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2024年12月9日

理化学研究所

記憶の形成時期を反映する神経活動

-機械学習により記憶の古さを示す多領域活動パターンを特定-

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 神経回路・行動生理学研究チームのトーマス・マックヒュー チームリーダー、牧野 祐一 基礎科学特別研究員(研究当時)、イ・ワン 研究員(研究当時)の研究チームは、海馬[1]前頭前野[2]および扁桃体[3]の間でのダイナミックな神経活動伝達パターンが、恐怖記憶が形成された時期を反映することを発見しました。

本研究成果は、脳の複数領域にまたがる複雑な長期記憶メカニズムの全容解明に貢献すると期待されます。

今回、研究チームは、マウスが異なる時期に記憶した恐怖記憶を思い出しているときの神経活動を脳の複数領域で同時に記録し、ディープラーニング[4]技術の一つであるTransformer[5]などを用いて解析しました。その結果、扁桃体の活動はどの時期の記憶でも重要である一方、より古い記憶ほど海馬と前頭前野が扁桃体の活動をコントロールし、記憶の想起に結び付けていることが分かりました。この結果は、古い記憶を思い出すためには脳の複数領域の共同作業が必要となり、またそれらの多領域活動パターンを抽出することにより記憶の形成時期を推定できることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(12月9日付:日本時間12月9日)に掲載されました。

記憶の形成時期を反映する多領域ネットワークの抽出の図

記憶の形成時期を反映する多領域ネットワークの抽出

背景

記憶はその種類や形成時期により、それぞれ異なる脳の複数の領域に分散され貯蔵されていると考えられています。中でも怖い経験をしたエピソードに関する恐怖記憶は扁桃体が特に重要な役割を持つものの、記憶形成からの時間経過に伴いより多くの脳領域の働きが必要になることも示唆されています。

そのような時間経過に伴う貯蔵方式の変化にもかかわらず、恐怖記憶は思い出すときには同一の過去の体験として同じように思い出すことができます。このようなことが起こるためには、多領域に分散した記憶痕跡[6]同士が協力し合い同一の記憶として引き出されるようなメカニズムの存在が考えられます。しかし、具体的にどの脳領域の間で、どのようなパターンの神経活動が伝達されることにより、形成時期の異なる恐怖記憶を同様に思い出すことができるのかは分かっていませんでした。

研究手法と成果

まず研究チームは、マウスがある特定の場所に置かれたときに電気ショックを受けることにより、その場所に対し恐怖を感じるようになる恐怖条件付けを行いました。そして、その1日後と1カ月後にマウスを再び同じ場所に置き、前者では新しい恐怖記憶、後者では古い恐怖記憶を思い出しているときの神経活動を記録しました。神経活動は恐怖記憶に特に関わりの深い扁桃体に加え、記憶の短期的・長期的貯蔵に必要と考えられている海馬および前頭前野(前帯状皮質[2])の三つの脳領域から同時に記録しました。

その結果、新しい恐怖記憶を思い出しているときには、扁桃体で30~50Hzのガンマ周波数での周期的活動(ガンマ波)が増加することが分かりました。ガンマ波は神経細胞の情報処理に深く関わると考えられており、それが扁桃体において強くなることで記憶の想起を促している可能性があります。それに対し、古い記憶を思い出しているときには扁桃体のガンマ波の強度自体は変化しない一方、海馬と前頭前野の両方におけるシータ周波数(6~12Hz)での周期的活動(シータ波)が、扁桃体のガンマ波が発生するタイミングをコントロールしていることが分かりました(図1)。これらの結果は、新しい記憶では扁桃体自身がガンマ波を変化させられる一方、古い記憶ほど他の脳領域からの協力を得ることにより、扁桃体でのガンマ波を制御して記憶想起に結び付けていることを示唆しています。

海馬と前頭前野による記憶想起中の扁桃体ガンマ波のコントロールの図

図1 海馬と前頭前野による記憶想起中の扁桃体ガンマ波のコントロール

  • A.海馬(上)と前頭前野(下)の各周波数の神経活動が、扁桃体の各周波数の神経活動が発生するタイミングをコントロール(変調/modulation)する強度。海馬と前頭前野のシータ波(横軸:6~12Hz)がそれぞれ扁桃体のガンマ波(縦軸:30~50Hz)を最も強く変調している。
  • B.新しい記憶と古い記憶を想起しているときの、海馬シータ波(左)・前頭前野シータ波(右)による扁桃体ガンマ波の変調強度の比較。両方の変調強度とも、古い記憶の想起時に高くなる。有意差を表すp値が、*:<0.05、**:<0.01、***:<0.001。n.s.:not significant(有意差なし)。

さらに研究チームは、これらの複数領域での神経活動を「入力」として、記憶の形成時期を判断する二つの機械学習モデルを作成しました。まず、各領域から周期的活動などの神経活動パターンをあらかじめ抽出し、それらを入力として使用するLightGBM[7]モデルを作成しました。するとモデルは海馬のシータ波や扁桃体のガンマ波などを最も有効に利用して、記憶形成時期を判別できることが分かりました。さらに、各領域の神経活動の生波形データを入力として使用するTransformerモデルを作成しました。その結果、Transformerモデルは生波形データ中に存在するさまざまな神経活動パターンの中で、海馬のシータ波や扁桃体のガンマ波などが特に重要であると自動的に判断してモデルの内部構造に組み込み、記憶形成時期を高い精度で判別できるモデルを完成させていることが判明しました(図2)。これらの結果は、複数領域におけるシータ波やガンマ波などの周期的神経活動およびその相互伝達が、想起している記憶の古さを示す非常に精度の高い指標であることを表しています。

Transformerによる多領域生波形データを利用した記憶形成時期の判別の図

図2 Transformerによる多領域生波形データを利用した記憶形成時期の判別

  • A.記憶想起中の海馬・前頭前野・扁桃体の生波形データを入力とし、新しい記憶か古い記憶かを判別するTransformerモデルの模式図。
  • B.Transformerモデルの記憶形成時期の判別精度。生成されたモデルは約80%の精度(F1スコア:適合率と再現率の調和平均で、0~1の値をとり、数値が高いほど判別精度が高いことを表す)で記憶形成時期を判別することができ、この判別精度はランダムにシャッフルした入力データを用いた場合(コントロール)より有意に高かった。
  • C.Transformerモデルが記憶形成時期の判別に使用していた入力データ内の特徴(特徴重要度)。モデルは海馬シータ波、扁桃体ガンマ波などを使用して判別を行っていたことが分かる。

今後の期待

本研究では、海馬・前頭前野そして扁桃体という複数領域での神経活動パターンおよびその相互伝達の変化が、形成時期の異なる恐怖記憶の想起を反映することが分かりました。今後、記憶形成からの時間経過に伴い記憶のどのような側面がこれらの脳領域に分散し、想起時にはどのように統合して記憶が思い出されるのかという詳細を明らかにすることにより、長期記憶メカニズムの包括的な理解につながると考えています。

補足説明

  • 1.海馬
    記憶や学習に深く関わる脳領域。特に過去の体験についての記憶(エピソード記憶)や空間情報の記憶(空間記憶)に関係することが知られている。
  • 2.前頭前野、前帯状皮質
    前頭前野やその一部である(と考えられることが多い)前帯状皮質は、認知や意思決定など脳の高次機能に関わる脳領域。記憶の長期的な貯蔵にも必要であることが過去の研究で分かっている。
  • 3.扁桃体
    快楽や恐怖などの感情に深く関わる脳領域であり、恐怖記憶の形成や想起に必要であることが知られている。
  • 4.ディープラーニング
    コンピュータが自動で大量のデータを解析して、データ内から特徴を見つけ出す機械学習の手法の一つ。近年幅広い分野で盛んに用いられている。
  • 5.Transformer
    データ内の重要な部分に自動的に注目する「注意機構(Attention)」をベースとした非常に精度の高いディープラーニングの技術の一つで、ChatGPTなどの最新モデルでも用いられている。
  • 6.記憶痕跡
    記憶の形成に伴い脳内に作られる、神経細胞の結合や構造的変化などの物理的な痕跡。この痕跡が脳内に残り続けることにより記憶が保たれ、また活性化されることにより記憶が想起されると考えられている。
  • 7.LightGBM
    データ中のあらかじめ定義された特徴をベースにデータの分類や予測をする決定木(けっていぎ)と呼ばれる機械学習の手法のうちの一つで、近年広く使われている精度の高いアルゴリズム。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「Elucidating the Dynamics of Memory(研究代表者:Thomas J. McHugh)」「Elucidating the mechanisms of fast learning(研究代表者:Thomas J. McHugh)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuichi Makino, Yi Wang, Thomas J. McHugh, "Multi-regional control of amygdalar dynamics reliably reflects fear memory age", Nature Communications, 10.1038/s41467-024-54273-3

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 神経回路・行動生理学研究チーム
チームリーダー トーマス・マックヒュー(Thomas J. McHugh)
基礎科学特別研究員(研究当時)牧野 祐一(マキノ・ユウイチ)
研究員(研究当時)イ・ワン(Yi Wang)

トーマス・マックヒュー チームリーダーの写真 トーマス・マックヒュー
牧野 祐一 基礎科学特別研究員(研究当時)の写真 牧野 祐一
イ・ワン 研究員(研究当時)の写真 イ・ワン

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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