保守的な思考にとらわれがちな日本企業の中で、マーケターが変革をリードしていくには何が必要なのか。その答えを持つ人物と言えば、マーケターとして様々な業績を残し、現在はアサヒビールの代表取締役社長として活躍する松山一雄氏の名前がまず挙がるだろう。「日経クロストレンドFORUM 2024」で実現した松山氏と本連載のトーマス・バルタ氏との対談の様子をお届けする。

アサヒビール代表取締役社長の松山一雄氏(左)と本連載の著者、トーマス・バルタ氏との対談の様子をお届けする
アサヒビール代表取締役社長の松山一雄氏(左)と本連載の著者、トーマス・バルタ氏との対談の様子をお届けする

 松山氏はマーケティングリーダーとして、そして経営者としてアサヒビールの変革をけん引してきた。

 2018年にアサヒビールへ入社し、専務取締役マーケティング本部長に就任。21年4月にフルオープンの蓋を開けると泡がわき上がる「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」を発売して話題を呼ぶ。同年9月に約28年ぶりの「アサヒ生ビール(通称マルエフ)」を復刻し、22年には基幹ブランド「アサヒスーパードライ」の全面リニューアルも成功に導いた。

 社長就任後も、アルコール分3.5%とした23年10月発売の「アサヒスーパードライ ドライクリスタル」、24年6月の「未来のレモンサワー」と、画期的な商品を相次いで投入している。

上部の蓋を開けると泡がわき出てくる「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」。画像は松山氏のプレゼン資料のもの
上部の蓋を開けると泡がわき出てくる「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」。画像は松山氏のプレゼン資料のもの
松山氏とバルタ氏の講演は「帰ってきた!日経クロストレンドFORUM 2024」(2024年9月30日~10月31日)でもアーカイブ配信中です(クロストレンド有料会員限定)。他講演も併せて、ぜひご覧ください。

▼アーカイブ動画の配信はこちら
帰ってきた!日経クロストレンドFORUM 2024

 建設業界、産業用機器、ヘアケアなど日用品、医療関連の製品と様々な業界で活躍してきた松山氏だったが、ビール業界には初めて飛び込んだ。その中で求められたミッションは「マーケティングの革新だった」と松山氏は振り返る。

 外部からビール業界を見て「日本のビールはとにかくおいしい。だけど、どれも似たり寄ったりだ」と感じていた。パッケージ、味、価格、マーケティングの提案についてバラエティーが乏しい。成熟した市場であるにもかかわらず、数量シェアで競争している点についても不思議に見えた。

松山一雄氏。1960年、東京生まれ。青山学院大学文学部卒。鹿島建設、サトー(現サトーホールディングス)を経てノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA取得。1993年に現P&Gジャパン入社。1999年チバビジョン(現日本アルコン)、2001年サトーHDに再入社し、2011~2018年社長を務める。2018年9月アサヒビール入社。2023年3月に社長就任
松山一雄氏。1960年、東京生まれ。青山学院大学文学部卒。鹿島建設、サトー(現サトーホールディングス)を経てノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA取得。1993年に現P&Gジャパン入社。1999年チバビジョン(現日本アルコン)、2001年サトーHDに再入社し、2011~2018年社長を務める。2018年9月アサヒビール入社。2023年3月に社長就任

 そうした一人の消費者としての観察から「この業界にはイノベーション(変革)が足りない」という考えに行き着いたと言う。

 固定した組織文化を変えることは難しい。とりわけアサヒビールは135年の歴史を持つ大企業である。社内を見渡す中で「自社の考え方や都合が優先され、お客様が中心になっていなかった」という傾向が見られた。

従来のアサヒなら諦めていた

 組織内に「失敗することへの不安」も広がっていた。イノベーションを起こすには継続的な試行錯誤と学習が必要となる。失敗を恐れている限りはイノベーションを実現できない。

 「生ジョッキ缶」は、かつて却下された2つのアイデアから始まった。12年前に考案された全開する蓋と、6年前に泡が自然発生する内側の塗装技術である。ある1人の研究者が、この2つの技術を組み合わせ、商品を試作した。

フルオープン缶と泡が出る缶胴の技術を組み合わせた
フルオープン缶と泡が出る缶胴の技術を組み合わせた

 その後も壁にぶつかる。泡の質と量は温度と冷却状態によって変化するため、冷えている時には泡が発生しないが、常温だと噴きこぼれてしまう。技術的な解決は難しく、泡が出ない、噴きこぼれるといった苦情が殺到することが予想できた。

 「過去のアサヒビールであれば、この段階で諦めていただろう」(松山氏)

 そこで立ち止まらず、発想を転換するための議論を重ね、商品の定義を見直した。メーカーとして、泡の形成タイミングを100%制御できない。だが、お客様の助けを得て、商品の最終的な姿に到達する、つまり「お客様と一緒に商品を作り上げていく」という発想にたどり着いたという。

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