仕事を続けながら40代後半で東京大学に合格、令和2年に法学部を卒業しました。18歳で上京し、20歳頃に声優の世界に入ってから声の仕事を続けてきましたが、声と演技と英語の勉強をするうちに大学で学びたくなり、思い切って受験してみようと決心しました。
きっかけは30代でかかった重度の声帯炎。仕事を休まないまま負担のかかる発声法を続けていたら悪化し「このままでは声が出せなくなる」と医師に言われました。声優生命にかかわる深刻な状況でした。
発声法を変えないと再発の恐れがあると分かり、発声と演技を基礎から学び直そうと国内外の本や文献を読んで勉強しました。英語で書かれたものもありました。もともと英語は好きだったのと、声や演技についてもっと知りたい一心で、夢中で勉強しました。
声が回復し、心身共に余裕が出てくると、今度は英語自体もしっかり勉強したくなりました。そこで、基礎の英文法から学び直し、数年かけて英検1級や全国通訳案内士の国家試験に合格しました。
さらに独学したり、社会人向けの英語講座を受講するうちに、本当に大学に行きたくなりました。
せっかく大学に行くのなら、英語に限らず「興味の向くままに広く学びたい」と、仕事をしながら通えるように東京都内の総合大学、東大を目指すことに。一般受験でセンター試験(現・大学入学共通テスト)5教科7科目を受けました。
無謀なチャレンジだと思われるかもしれません。でも、学びたいという気持ちがある限り大学は待ってくれる、と信じました。結果、勉強を始めて2年ほどで合格できましたが、運もあったと思います。
受験ではまず傾向をつかむことが鉄則。東大は全科目が記述式なので、一問一答的な知識ではなく、知識をつなげて深く考える力を問われます。
英語はそれまでの勉強の蓄積があったぶん、ほかの科目に時間を割けたのが有利でした。「一日何時間勉強した?」と聞かれることがありますが、仕事をしながらなので、全く勉強できない日もよくありました。
東大文科の2次試験は6割5分前後で合格圏。1点で合否が分かれる年もあるので、部分点の積み上げを意識しました。こうした情報を分析することも受験戦略に必須です。合格点などのデータを集め、各科目の目標点を定めました。
2次試験の社会は2科目。世界史は範囲が広すぎて間に合わないと思い、日本史と地理を選びました。勉強時間を有効に使うため、問題は解かずに、東大の過去問集の解答と解説を繰り返し読み込みました。
数学は、まず全部の問題を見て解けそうな問題から解き、難しい問題でもできるだけ「解答の方針」を書いて次の問題に進みました。記述式の試験では、数式だけを羅列するよりも、言葉で説明を入れた方が採点者に評価してもらいやすいのではないかと思ったからです。完答できなくても部分点をもらえるかもしれません。
模試の合格可能性はいつもD判定で、A判定だったのは最後に受けた模試だけでした。でも、「最終的に本番の試験に合格すればいい」と考えて、模試の順位は気にせず、試験に慣れるために受け続けました。
入学後、東大生から「声優の佐々木望さんですか」と声をかけられたり、「佐々木さんの出ているアニメ見ていました」と言われたりすることもありました。でも、東大に在学していることは公表していないと察して、皆さん「ここだけの話」にとどめてくださいました。親しくなった方とは、卒業してからも良い付き合いが続いています。
高校時代にオートバイ小説を読み、バイクで東京を走りたいと上京を決めるなど、好きなものにはとことんハマる性格で、そんな自分にとっては勉強もその一つです。声優の仕事でも、学べる余地がいつもあって、学びを通じて自分が変化し、向上していけることが喜びです。これからも、情熱を感じながら学び続けていきたいです。(聞き手 木ノ下めぐみ)
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ささき・のぞむ 声優。広島県出身。人気アニメ「幽☆遊☆白書」の主人公、浦飯幽助や「AKIRA」の鉄雄、「テニスの王子様」の亜久津など多数の作品で活躍。英検1級や全国通訳案内士に合格後、独学で東京大学文科一類に合格、令和2年に東大法学部を卒業。昨春、独自の勉強法などをつづった『声優、東大に行く 仕事をしながら独学で合格した2年間の勉強術』(KADOKAWA)を刊行した。