日本でも高値が続くガソリン価格。政府の補助金が拡充され、値下がり傾向ではあるもののレギュラーガソリンの小売価格は1リットルあたり179.3円(10月2日時点:全国平均)で、ドライバーへの負担がのしかかります。
一方、日本からみると地球の反対側、ブラジルではなんと4割も安い価格の燃料が手に入ります。それは世界から注目される植物由来のバイオ燃料。その最前線を追いました。
(サンパウロ支局 木村隆介)
ガソリン高騰で人気「エタノール」
ブラジルのガソリンスタンドを訪れると、必ず目にする「エタノール」の文字。サンパウロ中心部にあるガソリンスタンドでは、ガソリンが日本円で1リットル6.3レアル、186円あまりですが、エタノールは3.9レアル、日本円で115円程度。ガソリンに比べて、4割ほど安く販売されています。(10月5日時点)
ガソリンスタンドで「エタノール」というのは日本ではあまりなじみがないですが、「バイオエタノール」とも呼ばれ、植物由来の燃料です。ブラジルでは原料となっているのはサトウキビです。
取材したガソリンスタンドによりますと、原油価格の上昇を受けて、このところバイオエタノールを選ぶドライバーが急増しているということです。
ドライバー
「エタノールを給油しました。価格が安いのがいいですね。植物由来で環境に優しいだけ でなく、財布にも優しいのがありがたいです」
過去の苦い経験から政府が決断
ブラジルでは各地でバイオエタノールの原料となるサトウキビ畑を見ることができます。サンパウロ市の近郊でもサトウキビ農場があちこちに広がっています。
取材で訪れたときは、専用の収穫機がバサバサと音を立てながら、高さ3メートルほどに育ったサトウキビを刈り取っていました。
なぜ、ブラジルではバイオエタノールが普及しているのか。それは過去の苦い経験がきっかけだといいます。1970年代の石油危機。当時、石油資源を輸入に頼っていたブラジルは、燃料価格の高騰に悩まされました。
この危機をきっかけに、エネルギー源を自国で生産しなければならないと考えたブラジル政府は1975年に「プロアルコール」と呼ばれるキャンペーンを始めました。石油の輸入を抑制するため、石油に代わる燃料として、自国のサトウキビからつくる「バイオエタノール」を普及させようと決断したのです。
そのためにエタノールの買取価格を保証したり、生産工場の設置を促進させるなどして、エタノールの原料となるサトウキビの生産を大幅に増やしました。
その後、原油価格の下落や、海底油田の発見などで、ブラジル政府は1990年代後半にプロアルコール政策を転換。エタノールの生産や価格設定に政府が関与しない形となりました。一時はエタノールの利用が減りましたが、2003年にガソリンでもエタノールでも走行できる「フレックス車」の発売をきっかけに、再び注目され、エタノールの需要が拡大しました。
環境にもやさしい
バイオエタノールは脱炭素にもつながっています。バイオエタノールで走る車は二酸化炭素を排出しますが、原料であるサトウキビは成長過程で光合成により二酸化炭素を吸収しています。その分が相殺されるため、脱炭素にも貢献するというわけです。
海洋汚染や食料価格への影響は?
一方、環境団体などからは、サトウキビの生産で大量の水を消費することや、過剰な化学肥料が地下にしみこみ、海の汚染につながることなどへの懸念の声が上がっています。また、サトウキビの生産が拡大することで、トウモロコシなどの栽培面積が減って食料価格が上昇する懸念も指摘されています。
ブラジル政府は環境などへの悪影響を防ぐため、サトウキビ栽培の区画規制を導入。アマゾンの熱帯雨林などでの栽培を禁止しています。サトウキビの栽培面積はブラジルの広大な国土でみると1%以下で、食料価格などに影響を与えることはないと説明しています。
フレックス車とは
さて、さきほど触れたガソリンでもエタノールでも走行できる「フレックス車」。2003年に世界で初めてブラジルで導入されました。
どんな仕組みかというと、燃料タンクのエタノール量を把握して制御するシステムが組み込まれます。ただ、追加の費用負担は小さく、また、ガソリンとエタノールの比率をドライバーが変えることができます。つまり、ガソリンだけ、エタノールだけ、あるいは混ぜて走る、状況に応じて自由に比率を変えて走行できるため、人気を集めています。
ドライバーは、価格は比較的高くても燃費効率が良いガソリンか、燃費はよくないものの、価格が安いエタノールか、そのときの価格や使用条件(市街地か高速道路利用か)などに応じて選ぶことができます。
現在、ブラジルでは、ガソリンだけで走る車のシェアはわずか2%。一方、「フレックス車」は77%と圧倒的です。
自動車メーカー各社も戦略の柱に
脱炭素社会の実現と、原油価格の高騰。こうした状況に今、世界の自動車メーカーがブラジルでバイオエタノールに着目しています。
フィアットやプジョーなどを展開するヨーロッパの自動車グループ「ステランティス」は2023年3月、ブラジルではバイオエタノールの活用を戦略として位置づけると発表。
バイオ燃料で走る新しいプラットフォームの開発に乗り出しています。
また、ドイツのフォルクスワーゲンも2026年までに南米でのフレックス車の新モデル開発などに10億ユーロ、日本円で1570億円を投資すると7月に発表しました。
一方、日本のトヨタ自動車はサンパウロ近郊にある工場で「フレックス車」に、ハイブリッドシステムを搭載した「フレックス・ハイブリッド車」を生産。
2019年の発売開始から4年で販売台数が5倍に増加。人気の高まりを受けて、来年からもう1車種、増やす方針です。
トヨタ自動車 井上雅宏 中南米本部長
「燃費効率が3割から4割よくなるハイブリッドを付けたので、ブラジルの顧客に驚きをもって受け入れられました。トヨタでしかできないことをしっかりやっていくこと、これが最初のステップだと思ってます」
日産自動車は、エタノールを使って、みずから発電して走行する燃料電池車の開発を進めています。エタノールと酸素を反応させて発生した電力を、バッテリーに供給し、モーターで駆動する仕組みで、ガソリン車と並ぶ航続距離を出せるといいます。
ブラジル日産自動車 リカルド・アベ技術責任者
「ブラジルではすべてのガソリンスタンドにエタノールがあります。エタノールはアメリ カ、タイ、インドも主要生産国で、このテクノロジーは世界に向けて大きな可能性を秘 めています」
ブラジルでバイオエタノールが普及する背景の1つに国土の広さがあります。脱炭素の切り札としてEVに期待が集まりますが、国土が広いブラジルではEV用充電スタンド設置には巨額の費用がかかります。それより古くからあるバイオエタノールを活用した方がいいと自動車メーカー各社は考えているのです。
大豆もバイオ燃料に
バイオ燃料の原料はサトウキビだけではありません。ブラジルでは大豆を原料にした「バイオディーゼル」の生産も盛んです。
トラックやバスなどの大型車向けのディーゼル燃料に混ぜて使うことで、性能を落とすことなく、CO2の排出量を相殺できるのが特長です。
バイオディーゼル製造会社 エラスモ・バティステッラ社長
「エタノールはガソリンを代替し、バイオディーゼルはディーゼル燃料を補完します。2 つのバイオ燃料がブラジルの排出量削減に大きく貢献しています」
2023年9月、インドで開かれたG20サミット=主要20か国の首脳会議で、アメリカ、ブラジル、インドの3か国が手をむすびました。この3か国、世界の主要なバイオ燃料生産国で、バイオ燃料の「グローバル・アライアンス」設立を宣言したのです。
このバイオ燃料同盟には、19の国と12の国際組織が参加を表明。バイオ燃料の持続可能な生産と使用の促進に協力して取り組む考えです。
バイオ燃料の可能性は?
バイオ燃料の将来性をどう見たらいいのでしょうか。専門家は選択肢が増えることは消費者にとってメリットだと話します。
ブラジルのフレックス車の専門家 エルウィン・フラニエック氏
「ブラジルにとってのバイオ燃料はサウジアラビアにおける石油のようなものです。
数年で生産量を3倍、4倍にでき、国内市場だけでなく輸出も可能になります。
世界的な石油危機や、個別の国の事情に関係なく、エタノールを選択できることは、
ユーザーに大きな利点になります」
1970年代の石油危機をきっかけに、石油に依存しない燃料づくりを始め、一定の市場をつくり出したブラジル。
同じく70年代の石油危機に直面した日本は、輸入元の多角化を進め、石油の中東依存度を下げようとしましたが、今では依存度はむしろ高まり、エネルギー自給率も低いままです。長期的な視点に立ち、エネルギー源の多様化をはかることがいかに重要なのかを実感させられます。