連続殺人狂騒曲/時間旅行についてのよくある質問

サム・フリークス Vol.32にて「人がたくさん死ぬコメディ2本立て」を観賞。


▼『連続殺人狂騒曲』(1970年チェコスロバキア、オルドジフ・リプスキー監督)は主人公ジョージ(ルボミール・リプスキー)とのデートを決めたサブリナ(ジリナ・ボダロヴァ)への、いわゆる色男のヘンリーの「当て付けにあんな負け犬を選ぶなんて嫌がらせにも程がある」にそういうものなのかと思うが、ともあれ詩を書きチューバを吹きちんまり暮らす平凡な教師がギャング団の抗争に巻き込まれ「スプリングタウンの狂人」として有名になり、「殺人の経験を活かした『マクベス』の授業」が効いて子ども達にも慕われめでたしめでたしという話である。

こわもての男二人にキャッチボールのようにやりとりされるジョージの仲本工事を思い出させる華麗な受身や、次から次へと窓から逃げ出すギャング達の軽快な身のこなしといったアクロバティックな動きに目を奪われる。更にカーチェイス(ここに最もカーヤ・サウデックの絵が使われているというのが面白かった)を経ての銃撃戦ではそれとも違う、自ら死にに行くギャング達が「人がたくさん死ぬコメディ」の理想を体現してくれ圧巻だった。

オープニング、一方のギャング団のボスのケイティ(イヴァ・ヤンズロヴァ)が手下にドレスのジッパーを下げさせ下着姿になると場面変わって車掌の格好。久しぶりに見た早変わりに嬉しくなる(ジョージが酒を作る際にお酒のエプロンを着けるのも楽しい)。変装の達人という設定の彼女に対しサブリナの、ジョージを誘うためともいえる衣裳はめちゃくちゃ可愛くてどれも欲しくなった。しかし死体の山のなか女は殺されないのは、今もある「女のお笑いは面白くない」差別に繋がる女の死体は笑えないという感覚だろうか。


▼今回の二作は共に「冴えない」男性がトラブルを乗り越え憧れ(のタイプ)の女性とくっつく話だけど、その手の映画に何十年とうんざりさせられてきた私も嫌な感じを受けない。『時間旅行についてのよくある質問』(2009年イギリス・アメリカ、ジェイミー・マシソン脚本、ガレス・キャリヴィック監督)のアンナ・ファリスは、クリス・オダウド演じる主人公レイが仲間と右往左往し汚れていくのに対し次第に洗練され、彼の助言もあり昇進する。定番とはいえ最後にヘルメットを取って長い髪をかき上げる姿には『ハービー 機械じかけのキューピッド』(2005年アメリカ)のリンジー・ローハンを思い出した。親友二人に「お前の理想は乳のついた自分だろ」と言われていたレイが、初対面の彼女にspace womanとしてストリップショーに出てもいけるんじゃない?と言ってしまい、反省してからも尚、タイムトラベルによって情けない自分を確認するはめになる場面は心に残る(から嫌な感じを受けない)。

私の世代にはZAZのエレベータ―が原体験だろうか、映画の「ドアを開けると…」は作り手のセンスが出る、見せどころだ。今回なら前者は「人が死んでいる」、後者は「時間旅行している」(逆?だけどちょっとドラマ『ロシアン・ドール 謎のタイムループ』(2019)を思い出す、ここではちんこ振り回しの上のカラオケがきっかけだけど)。パブ文化に疎い私には後者の三人が「次は誰のおごり?」にいかなる時でもこだわる様子が面白かった。賞味期限も何のそののポテチはアメリカ映画におけるトゥインキーのようなものだろうか?