みなさん「デーモンコア」とはなにかご存知だろうか。最近になってwikipediaに掲載され、ニュースサイトGIGAZINEが取り上げて話題になっている。「デーモンコア」の説明はそれぞれをお読みいただくとして、さてGIGAZINEの記事中に気になる記述があった。

『ちなみに原発関連では昔から、安全面で問題があるかのような印象を与えるという理由から事故が起きても「事故」とは言わずに「事象」と称してごまかすことが多いことが知られています。』

太線箇所にインスパイアされ、原子力安全保安院の言葉の印象操作を、彼等が作成した「保安部会・議事録」から告発する。

GIGAZINEからの引用部分を簡単に言うと、「事故」と呼ぶに値することでも、「事象」と呼ぶことで、聴く者に安心を与えることができる、ということだ。原発の安心が、どのようにして作られているか。示唆を与えてくれる記述ではないだろうか。

実は筆者は、原子力安全・保安院の議事録を読み続けている。この議事録の中で、上述のように、言葉のすり替えによって、「安心」を作りだそうとしている箇所があったので紹介したい。

原子力安全・保安院の過去議事録から、印象操作についての箇所

原子力安全・保安院の第30回保安部会議事録の中に以下の記述がある。

「○草間委員
「事故」「事案」は決まった言葉なんでしょうか。事故はいいんですけれども、あるところでは「事故」「トラブル」と出てきたりしますので、統一したらどうでしょうか。

事故、事案、トラブル、が出てくるのでわかりにくいので統一したほうがいいのではないか、という提案。これに対して、原子力安全保安院側から以下の返答。

「○大村原子力安全技術基盤課長
事案につきましては事故トラブルではない、例えば平成 14 年の自主点検の不正記録問題とかいろんなものは事故ということではない部分がありまして、どうしても事故というと物理的に起こったものだけに限定されてしまうので、何かそれ以外のものも問題となるものは取り上げる必要があるということで、事案という言葉をかなりいろんなところで使っている状況でございます。」

※以上、原子力安全・保安院、保安部会第30回議事録[PDFファイルはこちらから]より引用。

この説明で納得する人は、どれくらいいるのだろうか。もし納得した人は、平和ボケしているかもしれない。だが、この記事を最後まで読めば、上記の説明が、いかにまやかしの「原発の安全」を、作り出すためのものなのかがわかるだろう。

というのも、平成 14 年の自主点検の不正記録問題は、あまりにひどい事件だからだ。

■「平成 14 年の自主点検の不正記録問題」は事案ではなく「事件」と呼ぶのが適当だ

「平成 14 年の自主点検の不正記録問題」は、事故と呼ぶのは適当ではないかもしれない。そこで彼等は「事案」と呼ぶ。しかし、「事案」と呼ぶのはさらに適当ではない。だって直感的にわかりにくいもの。ではなんと呼べばいいか。

「事件」

これで分かりにくければ「不正事件」でよい。この「平成 14 年の自主点検の不正記録問題」は、東電(東京電力)を始め多くの人が処分される結果になっている。これが事件でなくてなんなのか。不正記録問題については、記事の後半に記述したので参考にしていただきたい。

さらに、大村原子力安全技術基盤課長は言う。「事案」という言葉を、「かなりいろんなところで使っている状況」だとしている。既成事実として「かなりいろんなところで使っている」事を述べている。今まで広く使ってきたから、これからも使うよ、と言わんばかりの口ぶりに思えるのは筆者だけだろうか。実際、この保安部会第30回の議事録にも、此等の言葉が何度か出てきている。2箇所紹介する。

『これはこれまでに経験をしましたさまざまなトラブル、事故、事案の知見を安全規制に生かしていくということ。安全研究等で新たに得られる知見というものもございますので、』

トラブルと事故と事案って、どう違うんだよ。とつい疑問が口汚く口から出てしまう。

『その下 にある検査分野におきましては、いろいろ事故トラブル等もその対応ということで、品質保証の考え方というのが随分取り入れられてきたわけでございます。』

「事故トラブル」ってなんだよ。急にくっつけやがって。とつい疑問が口汚く口から出てしまう。

ちなみに、「トラブル」という言葉の意味は、wikipediaによると以下のとおり。

『トラブル (trouble) とは、社会的な事故を指す。いざこざ、もめ事、悶着、面倒、問題、紛争、障害などとも言われる。』

これを踏まえれば、「トラブル」という言葉は、事故、にも、事案、にも用いることができそうだ。曖昧な言葉をなぜ用いるのだろうか。

■私たちがもつ言葉のイメージが、印象操作に利用されている

だが、言葉の意味の違いについて考えることは、あまり意味を成さない。考えるべきことは、私たちが日常生活の中で、この3つの言葉をどのようにとらえているか、が重要だ。それを踏まえた上で、原子力安全保安院は、印象操作をしているだろうからである。私たちは、この3つの言葉を以下の順で問題意識を持って捉えるだろう。

【1】事故
【2】トラブル
【3】事案

これらを私たちが日常生活でどんなふうに使ったり、捉えたりしているのだろうか。筆者が考える3つの言葉のイメージは以下のとおりだ。

【1】事故
車の衝突事故。重機の事故。飛行機の事故。など人命に関わるものを指すイメージ。

【2】トラブル
ご近所トラブル。訴訟などの民事のトラブル。人命に関わらないが、厄介なことというイメージ。

【3】事案
あんまり日常生活で使わないのでよくわからない。筆者は、会議で出す議案に近いものだというイメージを抱く。なんか大事なことくらいのイメージ。

これらの私たちが持つ言葉のイメージを、原子力安全保安院は利用して印象操作をしている。まあこう言うことは、どんな企業でも行っていることだ。だが、行っている側が「原発」を扱う企業だとしたら、皆さんはどんなふうに感じるだろうか。

これに、原発、という言葉をくっつけてみれば理解しやすい。

【1】原発事故
【2】原発トラブル
【3】原発事案

いかがだろうか。急に【1】と【2】が恐ろしいものに思えてくる。だが【3】は依然として、危機感が持てない。だが、上記で引用した、平成 14 年の自主点検の不正記録問題は、「事案」と呼ばれているものなのだ。

■平成 14 年の自主点検の不正記録問題についておさらい

ここで、「平成 14 年の自主点検の不正記録問題」とは何だったか、を資料から引用する。これが本当に「事案」と呼ばれていいものかどうか、皆さんに判断していただきたい。

『通商産業省(当時)に対し、東京電力(株)福島第一原子力発電所1号機で1989年(平成元年)に実施され た点検作業報告書について、米国在住のゼネラルエレクトリック社(GE社)の作業関係者という人から「同機の蒸気乾燥器に取り替えが必要なほどのひび割れが6ヶ所で発見されたことなどを記載していない検査報告書にサインさせられた。」などの第1の申告が到達。』平成12年 7月 3日

『GE社が原子力安全・保安院に 対して、蒸気乾燥器以外にも検査報告書の一部改ざんが 行われていた疑いがあることを情報提供。』平成14年 3月19日

『東京電力(株)は、GE社から申告に係る案件(2件) 以外の問題が24件あることの説明を受け、事実関係調 査のため社内調査委員会の設置を決定。』平成14年 8月29日

『原子力安全・保安院および東京電力は、1980年代後 半から90年代にかけて、自主点検作業記録などに虚偽の記載などが行われた可能性(29件)があり、これまで調査を行ってきていること、併せて、これらの事案の対象となる使用中の機器は直ちに安全性に重大な影響を与える可能性はないことを発表。』平成14年 8月29日

『東京電力は、会長、社長、原子力担当副社長、相談役2名の辞任を公表。』平成14年 9月 2日

『東京電力は調査結果をまとめるとともに、原子力関係者 (35名)の処分を公表。』平成14年 9月17日

『東北電力、東京電力、中部電力は、自主点検において再循環系配管にひび割れが発見されていたこと、25日に は、日本原子力発電は、シュラウド(原子炉隔壁)にひび割れの兆候が発見されていたことを公表。』平成14年 9月20日

『経済産業省は、原子力安全・保安院長ほか関係者(6名) の処分を公表。』平成14年 9月27日

『東京電力において、国の定期検査である格納容器漏えい率検査について不正操作が行われていたことを公表。』平成14年10月25日

※引用元、『東京電力(株)の点検作業不正記載について (座長報告)』(平成14年11月19日 原子力委員会 市民参加懇談会)[PDFファイルはこちらから見れる]

これが、原子力安全・保安院が、「事案」と呼んでいることの具体的な内容だ。いかがだろうか。最後にもう一度、冒頭の引用箇所を掲載しておく。

『どうしても事故というと物理的に起こったものだけに限定されてしまうので、何かそれ以外のものも問題となるものは取り上げる必要があるということで、事案という言葉をかなりいろんなところで使っている状況でございます。』

繰り返すが、事案は、事件をごまかして伝える言葉だ。

これまで彼等の言葉による印象操作に、言いくるめられ苦しんできた、福島を始めとする原発建設地の住民たちの無念さに同情する。私たちは、彼等の無念さを受け止め、原子力安全保安院、並びに政府、東電の狡猾さを、見抜き、否定する力を持たなくてはいけない。国は市民が作りあげる。決して政府が作るものではない。

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