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“多摩川のオイカワ”食べて学ぶ漁師の魂「鬼手仏心」 “最後の漁師”山崎さんから投網の世界“伝授”

[ 2024年12月14日 04:30 ]

狙った獲物は逃さないが、魚の命の重みは忘れない「鬼手仏心」の漁魂を体現する三平(C)矢口高雄/講談社
Photo By スポニチ

 【「釣りキチ」誕生50年 三平探訪】(後編)釣り漫画の名作で故矢口高雄さん作「釣りキチ三平」の世界に浸るルポは“多摩川最後の漁師”山崎愛柚香さん(31)の下で学ぶ「投網の世界」の後編。とれ立ての魚を多摩川のほとりで食べながら、漁師の魂「鬼手仏心」を考えた。(岩田 浩史)

 自分で打った投網で何とか第1号の獲物、ヌマチチブを手にした記者。外道とされがちだが、この日は網に入ってくれたことに大感謝。とはいえ、投網で1匹捕れたくらいで満足してはいられない。本命はオイカワ。山崎さんが群れの動きを見て発する合図に合わせ、網を投げ続けた。

 網は思うように広がらず、半径2メートル程度の楕円(だえん)をつくるのが精いっぱい。一方、山崎さんは奇麗な円で4メートルは開いているように見えた。とにかく何度も投げ、少しずつ広がるようになり、5投目あたりでオイカワが入り始めた。モツゴやカマツカも捕れた。日が半分沈み、最後と決めた一投は会心の出来。網がこれまでにないほど大きく開き、オイカワが7、8匹捕れた。

 岸に上がると「捕った魚を天ぷらで食べてもらおうと思います」と簡易コンロや片手鍋、食用油を取り出した山崎さん。「多摩川の魚というと抵抗があるかもしれませんが、オイカワはおいしいですよ」と、5センチ強の魚をさばいていく。手に握るのは包丁ではなくメスやハサミ。実は大学で水産を学んだ淡水魚研究者で「小さな魚は、コレの方がやりやすい」という。とっぷり日の暮れた川べり。ランプの明かりを頼りに、頭を落とし、腹を切り割き、ハラワタを取り出していく。

 アルミ皿に並ぶオイカワを口にした。思ったより臭みがなく淡泊な味わい。カマツカは「川のキス」の異名通り上品な風味がある。

 かつて「死の川」と呼ばれ、工場や生活排水で汚染された多摩川だが、世界最高水準ともいわれる浄化技術で劇的に水質改善。大都市を流れる川という先入観は消え、箸が進む。それでも「洗剤に含まれる一部の成分は除去できない。それが魚の脂と結合しやすいのか、微妙な臭みが出る魚種もあるようです」と残念そうに話す。

 釣りも楽しむというが「食べない釣りはしたくない。食べないなら、なるべく傷つけない」と力を込める。食べるために魚を捕る漁師の矜持(きょうじ)、哲学なのだろう。

 「鬼手仏心」という言葉を思い出した。釣りキチ三平「茜屋流小鷹網編」で投網名人が口にした漁の心構え。「心に御仏の優しさを秘め、アユに向かえば鬼の手でこれを漁(あさ)る」。狙った魚は逃さないが、命は大切に扱う。無駄な漁はせず、傷を付けないよう目的の数だけ捕る。生き物は他の命を取り込んで生きていく。取り尽くさず取り続ける、人と川の悠久の営みを感じさせる言葉だ。

 「兼業漁師」を自称する山崎さん。「料亭からの注文もありますが漁だけで生活はできない。多摩川の漁は文化として残っているとは言えない」と語る。移動水族園で小学校を回るなど、さまざまな活動を並行。地元の川と、そこに棲む魚、人の関わりを取り戻そうとしている。いつか、そんな多摩川が帰ってくることを願いたい。

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