トランプ米大統領の「誇りを取り戻そう」という呼びかけが、2期目は「誇りは盗まれた」となり、支持者たちが抱える「恥」を「怒り」に転換している――。8年ぶりにインタビューした社会学者アーリー・ホックシールドさんはそう語った。保守的な土地に通い、人々の感情を解読することで、何が見えたのか。
――前回2018年夏のインタビュー後、アパラチア地方で暮らす人々の心情を理解するためケンタッキー州に通ったのですね。
「米国の炭鉱地帯が中道左派から右派へと変化した理由を探求する旅でした。新著『盗まれた誇り』は、ケンタッキー州にある全米で2番目に貧しく、白人の割合が最も高い選挙区が舞台ですが、トランプ氏の最も熱烈なMAGA(「アメリカを再び偉大に」)支持層、非大卒の白人層の物語です」
「要点は二つあります。一つ目は、彼らがどう感じたいと望んでいたかという『感情の素地(predisposition)』。そしてトランプ氏がその感情をどうつかんだかという『感情の捕獲(emotional capture)』です」
トランプ支持の根底にある「喪失」
――まず、感情の素地とは。
「喪失の物語です。ノーベル賞を受賞した社会心理学者のダニエル・カーネマンが「損失回避性」の研究で示した通り、人間は『新しいものを手に入れるため』よりも、『一度持っていたものを失った後にそれを取り戻すため』に倍の代償を払おうとする。人々がカリスマ的な政治指導者にひかれる傾向を考えるとき、まずこの喪失に目を向けなければなりません」
「それは仕事の喪失、機会の喪失、居場所の喪失、何より『誇り』の喪失でした。熟練の技術が時代の変化で無用になるような喪失感も。彼らは非常に誇り高く、例えば、炭鉱労働者の娘は『私たちは貧しい』とは言わない。彼らの文化で貧困は恥だからです。その代わり『どれだけ工夫して乗り切ったか』『ボロ切れで人形を作ってどれほど幸せに遊んだか』という、打たれ強さや、他者を助ける力を語りました。しかし外部からは貧困層としか見られませんでした。彼らは誇りを失ってしまいました」
「1970年代以降のグローバル化は勝者と敗者を生みました。非大卒の白人たちは、収入や機会を『絶対的』に失っただけでなく、都市部の大卒白人や、かつては自分たちより貧しかった黒人が上昇していく中で、『相対的』にも敗者となった。ここでは「持てる者と持たざる者」ではなく、「喪失と獲得」の区別に着目しています。自分たちが転落していく一方で、周囲の他者は上昇していく。この喪失感が(大統領選があった)16年にあのカリスマ的な人物(トランプ氏)の演説を受け入れる素地となりました」
【ここから読み解くこと】
なぜトランプ氏の度重なる暴言は、支持を下げるどころか、かえって熱狂を生むのか。ホックシールドさんは彼を「感情の交通整理人」と呼び、支持者の「恥」を「怒り」へと変換するプロセスを解き明かします。
トランプ氏が支持者の感情をつかむ方法とは
――では「感情の捕獲」は。
「マックス・ウェーバーが分類した『合法性による支配』の指導者の典型が、民主党の前大統領バイデン氏です。彼は『私が誰かではなく、私があなたのために作ったインフレ抑制法を見てほしい』と無表情で実績を語る。一方、カリスマ的支配の指導者は『私が何をするかではなく、私自身を見ろ。私があなたの代弁者であり、あなたを救い上げる』と語りかけます」
「魔法使いであるトランプ氏は、民主党と(従来の)共和党が提供しなかった三つのものを彼らに与えた。私が『感情の捕獲』と呼ぶものの3要素です。第一に『承認』。『私はあなたの本当の姿を知っている。かつて誇り高かったあなたが、今はどれほど見下されているかを知っている』と語りかける。私は薬物依存の回復施設で元炭鉱労働者の男性に会いました。彼は、仕事を失って、家族を養えない『女こどものするような』低賃金の仕事にしか就けず、深い恥に苦しみ薬物に溺れ、家族も失いました。16年に『炭鉱を復活させる』と叫ぶトランプ氏を見て、うそをついているとわかっていたが、自分のことを理解していると感じた、と語りました」
「第二に、トランプ氏自身が…
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木下ちがや政治社会学者解説いまなら試し読み社会学者ホックシールド、そしてインタビュアーの金成隆一記者は、ともに2010年代半ばにアメリカの保守的な地域に移住し、社会学的な参与観察をおこなっている。 記事のなかでホックシールドは「理性が提示されたときにはそれに従って考える一方で、人々の感情の流れもたどれるようになる」ことの大切さを説いている。本来社会学は、他者を悪魔化せずに内在的に理解するための技法である。彼らが描き出すトランプ支持者の肖像は、とても素朴で人懐こい。悪魔化せずに内在するからこそ「なぜこんな素朴で人懐こい普通の人たちが、トランプを支持するのだろうか」という問いが立てられるのだ。 この作法に則ったホックシールドの著書『壁の向こうの住民たち』(2016年)、金成の著書『トランプ王国』(2017年)は、硬直したリベラルを解きほぐす処方箋になるかもしれないと当時僕は期待した。だが現実は、本来左派であるはずのホックシールドに「リベラルよりも保守の方がマシ」といわしめる状況である。変わらなければならないのは、「かれら」ではなく「われわれ」ではないのか。 僕は今年4月に『失われたヘゲモニーー融解する右派・空洞化する左派』(花伝社)という本を出版したが、ポピュリズムの分析はこの二人の業績に頼らなければとてもできなかった。そんな二人のこの記事における対話は、一読ではもったいない論点に満ち溢れている。字数に限りがあるのでそれをいちいち説明しないが、これを機会に二人が書いたものを以下で紹介するのでぜひ読んでみてほしい。 ・ホックシールドは今年3月に(布施由紀子訳『盗まれた誇り 喪失と恥と右派の躍進』岩波書店)を上梓している。 ・金成隆一は24年に「トランプ王国」を再訪し、そのルポはネットで公開されている。 (https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/publication/20240910) それにしてもホックシールド先生、86歳でどんだけ元気なんだよと思いますね。
2026年5月2日 12:33
藤田直哉批評家・日本映画大学准教授視点いまなら試し読みとても面白かった。最近、インセルや、男性差別などの研究をしていたので、ここに書かれていることは腑に落ちます。しかし、トランプがキリストのように、人々の恥の意識や攻撃を代理で引き受ける役割を担っていると見なされていたとは。そういうことは、ディープに潜っていかないと分からないものですね。誇りやアイデンティティ、感情の流れを知ることは大事であるのだとよく分かりました。現在の日本でも、恥の感覚を刺激し動員する政治をあちこちで目にしますね。 重要な指摘は、AIによる第四次産業革命のあとに、さらに多くの者が、ラストベルトなどで仕事を失い、誇りを失い、「絶望死」するような者たちと同じ状態になる可能性があるという指摘ですね。同じことを危惧していました。 「多くの非大卒の白人が探し求めるような仕事です。ホワイトカラーの業務でも半分以上でAIの性能が人を上回るようになる。職を失うとは限りませんが、とてつもない大激震です」「欧州企業の3分の2は労働者の再教育プログラムを持っているが、米企業は半分しかない。つまり、私がケンタッキー州の炭鉱離職者らに見いだした『喪失』と『恥』、そこから右翼政治に絡め取られるということが、世界中のホワイトカラー層にも起きる危険があるのです」 産業構造の変化で、「置き去りにされ」「見捨てられ」てしまい、不可視化され、新自由主義の自己責任論や、進化論的な「弱肉強食」の論理でそれを正当化されるようになってしまうのは、未来の我々なのかもしれません。そう考えると、「橋を作る」こともできそうな気がしてきます。
2026年5月2日 12:40














































