英国の貴族階級が幼い子供を送り込む名門寄宿校の隠された汚点と秘密。故ダイアナ妃の弟スペンサー伯爵が回想録で語るトラウマ A Very Private School

 

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作者:Charles Spencer(チャールズ・スペンサー伯爵)
Publisher ‏ : ‎ Gallery Books
刊行日:March 12, 2024
Hardcover ‏ : ‎ 304 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1668046385
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1668046388
対象年齢:一般(PG 12+ 児童虐待のテーマあり)
読みやすさレベル:6
ジャンル:回想録
キーワード、テーマ:英国の名門寄宿校、貴族階級、児童虐待、性的虐待、トラウマ、家族、教育

私は「英国の名門寄宿校での体験を語る回想録」という部分だけ読んで読み始め、途中で「もしかして?」とようやく気付いたのだが、作者は故ダイアナ妃の弟のチャールズ・スペンサー伯爵である。

英国では貴族や上流階級の子供(特に男子)が幼い時から親元を離れて寄宿校(boarding school)で教育を受ける慣習がある。子供が家に戻れるのはクリスマスや夏の特別な休暇の時だけであり、それ以外の時は親との面会や差し入れすら通常は許されない。「ハリー・ポッター」シリーズが大ヒットしたので寄宿校が理解しやすくなったと思うのだが、ハリー・ポッターのホグワーツ魔法魔術学校とは異なり、伝統的に名門校は男子校と女子校に分かれていていわゆる「共学」ではない。また、スペンサー伯爵のような貴族階級の子弟が入学するのは特定の限られた有名校であり、家族によって何代も前から入学する学校や大学(オックスフォードやケンブリッジ)が決まっている。親は子供がある程度の年齢になると「それがしきたりだから」と子供を寄宿校に送り込む。

チャールズ・スペンサーの父が息子を寄宿校に送り込んだのはチャールズが8歳の時だった。8歳といえば小学校3年生くらいだ。小学校3年生の子供を馴染みある家と親から引き離すだけでも残酷なのに、チャールズが送り込まれた名門校は、校長を筆頭に教師、世話役の女性などすべての大人がサディスティックな児童虐待加害者だった。特に校長は小児性愛者であり、生徒のミスをあら捜しし、その罰として身体的虐待を与えたうえで性的虐待も与えていた。その校長に雇われた教師たちも虐待の共犯であり、子供たちには逃げ場はなかった。

人脈を持ち、権力もある貴族階級の子弟がそのような虐待にあうのは不思議に思える。校長や教師はその仕返しが怖くないのかと。けれども、こういう犯罪者はソシオパス(あるいはサイコパス)の傾向がある。チャールズの学校の校長も親たちにはユーモアたっぷりで子供をよく世話している教育者という印象を与えるのが上手だった。そのうえ、貴族の親たちは伝統的に子育てを他人に任せることに慣れていて子供との間に心理的な距離がある。だから一生残るような身体的傷や心理的傷を与えられても子供は親にそれを打ち明けられない。勇気を持って打ち明けたのに、無視されたり、弱虫だと決めつけられたりして黙り込むケースもある。

そうやって長年虐待を受けていくうちに、被害を受けた子供もそれが当たり前のように感じてくる。作者も最後のほうで触れているが、どんなにひどい虐待を受けても校長を受け入れていたのは、幼い時に親元を離れた子供たちにとって校長が仮の父親になっていたからだ。チャールズ伯爵は3回結婚(2回離婚)しているのだが、それも寄宿校での虐待のトラウマが影響していると書いている。

先に説明したような理由で長年虐待が明るみに出なかったのだが、どうやら子供を理解する親も存在したようで、チャールズを虐待した校長は離職し、学校はもっとオープンになったようだ。

でもこういった児童虐待やネグレクトは、チャールズが入学した寄宿校に限ったことではない。程度の差こそあれ、教育者による虐待や生徒の間での虐めは多くの名門寄宿校で起こってきたようだ。なぜそれが繰り返されるのかというと、親もそういう環境で育ち、ある意味洗脳されているからである。カルト集団でもそうだが、閉じられた環境の中では個人が自由な発想を持つことは難しいのだ。

冒頭で書いたように作者が故ダイアナ妃の弟だと知らずに読み始めた私は、普通に「これはなかなかよく書けている」と思っていた。そういった意味でも先入観なく読み始めることができて良かったと思っている。チャールズ・スペンサーはかつてNBCに勤務して、レポーターだけでなく歴史ドキュメンタリー制作も担当し、これまでに7冊の歴史ノンフィクションを刊行している。文章力があることはこの回想録でも明らかだった。

「貴族の子弟でもこんなひどいめにあうのか!」という驚きとともに、「英国貴族はこういう教育のもとで作られ、維持されてきたのだ」という納得感もあり、読みやすいだけでなくインパクトもある回想録だった。

日本でよく使われている「親ガチャ」という表現を私は最近まで知らなかったのだが、「子供は親(生まれてくる環境)を選べない」という意味らしい。ソーシャルメディアでも「あなたは恵まれていていいですね。でも、そうじゃない人もいるんですよ」という嫌味を見知らぬ相手に投げつける人をよく見かけるが、一般市民にとって恵まれた環境で生まれたように見える貴族階級の子息たちの子供時代を想像すると、ごくふつうの家庭に生まれることのほうがラッキーだと思えてくる。

いずれにしても、よく知らない他人の人生を簡単に判断してはならないということなのだろう。

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