1. 田辺総合法律事務所
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1
LightningTalk
Librahack,Winny,PC遠隔操作
――警察はいかにしてネット界隈で信頼を失ったか
田辺総合法律事務所
弁護士 吉 峯 耕 平
2014.5.31 第25回セキュリティもみじ
※本スライドは、法律家以外の一般の方(主に技術者)
に向けて、基本的なアイデアを整理して伝えるために
作成したものです。法律論としての厳密性は犠牲にし
ている部分がありますので、ご注意ください。
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2
自己紹介
田辺総合法律事務所所属
中規模(所属弁護士46名)、企業法務中心
http://tanabe-partners.com/
刑事弁護も結構やっている
デジタル・フォレンジックに興味あり
「デジタル・フォレンジックの原理・実際
と証拠評価のあり方」(季刊刑事弁護第77号)
twitter ID : @kyoshimine
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PC遠隔操作事件のポイント
デジタル証拠と事実認定
デジタル・フォレンジックの手続
どのような証拠でどのような事実を認定する?
裁判官の理解力
検察官・弁護人はどう対応すべきか?
一部、「PC遠隔操作事件、デジタル捜査に残された教訓について」(ITpro)
においてコメントした。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20140521/558342/
身柄拘束は妥当だった?
今日はこっちをしゃべります
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PC遠隔操作事件の整理
• 横浜CSRF事件
• 大阪事件
• 三重事件
• 福岡事件
• 片山被告人
先行事件
※他にもあるけど、省略
iesys.exe
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5
遠隔操作事件(先行事件)への違和感
• 自白させたことや、取調べのやり方が問題視さ
れている(取調べの可視化)
• その前に身柄拘束自体を問題とする必要がある
• 仮に可視化されていても、身柄拘束自体が大き
な不利益だし、やたらとするべきではない
• 「誤認逮捕」と批判されるが、逮捕時点で間違
えることは法律上想定されており、批判として
筋が良くない
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7
いろいろな身柄拘束(3つの判断の場面)
逮
捕
勾
留
決
定
起
訴
勾留延長決定
2~3日
起訴後勾留
1月ごとに更新
保釈
検察官が請求
裁判官が決定 お金を預けて、
勾留をやめてもらう
逃げたら没取
起訴前勾留
原則10日
延長して20日
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8
身柄拘束の3要件(概略)
身柄拘束
ある
あり
ない
ない
ある ある
②罪証隠滅のおそれ?
①犯罪の嫌疑あり?
③逃亡のおそれ?
釈放
ない
※単純化しており、
正確ではない
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9
身柄拘束の3要件(概略)
あり②罪証隠滅のおそれ
①犯罪の嫌疑
③逃亡のおそれ
これは必ず必要
どちらか一方が
あればよい
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10
身柄拘束の3要件(概略)
あり②罪証隠滅のおそれ
①犯罪の嫌疑
③逃亡のおそれ
これは必ず必要
どちらか一方が
あればよい
保釈の場合、逃亡のおそれがあっても、
身柄拘束はできない
・保釈保証金で縛るという建前
・住居不定、常習とかは別
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11
①犯罪の嫌疑
• 「疑い」でよく、結果的に無罪となって
も身柄拘束は違法ではない
• 「嫌疑がない」と裁判所が判断すること
は、ほとんどない
• 「誤認逮捕」は、犯罪の嫌疑はあったが、
犯人ではなかった場合を指す
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12
②罪証隠滅のおそれ
• 「罪証隠滅」は、既にある証拠をダメにする
ことだけではなく、証拠作出も含まれる
(共犯者との口裏あわせ、書類の偽造とか)
• モノだけではなく、人の供述も対象となる
(被害者とかの証人候補の威迫)
• 例えば痴漢事件で被害者と接触できない場合
は、「おそれなし」となりやすい
• 被疑者・被告人の供述は罪証隠滅の対象とな
らない
• 自白か、否認か
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13
③逃亡のおそれ
100%逃亡しないということはあり得ず、
色々な事情から逃げそうかどうかを判断
• 前科の有無、程度
• 有罪になったら重い罪か
• 家族がいるか
→身柄引受書の提出
• 勤務先はしっかりしているか
→勤務先から書面をもらうことも
弁護人が動かないと話にならない
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意外とこんな身柄拘束はできない
自殺のおそれ
自殺 ≠ 罪証隠滅
自殺 ≠ 逃亡
犯罪防止
刑事訴訟法は、既に起こった事件への対応
(司法警察活動)
将来の犯罪を防ぐというのは行政警察活動の範疇
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実務感覚
• 捜査機関(特に警察)は、ある程度以上の
重い罪については、当然逮捕・勾留するも
んだと思っている
• 刑事訴訟法上の罪証隠滅、逃亡の要件はあ
んまり考えない
被疑者は当然逃げるし、証拠を隠滅する?
• 裁判所は弁護人が何か言わないと、あっさ
り身柄拘束を認めがち
• 弁護人が身柄拘束を解くのは、すごく大変
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Librahack事件(2010)の概要
3.14 図書館へのクローリング開始
4.2 図書館が警察に連絡
5.25 強制捜査、逮捕
5.26 勾留
マスコミが実名報道開始
5.28 当番弁護士と接見
6.4 勾留延長
6.14 不起訴(起訴猶予)、釈放
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当番弁護士との接見①
弁護士「(君には悪いけど)僕面白いなぁと思う。(なんで、こんなので逮捕
されちゃうの?)プログラムを使ったかもしれないが、普通に利用して動かな
くなったのなら図書館に問題がある。(それに君の説明だと)相手のシステム
に問題がありそうなんだよね。あくまで私の考えだが(確実というわけではな
いけれど)、不起訴の可能性がある。私が話したようなポイント(利用目的が
あったことなど)を押さえて主張しなさい。ただし、(検察が)どこで引っか
けてくるか分からないから、納得できないことにはサインしたらいけないよ。
(これぐらいちゃんと説明できていれば、君一人でも大丈夫だから)君一人で
がんばりなさい。」(急いでいるのか、立ち上がって帰ろうとした。)
本人「(万全を期すために)先生にお願いするとしたら、どうすれば…」
弁護士「もし、一人でどうしてもだめなら、その時は私を呼んで。でも35万円
かかるので(もったいないよ)。」
本人「(弁護士も言っているように、こんなことで逮捕されるなんておかしい
ことだよな。弁護士は自分が出て行くまでもなく本人だけでも不起訴にできる
と予想しているようだから、ひとりでがんばることにしよう。)」
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当番弁護士との接見②
留置場の六法全書を借りて「弁護士により勾留を止めるよう働きかけることが
できる」ことは学んでいた。「本当に押収されたThinkpadでプログラムを実行
したのか?」「提示したさくらインターネットのアカウントとは別のアカウン
トでプログラムを実行したのではないか?」など疑い出せばきりがなし、証拠
隠滅の恐れもあると警察は考えると思ったので、弁護士に頼んでも釈放される
ことはないと考えていた。弁護士から早期釈放の話は出なかったし、自分から
も聞かなかった。
(http://librahack.jp/#detail-2010052802)
刑事弁護に絶対の正解はなく、やり方は様々だが、早期釈
放の方向を提案もしないのはいかがなものか?
この時点で勾留決定は出ており、検察官の説得・裁判官の
説得と2回もチャンス無駄にしている状況
(弁護人の関与が遅い!)。
実際に動いていたらどうだったか?
20. 田辺総合法律事務所
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Librahack事件の身柄拘束
②罪証隠滅のおそれ
①犯罪の嫌疑
③逃亡のおそれ
一応あり?
個人事業主
住居、家族あり(双子を妊娠中の妻)
前科なし
被疑事実は比較的軽く、執行猶予確実(罰金かも)
主な証拠はPC等で押さえている
まだPCがあるかも、などと言い出したら切りがない
ほぼ問題なし
21. 田辺総合法律事務所
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21
もし警察が在宅事件として処理していたら
• 被疑者の説明により、不起訴となったであろ
うことは実際と変わらない
• 報道はなかっただろう
• 警察の無知がさらされることもなかった
• 岡崎図書館が対応に苦慮することもなかった
• MDIS(開発ベンダー)が恥をかくこともな
かった
• 被疑者と家族の不安・苦痛、経済的悪影響と
いう実害は生じなかった
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Winny事件の概要
2002.4 Winnyの開発開始
2003.11 強制捜査(捜索差押)
2004.5 逮捕・勾留、起訴
2004.6 保釈
2006.12 京都地裁有罪判決
(求刑懲役1年 → 罰金150万円)
2009.10 大阪高裁逆転無罪判決
2011.12 最高裁が大阪高裁判決を是認
2013.7 金子氏死去
24. 田辺総合法律事務所
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Winny事件の身柄拘束
• 主な争点は、被告人の認識と法律解釈
• PCを押さえたら、罪証隠滅はほぼ考え
られない
• 強制捜査から逮捕まで半年
• 逃亡のおそれもなさそう
• 幸い、保釈は認められた
もし保釈が認められなかったら、無罪判決は
難しかった?
25. 田辺総合法律事務所
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保釈について(弁護人)
この事件で、博士が拘置所にいれば勝利はありえ
ないことは分かっていた。
しかし、日本は保釈率が異常に低い。無罪を主張
していたらまず保釈はでない。
映画もびっくりな異常な世界が日本の刑事司法の
常識だったりするのである。
保釈前の裁判官と面談が保釈成功のための正念場
であった。
http://danblog.cocolog-nifty.com/attorneyatlaw/2007/02/index.html
26. 田辺総合法律事務所
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保釈までに弁護人がやったこと
勾留に対する準抗告申立書の作成
準抗告に関する裁判官との面談
勾留理由開示公判
勾留理由に関する求釈明書の作成
勾留理由開示請求についての意見書作成
勾留延長前の検察官との面談
勾留延長に対する準抗告
準抗告に関する裁判官との面談
特別抗告申立
起訴前に検察官に対する面談申入れ
検察官に対する意見書作成
保釈申立書作成
保釈に関する裁判官との面談
http://danblog.cocolog-nifty.com/attorneyatlaw/2006/10/post_bef5.html
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横浜CSRF事件
• IPアドレスを調べる際、横浜市ウェブサーバのログに
は「2秒で250文字」という不自然な痕跡があった
後日気づいたときには引き返せなくなっており、「一
心不乱に打ち込んだ」と調書を作ってごまかした
• 論外の杜撰な捜査(警察の知識不足)
• 被疑者(少年)は実家住まいの大学生
• 保護観察処分 → 遠隔操作の発覚により取消
(成年刑事事件であれば、有罪判決 → 再審に相当)
• 正真正銘の冤罪事件(「誤認逮捕」ではない!)
• 大学を中退したと報じられ、復学できたかは不明
• 身柄拘束は約1.5か月
29. 田辺総合法律事務所
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遠隔操作発覚後の親族のコメント
マスコミの皆様へ
……当人の強い否認にもかかわらず、十分なパソコンデータの解析も行
われないまま取り調べが続きました。……こうして警察・検察が誤認逮
捕を認め、家庭裁判所が保護処分取り消しを行うという結果にはなりま
したが、逮捕されてからの息子本人と家族の苦悩と心の痛みは決して癒
えることはありません。最も悲しいのは、親が息子の無実を疑ってし
まったことです。
この件は、警察の構造的な問題、体質的な問題であり、本来国民を守る
べき警察が、捜査の怠慢によって無実の国民、しかも少年を誤認逮捕し、
冤罪に至らしめるという最もあってはならない事態です。真犯人の方が
遙かに警察当局よりも優れたコンピュータの技量をもっているのを指を
くわえて見ている情けない状況です。このようなことが二度と起きない
ように徹底的な検証と意識改革をするべきだと思います。……
平成24年10月30日
http://getnews.jp/archives/269535
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大阪事件
• 被疑者は著名なアニメ監督
• 8.1 被疑者からPCの任意提出を受ける
• 約1か月間、被疑者の犯人性について検討
(この検討自体は、検証報告書を額面通り受け取ると、
かなり慎重なものだったようである)
• 8.26 逮捕(← 立件=逮捕勾留という実務的発想)
• 9.14 起訴
• 9.21 遠隔操作の発覚により、に釈放
• 弁護人は、起訴前の勾留を争わなかった模様
(起訴後に保釈は請求したとのこと)
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31
三重事件
• 被疑者はIT系の技術者。無職
• 家族と同居
• 9.13 捜索差押
• 9.14 逮捕
• 被疑者の協力、大阪府警の協力を得て、iesys.exeを発見
三重事件のみiesys.exeが削除されずに残っていた
• 被疑者に知識があって、警察が教育された点は、
Librahack事件と似ている
• 9.21 釈放
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福岡事件
• この事件は、あまり具体的な情報がない
• 無職、女性と同居
• 8.27 脅迫メール(2件)
• 9.1 捜索差押、逮捕
• 当初自白 → 否認
• 9.21 再逮捕
• 9.27 iesys.exeが発見されて、釈放
(起訴はされなかった)
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先行事件の検証報告書
• 警察は4通の報告書を公開したが、恥ずかし
かったのか、すぐに削除
→ 高木浩光氏のウェブサイトで閲覧可能
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20130119.html
• 臆面もなく「予告された犯罪を防止するために
逮捕せざるを得なかった」と言っている箇所が
あり、刑事訴訟法の要件を無視
• 取調べについては検証しているが(それも甘い
けれど)、身柄拘束の要件についてはほとんど
検証していない
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34
先行事件の身柄拘束(まとめ)
• 被疑者は身柄拘束でひどい目にあっている
• 片山被告人の裁判に証人として出廷するのは、身柄
拘束期間が一番短かった三重事件の被疑者
• ①犯罪の嫌疑があることは否定できない
• ③逃亡のおそれは、人によって様々
• ②罪証隠滅のおそれを簡単に認めすぎ
• 逮捕ありきの実務感覚が裏目
• この事件の被害者は誰?
脅迫先か、4名の被疑者か?
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片山被告人の身柄拘束
• 逃亡のおそれは否定しづらい
• 前科あり、服役経験あり
• 出所後5年以内なので必ず実刑(刑法25条1項2号)
• 公訴事実は多数、かつ、かなり重い
• 起訴後に保釈が認められなかったのはやや疑問
• 特別抗告はやりすぎ
高裁に対する抗告、最高裁に対する特別抗告
• 保釈後の自爆事件:結果的に罪証隠滅行為
36. 田辺総合法律事務所
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36
まとめ
• 知識不足で間違って恥をかくことを防ぐためには、
在宅事件でやれば良い
• 罪証隠滅のおそれを厳密に判断してほしい
(捜査機関、裁判所)
• 身柄拘束に関して、弁護人の責任も重大
• ゆうちゃん自爆事件の影響で、弁護人はこれから
大変!
• でも、「この事件のせいで、今後も身柄拘束を厳
しくやります」って、この事件の被害者に言える
んですかね?
37. 田辺総合法律事務所
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平成17年第一東京弁護士会登録(修習58期)東京大学経
済学部出身。会社法、金商法を中心とする企業法務全般、
訴訟等の紛争解決業務。独禁法、下請法。刑事事件。医
事法。証券訴訟における損害算定、デリバティブの時価
算定が争点となる事案等、経済学的知見や統計分析の訴
訟への応用を得意とする。
著書等
「従業員が逮捕された場合には企業はどう対応すべき
か」(Lexis企業法務2007.7)
「下請法コンプライアンス体制とその盲点」
(BLJ2011.8)
『【Q&A】大規模災害に備える企業法務の課題と実務対
応』(清文社)
『最新役員報酬をめぐる法務・会計・税務』(清文社)
「法務研修プログラム 独占禁止法優越的地位の濫用・
下請法を中心に」(BLJ2012.7)
「企業法務紛争における経済分析」(BLJ2013.10)
『病院・診療所経営の法律相談』(青林書院)
「「消費税特別措置法」について企業が知っておくべき
こと(前編・後編)」企業実務2013.9,10
「転嫁拒否の禁止に関する実務ポイントQ&A」(旬刊
経理情報1362号)
「デジタル・フォレンジックの原理・実際と証拠評価の
あり方」(季刊刑事弁護第77号)
弁護士
吉峯耕平
連絡先
[email protected]
http://tanabe-partners.com/
田辺総合法律事務所
〒100-0005千代田区丸の内3-4-2新日石ビル10階
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