※日経エンタテインメント! 2024年1月号の記事を再構成

大相撲を舞台にした『サンクチュアリ -聖域-』は2023年に最も話題になった配信ドラマの1つだろう。主要キャストに人気俳優を起用せず、体作りとトレーニングに時間をかけて作られたドラマは、どのように実現したのか。Netflixの坂本和隆氏に話を聞いた。坂本氏が「最初に自信を持てた」瞬間とは?

Netflixコンテンツ部門バイス・プレジデントの坂本和隆氏
Netflixコンテンツ部門バイス・プレジデントの坂本和隆氏

 人気俳優が出演していないにもかかわらず、社会現象にまでなった『サンクチュアリ -聖域-』。大相撲をテーマにしたドラマにゴーサインを出したのは、Netflixが重要視している要素を満たしていたからだった。

『サンクチュアリ -聖域-』
借金により崩壊した家庭で育った不良の小瀬清は、金を稼ぐために上京し力士となる。猿桜というしこ名を受けた後も相撲に敬意を示さないため、周囲から非難の目を向けられる。だが、生まれ持ったセンスもあり初土俵から連勝を続け、同様に連勝を重ねる怪物力士、静内と対戦を迎える。

 (『サンクチュアリ -聖域-』は)監督を務めた江口カンさんからの企画だったのですが、やる価値は大きいと感じました。大相撲の裏側を描いた映像はほとんどなかったので、その挑戦に対する興味、好奇心は大きかったです。

 Netflixにとって、まだ手がつけられていないエリアを探求するのはとても重要なんです。まだ語られていないストーリー、まだ見たことがない映像に関しては強い好奇心を持っています。我々の強みは、コンテンツに対する驚きが口コミで伝播(でんぱ)していく流れにあると考えているのですが、そういう意味でもまだ語られていないストーリーに対する欲求は強いものがあるんです。

体作りに年単位の時間

 実現に当たり、最も難しかったのは、やはり肉体管理ですね。キャストのみなさんには数十kg体重を増やし撮影に臨んでいただいたのですが、決して簡単にできることではありません。年単位の時間、オンもオフも含めて、あの作品に向き合ってくれたキャストとスタッフの努力なしには成立しない作品でしたから、すごく感謝をしています。

 肉体管理に関しては、Netflixが持つ全世界のリソースを利用しました。肉体管理のトレーナーを海外から紹介してもらい健康状態をトラッキングしたり、プロのスポーツトレーナーにトレーニングをサポートしてもらったり。医療チームも含め、プロフェッショナルがフルサポートで一緒に走っていけたところがすごく大きかった。その部分に関しては、こういう企画を進める上で、我々がすべき最低限の責任だと考えていましたから。

 「見たことがないストーリーを語る」というのは、言うのは簡単でも実現するのが難しい。挑戦だから、ハードルは高くなるんです。「それは無理だよ」で終わってしまうのか、「難しいけど、こういうやり方でやってみてはどうでしょう」と進めるのか。我々は海外のチームと連携しリソースを使うことで、クリエーターのやりたいことを具現化し、さらに映像表現を最大化することができる。そういうサポートができる環境があるのは、我々の強みだと考えています。

 このドラマでは、同じ人物が参加するオーディションを重ね、肉体の変化などを見ながら、配役を決めていったという。

 最初のオーディションのときは「本当に集まるのかな」と正直、不安でした。でも、回を重ねるごとに、みなさんの体が変化していくんです。その過程を見たときが、最初に自信を持てた瞬間だったかもしれません。

 体作りに関しては、どういう役を演じていただくかを最後まで伝えずに、進めていったんです。だから、オーディションごとに変化していく体形を見て、「うわあ、すごい変化だな」と驚くとともに、キャストのみなさんが作品に対してコミットしてくださる姿勢に本当に感動しました。

 制作が進むにつれて手応えは増えていきました。取組を撮影するときは、力士の1メートル横にカメラを置くなど、実際の大相撲中継では見られない角度からの迫力ある映像が生まれましたし。要所要所で描かれる感情の部分もそうですね。主人公の猿桜(一ノ瀬ワタル)が属している猿将部屋の面々は演技が初めてという方がすごく多かったんですが、撮影を重ねていくうちに、リアリティーの高い演技と熱量に変わっていったんです。それぞれの感情をきちんと切り取って、編集でつなぐ江口監督の手腕は本当に素晴らしかったですね。

『サンクチュアリ』成功に導いた4つのポイント

【ポイント1】無名の俳優を起用
主人公の猿桜(小瀬清)を演じた一ノ瀬ワタルほか、熱戦を繰り広げる力士たちには無名の俳優たちを起用。

主人公の猿桜を演じた一ノ瀬ワタル
主人公の猿桜を演じた一ノ瀬ワタル

【ポイント2】体づくりとトレーニングに時間をかける
俳優それぞれに合わせた体づくりと、相撲のトレーニングに時間をかけ、リアリティーを生み出した。

年単位の時間をかけた肉体管理がリアリティーを生み出した
年単位の時間をかけた肉体管理がリアリティーを生み出した

【ポイント3】脇を固める名優たち
無名な俳優で固めたメインキャストと対照的に、実力派のベテラン俳優たちが脇を固めた。

ピエール瀧、小雪、中尾彬、岸谷五朗らが脇を固める
ピエール瀧、小雪、中尾彬、岸谷五朗らが脇を固める

【ポイント4】国技館もバックヤードまで再現
本物そっくりに再現された国技館も話題に。撮影に時間がかけられるため、迫力ある取組シーンも実現。

細部までこだわり再現された国技館
細部までこだわり再現された国技館

続編を求める声は多いが

 普通に考えれば相撲をテレビで見ているのはコアなファンだと思います。でもどんな題材の作品でもキャラクターに魅力があればそれはいかようにも広がっていく可能性があると考えています。例えばNetflixには『クイーンズ・ギャンビット』というチェスを題材にしたドラマがありますが、チェスをやらない僕もあのドラマを見ると引き込まれてしまう。アニャ・テイラー=ジョイが扮(ふん)するあの主人公に魅力を感じて物語から抜けられなくなるんです。『サンクチュアリ -聖域-』も同様に、魅力的なストーリーとキャラクターが視聴者を広げてくれることを実感させてくれた作品でしたね。

 続編を求める声はすごく多いのですが、僕が関わったドラマの中でも、準備にかけたエネルギーと時間は圧倒的に高い作品ですから。関わる人数は半端ではないし、その方々に再び時間をかけて取り組んでいただくことになる。ここで僕が「やりたいですね」と言うのはすごく無責任ですから、続編に関しては、今はちょっと言えませんという答えになります。ごめんなさい。

 『全裸監督』『今際の国のアリス』などの数々の実写作品を手がけてきた坂本氏。テレビドラマとNetflixシリーズの違いを聞くと「ストーリーテリングのリズム」という答えが返ってきた。

 Netflixシリーズは表現の自由度が大きいと言われることが多いのですが、僕はストーリーテリングのリズムの違いが大きいと考えています。我々は1つのシリーズを、一度に全話配信するスタイルを多くの作品で採用しているので、視聴者は見たいときに見たいものを見たいだけ見ることができます。このスタイルが、テレビドラマとも映画とも違う、ストリーミング独特のストーリーテリングのリズムを生み出していると思うのです。

 Netflixシリーズは、1話ごとに長さも違います。それもストーリーのリズムを重視しているからです。第1話は39分、第2話は44分、第3話は45分という具合に、それぞれのストーリーに合ったリズムで伝え方を変えていく。そういった部分も魅力的ではないかと思いますね。

日本の物語の可能性

 もう1つは多様性です。僕の人生の中でも、スペイン、ブラジル、フランスのドラマを見る機会はなかなかありませんでしたから。面白いのは、我々が日本で作ったドラマも「メードインジャパンの作品」とはうたっていないことです。全世界のドラマが同じように出てくる。フランスでもスペインでも視聴者はタイトルと物語とキャラクターを見て選んでいます。だから今まで出合えなかった物語とキャラクターに巡り会える。ここもこれまでのテレビドラマとは圧倒的に違う点だと思います。

 だからこそ、中にいる僕も常に背筋を伸ばして臨まないといけないんです。先日、世界中から担当者が集まる会議に出席したのですが、そこでは「イタリアはこういうものを出してくるのか」「ブラジルはこれでくるのか」という具合に、オリンピック的な感覚で各国が新作を出し合うんです。そこで僕も「日本代表はこれです」とプレゼンテーションをしなければいけない。「次は『幽☆遊☆白書』です」とプレゼンをしてきたのですが、それを聞いて、作品の面白さを判断して、「では我々も宣伝していきます」と全世界が動いていく。こういうダイナミックな部分はNetflixならではの面白さだと思います。

 日本発の作品の存在感は実感としても数字としてもすごく大きくなっています。アニメは以前から全世界にすごい数のファンがいて、それをどうやってさらに広げるかがテーマですが、最近は特に増えているのが実写作品のファンなんです。それこそ、『サンクチュアリ -聖域-』を、日本でのサービスを開始した1年目に出していたらどうだったのか。日本発の実写作品に注目が集まっているタイミングで配信できたからこそ世界的な広がりがあったことは事実だと思います。もちろん作品自体が持つ力も大きいですよ。でも、その手前で、日本の作品を楽しみに待ってくれている方々を、時間をかけて醸成してきたことも成功の要因になっていると思います。

 僕は日本の作品にすごく可能性を感じています。日本が世界に数少ない優秀な制作チームがいる国であることは間違いありません。スタッフやキャストのクオリティーは世界屈指です。

 さらにマンガ、アニメ、小説など、これだけ物語を生み出している国も珍しい。マンガだけを見ても、複数のマンガ雑誌が半世紀以上にわたって、毎週新しい物語を生み続けている。海外から見たら、驚きです。そこに全世界のスタッフが注目しています。実写版『ONE PIECE』が、如実に日本の持つ可能性を証明していますよね。

坂本和隆(さかもと・かずたか)
Netflixコンテンツ部門バイス・プレジデント
1982年9月15日、東京都出身。2015年、Netflix入社。日本発の実写・アニメ作品における制作及び調達を統括。Netflixシリーズ『全裸監督』『今際の国のアリス』『First Love 初恋』『サンクチュアリ』などの実写作品から、「Devilman Crybaby』「リラックマとカオルさん』「アグレッシブ烈子』などのアニメ作品まで、幅広い作品を手掛ける。21年6月より現職
Netflixシリーズの3ドラマのファン層を比較
2023年に配信された『サンクチュアリ -聖域-』『御手洗家、炎上する』『離婚しようよ』がどのような人たちに見られているかをGEM Partnersの「定額制動画配信サービス コンテンツ別 調査」で調べてみた。男女別を見ると『サンクチュアリ -聖域-』は男性から大きな支持を得ていることが分かる。続いて年齢層を見ると、39歳以下は他の2ドラマとほぼ同じだが、40-49歳と50-59歳のポイント差が大きい。あまりテレビドラマを見ないと言われる、40代、50代の男性層を取り込んだことも、大きな話題となった理由の1つと考えられる。
【出典】GEM Partners「定額制動画配信サービス コンテンツ別 調査」
【集計期間】2023年4月29日~9月29日 【実査日】2023年5月6日~9月30日までの毎週土曜
【調査方法】インターネットアンケート 【調査対象】日本在住の15~69歳の男女
【回答者数】各回 約7000人
【数値重みづけ】総務省発表の人口統計を参考に回答者を性年代別に重みづけ
【集計方法】視聴したコンテンツについては自由回答方式で聴取。これをGEM Partners開発によるエンタメコンテンツ辞書を用いて名寄せ・集計を実施。コンテンツごとの視聴したシーズン数やエピソード数等は区別せず、一部でも見たと回答した人を視聴者としてカウント。複数回見ても1カウントとしている。

(写真/藤本和史<坂本氏>)

Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」独占配信中
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