My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

出版社が早急に実現すべき電子教科書とは

2010-06-05 23:36:27 | 2. イノベーション・技術経営

先日、田原総一郎さんがこんなTweetをされていた。

ある出版社から話が聞きたいと呼ばれた。教科書が電子教科書になる流れがある。これを一つ持てば小学校から高校までどんな科目も全部間に合う。そこで出版社としてはこの流れをなんとかして止めたいと思っているのだ。電子教科書になれば紙や印刷はおろか出版社の存在も危なくなってしまうからだ。

出版社・・・本当にそんなこと思ってる?
むしろ逆なのに。

出版社が紙の教科書にこだわりすぎると何が起こるか?
今は出版社が抱え込んでいる本当にコンテンツを作成する能力がある人たちが、そんな出版社に愛想をつかし、だんだんインターネットや電子書籍の世界に行ってしまうだろう。

前の記事「電子書籍はフォーマットとアプリを制したものが勝つ」でも書いたが、
電子書籍で一番大きな事件は、コンテンツが流通やデバイスと完全に切り離されたことだ。
(そのために「本の在庫」という概念が無くなったことも含む)
だから、コンテンツを保有してる出版社がその下流まで影響を及ぼす、ということが出来なくなった。
出版社が、電子書籍への流れを食い止めたいのは、この既存の影響力を保持するためだ。

しかし、コンテンツ自体の価値がまだ残されてることを忘れてはならない。
そして教科書会社は、今それと、それを作る人々とのコネクションを多数持っているということ。
本当に怖いのは、コンテンツ作成能力がある人が徐々にインターネットや電子書籍に移行してしまい、出版社がそのレベル高いコンテンツを失ってしまうことなのだ。
逆に今、電子教科書に移行すれば、質の高いコンテンツを作る新しい人を取り込むことが出来る!

Twitterでこんな教材を紹介してもらった。

高校の化学の教科書がこんなだったら、もっと楽しく化学を学べたかもしれない、という人は多いんじゃないか?
教科書会社は、このユーザビリティを備えて、かつ幅広く広範な教科書を作っていくべきなのだ。

だって、こんなのって、教科書がまだ電子化されてないからすごい、と思うだけだ。
ぶっちゃけWikipediaや百科事典に載ってるレベルの情報を集めただけじゃん。
高校の化学では、もっともっと面白く、難しい概念を沢山やっている。
一つ一つの元素でももっと詳しい話や、酸化還元やそれによる電池の仕組みとか、有機化学反応とか。
そういうことが、この教材のレベルで電子書籍化されたら、あの時分からなくて苦労したことが、もっと分かりやすくなるのではないか?
教科書会社は、持っているコンテンツ作成人材ネットワークを活用して、電子書籍でわかりやすい教材を作っていくことが可能なはずだ。

更に言おう。
Twitterで下の趣旨のTweetをしていた方がいた。

PCもインターネットも教育の現場に導入されてしばらく経ちますが、何も変わってませんよ。
学校の先生が、PCやインターネットでどうやって有用な情報を手に入れて教育に生かしていけばよいか知らないからです・・」

電子教科書は、先生がインターネットなどに弱い人であっても、簡単に使い方が分かって、次々と新しい情報を手に入れられるものでなくてはならないと思う。
理想的には、先生がいなくても、子供達が自主的に学んでいけるツールであって欲しいと思う。
例えば、Google Mapは色々な情報が入っていて面白いが、それを地理の授業に活用出来るのは、本の一部の情報系に強い先生だけだろう。
電子教科書では、教科書のページにそういったネット上の情報が自然とリンクされていて、
どんな人でも簡単にネット上にある沢山の情報を活用していけるものでなくてはならない。

どうやらiPadのユーザビリティは、それを可能にしているらしい。
私の周りの子持ちiPadユーザによると、もうiPadは子供のおもちゃなのだそうだ。
デバイスを子供に渡しておくだけで、いつの間にか使い方を勝手にマスターしているらしい。
それくらい、直観的なユーザビリティだってことだ。
最近は、iPadをパソコンの使い方がいまいち分からない両親にプレゼントするケースが多いという。

先生が「情弱」だったとしても、気軽に使うことが出来るし、それ以上に子供達が自分で簡単に情報を次々に得ることが出来る、これが電子教科書のあるべき姿だ。
(そして情弱な先生が「権威」を失わないように、電子教科書を活用した指導要領をちゃんと作って売るのも教科書会社の価値だ)

教科書会社はAppleだのAmazonだのが持ちたくても持てない、「学生全員にリーチする」というスゴイ販路を持ってる。
いまの状況ではどんなに良い教科書的アプリがiPad上で紹介されても、使えるのはお金があって、ついでに情報リテラシーもある人だけだ。
教科書会社が電子書籍を作ってくれれば、全員が、素晴らしいコンテンツに触れることが出来るはず。

じゃあ教科書会社が強みを生かしつつ、もっと素晴らしいコンテンツ製作者を引き寄せていくためには、
どのような電子教科書を作っていけばいいか、夢想してみる。

<英語編>
まず、英単語を辞書で調べなくても語彙が出てくるスクロールオーバー機能は当然ついてる。
中学・高校までは、学ぶべき文法も吹き出しが出てきて教えてくれる。
教科書の英語読むのが苦でなくなるので、リーディングの分量を増やせる。
更に知らない単語をハイライトしておくと自動登録してくれて、それに基づいて定期的にテストもやってくれる。
そのうち、現在の単語力で読める本をSuggestしてくれる、自動副読本機能。
スポーツとか芸術とか科学とか、自分の興味ある分野から
副読本を選べる、最強のオーダーメード教科書になる。
(MITメディアラボの某氏と議論したときに出てきたアイディアです。感謝。)

ここでは、電子教科書のソフトの機能を強調したけど、そもそもどの文章を教材に使うか、
どのような例文で文法を学ばせるか、というようなところはコンテンツ作成者の能力が問われるところだ。
普通の人が作るよりも、教科書を作るノウハウがある会社が作る方が、圧倒的に良いものが出来るはずだ。

<数学編>
数学も、ベクトルとか、複素数とか、抽象的なイメージがわかなくて分からなかった、という人は多いんじゃないか?
こういう概念も、演算を図ですぐに示してくれるようなアプリがあれば、すぐに図形的なイメージがわかって理解しやすい。

で、実際そういうアプリは既に世の中に存在するのだが、(例:http://vf.appget.com/vf/menu/lib/ap/apview/020243.html)
結局さっきの話と同じで、全ての人がすぐにネットに接続してゲットできる、というものではない。
だから、教科書会社がこういう機能を「標準の」教科書にして配布する、というのに意味があるのだ。

ついでに日本の数学のレベルはOECD諸国でもまだ上の方なので、この教科書のコンテンツを数ヶ国語で販売すれば、他の国の参考書として売れるかもしれない。
電子教科書の素晴らしいのは、そういうことも低投資で出来るってことだ。

<地理編>
Google Mapは当然利用。
教科書会社が教科書にまとめてる各地域の情報の方が、役に立つので、Google Mapの上にそれをちりばめた物を教材として使う。
昨日紹介したGapMinderみたいなものも、統計資料集として当然活用できる。

この手の「資料集」を教科書にする場合、一番大事なのは「どの順番で、どういう優先順位で教えるか」ということだ。
この辺りを、教師の情報リテラシーに任せるのではなく、ちゃんと教師がこれらのツールを生徒に教えられるよう、指導要領をちゃんと作るのも教科書会社の役目。
電子教科書は、「素敵な資料集」化するものが増えるだろうから、これが一番の価値の源泉になるだろう。
こういうのは、タダで手に入るネット上のアプリとかには存在しない。
教科書会社が価値を発揮し、売ることが出来る部分だ。

<歴史編>
教科書会社が一番強みを発揮するのはここかもしれない。
あれほどのコンパクトさで、広範な内容をしっかり纏め上げているのは、Web上のタダのコンテンツとかには見つからない。

色々議論はあるかもだけど、教科書から参考になる図書へのリンクをすることも出来るだろう。
学生限定で「電子図書館」から参考図書を借りることも可能。
「図書館」だから、一度に借りてる本の冊数は決まってるわけ(笑)
一人で何冊もダウンロードできないし、読み終わったらちゃんと返さないと次のが借りれない。

で、この教科書は当然学生じゃない大人も購入できるんだけど、その場合は参考図書は電子書籍販売サイトにつながっていて、そこで購入できる。
電子教科書でアフィリエイト。
教科書会社が新たにこんなところで稼ぐことも可能なのだ。

<物理・化学編>
化学はさっきも書いた資料集的な位置づけだけでなく、
実験なども、その場で動画につながっていて、すぐに見ることが出来る、というのが強みだと思う。
更には、実験アプリみたいな感じで、クリックしたりすると、模擬実験が出来るとか。
教科書会社は、実験を図示するんじゃなく、動画やアプリでそれを表現することだ。
こういう動画やアプリで表現できることが、電子教科書の強みだと思う。

こんなふうにアイディアを出していったら、きりが無く次々と出てくるだろう。
教科書の上からネット上の有用な情報にリンクを貼ったりして、活用できるようにすれば、「情弱」な人でも、情報を活用する方法を自然と学べるようになるはずだと思う。

以上、ポイントは
・出版社は、コンテンツを作る作成ノウハウと作れる人のネットワークを持っているのが強み。
・電子教科書でも、コンテンツを作る人の重要性は変わらない。この強みを更に伸ばすような機能を付けた電子教科書を早く作ることで、優良コンテンツを作る人を教科書に誘致できる
・そして電子教科書は、その性質を活用したユーザビリティによって、情弱な先生も生徒も、ネット上の有用なコンテンツを次々と活用できるものに出来るはず。
・更に、出版社は「全ての学校の生徒にリーチ出来る」という、デバイス各社垂涎の販路の強みを持っている。Appleなんかがその販路を獲得する前に活用出来るよう、早めに進出すべき。

ということ。
だから、すぐにでも出版社は電子教科書を始めるべきだと思うんですよ。

電子書籍関連の過去記事
My Life in MIT Sloan-電子書籍でデバイス各社はどうすべきか 2010-05-28
My Life in MIT Sloan-わたしの欲しい夢の電子書籍アプリ 2010-05-25
My Life in MIT Sloan-電子書籍はアプリとフォーマットを制したものが勝つ 2010-05-24 ←オススメ
My Life in MIT Sloan -アップルが電子書籍で最初に教科書を狙う理由 2010-01-27
My Life in MIT Sloan -日本の出版社が直面するイノベーションのジレンマ 2010-01-26

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31 Comments

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ハードル (ゆーた)
2010-06-06 00:23:56
まさに同意見です。Twitterで話していただけで大量にアイデアが出てきてわくわくしますね。
教科書となると文科省という頭の固いハードルをクリアしなければならないのが
結構大変かもしれませんが、子供に学ぶ楽しみを教える意味でもせっかくの政治主導で
突破して欲しいですね。
あとは、今の義務教育の教科書無償をどう賄うかですが、国の未来への投資と考えれば
予算を回してもいいところだと思います。
日本が世界に先駆けて電子教科書全面採用とかやったら面白いんですけどねぇー。
返信する
Unknown (clydemender)
2010-06-06 01:30:58
面白い。考えてみれば文字を使ってるのも、容量の小さい媒体に情報を詰め込むための発明で、視覚や音声を載せられるなら識字率の制約もないし。
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Unknown (hitac)
2010-06-06 05:08:46
教材が良くなったって結局は教える側の使い方次第じゃないですか?
指導要綱が変わるわけでなし、教師側からすれば面倒だからその手の教材は使いたがらないかもしれませんね。
返信する
お疲れ様です。 (とある歯医者)
2010-06-06 08:30:01
出版業界の色々な可能性が知れて、勉強になりました。

実際「超字幕」っていう映画やディスカバリーチャネルを題材にしてる英語学習ソフトがあって、めちゃめちゃ便利ですよ。

いちいち、辞書調べたりしなくてもいいし、分らない単語は単語リストに登録してiPhonに登録出来たり。

これで教科書に限らず、TOEFL学習用アプリなんてあると便利なんだけど。。

いずれにせよ生徒に必要なのは、あとはやる気だけです、って世界がやってきそうですね。

教師の役割は、そのモチベートってことになるのかな~。iPadあれば、内職し放題ですね、笑
返信する
Unknown (Unknown)
2010-06-06 10:07:36
教育機関に教科書を納品する書店や問屋が出版社にストップかけているのではないでしょうか。タブレット本体やアプリの料金をこういった既得権をもつ団体にまわるようにすれば障害は軽減されるのでしょうが、なにか解決になっていない気がします。
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Unknown (Lilac)
2010-06-06 13:08:48
@ゆーたさん
>今の義務教育の教科書無償をどう賄うか
デバイスの陳腐化の問題もあるので、一度買えば大学まで、と言うわけには行かないでしょうね。
恐らく義務教育までの9年間使い続けるという前提で、小学一年生のときにどれだけ払えるか。
その価格までデバイス価格が落ちるか、というのも一つのネックですよね

@clydemenderさん
識字率のことまで考えが及んでいませんでしたが、確かにそうですね。
いわゆる読書障害とか、様々な障害を越えた教育が可能になるかもしれませんよね

@hitacさん
その教え方によらずに、生徒が自主的に応用的な勉強をしていけるような教材を目指すべき、と考えています

@とある歯医者さん
教師の役割は、考えないといけませんよね。
とにかく、「教える側の質に寄らずに」生徒が最大限学べる環境を作るのが電子教科書の役割、と考えていますので、その場合教師が出来ることはなんなのか?
モチベーションを与える、またはある程度は、完全な指導要領を用意してあげて、先生も教育するような教材になるのかもしれません・・

@(Unknown)さん
流通だけで、在庫と販路の確保でマージンを取っていた卸などの業種は、電子化によって存在意義を問われるようになりますよね。
販路の方はまだ価値が残りますが、在庫リスクをとることの価値はゼロになりますからね・
教科書に限らず、普通の電子書籍もそうですが。
ただ、出版社がそのしがらみに捕われるべきか、というとそれは考え方次第なのかな。と思います
返信する
Unknown (Unknown)
2010-06-06 13:29:24
出版業界には卸などのほか、印刷、製本、パッケージ、搬送、販売等々(つまりインフラのハード的な部分)を担う
それなりの人数が関わっています。で、出版社の方と言うのは、多かれ少なかれこういった人とちと日々いっしょに仕事をしている人達だと思います(全部でなないでしょうが)。
MBA取得を目指し留学中と言うブログ主さんが、出版社の抵抗を「既存の影響力を保持」と切って捨てるのは
多少なりとも末恐ろしさを感じます。
# あ、電子書籍化自体には全く賛成です。
返信する
英語の授業はiPad使用禁止とかなるんじゃなかろうか (ns)
2010-06-06 13:35:43
私が高校生のころの英語の授業というと、文法と長文解釈が中心だったんですが、ここにiPadが持ち込まれるとどうなるでしょう。
おそらく大した予習はしなくてよくなるし、生徒に当てて和訳させる必要もなくなります。

本来的な英語の授業の目的は、英語の文章を読み書きできて、聴けて話せるようになることですから、教科書をきっかけにたくさんの英語に触れることになれば喜ばしいことのはずです。
しかし、学校の教育現場は、勉強のために「汗をかく」ことを重視していて、目的と手段が逆転しているような気がするので、多分、解りやすい教科書というのは現行の授業のスタイルに反します。
結果として、「授業中はiPadに頼らずに和訳を書きなさい」的なことになるでしょう。

そういった本末転倒な事態を引き起こさないためには、教育そのものも同時並行で変えていかなければならない訳で、現状を鑑みるとその道のりは果てしなく遠いですね。

そもそも、今の教育は19世紀の明治期とほとんどやり方が変わってないわけで、当然現代に合わせてアップデートされてしかるべきだと思うんですが、どうしてそうならないんでしょうね(笑)
返信する
Unknown (外野から。)
2010-06-06 13:37:31
「印刷、製本、搬送・・」
「それなりの人数が関わっています」
「インフラのハード的な部分」

↑
既存のそういうのが無くなったら困るというだけでは。末恐ろしいですか。そうですかね。

学ぶのは子どもたちですけど。大人の都合で出版社が変わらない事のほうが、末恐ろしいですよ。僕は。
返信する
教育活動のイノベーションの必要性 (GALANT's Cafe)
2010-06-06 15:36:36
まずは、ご卒業おめでとうございます(ですよね?)。


私もリアルタイムで田原さんのTweetを読んで、同じことを感じていました。

本気で教科書出版業界がこんなことを思っているのか、一部の関係者が思っているだけなのか、判断できませんが。

間違いなく言えることは、『紙の教科書をただ単に電子化しただけでは意味が無い』と思います。

マルチメディア化(死語ですね)され、対話性を持ったコンテンツによる電子教科書による教育活動のイノベーションも必要不可欠なのだと思います。

つまり、出版業界だけではなく、教育界が代わらねばならないと。

思うところを自記事にして、トラックバックさせて頂きました。
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