物語をお届けしようと思います。
※『文系大学院残酷物語修士篇』
大学院をめぐる恋愛事情も、以前とはまるきり変わって、『anan』などの一流女性雑誌でも大学院生彼氏がふゅーちゃーされるようになりました。「時間がいっぱいあるからたくさんあってもらえる☆」とか、「彼は物知りでいろいろ教えてくれる!」とか、「社会人スレしてなくて、私のことを純情に考え続けてくれるに違いない☆」とか、巷では院生男子をめぐっていろいろ言われておるそうです。
それで、なんでしたっけね。理系大学院で大学近くの喫茶店でMacBook開いてる眼鏡で白衣で黒髪の天文学者を捕まえるといいんでしたっけね。
そんな雑誌を見るたびに……。
「夢みてんじゃねぇぞメス豚どもぉおおおおおおおおおおお!!!ゴルァァアアァアアアアアアアアアアアアア!!!!」
…と、叫びたくなるのでした。もちろん、叫びません。人を荒涼に難ずるまじき旨1150年ぐらい前から藤原清輔の教えるところでございます。
本日は大学院生博士後期課程まであがった私めが、恋愛のなんたるかを伝授するべく筆をとり、世にいる夢みちゃってる俺と彼女のために御文したた目申上致候。しかし、もちろんこの戯文は実証的なデータに導かれた社会の真理を伝えるものでありません。現役の大学院生による卑屈で陰湿で、しかし希望にも満ちた虚実皮膜のファンタジーとして読んでいただければ幸いですの!
☆院生男子の現状
……と、書きだしてはみたものの、はてはてどうしたものやら。実はここ最近、僕には恋愛がらみの話題が降っておらず、壮大なネタ切れを起こしてもいるのです。なんてったって女性とあわないからねぇ。国公立はまた違うでしょうが、私学の博士課程も二年になると、かわいい後輩たちも次々別の道へと去ってしまいます。
「わぁ、せんぱぁーい。これこれ教えてくださいよ~」
「ふふん、これは文治年間の司牒状だねぇ。たぶん翻刻が『鎌倉遺文』に収載されているはずだよ。……ほらあった。あったよ! あったけど、これは、翻刻ミスってる上に重出文書だ! ちくしょう! なんてこった! 竹内理三、てめえは俺を怒らせた、千と四回生まれ変わってもてめえだけは絶対許さない!! ゴゴゴゴ!」
「せ、せぇんぱい……?」
とか……
「せんぱぁーい。みとのまぐわいってなんですか~?」
「ふう、それは君には教えてあげられないな」
「な、なんでですか」
「体験するほうが速いからだよ。ほら、ふくをぬいで」
「せ、せんぱい(スルスル)」
…とか、上記のような話をした記憶はありませんし、文治年間の重出文書も見つけた覚えがありませんが、可愛い後輩はいなくなってしまうのです。
まあぶちまけますが、男子大学院生の恋愛相手で一番多いのはぶちまけ「後輩」だそうです。進学以前にパートナーがいるケースにおいても、後輩の彼女率は相当高い印象があります。
後輩にも様々なレベル(学部、サークル、研究室など)があります。まあもちろん上はどんどん抜けていきますし、女性と会う、といっても、大学院生でいえば他領域の院生か、他大学の女子院生と学会でお会いする程度、社会人との接点がない領域だと、あとはバイト先/同窓会/オフ会などに限定されてしまうのです。
しかし、他領域の院生はそもそもほとんど会うことがありませんし、他大学の女子は基本的にライバルです(そして、時と大学によっては指導教員が保護者のごとく悪いムシ=僕から守っています)。社会人とオフ会での出会いは、それこそ人によるでしょう。院生だって(いちおう)人間です。社交的な人もいれば、そうじゃない人もいる。
ネットに強い人もいれば弱い人もいるのです。とはいえ、多くの人文系(とくに文化研究系)の大学院生にとって「ある程度のステータスをもった社会人」との恋愛とは、誰もが夢みるファンタジー。女子院生にとってはなおさらで、男子であれば研究をしながら「ヒモる」ことに憧れない人はおりませぬ。社会人との恋愛。院生男子(博士)にとってはそれはまさしくファンタジー。
残念ながら、たとえ社会人のパートナーを見つけることができても、多くは長続きはしないのです。
社会人が「院生男子との恋愛」に誤解をもっており、また、大学のほうも社会人との恋愛に強い幻想を抱いているからなのです。次節では、この不幸なすれ違いについて考えます。
☆四つの誤解
では、まず「大学院生が恋愛の相手として悪くはない」とされる要素を検討しつつ、その誤解について少し解説しておきましょう。
1.『大学院生は時間がある』
たしかに、博士後期課程の大学院生の多くは他の職業についている人たちに比べて自分たちの時間があるように思われます。授業は原則としてありませんし、論文を書くのに「何時から何時まで」という縛りはほとんどありません。他に本業があって院生を副業で行っている人たちもいるので一概にはいえないものの、自由になる時間は社会人よりもあるといえるでしょう。
しかし、自由になるから暇かと思えば大間違いです。それは「人生すべてが就業時間」でもあるということなのです。
特に同年代に近い領域をやっている友人やライバルがいる場合はなおさらです。一分一秒僕が遊んで無駄にしている間に、KOのあいつは僻案抄の伝本再分類に成功しているかもしれないし、帝大にいる彼女は毎月抄の偽書説を裏付ける確かな証拠を見つけているかもしれないのです。
時間があれば本を読みパソコンに向かい、時に息抜き。それ以外の時間は遊んでいる自分を見下している同僚たちの姿を想像して「ぐぉぉぁああう」と悲鳴をあげている。それが大学院生の自由時間なのです。
なるほど、それでも平日の夜、社会人のあなたに院生彼氏は会ってくれるでしょう。疲れ果てて「あー、彼に癒してもらいたいな☆」とか思って会うのでしょう。
しかしながら、あなたと会ったときに彼は無駄な煩悶に悶え苦しんだあと(か、苦しんでいる最中)なのです。疲れ果てた笑顔をさらしながら「お仕事おつかれさま」といってくれる彼氏の笑顔にほこほこすることもできるでしょう。ああっ! ほこほこすればいいさ! でも、きっとそんな彼はあなたと話している間も上の空で、細川藤孝公の書写目録を頭に浮かべて、まだ見ぬライバルが永青文庫を来訪している姿を想像して苦悶しているのです。
あと、意外な点かもしれませんが、土日が休みでない、ということも多くあります。
まず、学会の多くは土日、時に二日間続けての開催となります。あるいは、大学や研究機関の先生方が中心となって活動する研究会などの多くも土日に開催されることになります。社会人彼女がうきうき気分で「ねぇ、土日ひまぁ? 『コクリコ坂』観にいこうよ?」と誘っても、院生彼氏は「ごめん学会」乃至「ごめん疲れてるから」といって断る可能性が高いわけです。時間はあるけど気はそぞろ、それが文系院生男子です。家に帰ればページ数が二万とかまで振ってある謎の叢書を読みながら、謎の笑みを浮かべているときの彼のアヘ顔にあなたは耐えられるでしょうか。。
2.『物知りである』
なるほど、文系院生彼氏を連れていけば、博物館や美術館で出品するものについて解説をしてくれることはありうるでしょう。時に映画や小説を読んでいるときに、面白い小話を聞かせてくれることも大いにあり得ます。また、文系院生彼氏は意外と多趣味で凝り性だったりします。そういうのがお好きな方にはちょっとスパイシーな存在。普段は「ニート同然の腐れ外道がっ☆」とか思っている彼を見直すことがあるかもしれませんね。
でも、彼のお話があなたの興味と合致するかは人生をかけたギャンブルです。博物館について迂闊に「そういえば●●くんの専門ってこれだよね?」なんて言ったら大変です。小一時間ぐらい初めて聞く書名や人名やまだ活字になっていない本の話などをされ、他の展示の個所でも繰返し同じ話をしやがります。もし、あなたが比較的近い領域の研究者であればそこから有益な情報を引き出すことができるかもしれませんが、毎日朝早くから夜遅くまで働くキャリアウーマンであればそれは呪いか狂気かお経に聞こえるかもしれません。そして、万が一あなたが同じ領域の研究者であれば「し、知ったかしやがって……クソがっ!」と叫んで博物館で喧嘩が始まる可能性を考慮しておく必要があります。
しかし、そこで「ま、その話はいいから」と話を遮ってしまうと、あら大変。ガラスのハートをもった院生男子はコートの中でも泣いちゃうかも? 自分の研究が社会の役にも立たず、彼女の興味にも当てはまらないことを自覚させられるのは、覚悟していても辛いものですから。
3.『純情である』
人によります。
4.『落としやすく、駆け引き無用』
人によりますが、ぶっちゃけあなたの「ステータス」次第です。
5.『将来性』
社会科学、法学、広義の経済、経営系などには十分あります。また、意外と文系学科も就職口そのものは少なくありません(中高の先生、僧侶等があります)。しかし、文化研究系の男子院生はとにかく働くことに無駄な嫌悪感と、「好きなことだけやって生きていきたい!」という叶わない夢と、特に誰かが知りたいわけではない情報をたくさん知っておきたいという謎の欲望と、しばしば人間としてダメな部分を抱えており、お給料がもらえるような普通の社会生活に支障があるようです。というより、将来とかないほうがよりよいとすら思っている自暴自棄さ
を持っているケースも散見され、僕がその典型です。そうではなく、広く社会の役に立ちたいとか、「もっとみんなの苦しみを減らしたい!」というような高い志をもっている人がいたら、万が一そんな大学院生を見つけたら、背中を預けてもよいでしょう。ただし、そんな優秀な人はすでに就職をキめている可能性が高いです。
以上のように、魅力に映る院生彼氏のメリットを何一つ持たない文化研究系の大学院博士課程彼氏は恋愛の相手として非常に厄介な存在です。かくいう僕も書いていてだんだん悲しくなってきました。
今はインターネットとデータベースが次々と公開され、文系大学院生でもパソコンは必須アイテムとなっていますが、それでもAirMacをエアバス社の飛行機だと思っているぐらいにITリテラシーの低い院生も数多くいます(実話)。それでも、大学院の果てまでやってきた男子は「自分の価値がいかに低いか」を様々なシーンで体験していて、その辛さ、悲しみと、文系男子にありがちなナイーブな感性と、多くは完全に一方通行の同情をこじらせて、あなたの苦しみを減らしてくれるかもしれません。
☆院生男子の目論見
しかし、大学院生の男子だって、「高収入の女子と結婚したい!」とぶちまけ思っているのです。とはいえ、大学院生にとってはまさに高値の花(高嶺でもあります)。自分の将来的価値を担保にしてキャリア女性と付き合うのは実はちょっとしたゴールのようにも感じているのです!
ですが、この「担保」がいかに薄弱なものかは、当人たちが一番分かっているのではないでしょうか。実際に「将来的価値」を担保に出来るのは、将来弁護士の可能性があるロースクール、あるいは法学、それから就職に比較的有利な経済関係と、理工大学院でありましょう。では「キャリアウーマンではなくても普通のOLじゃだめなのかい!?」と思ったみなさま! もちろん、いいのです。いいのですが、しかし。
☆「支えられるぐらい、あたし……ないもん!」
普通の社会人との恋愛について、とある彼女もちの友人(忍者の研究者)に呼び出されて、人生相談をされたことがあります。
彼「こないだね。吉祥寺のいせ屋にいったときにさ、お見合いの話になったんですよ」
僕「はあ」
彼「で、彼女に、お見合いでさ、『おれだってオックスフォード大学卒の女子とお見合いしてキャリアアップだぜヒャッハ!』みたいな話になったんだよ」
僕「なにでそうなったのかわかんないけど、そうなんだ」
彼「そしたらさ、彼女が泣き出して」
僕「なんで!?」
彼「よくわかんないんだけど、傷つけたみたい。それで、大泣きされて、『わ、私が、正社員の彼とお見合いするっていったら●●君嫌でしょ!』とか、言われてさ。それで、『なんで怒ってるの? 話してよ』っていったら、すごく、泣き始めてさ」
彼女「あたし、●●君を支えられるぐらい年収ないもん! ●●君、本当は私じゃなくて、もっとお金もってる人に支えてほしいんでしょっ!」
友は、ビールを干しました。
彼「ちょっと図星だった」
……そいつを非難するなんて簡単なことです。人間が小さいとか、バカやろうとか。
でも、その時の「彼女」の苦しみは痛いほどわかるわけです。忍者の研究で大成しても、果たしてそこに『未来』はあるのか。たぶんない。一時期は勉強をやめてしまおうと考えていたそいつに、僕はその時、彼から目を逸らしながら「がんばれよ」なんて、目悲しい慰めをいうことが精一杯でした。
そして、そいつはいま、某女子大の助教です。
ノッキョオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
さすが、さすが忍者! これ立てたの絶対忍者だろ・・汚いなさすが忍者きたない!
僕はこれで忍者きらいになったなあ。卑怯過ぎるでしょう?
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このように、院生の恋は誰かを傷つけてしまうのです。少なくとも、そんな風に思っている高学歴フリーターたちは多いのです。大学院生の恋最大のハードルは、そういう「怯え」を超えることが、たぶんちょっとだけ他の人より難しいこと、なのかも。
でも、そんな感じの院生ライフですが、なんだかんだで楽しく満足してます。好きな本をたくさん読んで、知りたいことをたくさん知って。図書館にはあなたが触ったこともないような本が実はゴマンと収蔵されており、重文や重美にも触れる機会ができました。将来性や時間の余裕や、人格や駆け引きじゃなくて、自分の幸福に満足できる、すてきな大学院ライフを楽しんでいるその姿にこそ、世のOLは惚れてほしいなーと思うのです。
(安倉儀たたた)