雑草の言葉

そりゃないよ、近藤さん

2021/11/23
CO2 4
 前回の記事【近藤氏に物申したら・・】2021/11/19 の続きです。前回は主たる議論に触れていませんでしたので、ここで近藤邦明氏の「等比級数理論」「炭素循環モデル」の間違いを指摘いたします。
 前回の記事を読んだほうが面白いかもしれませんが、読んでいなくても議論的には問題ありません。



 近藤氏の【CO2循環を理解するための数学的枠組み】及び【CO2循環モデルに対する頓珍漢な批判】の内容を具体的数値を用いてごく簡単に説明しながら、そのどこが間違っているのか、そもそも前提からおかしい旨をご説明します。

 以後「人為的CO2」とは石炭や石油などの「化石燃料を燃やして放出するCO2」として議論します。


では、ここからが指摘のご説明・議論です。***************

 大気中にあるCO2の総量のうち、毎年3割ほど海等に吸収されて(この値をrとして、r=0.3とすると言う事です。)7割が残るとします。大気中に残る人為的CO2は公比0.7の無限等比級数(=数列の和)ですから
 1+0.7+0.7^2+0.7^3+0.7^4+・・・・ ≒3.33     ;最初の1を足さなければ、2.33年分ですので、区分求積的観点から2.33年分と3.33年分の間ということになりましょう。つまり何年もの長い間人為的CO2を放出し続けても、最大でも3.33年分未満しか大気中に留まらないことになります。これは気象学の常識との事です。同様に計算すれば、r=0.4の場合は、人為放出量の2.5年分未満(1.5〜2.5年分)、r=0.2 の場合は5年分未満(4〜5年分)となります。つまり、いくら長い年月人為的にCO2を放出し続けてもその数年分(3年±α)しか大気中に留まらないと言う事になります。
 これを根拠に近藤氏は、どんなに人為的CO2放出が続いても大気中に増加した人為的放出のCO2は毎年の人為的放出量の3.33年分(数年分)だと「等比級数理論」を主張しているのです。
 しかしこれは、化石燃料などを燃やして人為的に放出されてから一度も海などに溶けずに大気中に留まり続けたCO2の量のことです。海に溶けた戻りの分もカウントすべきでしょう・・と私が指摘したのを近藤氏が小バカにして私に対して『"曰く“一旦大気に放出された人為起源のCO2が地表環境に吸収され、その後再び大気中に放出された場合、これも人為的なCO2としてカウントしなければならない。したがって循環モデルは誤りである”という主張でした。』です。
 私の主張の内容とは、一部違ってますが、(「地表環境」ではなく「海」と述べてます。)続けます。人為的CO2が海に溶ければ、溶けない場合に比べて海のCO2の濃度も高くなりますので、海のCO2の分圧が上がりますから、大気と海の平衡を考えれば、当然CO2の大気中への戻りも増えると言う事を指摘したのです。ここで言う「海」とは、炭素循環の模式図での「海洋の表層」の部分です。
 近藤氏は「CO2が以前にどのような履歴を経ているかは、大気中のCO2量の結果に影響しませんから、全くどうでも良いことであり、・・」と全く見当違いな指摘で小馬鹿にして批判しています。前の記事【近藤氏に物申したら・・】で言及した、彼が得意とする「頓珍漢」論法です。そんな幼稚園生のような低レベルの馬鹿馬鹿しい(人為的放出のCO2は大気中での振る舞いが他のCO2とは違うと言う)事を根拠に議論する人はいないでしょう。そんな解釈をして、こんな反論をする近藤氏こそ頓珍漢な言いがかりと言うべきです。そもそも「海に溶けた戻りの分もカウントすべきでしょう」が何故に人為放出のCO2の振る舞いが他の自然放出のCO2の振る舞いと違うと述べた事になるのでしょうか?
 私が言いたい事は、量的な話です。人為的に排出されたCO2が海に溶ければ、溶けてない場合に比べてその分圧が上がるので、それと平衡状態にある大気中のCO2の分圧も上がるから、海に溶けた人為的排出のCO2の影響を無視できないと述べたまでです。海に溶けたらもう人的放出とは関係ないCO2とする事は、マネーロンダリングならぬCO2ロンダリングと言うべきでしょう。
 人為的放出のCO2を考慮しなくて済む時期は、海に溶けた時点ではなくて、考察する時間的スパンの間、海と大気の平衡状態に関与しなくなった時点でしょう。すなわち光合成などで生体に取り入れられて海底に沈んだり、海水に溶けて海水と共に海の深い部分に潜り込んで、考察する時間のスパンに大気中に戻る可能性がなくなった時点です。放出されたCO2が大気中に残っていようと海に溶けようとCO2状態であれば(海に溶ければ炭酸;H2CO3になるから、正確には、炭酸イオンです。)人為的排出のCO2と言えましょう。 自然放出のCO2と区別して見分けられなければ無くなったも同然と考える近藤さんのCO2ロンダリング論法こそおかしいのです。それならば人為的CO2が大気中に放出された時点で既に区別はつけられません。化石燃料の燃焼によって放出されたCO2分子は大気中にあろうと一旦水に溶けようと、有機物中に固定されたり下方に沈み込む海流に溶けて深層水に潜り込んだりして大気と海洋の平衡状態に関与しなくなるまでは大気中のCO2の量に影響を及ぼすのです。


炭素循環図
      炭素循環の模式図

近藤炭素循環モデル
      近藤邦明氏の炭素循環モデル(左)(右)は間違いを指摘した私を小バカにする為の「頓珍漢論法」図

 「頓珍漢な言いがかり②」の後半の記事と、 炭素循環の模式図 及び 近藤邦明氏の炭素循環モデル を見て近藤氏の勘違いの理由が直ぐにわかりました。この2つの図は二酸化炭素CO2の循環図ではなく、炭素Cの循環図です。大気と海洋(水)とのCO2の平衡関係には触れてません。CO2状態(水の中では炭酸イオンCO3状態)で、循環と平衡に関与している炭素原子Cと、海底や地中に固定されて、CO2循環や大気と海洋の平衡に関与していない炭素原子Cを近藤氏は混同して一緒くたにして「固体・液体地球に固定された炭素」としているのです。だから、近藤氏の炭素循環モデル は
「結果に影響をおよぼすのはポンプの汲み上げ能力なのです。循環モデルの主張は、ポンプPMによって単位時間に汲み上げられたCO2量⊿qinに平均滞留時間1/rを乗じた値だけ大気中CO2量が増加するということです。」
と、CO2の平衡状態が無視されているのです。彼は何を以って「ポンプの汲み上げ能力」と言っているのかもよく判りません。

 そもそも近藤氏はタイトル【CO2循環モデルに対する頓珍漢な批判】と書いておきながら、炭素Cの循環モデルで議論しているのです。ここで議論すべきは「CO2循環」でしょう。CO2循環は、あくまで炭素Cの循環の一部であり、CO2の状態でない炭素Cの循環もあるのです。
 単体の炭素原子Cや有機物中の炭素原子Cは、燃やされて、若しくは腐食して二酸化炭素CO2になり放出されます。一方海の表層に溶けただけの炭酸は、大気のCO2との平衡関係で大気中に放出されるのです。これを一緒くたにして「ポンプの汲み上げ能力」と述べている近藤氏の炭素循環モデルは、大気と海とのCO2の分圧による平衡を記述していません。
 近藤氏の議論からすれば、人的放出のCO2は、海に溶けた瞬間からCO2循環や大気と海洋のCO2平衡に関与しない事になります。まさにCO2ロンダリングです。だから近藤邦明氏の「炭素循環モデル」はCO2循環(平衡)を説明するには不適当なのです。

海洋が吸収する二酸化炭素 角皆静男 論文 ←引用されていた角皆静男氏の論文はかなりまともです。

 産業革命以降、人為的に大気中に放出され続けたCO2は、大気中のCO2分圧を上げ、その結果、海にも溶け続けて海の分圧も上がったからそれに釣り合う(=平衡状態を成す)大気中のCO2濃度も増え続けたと言う事を否定は出来ないでしょう。
 近藤氏は「何か別の原因で大気中に残るCO2の割合(1ー r) が上がったのだろうが、原因はわからない」などと述べていますが、「人為的CO2放出で海の分圧も上がったので大気中のCO2も増えた」で説明がつきます。もちろん他の原因、例えば火山の爆発などで大量のCO2が放出されたことなど色々な原因が考えられるでしょう。近藤氏が「等比級数論」を発表して10年以上も経つのにその「他の原因;missing thing」を特定できないまでも、その候補もしっかりと挙げていません。そしてちょっと気が利く理系の高校生くらいでも考えつく「等比級数論」の賛同者があまり現れないこと、本当ならば世の常識になっても当然の「等比級数論」が世の常識になっていない事などをおかしいと検討もせずに10年以上も主張を続けている近藤邦明氏は優れているのに不思議です。何故明らかにおかしな「等比級数論」に固執しているのでしょう?彼の他の理論もこんなものか?と思われてしまいます。

・・と、言うことで
 近藤邦明氏の主張する
『産業革命以降の大気中CO2濃度上昇の主因は人為的に排出されたCO2量の増加とは無関係である。』は間違っている
と言えるでしょう。非常に単純な議論だと思います。

 端的に記せば、産業革命よりはるか以前から石油や石炭などの中に固定されていた炭素原子Cが、産業革命以降の燃焼によってCO2になって放出されたのだから、その炭素原子Cを含んだCO2は人為的放出による二酸化炭素と言えるでしょう。それを人間が区別できるか出来ないかは本質ではありません。海に溶けても分圧として大気中のCO2の増加に関与する人為的CO2も残っているのです。
 
     以上   
 

 この記事を読まれた方は、是非ともご判断・ご判定してコメント下さい。よろしくお願いします。 
改めまして判断・判定して欲しい部分を書きます。
「産業革命以来増え続けた大気中の二酸化炭素の増加分は、人的放出量の数年分(3.33年分±α)未満で、それ以上の部分は他に原因がある」という近藤氏の「等比級数理論」、「CO2循環モデル」が正しいか正しくないかです。

勿論判定以外のコメントも歓迎いたします。


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Comments 4

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爽風上々

論争について

近藤邦明氏の数列を読み解かなければならないかと思ってしまいましたので、なかなか取り掛かる気力も湧かないままでしたが、どうもそれ以前の話だったようです。
雑草Zさんの指摘した内容があまりよく理解できていなかったのか、まったく違ったところで噛みついてきたかのように見えます。
その点は論争以前の話のように見えます。

ただし、こちらの「雑草の言葉」も出入りさせて頂くようになってから長くなりますが、それ以上に「環境問題を考える」には非常に長く参考にさせて頂いており、一部に誤りはあるにしても多くの点で近藤邦明氏の主張には共感を持っています。
その双方の食い違いが不幸な状態になっていることは、残念なことです。
雑草Zさんも反対者からのかなりの妨害や嫌がらせを受けているということは以前に承りましたが、近藤邦明さんもどうやら相当な批判や攻撃を受けているようで、それに対しては過敏な反応を示すようになってしまっているのでしょうか。

まあ、それでも間違いは間違いですので、その点については正しておかなければならないところでしょう。
等比級数論というものは、なぜこういったところに持ち出すのかも分からない話のようです。
大気中の二酸化炭素がどんどんと海などに吸収されていけば、どちらかが飽和するまで続くのでしょうが、その時には別の作用が働くでしょう。
そもそも「二酸化炭素の循環」だけを言っても仕方ないことで、植物による固定を考えても二酸化炭素はすぐに炭化水素や他の炭素化合物に変換します。
海中の炭酸塩はまだ二酸化炭素の形を遺していますが、これも化学変化をしていけば別の炭素化合物に変わります。
大きく「炭素の循環」を考える必要があるということでしょう。
地球における炭素の存在を考えれば、地中に埋もれているものが大半を占めます。
ごく一部のみが大気中や水中に存在しそれが二酸化炭素温暖化という行動をするのですが、地中からの炭素放出というものが地球史の中でも全球凍結とそこからの回復に大きな役割を果たしていたようです。
火山噴火により多くの炭素が放出されることによっても温暖化が起こされていたという時代もあります。
どうもあまり大気中濃度と海中への溶け込みだけを見ていても仕方ないように感じますが。

この辺の事情はまだまだ勉強中で頭の中でもあまりまとまっていません。
間違っているかもしれませんので、あまり信用しないでください。

2021/11/26 (Fri) 10:44
☘雑草Z☘

☘雑草Z☘

Re: 論争について

爽風上々

 少し言いにくさがある中での、ニュートラルな視点でのコメント有難う御座います。
そうですね。これは論争というほどのものではありません。私が、明らかな勘違いで間違いだから削除したほうが良いのでは?・・と提言した事を、近藤氏が納得しなかった事が驚きでした。色々な説明を試みましたがほとんど「何を言っているのか判らない」のようなお返事ばかりでした。「頓珍漢な言いがかり」のような反論もありませんでした。私の説明が下手だったのかも知れませんが、こんな明白な事なのに非常に意外でした。

>近藤邦明氏の数列を読み解かなければならないかと思ってしまいました

あの「CO2循環を理解するための数学的枠組み」などを読み解くとなると大変です。”彼の文章を読む能力がない私”と書いた所以です。リンクしてすみませんでした。ただ、あれをリンクしないで私の方だけで近藤氏の理論を解釈して説明した場合、逆に「流石にそんなおバカなことは近藤氏は述べていないだろう」と思われる方が多くいるかと思って担保としてリンクいたしました。
「CO2循環を理解するための数学的枠組み」など不要と考えます。逆に簡単な事を分かりにくくしているだけです。そんな事に力を注いで、理性で考えれば非常におかしな事を見落とす方がまずいでしょう。それにあれは厳密に長々と記述していますが、要は
「公比rが1未満の無限等比級数は収束するから、それを地球の大気に当てはめれば、大気に溜まる人的排出のCO2も、3.3年分くらいしか溜まらない・・ということを冗長に述べているだけです。そして肝心の海に吸収されたCO2をロンダリングしてしまっています。仰るように等比級数論を持ち出す必要もないし、逆に等比級数に拘って、海に吸収されたCO2を無視するというおかしな理論に陥ってしまっています。

>一部に誤りはあるにしても多くの点で近藤邦明氏の主張には共感を持っています。

確かにそういう部分はありますね。しかし「等比級数理論」は近藤氏の主張の3本柱の一つの根拠にもなってしまったようです。私が指摘しなくても10年以上もそのおかしさに気づかないのは非常に不思議です。
 さらに「人為的CO2は、自然起源のCO2と混じっても『振る舞いが違う』と『頓珍漢な主張をしている』とどう読めばそうなるのかと言う馬鹿馬鹿しい読み取り方をして指摘した相手を小馬鹿にして批判をする事は、低レベル過ぎて脱力です。
・・・という事で、彼のサイトはここ10年ほどんど見ていませんでした。彼の環境総論などでは共感を覚える部分も多かったので残念です。

>大きく「炭素の循環」を考える必要があるということでしょう。

は、爽風上々さんのご指摘の通りだと思います。ただ、その図を用いた事によって、大気中や水中にCO2の形で存在し、大気と海(の表層)とのCO2の平衡に関係する炭素原子Cと、地中に埋もれている大半を占めるという、CO2の平衡に関係しない炭素原子Cを混同しているのが近藤氏の勘違いの原因ではないかと思った次第です。

>大気中濃度と海中への溶け込みだけを見ていても仕方ないように感じます

もその通りかも知れないと思いました。兎も角も、ご判断してコメント頂き、感謝致します。

2021/11/26 (Fri) 22:14

guyver1092

少し理解が深まりました

 1年間に、地表の表層にある二酸化炭素に変化しやすい形の炭素の総量(3兆トン?)分の内、2120億トンが大気中に放出されているところ、人為的に増やされた二酸化炭素分、分母の炭素の総量も増えるので、大気中に放出される二酸化炭素もそれまでと同じ割合で増えるという意味ですか? 
 自然の循環で炭素が地表と大気を循環しているので、人為的炭素だけが循環しないということはあり得ないですね。

2021/12/07 (Tue) 22:26
☘雑草Z☘

☘雑草Z☘

Re: 少し理解が深まりました

guyver1092さんのご理解の通りです。
 私も回りくどい書き方をしてしまったようです。guyver1092 さんのおっしゃるように記述した方がスッキリしますね。
この次の記事【これが試算です、近藤さん】では、guyver1092 さんの今回のコメントのご理解のような考え方で試算しております。(定量的な事は正確ではありませんが。)

>人為的炭素だけが循環しないということはあり得ないですね。

その通りです。だから、近藤氏の私に対する反論(というか小バカにした)
>「CO2が以前にどのような履歴を経ているかは、大気中のCO2量の結果に影響しませんから、全くどうでも良いことであり、・・」
と言う批判は近藤氏にブーメランとして返って行きますね!?彼の思考回路はよくわかりません。

2021/12/07 (Tue) 22:55
☘雑草Z☘
Admin: ☘雑草Z☘
無理に経済成長させようとするから無理に沢山働かなければなりません。あくせく働いて不要なものを生産して破局に向かっているのです。不要な経済や生産を縮小して、少ない労働時間で質素にゆったり暮らしましょうよ!「経済成長」はその定義からも明らかなように実態は「経済膨張」。20世紀に巨大化したカルト。
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