パッケージもコピーもクリエイティブも、およそビールらしくない――。アサヒビールが2023年6月から首都圏と信越エリア限定で販売している「アサヒホワイトビール」だ。主要ターゲットはビールを“あまり飲んだことがない”、むしろ“苦手”とするZ世代。そんな層に、ノンアルコールでも低アルコールでもなく、度数5%のビールをなぜ当てたのか。自身もZ世代であるマーケティング担当者がN=1を深掘りしてたどり着いたアプローチを、「Z世代の企画屋」こと、僕と私と(東京・渋谷)代表取締役の今瀧健登氏が聞き出した。
- N=1調査で嫌いな理由も探る
- 「自分向き」に思わせる秘策
- 大事なのは商品説明より「感覚」
- 顧客起点というより「顧客を主人公に置く」
- 商品ではなく「その人」について聞く
ビールと言えば、「コク」や「キレ」「のどごし」などが常とう的な売り文句だ。あるいは、「プリン体ゼロ」「糖質ゼロ」といった健康価値を売りとする商品もよく見られる。いずれもパッケージとなる缶本体に直接そうした文言が大々的に躍ったり、商品名そのものとなっていたりする。
だが、「アサヒホワイトビール」はアルコール度数が5%の本格ビールでありながら、そうした常とう句が一切記載されていない。代わりに「ふんわり、はなやかな香り」「やわらかな飲み心地」など、ビールでは見かけない文言が印刷されている。
缶のデザインも独特だ。日の出や日の入りに空が染まり、青とあかね色のグラデーションになる、いわゆる「マジックアワー」と呼ばれる時間帯の幻想的な光景を表現している。そして、缶の裏面には、「そっと心をほどいてくれるのは、美しい空と幻想的な時間。マジックアワーのように、心を満たすホワイトビール。」と、詩的な文章もつづられている。
ブランドサイトも異色だ。通常のビールであれば、商品訴求や機能訴求が前面に押し出され、グラスに注いだおいしそうな様子をビジュアルで表現するのが基本だろう。しかし、アサヒホワイトビールのサイトを訪れると、目に飛び込んでくるのはマジックアワーの様子を描いたビジュアルや、それを見つめる男女の画像。さらに、何気ない日常で心を満たす時間を描いたという30秒の物語の動画が4本並んでいるだけだ。冒頭に商品説明は一切なく、画像と動画でその世界観を表す方向に全振りしている。
このようにビールの売り方の常識を取っ払い、思い切ったコミュニケーションをしているのは、今までのやり方では若者を取り込むことが困難だと考えているからだ。では、アサヒビールでは、どのようにして若者たちのインサイトに迫ったのか。アサヒホワイトビールのマーケティングを担当した宮西桃子氏に話を聞くと、Z世代への効果的な訴求方法を探る糸口が見えてきた。
N=1調査で嫌いな理由も探る
今瀧健登氏(以下、今瀧) ビール市場は年々縮小し、特に若者の間で「ビール離れ」が顕著になっているように感じます。そうした中、Z世代をはじめとした若者層をターゲットとしたアサヒホワイトビールを発売していますが、実際、対象層への売れ行きはどうですか。
アサヒビールマーケティング本部新ブランド開発部副主任(取材当時)の宮西桃子氏(以下、宮西) 発売週から1カ月後の集計では、ユーザー構成比が20代女性約10%、20代男性約10%となっており、他のビール商品における20代層の割合が1桁台の前半であることを考えると、若者にしっかり届いていると考えています。
今瀧 それは良い結果が出ていますね。アサヒホワイトビールは、見た目からして従来の商品とは全く異なります。どのように商品開発を進めていったのでしょう。
宮西 まず、開発過程で特徴的だった点が、ヒアリングから1人を深掘りするN=1の定性インタビューを非常に多く行ったことです。毎回10人程度の若者を集めて、1人ずつ約2時間にわたりインサイトを深く聞いていく形で進めました。ヒアリングの対象としたのは、ビールがとても好きなエクストリームユーザー、反対にビールをとても苦手と感じているユーザー、そして適度に飲むユーザーの3パターンです。
通常こうしたインタビューでは、ビールの既存ユーザーに話を聞いて、より飲用頻度を上げるための手を探るのが常道です。しかし、今回はビールが苦手な方にも聞くというのが新しい試みでした。「とても苦手」と言うからには何らかの強い思いがあるはずで、そうしたユーザーを知ることで、「ビール離れ」している理由を探れるのではと考えたからです。
今瀧 私は定性インタビューでは、好きな人、嫌いな人の双方の話を聞くのが非常に重要だと思っています。この類いの調査では、商品が属するカテゴリーを好む人たちにその理由を聞いて、より好きになってもらうための施策を考えがちです。酒類メーカーの社員であれば周囲もお酒好きな人ばかりで、嫌いな人、苦手な人の意見を聞く機会は少ないのではないでしょうか。
しかし、モノを売ろうとするには、その商品が良いと思われるための理由を増やすのと同時に、良くない理由を消していくことが必要です。さらに、世の中に優れた商品があふれている現状を考えれば、その商品ならではの良い理由を発掘するよりも、良くない理由を掘っていくほうが突破口を見いだしやすいとも言えます。ビールが苦手な人にヒアリングする中で、新しい発見や従来と違った視点は得られましたか。
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