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2010.08.20

南北朝鮮統一費用「統一税」提言の波紋

 15日、韓国の光復節(参照)の記念式典で、韓国・李明博(イ・ミョンバク)大統領が、南北朝鮮の統一時に必要とされる費用捻出のために、統一税を提言し、大きな波紋を呼んだ(参照)。
 李大統領は南北朝鮮統一にかかる費用の参考として、東西ドイツ統一に20年間で2兆ユーロ(約220兆円)を要したとの推定を含めた(参照)。ドイツでは、統一後、統一連帯賦課金が導入されたので、それを模したいという含みもあるだろう。
 南北朝鮮統一にはどの程度の費用が掛かるだろうか。韓国政府としては、今後30年間に渡り、最大2兆1400億ドル(現行レートで約182兆円)と推定しているようだ。年間では、84兆ウォン(約6兆447億円)の財政支出が30年にわたって継続することになる(参照)。その倍の5兆ドルとする推定もある(参照)。財政的に非常にきついと思われる。その事態になれば、おそらくその少なからずを日本が負担することになるだろうし、先日の菅総理談話はその布石でもあるのだろう。
 個別には統一費は3つの区分がある。(1)危機管理費用、(2)制度統合費、(3)所得格差是正費、である。長期的に見て大きな問題となるのは、3点目の南北間の格差是正であろう。北朝鮮の住民一人当たりの国内総生産は約8万5270円、韓国は約170万円と大きな開きがある(参照)。
 前二者は予断がなければ大きな衝撃となりかねない。その意味で、李大統領の今回の提言は有意義であるとはいえるだろう。
 欧米紙は今回の提言を好意的に見ている。18日付けワシントン・ポスト社説「南北朝鮮統一税構想、議論始めること重要」(参照翻訳参照原文)がその一例である。


 この10年間、韓国国民は歴代指導者によって、北朝鮮は真の脅威ではなく、南北朝鮮の統一コストはあまりに巨額で、心配しないほうが無難と考えるように言い含められてきた。韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領はこのポリアンナ(楽観)的な見解を持っていない。従って韓国国民も持つべきではない。
 李明博大統領が15日、北朝鮮の政治体制が崩壊した場合、北朝鮮を吸収するコストを賄うため、「統一税」を示唆したことで物議を醸したが、大統領の現実的な認識こそが実質的に価値のあるものだ

 17日付けフィナンシャル・タイムズ「A taxing reunion」(参照)も好意的である。

Mr Lee is signalling to all parties, including his own people, that reunification is something worth planning for. The timing is right given signs that Kim Jong-il, North Korea’s sickly leader, is preparing for succession.

李氏は、自国民も含めてであるが関係国すべてに対して、統一は計画に値するものであるとの警告を出しているのである。北朝鮮の病んだ指導者・金正日が後継用意の兆候を出す現状、よいタイミングであった。


 フィナンシャル・タイムズは、経費よりも重要になりかねない問題についても、さらっと言及している。

Certainly, reuniting the two countries would be an expensive and risky undertaking, and one hard to square with China’s strategic interests.

実際のところ、朝鮮南北統合は失費も多く危険性もあるだろうし、中国の戦略的国益と正面から向き合うことも困難だろう。


 これまで南北統合が実施されなかったのは、朝鮮戦争に見られるような北朝鮮による「統一」の思惑が実質的な統一と齟齬を来していたこともだが、韓国としても統一の衝撃を回避したかったためだ。太陽政策とは実際には統一のモラトリアムであった。加えて、米中、さらには潜在的に南下を目論むロシアも含めて、この地域に各自の思い入れがあり、均衡していたことがある。そうした観点から、このパンドラの箱を開くと何が起こるのか、そして何が将来的に起こるのかは、いくつかの想像やシナリオは立つものの、確実的なことは何も言えない。
 歴史を学ぶものからすれば、あるいは歴史を学んでいる中国とすれば、朝鮮は基本的に中国の従属国であるが、隋唐時代から半島の軍事衝突は鬼門であるし、朝鮮が旧渤海含めた大朝鮮主義のナショナリズムを抱えている問題も知っている(ので布石も打っている)。現状は、北朝鮮がソビエト連邦の傀儡国であるがゆえに白頭山で国境を封じされているにすぎない。加えて、統一朝鮮は南西に中国、北にロシア、東南に日本という大国によって封じ込められているため、潜在的な拡張の傾向がある。
 李大統領による統一税導入のその後だが、予想されたことではあり、北朝鮮からは言葉の上だけであるが、反発が出た。17日付け聯合ニュース「北朝鮮「統一税の提案は不純な体制対決宣言」」(参照)はこう伝えている。

北朝鮮の対韓国窓口機関・祖国平和統一委員会は17日、李明博(イ・ミョンバク)大統領が15日の光復節(日本植民地支配からの解放記念日)記念式典で提示した「統一税」構想に対し、「全面的な体制対決宣言」だと非難した。北朝鮮の朝鮮中央通信が伝えた。
 祖国平和統一委報道官は同通信とのインタビューで「逆徒(李大統領)が騒ぎ立てた統一税とは、愚かな妄想である北朝鮮の急変事態を念頭に置いたものだ。不純極まりない統一税の暴言の代価をしっかり支払うことになる」と述べた。北朝鮮が統一税に対する公式の反応を示したのはこれが初めて。

 日本国内の北朝鮮シンパとしてもとりあえずその指針を掲げることになるだろうが、実質的にはまだ様子見の状態が続くだろう。
 より気になる韓国でのその後の動向だが、端的に言えば、尻つぼみになった。18日付け毎日新聞「韓国:李大統領、「統一税」火消し躍起 与野党の慎重論に配慮」(参照)は標題通り、火消しフェーズと見ている。

韓国の李明博(イミョンバク)大統領は17日、北朝鮮との統一に備えた「統一税」について「今すぐ課税することはない」と釈明した。李大統領は、いずれ必要になる統一費用について国民的な論議を起こすことを狙って15日の演説で言及したが、与野党から「時期尚早」といった慎重論が相次ぎ、自ら火消しに回ることになった。

 韓国内での世論は、基本的に、精神論として受け止めるということで、急速に沈静化してきたようだ。結果論からすると、日本の菅首相の消費税増税のように思いつきで言ってみたという形で納まったことになる。
 ただし、現実はウォールストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズのように高みの見物のほうが事態を正確に見ているだろう。

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コメント

いまでも旧百済地方の全羅道(チョンラド)が地域差別されている韓国で、南北朝鮮統一などをしたら、北朝鮮地域全体が長い間被差別地域になってしまうと思います。西ドイツが東ドイツに手厚くしたように、韓国が北朝鮮に手厚くできるでしょうか。韓国の少子高齢化は日本より深刻なのです。

北朝鮮地域は、今後、長期にわたって、アメリカを含めた周囲の5カ国の共同統治地域となるか、国連の委任統治地域となるかしかないと思います。北朝鮮を十分回復させた後でないと、南北統一は不可能に思われます。

投稿: enneagram | 2010.08.20 15:01

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 韓国・李明博(イ・ミョンバク)大統領のこの発言に対して、私は、凄く評価していた。波紋を呼んだという程度問題は、エントリーに書かれているほどだとは思わなかった(参照)。また、韓国内の反発の内容を知って... [続きを読む]

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