シャンパーニュ育ちの新セラーマスターが仕掛けるピノ・ノワールの探究
今春、『メゾン マム』の新最高醸造責任者に就任したヤン・ムニエ氏のお披露目ディナーイベントが11月5日、東京・北青山のSTELLAR WORKS Restaurant & Barにて開催された。
ヤン・ムニエ氏は、シャンパーニュ出身。ブドウの生産とワイン造りを行う一家の3代目で、現在も妹と共に家族経営のワイナリーを運営。自社のキュヴェに加え、『メゾン マム』をはじめとするシャンパーニュ・メゾンにもブドウの供給を行っているという。
2005年から大手のシャンパーニュ協同組合で醸造所の責任者および醸造学者としての研鑽を積み、老舗シャンパーニュ・メゾンでのキャリアを経て、2017年にセラーマスターとして同組合に復帰。プロフィールによれば「ワイン醸造学者でもある彼は、シャンパーニュの製造過程のあらゆる工程で知識を活かしています。特にデゴルジュマンに注目し、品質への追求に情熱を注ぎながら、ワイン製造方法の近代化にも貢献してきました」とのこと。
今回のイベントは二部構成。第一部はメゾン マムが 2020 年から行っている 「テイスティング エンカウンター」の新シリーズ、「テイスティング エンカウンター オデッセイ」の日本初公開。第二部は、会場である「STELLAR WORKS Restaurant & Bar」の入江誠シェフが腕を振るう料理と、メゾン マムの RSRV のラインナップ(RSRV ブラン・ド・ブラン 2015やRSRV キュヴェ ラルー 99のマグナムを含む贅沢さ!)との一夜限りのペアリングディナー。
当記事で紹介したいのは「テイスティング エンカウンター オデッセイ」だ。「メゾン マム」が考案した、シャンパーニュのキャラクターを触覚で発見するというもの。触覚と視覚といえば、メゾン マムでは先代のセラーマスターによる「2種のグラス」によるテイスティング・エクスペリエンスがあったが、ムニエ氏によれば今回は「さらなるピノ・ノワールの探究であり、核心(確信ともいえるかもしれない)への導き」ということらしい。1827年のメゾン設立からピノ・ノワールはこのメゾンにおいての宝物。改めて、また、さらにこのテイスティングでこれを感じてもらおうという狙いなのだろう。
メソッドはユニークだ。席に着くとマムのシャンパーニュグラスとともに卓上にセッティングされていたのは、レザー&メタルの謎のステーショナリーのようなツール、神秘的な占いを思わせるガラス玉、テラコッタのオブジェ。「科学とデザインの融合」と氏は説明するがこの時点では「謎のアイテム」という?マークしか浮かんでこない。その“?”が、違う“?”とともに“!”を伴うのに時間はかからなかった。注がれたマム グラン コルドンを口に含む。いつもの味わい。ここでレザー&メタルの謎のツールを触る。まずはメタルの部分。すると、いつものマム グラン コルドンよりもフレッシュさやミネラル感といったものが強調された……ような感覚が。続いてレザーの部分に触れてから味わうと温かみであったり、肉厚さが引き出されたように感じる。ムニエ氏は「ワインの二面性、特にグラン コルドンのピノ・ノワールの二面性を感じていただけるのではないか」とコメントしたが、なるほど、メタルとレザーという相反するマテリアルとともにグラン コルドンの相反する要素が伝わってくる。グラスや温度などのコンディションを変えても同じような2面性は探ることもできるのだろうが、触感とともに同じワインの変化を瞬時に感じられるのはなかなか刺激的だった。続いてのテラコッタとガラスボールは、味わった際に軽く感じられるか、重く感じられるか? タンニンや集中力をより強く感じられるかといった、触覚と味わいの変化の探究。こちらはメタル&レザーほどのわかりやすさはなく、わずかに感じられたという程度(個人的なセンスの問題もありそうだけれど)ではあったけれど、確かに面白い試みだと思った。コメントがあってからではなく実際に触って、味わって、その後に解説という流れだったので、これが何を感じさせるのかがわからないとうのも楽しい趣向だった。
ワインをスペックやことさら難しい言葉で語ることで、新しく出会う人にプレッシャーを感じさせてしまうことはないだろうか。その用語で説明できないということで冷笑された経験は筆者にもある。知識はより世界を広げるものであって、関門ではないはずだ。ムニエ氏のプレゼンテーションは「難解なテクニカルな用語や知識ではなく感覚的に捉えてもらう」ことを狙ったもの。重さと軽さ、集中と解放、温かみと爽やかさ、さまざまな二面性はあるけれど、それさえも自由に感じればいい。味わう人のセンスや経験、感覚。そこから何が感じられるのかが大切で、狙いに正解はあっても味わう人それぞれのマムがあればいい。初の収穫を終えたばかりの彼が手掛けるマムの作品はまだこれからだが、2024年の収穫には手ごたえを感じているようだ。「難しい年の始まりでしたが、8月中旬に太陽が戻って、成熟とフレッシュさのバランスがいい。ポテンシャルは高く、美しいヴィンテージになるのではないでしょうか」。マムにおけるピノ・ノワールへの探究と核心への旅。今回の斬新なプレゼンテーションは、また次のプレゼンテーションへの期待を感じさせてくれた。
蛇足。「ピノ・ノワールの探究を“ムニエ”氏が」と書いているとなんだか不思議な楽しさ。
Text by Daiji Iwase