山の想いが募り、起業開店へ
第3回
長野市にあるアウトドアセレクトショップ「NATURAL ANCHORS(ナチュラルアンカーズ)」。
コアなファンも多いこの店が、開店6年目となる2020年春に新しい仲間と新しい試みへと一歩踏み出すこととなった。「ローカルの街で山道具店を営む」ということについて、店主・戸谷 悠がこれまでの5年間を振り返り、思索しながら次のステップを迎えるまでを日記で綴る。
海外生活を経て、長野の懐の深さを知る
CastleHillのクライミングエリアのひとつ、Quantum Field
2013年12月某日
次に渡ったのはニュージーランド(NZ)。
人間より羊の数の方が多い国。
日本人からみると悠長にも思える「キーウィ時間」なるものがある国。
居を構えたのは、南島のクライストチャーチ。
北島に比べて自然がまだ色濃く残り、車で少し行った場所には世界的に有名なクライミングエリアのキャッスルヒル(Castle Hill)があるのが選んだ理由だ。エリア内には4000以上(!)もの課題があり、一生クライミングで遊べてしまう。
NZではロードマップを買い、さっそく目的地をマーキングした
岩は石灰岩で上部は丸っこい。そんな岩が草原の中に無数に転がっている。あの景色は今までの岩の概念を覆させられる。
登る、食う、寝る、そしてちょっと働いてまた登る。そんな生活が楽しかった。
しかし、日本にいる家族の身体の具合が悪くなったことがきっかけで、そのクライミングバム生活に終止符を打った。帰国し、地元の長野に戻ったのは28のときだった。
日本に戻ってくると、当たり前だけど働かないといけないという「リアルな生活」が待っている。今までのような楽しい毎日にしたいが許されないよな。まあ家族の希望である一般企業に就職をしてみるか。
岩登りやクライミングジムにも行ってはいたが、それまでのような根詰めた頻度で登ることはだんだんと少なくなり、忙しさにかまけ、つかず離れずとなる。
それでも外遊びは時間の許す限りしたかったし、冬にはスキーに没頭していった。
野沢温泉でのスキー。吹っ飛ぶ前の1コマ
やるべきことは何?本格始動する
剱岳へテント泊へ。足を延ばせるフィールドが広がる
2014年春
家族のことも落ち着き、あらためて自分の時間ができて感じたのは、長野はアウトドアフィールドの充実した環境があるということだ。どこへ行くにもアクセスはいいし、自然が溢れている。10代の頃は外遊びに興味がなくまったく気づかなかった(もったいないことをした)。
クライミングにハマってからは、色々なフィールドで遊んだけれども、すぐ近くにこんないい場所があったなんて。
心のどこかには「いつか山やクライミングに関する仕事をしたい」という想いがずっとあった。そんな想いが浮き出たり隠れたりしながら3年、5年とボチボチ遊びながら月日がいつの間にか経ってしまった。
瑞牆山でクラッククライミングを始める前の準備
ロッククライミングも以前に比べると格段とメディアにとりあげられ、一般的に認知されてきている。けれど、楽しむ人が増えれれば増えるほど、同じように問題点も明らかに増えてきている。
ブーム=にわかに流行ること。
それはフィールドが今まで以上に多くの人に利用されるということを指す。
利用されることでフィールドのある地域は潤い、必要に応じてさらに整備、開発される。
製品は売れ、さらに新たな製品や素材が開発されていく。
それは一見いいことづくしに見える。だけど必ずといっていいほど、一緒に考えていかなくてはいけない問題点も出てくる。自然を相手にする遊びでは、一度フィールドを傷つけてしまうと修復することが困難で、取り返しのつかないことが起きるからだ。
「日本のフィールドは俺が守るぞ!」とは口が裂けても言えないが、自分たちの遊ぶフィールドくらいは守ったり、届けられる範囲でそのことを伝えていきたい。ふつふつと湧き出るこの思い。こりゃ家族に相談してみるか。
とはいえ、以前とは違い、妻や子どももいて歳もとり、自分の環境もだいぶん変わってきている。おそらく好き勝手にはできないだろう。そう思って「山に関することをずっとしたくてさ、店をやろうと思うんだけどどうかな?」と先ずは妻に軽く相談すると、意外にもすんなりとOKが出てしまった!!(逆に怖かった)
実現のための「場所探し」
店舗改装前の正面からの様子
2014年春〜夏
ある意味、思いつきと勢いで始めたアウトドアショップ開店計画。当然ながら駅前の賑やかな家賃の高い場所で始められる貯蓄や資産の余裕があるわけではない。
フィールドにより近い山の中で始めるのもいいが、土地勘や地域への繋がりもあまりない。
そんなか、最近長野市善光寺界隈の門前の裏通りでは、同年代が飲食店や商いを始めているという。ならば、そういった場所で「探してでも来てもらう」コンセプトで店を始めてみるのもいいかもしれない。
まだ古い街並みが残る店舗近隣の裏路地
以前、住まいを探すために空き家見学会に参加したことがあったので、まずは話を聞きに行ってみた。相談をするとよさそうな物件をいくつか紹介してもらえることになった。
話が進むと「やりたいこと」がよりリアルになってくる。古民家を改装するなら山小屋風がいいよな。
いくつか物件を見たなかで気になったのは、元は美容院という中2階がある面白い作りの建物だ。大家さんと相談し、建物の構造もいじってもOKとなった。原状復帰がないのもいい。
天井を抜いてもらった直後の2階部分
その代わり、通常の賃貸と違い、管理維持も全部自己負担だが。それでも天井をぶち抜いて吹き抜けにすることで、空間を広く見せることがこの物件ならできそうだ。
「山小屋風」いい響きだ。
この物件に決めよう。
リノベーションという、いい思い出
いちばん時間のかかったペンキ塗り前の下処理。パテで穴埋め&削り作業
2014年冬
仕入れや店舗改装の計画、融資の手続きなどをしていたら、あっという間に冬になってしまった。
築約80年という物件。何が正解という店づくりの方法はない。大工さんに相談して、自分たちでお金をかけずできるところはやらせてもらうことにした。「セルフリノベーション」というやつだ。
12月から1カ月ほどは大工さんに入ってもらい、翌春4月オープン予定で最後の約3カ月ほどを友人知人総出で作業をする予定だ。知人の建築士に自分たちでできる箇所のアドバイスをもらい計画を練った。
まずは古い建具やいらないものの大掃除から始まる
自分たちでできるのは壁のペンキ塗りや補修作業だ。ホームセンターに道具を買い出しに行き、足らないものを再度買い足しに行き……何度通ったことか。
職人さんなら数日でできてしまう作業も素人がするとなると、まあ時間がかかった。働きながら休日に作業を行ったので、実際動ける時間は週2日。間に合うのか?
工事が始まるとあんなに朽ち果てていた内外装がみるみるうちに形になっていく。新築の工事とは違い、古民家は蓋を開けてみないとわからないことが多いと言われていたが、そこをこれほどまでに形にできるのはさすが職人さんだ。
反面、自分たちの作業は予定通りに進むわけがない。こりゃ昼夜問わず作業をするしかない。それでもみんなでワイワイとする作業は楽しいし、いい思い出にもなる。
完成に近づいてきて、徐々にキレイになっていく
夏休みの宿題を最後に残すタイプの自分は、最後の1週間で寝たのは数時間というなんとも思い出に残る店づくりとなった。
実際かかった経費も考えると職人さんに頼んだ方が安くついたのではないかというオチまでついているのだ(笑)。

戸谷 悠 Yu Toya
1979年 長野県長野市生まれ。大学在学中にロッククライミングに傾倒。卒業後、カナダとニュージーランドに渡りほぼ毎日、岩と向き合う。帰国後8年の会社員生活を経てアウトドアシーンと自然を繋ぐ拠点をつくりたいと、2015年にアウトドアセレクトショップ「NATURAL ANCHORS」オープン。
HP: http://www.naturalanchors.com/
instagram: naturalanchors
text & photo: Yu Toya
edit: Rie Muraoka(YAMA HACK)