リアルタイムPCRは、従来のPCR技術のバリエーションの一つであり、一般にサンプル中のDNAまたはRNAの定量に使用されます。配列特異的なプライマーを使用して、特定のDNAまたはRNA配列のコピー数を決定します。PCRサイクル中の各ステージにおいて生成される増幅産物の量を測定することにより、定量できます。今回は、リアルタイムPCRの概要とリアルタイムPCR実験に必要な構成要素をご紹介します。
▼もくじ
リアルタイムPCRとは
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は、分子生物学における最強のテクノロジーの一つです。PCRにより、DNAまたはcDNAのテンプレート内の特定の配列に特異的なオリゴヌクレオチド、熱安定性DNAポリメラーゼを含む状態で、サーマルサイクリングを使用して、数千倍から数百万倍に複製あるいは「増幅」することが可能です。従来の(エンドポイント)PCRでは、増幅された配列の検出および定量は最終PCRサイクル後にゲル電気泳動および画像解析などのPCR後の解析により行います。リアルタイム定量PCRでは、PCR産物を各サイクルにおいて測定します。反応をその指数関数的増幅期間内においてモニターすることにより、ユーザーはターゲットの初期量を非常に正確に決定できます。
PCRではDNAは理論的には指数関数的に増幅し、増幅サイクル毎にターゲット分子の数は2倍に増加します。PCRが開発された当初、研究者達はサイクル数とPCR最終産物の量を利用して、既知のスタンダードとの比較により目的物質の初期量を算出することが可能であるはずだと考えました。その後、幅広い定量法の必要性に応じてリアルタイム定量PCRの技術が開発され、エンドポイントPCRは主としてシーケンシングやクローニング用に特定のDNAを増幅する目的や他の分子生物学技術における用途に用いられるようになりました。
リアルタイムPCRでは、DNA量を各サイクルの後に、生成されるPCR産物分子(アンプリコン)の数に正比例して蛍光シグナルを増加させる蛍光色素を用いて測定します。反応の指数関数的増幅期に収集されたデータから、増幅ターゲットの初期量に関する定量的情報が得られます。リアルタイムPCRに使用される蛍光レポーターとして、二本鎖DNA(dsDNA)結合色素、または増幅中にPCR産物とハイブリダイズするPCRプライマーまたはプローブに結合した色素分子が用いられます。
蛍光の変化は、サーマルサイクリングと蛍光色素スキャンを組み合わせた装置により、反応の過程中に測定します。リアルタイムPCR装置は、蛍光をサイクル数に対してプロットすることにより、全PCR反応の過程を通して蓄積される産物を示す増幅プロットを作成します(図)。

図 相対蛍光vs.サイクル数:増幅プロットは、各サンプルからの蛍光シグナルをサイクル数に対してプロットすることにより作成されます。このため、増幅プロットはリアルタイムPCR実験を通した反応産物の蓄積を表します。ここに示すプロットを作成するために使用したサンプルは、ターゲットDNA配列を段階希釈したものです。
リアルタイムPCRには以下のような利点があります。
- PCR反応の進行をリアルタイムでモニターすることが可能です。
- 各サイクルにおいてアンプリコンの量を正確に測定できるため、サンプル中の初期濃度を非常に正確に定量することが可能です。
- 検出のダイナミックレンジが非常に広くなっています。
- 増幅と検出をシングルチューブで行うため、PCR後の操作は必要ありません。
ここ数年において、リアルタイムPCRはDNAまたはRNAの検出および定量のための主要なツールとなってきました。この技術を使用することにより、6~8桁をカバーするダイナミックレンジにおいて、2倍差以内の量比を正確かつ高精度に検出できます。
リアルタイムPCRのステップ
リアルタイムPCR反応の各サイクルは3つの大きなステップで構成されます。反応サイクルは、一般的に40サイクルで実施します。
熱変性
高温でインキュベーションを行い、二本鎖DNAを一本鎖に「解離」し、DNA鎖の二次構造をほぐします。一般的には、DNAポリメラーゼの耐性のある最高温度が使用されます(通常95°C)。テンプレートのGC含有量が多い場合には、変性時間を増加させることも可能です。
アニーリング
アニーリングステップにおいて、相補的な配列が鋳型にハイブリダイズします。このため、算出したプライマーの融点(Tm)に基づいた適切な温度に設定します。
伸長
70~72°CにおいてDNAポリメラーゼの活性は最適であり、伸長は最高毎秒100塩基の速度で進行します。リアルタイムPCRなどの実験系においてアンプリコンが小さい場合には、伸長ステップはしばしば60°Cの温度を使用してアニーリングステップと同時に実施します。
2-Step qRT-PCR
2-Step定量逆転写PCR(qRT-PCR)は、はじめに逆転写酵素(RT)を使用したTotal RNAまたはpoly(A)+RNAのcDNAへの逆転写を行います。この最初のcDNA鎖合成反応では、ランダムプライマー、オリゴ(dT)または遺伝子特異的プライマー(GSPs)のいずれかのプライマーを用いることができます。リアルタイムPCRアプリケーションにおいてすべてのターゲットが均一に存在し、かつオリゴ(dT)プライマーの3′バイアスを避けるために、ランダムプライマーまたはオリゴ(dT)とランダムプライマーの混合物を使用する研究者が多いです。
cDNA合成を行う温度は選択したRT酵素に依存します。続いて、cDNAの約10%を別のチューブに移し、リアルタイムPCR反応に使用します。
1-Step qRT-PCR
1-Step qRT-PCRでは、最初のcDNA鎖合成反応とリアルタイムPCRを同一チューブ内において組み合わせることにより、反応のセットアップを簡素化し、コンタミネーションの可能性を減少させます。1-Step qRT-PCRでは遺伝子特異的プライマー(GSP)の使用が必須です。これは、オリゴ(dT)またはランダムプライマーを使用すると1-Step反応において目的以外の産物が生成し、目的とする産物の量が減少するためです。
リアルタイムPCRの構成要素
このセクションでは、リアルタイムPCR実験における主要な反応構成要素およびパラメータに関する概要をご紹介します。
DNAポリメラーゼ
PCRの性能は熱安定性DNAポリメラーゼと関連していることも多いため、酵素の選択がPCRの成功には極めて重要です。低温でのTaq DNAポリメラーゼの活性の有無は、PCRでの増幅反応における特異性に影響を与える主要な要因の一つです。目的の温度よりも低い段階で、プライマーが非特異的にDNAにアニールすると、ポリメラーゼによる非特異的な産物が合成される可能性が生じます。「ホットスタート」酵素を使用することにより、非特異的なミスプライミングに起因する非特異的産物の合成の問題を最小限に抑えることが可能です。ホットスタート酵素を使用すると、反応系の準備中および初期DNA変性ステップ中にDNAポリメラーゼは活性を示さなくなります。
逆転写酵素
逆転写酵素(RT)は、DNAポリメラーゼと同様にリアルタイムPCRを成功させるために極めて重要です。また、より長いcDNAを高収量で得られるだけでなく、高温においても良好な活性を有するRTを選択することが重要です。高温における性能は、二次構造を有するRNAを変性させるのに非常に重要です。1-StepリアルタイムPCRにおいては、高温でも活性を保持するRTにより、高い融解温度(Tm)でGSPを使用することが可能となり、特異性が増加し、かつバックグラウンドを低下できます。
dNTP
dNTPと熱安定DNAポリメラーゼは、同一メーカーのものを使用するのが得策です。別々のメーカーからの試薬を使用した実験では1サイクル(Ct)感度が下がることも稀ではありません。
マグネシウム濃度
通常リアルタイムPCRでは、最終濃度が約3mMの塩化マグネシウムまたは硫酸マグネシウムが使用されています。大部分のターゲットにはこの濃度が適していますが、最適
なマグネシウム濃度は3mMから6mMの間にあります。
適切な実験テクニック
適切な実験テクニックの重要性を過小評価してはなりません。テンプレートの調製からPCR後の解析に至る反応の各ステップで、専用の実験器具および溶液を使用することが最善です。フィルターチップおよびスクリュー式のキャップのチューブを使用することにより、コンタミを低減することが可能です。反復実験(理想的には3反復)において厳格なデータを得るためには、サンプル以外のすべての反応成分を含むマスターミックスを先ずは調製してください。マスターミックスを使用することにより、ピペッティングの回数が減り、その結果ウェル間のコンタミおよび他のピペッティングエラーの可能性を低減させることが可能です。
テンプレート
各リアルタイムPCR反応には、10~1,000コピーのテンプレート核酸を使用してください。これは約100pg~1μgのゲノムDNA あるいは1pg ~ 100ng のTotal RNA 由来のcDNAに相当します。テンプレートが過剰に存在すると、テンプレートに含まれる阻害物質がより高レベルで反応系に含まれる可能性があるため、PCRの効率が著しく低下する危険性があります。ゲノムDNAではなくcDNAへのPCRプライマーの特異性を利用する場合には、ゲノムDNAのコンタミネーションの可能性を低減するために、RNAテンプレートを処理することが重要になる可能性もあります。この場合テンプレートをDNase Iで処理することが一つの方法です。
超高純度でインタクトなRNAは、長くて高品質のcDNA合成に必要不可欠であり、正確なmRNA定量に重要であると考えられます。RNAは、RNaseのコンタミがないことが必要で、RNaseフリーの状態で保存することが必要です。一般的に、リアルタイムPCRではTotal RNAを使用して良好な結果が得られます。mRNAの単離により特定なcDNAの収量を改善する可能性はありますが、通常mRNAを単離する必要はありません。
リアルタイムPCRプライマーデザイン
良好なプライマーをデザインすることはリアルタイムPCRにおいて最も重要なパラメータの一つです。多くの研究者が、リアルタイムPCRのプライマーおよびプローブとして、実証されたアルゴリズムを使用してデザインされ、世界中の研究者から信頼を得ているApplied Biosystems™ TaqMan™ Assay 製品の購入を選択している理由はここにあります。ご自身でリアルタイムPCRプライマーをデザインされる際には、長鎖産物はあまり効率的に増幅しないので、アンプリコンの長さが約50~150塩基対となるようにPCRプライマーをデザインしてください。
一般的に、プライマーの長さは18~24ヌクレオチドとする必要があります。こうすることにより、実用的なアニーリング温度が使用できます。プライマーはスタンダードPCRのガイドラインに沿ってデザインし、ターゲットの配列に特異的で、内部二次構造が存在しないことが必要です。プライマーには、ホモポリマー配列(例:poly( dG))または繰り返しモチーフなど不適切なハイブリダイゼーションを起こす可能性のある構造の使用を避ける必要があります。
プライマーペアはTm値が近似しており(2°C以内)、かつGC含有率が約50%であることが必要です。GC含有率の高いプライマーは、安定した不完全ハイブリッドを形成する可能性があります。反対に、AT 含有率が高いと、完璧にマッチしたハイブリッドのTm が抑えられます。プライマー間の相補性およびハイブリダイゼーション(プライマーダイマー)を避けるために、プライマーペアの配列を検証してください。
qRT-PCR用には、イントロンの両側のエクソンにアニールするプライマーをデザインし(あるいはmRNAのエクソンとエクソンの境界をまたぐように設計して)、cDNAと混在している可能性のあるゲノムDNAの増幅の確認をするために解離曲線解析によって識別できるようにしてください。プライマーの特異性を確認するためには、公的データベースに対するBLAST検索を行い、ご使用になるプライマーがターゲットのみを認識することを確認してください。
最適な結果を得るためには、50~900nMの濃度においてプライマーの条件検討が必要な場合もあります。ほとんどの反応系においては各プライマーの最終濃度を200nMにするのが適切です。
プライマーデザインソフトウェア
Applied Biosystems™ Primer Express™ソフトウェア等のプライマーデザイン用のソフトウェアプログラム、およびApplied Biosystems™ Vector NTI™ Software のような配列解析ソフトウェアを用いると、自動的にターゲット配列を評価し、上記の基準に基づいてプライマーをデザインできます。
プライマーデザイン用のソフトウェアを使用することにより、プライマーがターゲットの配列に特異的であること、および内部二次構造が存在しないことが、事前にデザイン上で確認され、同一プライマー内およびプライマー間における3′末端での相補的ハイブリダイゼーションを回避できます。先に示したように、良好なプライマーをデザインすることは、特にアンプリコン検出にSYBR Green I のようなDNA結合性色素を使用する場合には極めて重要です。
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