
イオングループではこれまで各事業会社が独自にアプリやサービスを運用してきたため、顧客IDがばらばらになっていた。その数は90超もあるという。それらのIDを1つに統合し、グループ横断のCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)の構築を進めており、2023年内には稼働する予定。ID統合を担うのが、システムの内製化を目指し設立されたイオンスマートテクノロジー(千葉市)だ。同社は共通IDの基盤であり、イオン流スーパーアプリとも呼べる「iAEON(アイイオン)」を開発する。イオンの内製化集団は、入り組んだIDの構造をどのようにひもとき、統合を進めているのか。
朝、通勤電車の中でiAEONを開き、「お気に入り登録」している店舗のお得な情報を確認すると、そのうちの一つ、「まいばすけっと」で子供たちが好きなカレーのルーにポイントが付与されていた。今日の食事担当は私だ。今晩はカレーにしよう。まいばすけっとは、自宅から一番近いスーパーより少し離れているが、今日はそこに行こうと決める。
仕事帰り、まいばすけっとに行き買い物を済ませる。自宅に帰りカレーをつくり食卓に出すと、家族は皆おいしいと満足げだ。すかさず私は、「まいばすけっとでアイスも買ってきたけれど、デザートに食べる?」と尋ねる。アイスのポイントが付与されるキャンペーンも行っていたので、まとめて買っておいたのだ。
それから数日後、日ごろよく訪れているイオンから、「入学お祝いキャンペーン」のお知らせがやってきた。まもなく長男が小学生になるため、先日実家に帰省した際、近くのイオンを訪れてランドセルは購入していたが、それ以外の備品はまだ買っていなかった。そろそろ準備しなくてはと思っていたところだ。お知らせによると、文具や靴下などこれからたくさん使うであろう商品がお得に買えるという。さっそく子供たちを連れて買い物に行ってこよう――。
これはiAEONを軸にグループ会社のIDが統合化されることで、実現される世界観だ。イオングループは各社に散らばるデータをiAEONに集約し、グループ横断で活用できるプロジェクトを2020年から進めてきた。次世代小売りのCX(顧客体験)をつくるうえで欠かせない情報基盤になるからだ。
膨大なIDとデータを「iAEON」に集約
イオングループではこれまで、事業会社各社が自前でアプリやサービスを運用し、それぞれ顧客IDを取得、管理してきた。その数は少なくとも90超に上る。取得する顧客データに関して各事業会社に一任していたため、イオングループの顧客にもかかわらず、データの分散化が起こっていた。
しかも、電話番号やメールアドレスの取得の有無に始まり、どのような情報を取得し、マーケティング活動に役立てるかは各事業会社が主導してきたため、データの項目もフォーマットもばらばらだった。
この膨大なIDとデータを、iAEONという1つのアプリに集約するという世紀の大プロジェクトを遂行しているのが、イオンのDX(デジタルトランスフォーメーション)を担うイオンスマートテクノロジーだ。
iAEONという1つのアプリを軸にデータを統合できれば、顧客がどのような購買行動をしているのかがグループ横断で可視化できるようになる。そのデータを各事業会社が自由に使い、顧客に合わせたパーソナライズされたキャンペーン情報などを提供できるようにする。さらに、グループ間を横断し、顧客のライフステージに合わせたさまざまな情報提供も可能になる。
「人生を通して、顧客の役に立てるツールがiAEONであってほしい」とイオンスマートテクノロジーの取締役COO(最高執行責任者)関矢充氏は話す。生涯にわたり、CXを支えるアプリが最終到達点というわけだ。
イオンスマートテクノロジーが設立されたのは、20年10月のこと。そこから約3年で、36社の移行が完了している。これほどまでの巨大なプロジェクトを動かし、順調に移行を進められてきたのは、同社が内製で開発を進めてきたことが大きい。もちろん一部の開発は外部の開発会社に委託しているが、内製部分が多いために、「自由度、開発スピードともにメリットが大きい」と関矢氏は言う。
現在、同社には開発者が約50人所属しており、全社員の約半数を占める。今後は内製化の比重を拡大し、よりスピード感を持って開発を進めていく予定だという。
iAEONへの移行は比較的順調に進んでいるというが、中にはまだ統合化のメリットを理解されないこともあると関矢氏は言う。「根気よく説明していくしかない。機が熟すまで待つ」(関矢氏)。イオンのマーケティング基盤の内製化集団はいかにして、IDとデータの統合を進めてきたのか。詳しく解説していこう。
新たな認証基盤をつくり、IDの移行を促進
「各社がそれぞれ独自に取得してきた会員情報を合わせていくのは、至難のわざ。時間も労力もかかる」(関矢氏)。この難易度の高いプロジェクトを実行するうえで、イオンスマートテクノロジーが採った方法は、各事業会社が単独で取得、管理してきた顧客IDを、iAEONという共通IDに移行させるための認証基盤づくりだ。各事業会社のサイトやアプリからiAEONのサイトやアプリへ誘導し、従来、各事業会社が単独で取得、管理してきたIDを、iAEON IDに共通化させているのだ。
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