なぜ80年前の小説がベストセラーに?

新潮文庫の「蟹工船」。価格は420円
先週、私の自宅の近所の本屋で、小林多喜二の「蟹工船」が文庫ベストセラーの1位になって驚いた。これは1929年に書かれた「プロレタリア文学」で、貧困と過酷な労働を描いたものだ(ウェブでも読める)。
私の住んでいる自由が丘というのは、高級住宅街とは言えないが、貧しい人の多い町ではない。そこでもこんな小説がベストセラーになり、全国で30万部以上も売れるというのは異例の現象だ。
「ワーキングプアの生活を描いている」と一部の評論家が評価したのがブームの発端だといわれるが、そこに描かれているのは、戦前によくあった労働者を監禁して酷使するタコ部屋で、職の不安定なフリーターとは逆だ。小林多喜二は日本共産党に入党し、特高警察に逮捕されて拷問で殺されたが、そんな弾圧があるわけでもない。
ただ「蟹工船」は一種の大衆小説で、劇画的な面白さがある(劇画版もある)。若者に「過酷な労働に怒って立ち上がる労働者に共感を覚えた」という感想が多いところを見ると、閉塞状況に対するやり場のないいらだちが投影されているのだろう。
中高年労働者の犠牲になる若者
先週、秋葉原で起きた無差別殺人事件も、こうしたいらだちが原因だと言われている。容疑者は派遣労働者としていろいろな工場を転々とし、職場への不満を暴発させたらしい。こういう状況は、実はそう珍しいものではない。1970年代の欧州でも、失業率が10%を超え、パンク(不良)とよばれる若者が暴動や犯罪を起した。それは一種の文化的な運動にもなり、クラッシュやセックス・ピストルズなどの「パンク・ロック」も生み出した。
その原因も同じだ。欧州では解雇規制がきびしく、労働組合の力が強いため、中高年の労働者を守って若年労働者の採用が抑制される。レイオフ(一時解雇)の場合も、新たに雇用された若者からクビになるので、中高年の労働者が遊休化する一方、若者の失業率が数十%に達するのだ。
これは世代効果と呼ばれ、雇用規制の強い国ほど失業率の高くなる原因だ。日本経済も、欧州のように成熟した結果、同じ現象が起こっているのである。

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