まず、最低生活基準を切り下げようとする動きに抵抗し、労働者のいのちと健康と働く権利を守り、東日本大震災の被災地の復旧・復興が住民の立場に立った形で1日も早く実現することを目指して、声を上げていくことを提起します。
大変遅くなってしまいましたが、6月30日に参加した第9回労働安全衛生中央学校の第5講義の概要を報告します(第3、4講義が抜けているのは、選択制で第2講義と同時開催だったからです)。
第5講義は「アスベスト被害の実態と今後の対策」というテーマで、講師は芝病院の藤井医師でした。
まず、石綿の歴史から講義は始まりました。石綿は外国では紀元前のエジプトでミイラを包む布に使用されたり、ランプの芯に使われたりするなど、繊維としての使用が主でしたが、日本では少なくとも3分の2以上が建設材料として使われているそうです。よって、建材製造メーカーや建設労働者に石綿による健康被害が発生しやすいのです。
石綿による健康障害は、1906年にイギリスで石綿肺症例が報告されたのが最初で、日本では1929年が最初だそうです。石綿が原因の肺がんは1935年にイギリスとアメリカで報告されたのが最初で、日本では1960年が最初だそうです。悪性中皮腫も1935年にイギリスで報告され、日本では1973年が最初だそうです。日本の最初の報告が遅いのは、肺がんの胸膜転移と区別が付きにくく、特殊な病理検査をしなければ区別できないからだそうです。逆にイギリスで最初に発見されているのは、石綿鉱山開発が盛んだった南アフリカを統治していたからだということでした。
日本では2005年のクボタショックが有名ですが、それ以前に石綿被害の歴史は一世紀も続いてきたのです。
建材以外では、自動車のブレーキ板やクラッチ板に20年くらい前まで使われ、蒸気機関車の釜周辺、座席下ヒーターなどにも使われていたそうです。また、凍結防止のためにアスファルトに混入されていたこともあり、スパイクタイヤで削られて石綿が飛散した恐れがあります。その他、高級日本酒の濾過、ベビーパウダー、上質紙などにも使われていたそうです。現在では、軍艦、潜水艦、戦車、戦闘機にまだ使われているそうです。工場や基地の周辺でアスベスト被害の恐れがあります。
日本における石綿の輸入量は、東京オリンピックのためのインフラ整備のために上昇し、70年代のビル建設ラッシュでピークを迎え、80年代のマンション建設ラッシュで2度めのピークを迎えます。その後徐々に減少し、2004年以降は厚労省が公表していないのでデータがありませんが、ほとんどないと考えられているそうです。国内でも採れるそうですが、量は多くないそうです。
石綿による健康障害の被害には、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚、石綿肺、肺がん、悪性中皮腫があります。
良性石綿胸水は、発熱や胸痛が発生することもありますが半数は無症状で、自然に治ることが多いそうです。
びまん性胸膜肥厚は、胸膜炎を繰り返し、胸水が完全に吸収されないと発生し、呼吸苦がひどいそうです。
石綿肺は10年以上の石綿曝露歴があると発生しやすく、呼吸苦と空咳がひどいそうです。
肺がんは、腺がん、扁平上皮がんがほぼ同数くらいで、治療法は通常の肺がんと同様だそうです。
悪性中皮腫は、胸膜、腹膜、心膜等の悪性腫瘍で、診断されると予後約1年だそうです。
また、疫学的には、食道がん、胃がん、大腸がん、咽頭がんの発生率も高いそうです。アスベストは肺だけの発ガン物質ではないので、口に入ったことによって咽頭がんや消化器系のがんの原因となることも考えられるということでした。アスベストを吸うと免疫力の異常が起こるという傾向もあり、免疫力が低下して発ガンすることも考えられるそうです。つまり、全身的な影響が出るということになりますが、証明はできていないそうです。
国際がん研究機構は、卵巣がん、喉頭がんとの関連も指摘しているそうです。
健康障害ではありませんが、胸膜肥厚斑は石綿曝露の指標として有効であり、肺がん、悪性中皮腫の労災認定に有利になるそうです。
健康被害が発生する時期は、石綿胸水は曝露後数年してから発生し、その他の疾患は曝露後20年以上、多くは30年以上経過してから発生するそうです。つまり、現在石綿関連の健康被害を発症している方は1970年代に曝露した方であり、1980年代以降の曝露による健康被害の発生はまだこれからということになります。
良性石綿胸水やびまん性胸膜肥厚といった胸膜の疾患は、曝露濃度が低くても発生するそうです。石綿肺や肺がんは、曝露期間が短くても曝露濃度が高ければ発生するそうです。
アスベストによる健康被害の労災申請は年々減少していますが、全国的に見ると地域的に偏りがあり、埼玉、東京、神奈川、大阪、愛知、京都、広島、岡山、長崎、福岡、そして北海道では多いそうです。これは被害そのものの多さではなく、アスベスト問題に取り組む医者がいるかどうかの違いなのだそうです。よって、いかにアスベスト問題に取り組む医療機関を増やすかが重要課題で、取り組む医師がいる地域でも、後継者問題が深刻なのだそうです。
アスベストによる健康被害は、胸部レントゲンで胸膜プラークが発見されて確認されることもありますが、それは30~40%で、CTでわかるのも60%前後であり、3分の1の事例で非侵襲的な検査では発見できないそうです。胸部レントゲンでは特に異常が見つからなくても、死後に解剖して胸膜肥厚斑が見つかった事例もあるそうです。
埼玉土建の2012年度健診での胸部レントゲン再読影では、胸膜肥厚斑の有所見の割合は全体の7%だったそうです。年代別では50代後半と60代前半に多いのですが、10代後半から20代の若い層でも数件見つかっており、これは親の作業着などについていたアスベストを吸った可能性があるとのことでした。
アスベストによる健康被害を防ぐためには、まずはノン・アスベストの表示のある材料を使うことが挙げられました。2004年以降は全てそうなっているはずですが、2003年までにつくられた材料にはアスベストが含まれており、それらに対する規制がないことが問題だということが指摘されました。
また、吸塵機はきちんろ使用すること、防じんマスクは専用のものを使用すること、作業着は軽く洗ってから濡れたまま専用の洗濯機を使用して洗濯すること、健康診断は毎年受けることが挙げられました。
懸念される問題点として、建材にアスベスト使用を停止する国の指針が示されたのが1975年であり、30年以上前に建設されたビルの解体時期が近付いていますが、解体費用は施主持ちなので、アスベストを含んでいる建材が安全に解体されるか疑問だということが挙げられました。同様に、高度経済成長期に建てられた家もアスベスト含有建材が多数使用されており、解体時の環境汚染が懸念されるとのことでした。解体時の補助金等が必要であり、実際に家の解体に補助金を出している自治体もあるそうです。
また、事業所での健康教育が不足しており、労災である認識が低く、そのために請求時効になっている例があることが問題点として挙げられました。労働者が自らの扱っている製品について知らされていないという問題もあり、埋もれてしまっている被害があることが懸念されます。
今後の課題としては、石綿使用の全面禁止を確実に実施させることと、健康被害にあった方々を漏れなく救済していくことが挙げられました。
18年前の阪神・淡路大震災のときに飛散した石綿が原因の疾患も、2008年に既に中皮腫が発生しており、そうした被害も救済対象にしていくことが求められています。今後は、東日本大震災での石綿飛散も危惧されます。
震災ボランティアの被害が労災として認定されている事例もあるそうですが、監督署長の個人の裁量によることが多く、全国一律の対応が必要だということが指摘されました。
石綿関連疾患で労災認定になるのは、現在のところ石綿肺、肺がん、中皮腫、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水の5疾患だそうです。しかし、石綿新法では良性石綿胸水は除外され、家族は微量の曝露でも発症する中皮腫しか救済されないなど、労災認定よりも厳しい基準になっているそうです。その他、食道がん、胃がん、大腸がん、咽頭がんの罹患率が高いのですが、保障の対象にはなっていないそうです。これらの疾患への補償拡大が必要だということも指摘されました。
建設業でのアスベスト健康被害は、個人事業主の補償問題が重要だということが指摘されました。個人事業主は労災を掛けている人が少なく、掛けていても金額が低いことも指摘されました。昨年12月に首都圏アスベスト訴訟の判決が出されましたが、被害者全員が救済された訳ではなく、労災認定を阻まれた方が救済されていないことが問題です。労災認定の壁に阻まれた方々が迅速に救済される制度の確立が急務だということが指摘されました。
最後に、国は石綿による健康被害を労災に矮小化してきましたが、実際は公害であり、国民全体の問題であるということが指摘されました。健康被害は曝露後30年近くたってから本格化してくるので、現在も続いている問題です。被害を受けた方々が潜在化しやすいので、掘り起こしをしていくことも重要だということが提起されました。
以上で、第9回労働安全衛生中央学校の報告を終わります。