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これまでわたしは、イエスの伝道は「狭いガリラヤで」と考えてきた。しかし、ほんとうはもっと狭かった... これまでわたしは、イエスの伝道は「狭いガリラヤで」と考えてきた。しかし、ほんとうはもっと狭かった。 イエスの活動を地域別にみると、「ガリラヤ一帯」と、北の「フェニキアやヘルモン山あたり」、それに南の「ユダヤとエルサレム」の三ヵ所だ。内、主な伝道地はガリラヤだが、そのガリラヤは、日本の伊豆半島ほどの狭さなのに、その中でも、ナザレからカファルナウムにかけての、わずか40キロ範囲で活動されている。山上の説教も、十二使徒の派遣も、パリサイ派との論争も、病人のいやしも、湖の上を歩く奇跡も、ほとんど、この40キロ範囲だ(塚本虎二「イエス伝対観表」)。東京でいえば、東は総武線の小岩から、西は西武線の小平あたり。関西でいえば、神戸の三宮から梅田をへて生駒あたりだ。 つまり、イエスの伝道は「超狭い」一極集中型の伝道だったことがわかる。狭い所で深く耕し、こまやかな伝道をされたのだ。したしく教えを受けて感動する