※日経エンタテインメント! 2022年10月号掲載記事を特別バージョンで掲載
ファンの大半が10代ながら、ミュージックビデオの再生回数が1000万回を超える楽曲を次々に生み出し、音楽業界から注目を集めるiOS&Android向けリズム&アドベンチャーゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』(通称『プロセカ』)。
『プロセカ』は、ゲームメーカーのセガとColorful Paletteとが、協業で配信・運営している。ゲーム内の楽曲は、5つのオリジナルユニットと、初音ミクをはじめとしたバーチャル・シンガーによりパフォーマンスされ、それらはいわゆるボカロPの手による作品だ。人気ボカロPによる新作のほか、『千本桜』(作詞・作曲:黒うさ)といった定番曲も含まれ、新旧のボカロ曲が多数プレーできることが魅力だ。2020年9月にサービスを開始すると、人気はうなぎ登り。全ユーザーのうち70%強が10代ながら、22年6月にはユーザー数が1000万人を突破した。
なぜ『プロセカ』は、Z世代から圧倒的な支持を受けるのか。
今回、制作の先導役である、Colorful Paletteのプロデューサー・近藤裕一郎氏、本作のサウンドディレクターであり、同じくColorful Paletteの磯田泰寛氏、「初音ミクの生みの親」といわれ、『プロセカ』の開発・運営にも深く関わっているクリプトン・フューチャー・メディアの佐々木渉氏、セガのシニアサウンドプロデューサーとして『プロセカ』に関わり、ゲーム音楽に約30年携わる瀬上純氏の4者に、『プロセカ』のヒットの理由、戦略や展望を聞いた。
――『プロセカ』は、当初からメインユーザーとして10代を意識してたのでしょうか。
近藤裕一郎(以下、近藤) リリース当初から10代後半のユーザーが圧倒的に多いのは確かで、現在のアクティブユーザーのうち10代は70%強です。ただ、狙った結果というよりは、ボーカロイドカルチャーやボカロ曲の、世代を超えて愛されていく力あってのことだと思いますね。
佐々木渉(以下、佐々木) 初音ミクが誕生したのは2007年ですが、初期はニコニコ動画ありきだった15年間の流れと、『プロセカ』の盛り上がり方は、また違って見えるところはあるだろうなと思います。
近藤 ボカロカルチャーの上に添えて出すゲームとして、参加いただくクリエーターさんの選定や運営にあたっては、「ファンの方に納得感がある」ということを最優先にしています。運営していくにあたり、様々な世代のクリエーターさんにお願いしたり、過去曲の選曲を工夫したりと戦略が積み重なった結果、若い世代により広がっていったように思います。
ボカロ文化の新たな入り口に
――近藤さんは、様々なインタビューで「ボカロ文化の入り口になるような作品を作りたかった」とおっしゃっています。
佐々木 『プロセカ』は新規層の入りやすさを念頭に、ボカロ発のクリエーティブをコンパイル(編集)し、広めていく形になっていますよね。
近藤 それも意識したわけではないですね。若い方たちはすでに、ボカロやボカロクリエーターさんを、よい意味で特別に意識しなくなってきていますから。
瀬上純(以下、瀬上) ボカロPとして出てきた方々が、どんどんメジャーシーンに入っていることで、垣根はほぼなくなっていますよね。ただ、ボカロPが作る音楽はすごくピュアなんです。商業音楽やメジャーシーンからは出てこない要素も多分に含まれていて、それが多感な世代に刺さる。それこそが10代に受け入れられる要因だと思いますし、無視できない存在になっていっている実感はありますね。
近藤 誰でも音楽を作れる時代になったことで、商業という枠で収まったものではなく、その人の生きざまを反映したような作品に、若い方たちがすぐに触れられるようになった。どのエンタメにおいてもそういうものがどんどん受け入れられてきていると思いますが、そのはしりこそボカロ曲だと思います。
磯田泰寛(以下、磯田) クリエーターのDECO*27(デコ・ニーナ)さんが「うちのミク」という表現をされていたんですよ。扱っているものは同じ「初音ミク」ですけど、作家によって、全く違う個性が出てくるんですね。それらが『プロセカ』で、いろいろなユニットの中をくぐることによって、より個性が増していく。ユーザーは、そこをすごく楽しんでくれていると感じています。
佐々木 ボカロ曲は作品数も種類も多いですから、最初に何を聴けばよいか迷うこともあると思うんです。だからこそ、感覚的に音楽ジャンル別のユニットをチョイスして、聴きたい曲を限定された範囲から選べる『プロセカ』の手軽さや楽しさは、とても良い入り口になっていると感じますね。
『プロセカ』にはボカロPたちが力を入れた作品が並んでおり、もちろん20代以上が聴いても心を揺さぶられる曲が多い。Z世代に熱狂的に支持されつつ、その層以外への広がりが緩やかなのは、クリエーティブや主要ユーザーとのコミュニケーションを大事にして、過度なブームを生み出そうとは考えていないためだ。最近のアプリゲームでは、大量出稿によるユーザー獲得が定番戦略になっているにも関わらず、『プロセカ』は、その戦略よりも大切にしていることがあるという。
アプリゲームなのに広告を打たない理由
――『プロセカ』は、ほかのアプリゲームに比べて、広告をあまり打たない印象があります。それも、戦略のうちなのでしょうか。
近藤 特に10代の方は、単純な広告をきっかけに何かに興味を持つことが少ないのではと感じているんですよね。ですから広告を打つよりも、良いものを作るための人員確保や、ファンイベントにリソースを割いた方が絶対にいいと思うんです。そうすれば、ファンになってくれた方が口コミをしてくれることもあり、そうして広がったのが今、という状況ですね。
佐々木 広告以外でも、例えば有名な音楽メディアに出られなくても全然、いいんです(笑)。“盛り上がっている感”みたいなものを変に水増しして一般認知を進めると、実態とずれることもありますから。
近藤 そうしたところに、コストやチームの労力を割きたくないんですよね。どうすればよりよいゲームにできるか、よりたくさんのクリエーターさんをピックアップできるか、そこにもっと頭を使いたい。
佐々木 クリエーターさんたちに対しても、「意識しすぎずリラックスして個性を出してください」というスタンスでお願いしていますよね。がつがつと「一緒に一発、当てましょうよ」的なノリは今の若い人たちにはあまり好まれないように思います。
近藤 むしろ、クリエーターさんには持ち味を最大限生かしてほしいと思っています。ストーリーがある以上、合う作家さんの選定はしますけど、可能な限り制約は設けません。切れ味を発揮して好きなようにつくってほしい。もちろん、我々の考えるイベントやストーリーとリンクしていることは大事ですし、逆に、リンクを狙ってヒットしたものもあるんですけどね。
磯田 「次はどんな色を見せてくれるんだろう」とわくわくしながら、「ベストをいただけるのであれば好きにやってください」とお願いするので、クリエーターさんからするとプレッシャーじゃないのかなと思うときもありますね。
近藤 もっと自由にやっていただいてもいいくらいです。やっぱり、これほどユーザーが多いプロジェクトで曲を書くということに対して、すごく考える方もいらっしゃるんですが、「本当にいつも通りでいい」ということを言い続けていきたい。僕らは再生数を伸ばしたいと思っているのではなく、クリエーターさんの持ち味がちゃんと出た上で『プロセカ』のストーリーにリンクしていれば、それでいいんです。商業で出すからと丸めてしまわず、もっととがっていいと思っています。
『プロセカ』にはアドベンチャーゲームの要素もあり、5つのユニットに所属するキャラクターたちの物語が描かれる。メインで登場するオリジナルキャラクターたちはすべて高校生で、彼らの等身大の悩みや葛藤がストーリー形式で展開する。キャラや物語の魅力も10代の共感を呼んでいる大きな要素であり、ストーリーと音楽がリンクすることで両者の魅力を高める相乗効果を生んでいる。
――楽曲はもちろんストーリーにも、10代が感じる悩みや矛盾が強く反映されています。そこにフォーカスを当てているのも、狙いの1つですか。
近藤 そうです。今の若い子たちが共感できるようにはしたいと、これまでストーリーをつくってきています。
佐々木 クリエーターさんが書いてきた歌詞に影響されて、ストーリーが変わることもあるんですか?
磯田 大筋は変わりませんが台詞レベルではありますね。それと、楽曲を依頼するときに、ストーリーをお渡ししてすり合わせをするんですが、それに対して「こういう楽曲の表現はどうですか」と、作家さん側からご提案をいただくこともあります。
佐々木 なるほど。細かい部分で相互に意見を交換されているんですね。
瀬上 ボカロPの作品には、商業音楽ではあまり見られない文字や文脈の使い方や、特有のキーワードの持ちだし方があり、それも、若い世代に刺さっているように思いますね。
――いろいろなユニットがあり、多くのクリエーターが参加している中、『プロセカ』らしさとして共通していることはありますか?
近藤 強いて言うなら、清純さでしょうか。「前向きな未来を見たい」みたいな話は感覚的にあると思います。どのユニットもいろいろな苦労をしていて、過程は過酷ですが、あきらめなければいつか、と未来に向かっている。「より良い未来に行きたいよな、みんな」という感覚は、『プロセカ』の共通点ではないかと思います。その点でいうと音楽は、イベントストーリーに合わせて暗めの曲も少なくないですが、例えばアニバーサリーソングやテーマソングのような、『プロセカ』の顔として聴いていただく曲はやはり、ポジティブなテーマで書いてもらっています。1周年のアニバーサリーソングとしてEveさんが『群青讃歌』という曲をつくってくださったんですが、そこにも『プロセカ』のメッセージ性を込めてくださっていますね。
ブームにするのではなく長く愛してくれるファンを開拓
『プロセカ』の主要な収益源は、ほかのアプリゲームと同様にゲーム内課金ではある。しかし無課金でも、リズムゲームでは全曲プレー可能で、ストーリーもすべて読める仕様になっている。「ブームはいつか終わるもの」と近藤氏。だからこそ、短期間で爆発的なブームを起こすよりも、「本当に好きになってくれる人」が集まってそこに根付くよう、畑を耕すことこそ重要だと考えている。
近藤 自分たちが想像していた以上の速度での広がりは、特にここ1年感じています。これはクリエーターさんのつくった土台の上に成り立っているものですから、いかにこちらからも継続して盛り上げていけるかが大事だと思いますね。
佐々木 最近、音楽業界の人たちから「ボカロ発の音楽を上手くまとめている『プロセカ』に注目している」と言ってもらえていると聞きます。
瀬上 渋谷のタワーレコードのアニメフロアで目立つエリアが一面『プロセカ』だったりと、こちらからお願いせずとも、大きく展開していただくこともありますね。
佐々木 J-POP的な、「タイアップをつけて、どかーんとホームランを打ち立てよう」という手法と比べると、ものすごい数の多様な安打を出し続けることで盛り上がっている『プロセカ』は、やはり異質ですよね。僕も、関係ないところにいたら、すごく気になると思います。(笑)
磯田 あれは何だろうと。(笑)
瀬上 作家さんは、各ユニットのこれまでを見た上で、「こういうアプローチはユニットにとっても新しいし、自分の色も発揮できる」と考えてくれるんです。作家さんとしても、今まで出していなかった個性を出してくれているように感じます。
佐々木 まさに化学変化ですよね。きっと『プロセカ』は、ボカロPさんたちにとってもチャレンジしやすい土壌なんだろうなと思うんです。「自分ならこういうふうに仕掛けてやるのに」とか、「あの人、いつもの作品からちょっと崩してきたな」というふうに、クリエーター間にもポジティブな影響があるんじゃないですかね。
近藤 確かに。『プロセカ』を、うまく使ってもらうくらいがいいと思いますね。
――初音ミクが生まれた15年前当時の『ニコニコ動画』のようなプラットフォームに、『プロセカ』がなりつつあるようにも感じます。
近藤 どうでしょうか。あれほど多様性があるカルチャーは、今後ないと思いますね。そして『ニコニコ動画』があったからこそ、たくさんのクリエーターさんが生まれました。ですから最近、佐々木さんとも話しているんですけど、やっぱり畑を耕していくことが、より長く『プロセカ』を楽しんでいただくことにつながるんじゃないかと。
佐々木 『ニコニコ動画』でも、あらゆるものが盛り上がっては、次々変化していった。ネット文化が節目、節目で流れを変えていく様を、僕らは経験してきましたよね。
近藤 『プロセカ』についても、はやっているという点が注目を浴びがちですし、当然、今求められているものは提供するつもりなんですが、しっかりした土台を作ることにも力を割かないと、結局、クリエーターさんが出ても消費される一方ですから。ユーザー数が増えることは僕らにとっても当然いいことですし、皆さんにとってもうれしいことなのかなと思います。ただ、本当に好きで居続けてくれる人たちを増やしていかないと、長続きできないとは思っているんですよね。一時的なブームになっても、10年後に残ってくれる人って、どれだけいるのか、と。だからこそ、『プロセカ』というプラットフォーム自体に可能性を感じてくれるファンの方々やボカロカルチャーの土台であるクリエーターさんの存在がすごく大事になってくる。ブームはいつか終わるもの。けれどそういった人たちが途切れないような環境を作り続ける、つまり地道に畑を耕してさえいれば根付いてくれるものだと思うので、耕し続けていきたいですね。
佐々木 一般的には耕したからには収穫を、と考えるものなのかなと思うのですが、その点についてはどう思われますか?
近藤 『プロセカ』自体、究極をいえば課金しなくても遊べるゲームにあえてしています。だから若い方はなにも考えず、ただ目の前のコンテンツを楽しんでいただきたい。本当に『プロセカ』を好きになってくれて、何かしらの形でもらえるものがあればありがたいという感覚ですね。だからこそ「本当に好きになってくれる人」を増やしていかなければ。
瀬上 シングルやアルバムといった手に取って頂ける音楽商品としてのリリースはもちろん、リアルライブのような音楽を体感できるイベントも複数展開しており、いろいろな形態で『プロセカ』の音楽を楽しんでいただく場を提供する流れもつくっていますしね。
佐々木 そのあたりのバランスが絶妙ですよね。僕から見ると単なるブームではなく、いろいろなジャンルのボカロ曲とキャラクター、声優さん、ゲームの形、そしてファンの方の思いが混ざり合い『プロセカ』への大きな熱量を生んでいると思います。
近藤 僕達はなるべく長く『プロセカ』を続けたいと思っています。続けるために当然、事業として成り立たせる構造にしていますが、すべての箇所でビジネス的な成功を収めなきゃいけないわけじゃない。言ってしまえば、ゲーム以外の例えばライブイベントなどはファンサービスぐらいの感覚なんです。赤字でなければいいし、本当に感動してもらえればいずれ回収できると思っています。感動して、ファンになってくれて、続けてくれること。それがやっぱり一番ですよね。ゲームをつくっていて何が一番うれしいかって、ファンの方々が喜んでいるところを見ることですから。
佐々木 ファンの皆さんには、ボカロシーンをもっと色んな形で見てもらいたいし、音楽を楽しんでもらいながら、みんなで共感できるようなサービスにしていきたいですね。