一昨日のエントリー「『同一労働・差別待遇』を固定化する労働者派遣法政府改正案の虚構と欺瞞」 (龍谷大学教授・脇田滋さんの講演前半要旨)の後半部分です。(by文責ノックオン。ツイッターアカウントはanti_poverty)
政府の派遣法改正案の評価に関わって、私は次の点を問題視しています。①日本的派遣労働の弊害から目をそらし現実を直視していない、②2008年旧政権案と多くの点で重なる現状維持、③2009年6月、民主・社民・国新3党案から大きく後退、④EU諸国・韓国の派遣法に大きく立ち後れたまま、⑤法案作成手続き・過程の問題点を浮き彫りにした、という点です。
いくつか詳しくみていきます。まず日本的派遣労働の弊害の大きな特徴は、①雇用が不安定、②「差別」=「同一労働・差別待遇」、③低劣な労働条件、④無権利、⑤孤立、という点にあります。
「無権利」という点は、たとえば派遣労働者は有給休暇もまともに取ることができない実態などを指しますし、「孤立」という点は、派遣労働者が派遣先の職場の正社員中心の企業別労働組合からほとんど仲間と見なされずに、労働組合を媒介しても同じ職場で働く仲間とつながることもできないような「孤立」した状態に置かれていることを指しています。
年越し派遣村で、働く貧困の問題が可視化され、男性非正規フルタイム労働者にまで貧困が拡大するという非常に深刻な実態があらわになって、派遣法改正の動きが出てきたものの、政府法案は、実際上、現状維持の形で“羊頭狗肉”法案になってしまっています。
2つめは、2008年の旧政権案と多くの点で重なる現状維持に加えて、派遣先雇用申込義務否定という一部規制緩和さえ進めるものとなっています。そして、登録型派遣・製造業派遣を事実上温存しています。
3つめは、国民が政権交代の選択をしたのに、09年6月の民主・社民・国新3党案から大きく後退してしまっています。3党案には、違法派遣の場合、派遣先直接雇用みなし規定がなされていたり、均等待遇や派遣先の責任として団体交渉応諾義務などが明記されていたのに、それらは一切無くなってしまっています。
4つめは、ヨーロッパや韓国の世界水準の派遣法から大きく立ち後れたままであるということです。日本以外の国の派遣労働は、言葉通りの「常用雇用の例外」で、「一時的労働・臨時的事由限定」の労働です。そして、一定期間を過ぎたら派遣先に正社員として雇用するのが世界標準です。日本的派遣労働は、その点が大きく抜け落ちています。
それから、「均等待遇」が抜け落ちています。とくに派遣労働者というのは、3面関係(派遣元―派遣先―派遣労働者)の中で働くといういわゆる2面関係の正社員と違う特徴があります。今の日本の派遣法は、労働基準法などをこの規定は派遣元、この規定は派遣先と水平的に配分しているだけです。これでは駄目です。派遣労働者は、困難な中で働いていますからプラスしなければならないのです。たとえば、フランスでは、派遣先が変わる場合にどうしても空白ができ、失業状態になるので、派遣労働者に「不安定雇用手当」が支給されるのです。派遣労働は不安定なので、正社員より1割増の賃金を義務づけているのです。この点は派遣労働者だけでなく有期雇用はすべてそうです。正社員の賃金にさらに1割増の賃金を義務づけています。派遣労働でメリットを受けるのは派遣先企業ですから1割多く負担させるのです。正規より派遣労働の方が安くつくというのが「日本の常識」ですが、「世界では非常識」です。正規より派遣労働の方が高くつくというのが「世界の常識」なのです。
そして、派遣労働についてもやはり労働組合が関与することが非常に重要です。たとえば、イタリアや韓国の労働組合は、職場における派遣労働者の割合は5%を超えてはいけないということで労働組合がきちんと口を出すのですが、日本には何もありません。日本の多くの労働組合は派遣に口を出せない出そうとしないという問題があります。
ドイツやイタリアでは、職場での集会にも派遣労働者がきちんと参加しますし、全員投票でストライキを批准する際なども派遣労働者が参加します。ところが、日本において三六協定のことひとつ考えても大きな問題があります。三六協定は派遣元で結ぶのですが、あちこちの派遣先に散らばって働いている派遣労働者が派遣元に集まって真の過半数代表を選ぶという手続きができると思いますか。できないのが分かった上で、そうした制度を作って平気でいるのが日本的派遣労働なのです。ですから、派遣労働者の集団的権利保障の仕組みをつくることは非常に大事なことです。
労働者派遣法の抜本改正の課題は、日本的派遣制度撤廃への課題です。
日本の労働者派遣法は、「法的虚構・欺瞞」の集合体です。
派遣元が雇用主とされていますが、これは本当なんでしょうか? 派遣元は狭い事務所があるだけでも何百人の雇用主になれます。実際の仕事の指揮も一切しないで、労働者を派遣先に送り出すだけ。ほとんど有料職業紹介と変わりがありません。派遣元が雇用主というのは“擬制”に過ぎず、一部の例外的な場合にだけ認められる例外中の例外がひとり歩きをしています。使用者側の「痛みのない解雇」、「同一労働・差別待遇」、「団結権から除外される労働者」など、日本の労働者派遣法は「法的虚構・欺瞞」の集合体に他なりません。
日本的労働者派遣法の根本問題克服の課題は、①憲法・ILO条約の意義再確認、②直接雇用(間接雇用禁止)が原則、派遣は例外=労働者利用者責任の再確認、③「派遣切り(派遣先による事実上の解雇)」、「有期雇用(解雇付き雇用)」の規制、④同一労働同一待遇原則の確立、⑤労働者と市民の連帯、労働組合の全体代表性の回復、にあります。
派遣法の根本問題を克服するためには、まず憲法やILO条約の意義を再確認する必要があります。ヨーロッパ諸国やILOの派遣法の水準から大きく逸脱している日本の派遣法というのは労働法と言えるのか?という問題をあらためて問う必要があるのです。日本の派遣法は、経営者主体の事業法的性格が強く、労働行政・立法の任務を放棄しているのではないでしょうか。
そして、派遣労働者を使って一番利益を得ているエンドユーザーである派遣先が使用者責任を取らないことが徹底されているわけですが、それをあらためていく必要があります。
それから、有期雇用との関係です。これはあらためて問題になっています。韓国で2006年に成立した非正規職保護法では、派遣労働と有期雇用を一体で規制しています。日本の場合には、派遣労働と有期雇用を切り分けて議論していますが、あわせて議論していく必要があると思います。
同一労働同一待遇原則の確立は、従来の企業間格差や女性差別前提モデルを克服する視点が必要です。派遣労働の問題は、男性の若い派遣労働者が「派遣切り」などでひどい目にあうことになってようやくマスコミも大きく取り上げるようになりました。しかし、私は派遣法制定以降、派遣労働者から様々な労働相談を受けて来ましたが、最初は女性の問題でした。女性差別には当たらないとするために、女性差別を派遣先と派遣元の企業所属差別にすり替えてきたのです。この男女平等の問題をしっかり踏まえないと派遣法の抜本改正にはつながりません。
最後に、労働者と市民の連帯、正規労働者と非正規労働者の連帯、非正規労働者を含め全体を代表する労働者連帯をあらためて考える必要があります。もともと派遣法自体に派遣先と派遣元の労働者を分断するという非常に危険な狙いがありますから、私たちは意識的に正社員と派遣社員の分断を克服することが必要です。
韓国の金属労働組合が「総雇用の保障」を強調しています。それは、正規雇用が非正規雇用を安全弁にして雇用が守られるというのでは駄目だ。正規雇用も非正規雇用も共にすべての雇用を守る=「総雇用の保障」の取り組みが必要だと強調しているのです。そういった優れた考え方が隣の国にありますので、私たちも学んでいく必要があります。