第4阿呆特急

一人旅をします。

平塚② 海 厚木の家系ラーメン 友人

子供の頃毎日見ていた風景


去る十二月二十九日のこと。姉と
坂元裕二脚本のドラマ「カルテット」の1話を見た。

これほど凄まじい出来の1話は見たことなかった。

最後の歌が終わった際に拍手してしまった。

セリフのキレとセンスがえげつない。笑いを入れるタイミングが絶妙。しかも寒くない。

こんな仕事ができたら生涯の自慢になるだろう。

強烈に感動した。

 

その日の午後八時に父は病院で亡くなった。

看取ったのは母のみで、40分後に私と姉はタクシーで病院に駆けつけた。

安らかな顔をしていた。

なんとなく撮った雲

 

その後は忙しく、病院から遺体を搬出したり葬儀屋との調整などをなんだかんだで終えた。

 

私は「天」と言う麻雀漫画の最期、赤木しげるが死ぬ際のセリフに影響を多分に受けているので、人間というのは脳が動かなければもう終わりだと思っている。

私の父は脳梗塞で倒れた時点でもう人間としては終わっていて、肉体的にようやっと終わったのが昨日と言うことだ。
さながらゾンビのようなちぐはぐな状態は、かつての姿を愛する者にストレスを植え付ける。

人間性を失って生きながらえていたその状態が終わったことを喜ばしく思う。これは言いづらいが本当に本音だ。


今私は父親と話したことを思い出している。
麻雀やサッカーなどのスポーツ、その辺のお互い興味が共通することをいつも散発的に話していただけである。
何をしても絶対に怒らない人だった。そしてまあまあイヤだが私は顔がどんどん父に似てきている。
父は、おそらくほっとけば生活力が無くすぐ生活は破綻しただろう。母のかじ取りの元生存できていた男だった。「ていねいな暮らし」の逆というか、母の管理の下でも体は病気でいっぱいだった。
一方私は割と、ちょっとでも具合が悪いとか、どこかが痛いとか、そういう状態が心底苦手なので、結構健康に対して気を遣って生きている。

共通する点としては、人生の大半が苦手だったところだ。
仕事だったり、家族だったり、すべての人間関係だったり。勉強はなぜかできたりする。

ただそういった苦手なところから父は逃げなかった。時代に許されず逃げきれなかったのかもしれない。

ただその一点を持って尊敬に値する。

彼は逃げない代わりに心を麻痺させるのを選んだ気がする。

おそらくだが、私も家族を作ることを周囲に外堀を埋められ強要された場合、心を麻痺させるか堀を無理やり突破して逃避するかの二択で迷うだろう。

私は今んとこ逃げっぱなしだ。多分これは変わらない。

「隠れて生きよ」はエピクロスの言葉だったか。エピクロスが正しいことを願う。

 

 

私はそういったものをサボっている代わりに、死ぬまでに何とかして面白いもの、美しいものを作らないといけない。今んとこまったく作れていない。

このブログも読み直す気が起きないくらいくだらない文章をただ連ねている。酷い文章は良い文章の入り口らしいが、私は入り口で立ち止まっている気がしてならない。

 

ショパンのバラード1番を辻井伸行さんが弾いているのを聞くと、いやもうほんとに素晴らしいなと心から思う。

これからの私の人生全部より、この1曲の方が価値があると思ってしまう。

ビジネスやら貯金やらなんやら数字を作るより、こういう星のように永遠に輝く芸術を作らなきゃいけない。

それは偏った価値観だよと言う人もいるだろうが、私はその偏った価値観から離れることができないから苦しいのだ。

資本主義的な数字とか恋愛とか大きな感情とかそういったヌメヌメしたものから離れなくてはいけない。空っぽの身体ひとつで軽やかにいなければいけない。目標を全て捨て去らなければいけない。時間があり、多少の金もあり、健康であることを祝わなければいけない。

そして自分の美意識に従って死ぬことに挑戦しなければならない。

と、父の死に際して思った。

 

年が明け一月五日。

地元の友人が気を利かせてドライブに連れ出してくれた。

彼はMといって、私とはもう25年くらいの付き合いである。

こういう時に家族以外で時間を作ってくれるのはありがたい。

相模湾



午前中の平塚の海は太陽がこっちを照らしてくれる。

風もなく暖かい。何よりキラキラしていて希望に満ちた美しさである。

波の音も私の逝ったメンタルを激烈に慰撫してくれる。

こんなにみられているとは思うまい

あとあのサーファーは全然波に乗れていない。乗ってほしい。

しばらくすると乗った。よかった。



「私は海をだきしめていたい」と言う坂口安吾の短編小説を思い出した。

若い頃に読んでから、ずっとなんだったんだろう、と考えていた小説である。

ただ、今ならなんとなくわかる気がする。ウソだ。まだちっともわからん。

去年の9月あたりから、性欲に振り回されていた自分が海を見ていることに、何らかのつながりを感じる。

あの小説の主人公は海を女性に例えて抱きしめたいとかほざいていた。何言ってんだ。

私の方は若干25歳の女性のノースリーブの脇の下から放たれるフェロモンに脳みそをやられてしまって、混乱し、そんな自分を嫌悪し、退職を決め、親父も死に、今このような醜態で落ち込み切っている。
数少ない友人にも気を使われて、情けない限りである。

 

車を飛ばして、Mが一度行きたかったらしい厚木の家系ラーメン「源絆家(げんきや)」を訪う。

げんきや

私は家系はそこまで得意ではないが、実家の薄味の飯に嫌気がさしていたのもあって、味が濃くて大層美味かった。

 

私はMのおかげで、海の音とラーメンの塩で心を少し癒した。

 

 

東京に戻った後も、新宿で6歳(ほぼ記憶にないくらい昔)くらいから付き合いのある友人Hと会って、会社を無様に辞める話や父が亡くなった話などを取り留めなくした。


またHは個人事業主としてのノウハウを持っているので、いくつか気になることを相談した。こちらもとても癒されたし、久しぶりに話せてよかった。

 

私の愚かなクソ話をちゃんと時間を作って聞いてくれる友人はMとHを含めて5名ほど居る。


その5名は私の最後に残った縁だ。

社会人3年目あたりの私などはかなり嫌な性格をしていて、そこで縁が切れていても不思議ではないと思うのだが、我慢して付き合ってくれた猛者たちである。

 

友は大事にしていきたいとともに、このブログと同じように虚飾一切抜きでの付き合いを続けたいものである。

新宿にて友人の一人であるH君  ちなみにかなり寒いのに薄着

平塚 地元で悼んだり歩いたりする日々

父が危篤のため、我が実家の周りをぶらぶらすることになる。
神奈川県平塚市の真ん中あたり。私は大学を卒業する22歳までここで暮らした。

ほとんどの移動は自転車だった。風景は大して変わっておらず、重層的に蘇る記憶が多すぎる。

東京と違って地元は静かだ。より無音に近い。

私の通った小学校校舎の側面

地球上で一番やかましいのは人間の若者であるというのが正しいか。

この静かさには本当にものを考えながら歩くのにちょうど良い。
どんどん考えが整理されていく気がする。
やはり東京とネットの空間だけは日本じゃない気がしてきた。
「日本」とは大都市じゃない郊外のことをさす言葉である。
そして日本と東京は違う文化圏だ。

 

天気雨が降ってきた

晴れているのに大雨が降りだした。カメラが濡れてしまう。

なんだか爽快な気分である。恵みの雨と言うような祝福のような気がして。青空をバックに大雨が降ってる。私はそのチグハグさを愛する。

寝起きは憂鬱だが、昼間散歩しているときの私はとても幸福だ。

昨晩母と相談して父親の葬儀場を決めた。

もはやいつ亡くなるかわからない。

今朝のメンタルはひどかったが、昼過ぎてからはやはり落ち着いた。

母も姉も運良く家にいないタイミングで実家で1人になったので、私はメンタルは何も刺激されることなく回復することができた。

どこにいても1人でいるのが1番素晴らしい。

007の「ロシアより愛をこめて」を観た。
ボンドはタフでうらやましい。ボンドのようになりたい。
エヴァの音楽やってた鷲津さんがこの映画の音楽を
「DECISIVE BATTLE」で丸パクっていることに気づく。似すぎていて酷い。

鷺津さんはすごいなぁ~とサントラ聴きながら心から思っていた中学生時代の私に教えてやりたい。

父のことや会社のことが一通り落ち着いたら、私は旅に出る。私にはそれが合っている。家族を持つこともない。仕事を持つこともない。それで構わないと思っている。おそらくそのどちらを持ったとしても、私は精神の病にかかるだろう。そういう人間がいるのだ。そしてそういう人間は多く苦しんでいるのだというか、精神病にかかっている人間みんながほぼそうなんじゃないか。社会のフォーマットに過剰適応した結果病んでしまっている。私はそういう人たちに向けて、このブログを書いている。適応しなくて大丈夫だよ、と言ってあげたい。私自身全然大丈夫では無いのだがどうか少しでも仲間たちに苦しんで欲しくないのである。集団が嫌いで1人で生きる才能がない人たちよ、どれだけ我慢したって無理なものは無理だ。でも何とか工夫すれば生きていける。嫌な事はするりとかわして、日本に生まれた幸せを享受しつつ、病まないことを目標に生きていこうじゃないか。

変な天気だ

サクラ書店高村店に向かう。
私はもう20年以上この書店に通っている。誇張無しに地元に戻ってきたら必ず行くと言っても過言ではない。人生で1番言っている書店である。ただ別にどこがいいとかそういうことではない。私にとっての書店の原型なのだ。

 

まっすぐ向かったのは旅行本コーナーだった。

これからとりあえず行くであろうところの本をなんとなく眺める。取り急ぎ香川県だろう。本場の讃岐うどんを食わずして死ねない。実はもう店のあたりはつけてある。さくっと飛行機で行ってうどんを食いまくってさくっと帰る。そんな動きを想定している。乞うご期待。

高知地蔵

30年もこの地蔵の存在を無視して生きてきた。

その償いとして写真を初めて今日撮った。近くにマクドナルドとファミレスがあり、CDレンタルショップもある。ここ山下団地周辺は我々のような地元のプレイスポットである。ここ周辺でいろんなことが起きたが、大怪我などなかったのは、もしかしたらこの地蔵のおかげかもしれない。母から頼まれたミッションで買い物がある。

今日は鏡餅を飾り、15時ごろに洗濯物を取り入れ、そして牛乳などを買い物に行くと言うのは私の仕事である。これでコンプリートだ。無職の中年男性でも可能なところである。
平塚市と言うのは割と都会ではある。中途半端な田舎だがチェーン店などはしっかりあり不便ではなく、人口も自然も多い。都心まではまぁ1時間も電車に乗れば出られる。リモートで働くのであれば、ベストに近い距離感だろう。

ここに生まれたのは幸運だったと思う。

 

昼に面会した父親からは死臭がした。私しか気づいていないようだった。
肉体の終わり。我慢の終わり。

涙ぐんでいるのか生理現象なのか判別がつかない。

結局これが最後になった。

 

そのあと私は実家の近くの大津精肉店でからあげ150gとタバコを2箱買った。

私は吸わないが、父がよく吸っていたマイルドセブンの1ミリである。今はメビウスという名前らしいが知ったことでは無い。棺に入れる用に買った。

外の喫煙所で父のライターで一本吸う。

わびしくておあつらえ向きの喫煙所だ。

まだライターにガスが残っているのが驚きだ。

これは儀式である。父のことを思い出すのにこれ以上の儀式は無い。

思い出すのは穏やかな人だったということである。つまらない、気が弱い、なさけない、などの印象で父を語るのは簡単だが、私にとってはこれほどまでに無害な男は見たことが無い。普通の男性はどこか有害さを誇るところがあるが、彼は他者には限界まで優しく、自分を罰するように不摂生を行なっていた。そういう人間はえてして他者に下に見られる。それでも構わない別種の強さがあった。

 

私は父のようになるべきだ、と思う。

うまいからあげがある肉屋

うますぎるからあげ

ここで一本吸った


私は大学時代もらいタバコを何本かする位の喫煙歴しかないが、父はストレスが溜まっていたときに1日2箱位吸うようになって、母親からいつも怒られていた。酒は時々一緒に飲んだが、タバコも付き合うべきだったかもしれない。まぁそんなことが少し悔やまれる。ということで、マイルドセブンの1ミリは父の匂いである。昔からヘビースモーカーだったので、長生きは望むべくもないと思っていたのだが、まぁこんだけ生きるとはなかなかしぶといものである。

 

その日のうちに父は亡くなった。悲しみより安心が勝った。間違いなく安らかな最後だった。

深夜の葬儀場



神保町 丸香 ミロンガ・ヌオーバ

女は男の弱さを決して許さない。

男の暴力も許さないが、それ以上に弱さを嫌悪する。

 

母は弱い父を糾弾し続けた。

長男である私も友達を作らず精神が弱かったから、母に叱られ続けた。

私は運動ができて頭も良く、友達の多い少年に無理やり造り変えられた。

ストレスで髪の毛を抜いたり風呂で泣いたりしながらの懸命な努力で。

おそらくほっといたら、内向的で地味な人間として一生を終えただろう。ただそれは許されなかった。

 

父は共に地獄を潜った戦友だった。

父は家庭が辛かっただろう。ギャンブルやタバコなどの逃げ場も母に塞がれて。繊細で傷ついた心を誰にも見せなかった。
晩年の自殺未遂2回以外は。それが唯一の母との交渉手段だった。

 

父はもうすぐ死ぬだろう。

今朝母から、父が水も飲めなくなった、と連絡が来た。

 

私は父と精神的に繋がっている。

すでにもう父の意識はないに等しいので、残った少しのつながりが切れるだけなのかもしれない。でも、私の精神がどうなってしまうかわからない。

 

しつこいようだが引き続き、朝のセロトニン不足による落ち込みがひどいのだ。
これに終わりは来るのか? 退職すれば何とかなると思うが…

ちなみに昼間は嘘のように治って上機嫌なくらいだ。

 

NHKようこそ!の漫画版が安かったので、午前中で全巻買って読んだら、自分より大変そうな人ばかりで癒された。フィクションの正しい使い道だと思う。
ただ、岬ちゃんみたいな女が果たして居るのかどうかは疑問が残る。とにかく彼女のボブカットは理想的な形である。好きだ。




さて、岬ちゃんを好きになったところで、好きなものが食べたい。
しかもとびきり好きなもの。

丸ノ内線と都営新宿線を使って向かうは神保町である。

自律神経を保ってくれそうな名前の町で良い。

 

アカシヤ書店。古本屋の匂いはたまらない。

渋い

匂いを嗅ぎに来てるようなものだ。

囲碁関連の古本がとにかく多い。

父なら喜んだだろう。

 

さぁ、お目当ての「丸香」である。

都内指折りの讃岐うどんの名店。

かなり並んでいるが回転率も高いので、30分くらいで入れるだろう。

ずっと会社を休んでる身からすればすぐである。

丸香 外観

順番待ちといえば、ついこの間まで好きだった後輩の女の子は、エレベーターを待つちょっとした間さえ我慢できない娘だった。結局十三階分エスカレーターで登ったのを覚えている。それもASD故だろうか。2か月前のことがかなり昔に思える。



まだ前に10数人ほど並んでいる間、後ろの男がずっと仕事の電話をしている。

今仕事をバリバリやっている人間をみると劣等感をくすぐられる。

ずっとこれを聞かないといけないのか…と絶望していたところ、店員から何名か尋ねられ、1名だと答えると、10数人をごぼう抜きして店に入れてくれた。
みな連れがいるのだ。

一人の身がなんとも切ないが、このごぼう抜きは気持ちがいい…

なんだなんだツイてるな。

 

ハードロックが流れる店内へ入る。


ぐだぐだと当たり前のことを長く書かないが、

丸香のうどんと天ぷらはすごくうまい。
みんなも一度は行くといいとおもう。

冷かけうどん2玉 とり天 千円ちょい

 

次によく通っていた喫茶店に向かう。

音楽と雰囲気とケーキが最高なミロンガ・ヌオーバだ。

移転前はこの路地裏にあったんだよ

移転後のミロンガ・ヌオーバは初めて。

路面店っぽくなってやや明るくなった

音楽は丸香の強烈なハードロックから一転してシャンソンだ。

そこは変わってない。内装も前の店舗に近いが、やや照明が明るいのは否めない。

 

隣の席はおそらく医大生2人。論文や医局のポストについて話している。

 

アイスコーヒーにあわせて胡桃のパウンドケーキを頂く。
私は真冬だというのに冷たいものばかり食べている。

暖かいものしか食べない中国人にはなれない。

生クリームをつけて一口。

美味そうに撮れなかったけど




美味い!

 

なんだこれめちゃくちゃ美味い。

生クリームの濃さとケーキとメープルシロップの甘さ、胡桃の風味が相まってドンピシャである。アイスコーヒーで洗い流してまた一口食べると、反復の喜びに浸れる。

来て良かった…勘でこのケーキ選んだのに大正解…

 

音楽も、空調も、周囲のおしゃべりも心地良い。相変わらずいい店だ!

医大生の学問への熱意が頼もしい。日本の医療は安泰だ。

謎アートも健在

 

残りのケーキに、生クリームとメープルシロップをたっぷりつけて一口で頬張った。

最後の一口、美味くて飛んでいきそうだ。

長居はしないが、また来よう。絶対に。



とにかく元気が出た。

神保町から新宿三丁目まで歩いてやろうと思った。絶好調である。

昔バイトしていた喫茶店「さぼうる」

通りすがりのガトーショコラ屋さん




 

このFAMというガトーショコラ正月用に1本買ってしまった。実家に送った。
5000円もしてしまう。大散財だ。完全に躁状態。

 

しばらく歩いていると靖国神社が見えた。
市ヶ谷で働いていた時はよく散歩に来たものである。当時もどこか鬱屈を抱えながら歩いていた。しかし靖国神社のでかい鳥居は、本当に見事だ。

ちょっとした巨大建造物だと思う。

 

しかしつくづく思うのが、もう一生貧乏でいいから、会社には入りたくない。

全く合わない会社勤めを3社合計12、3年。なんかほんと頑張ったな…

とっくにサラリーマンという雇用形態には我慢ならなかったのだ。

メリットは多いにしても、他人が作ったビジネスなど知るか。



歩いているとダンススクールの光景が見える。
おそらくヒップホップ系のダンスなんだろうが、若者に混じって、坊主頭のどう考えても、中年の坊主男が鈍そうに手足を動かしている。


メンタルが健全だと、こんなこともできるのか。
人間の可能性は無限なのだなぁと感じさせる。
自分もこれからなんだってあり得るはずだ。
岬ちゃんが居なくとも、生きていかなければいけない。

市ヶ谷の橋上から

 

永福町 古本屋のミントキャンディーと根無し草

昨晩は退職撤回を迫るしつこい上司の引き止めに心をすり減らされ、大いに消費し消耗した。彼は最低最悪の人間というわけではないのだが、本当に性格が合わない。自分の感性や美意識と真逆の人間だ。
泣き落としのようなことをされても困るだけなのである。すり減った心を癒すべく、また近所の散歩の日々だ。

 

さて、永福町である。

「住んでる方南町から近場しか行ってないやんけ」と言うツッコミがそろそろ出そう。まぁほんとなのでしょうがない。

永福町には友人が住んでいて、数年前よく行ったものだが、最近はとんとご無沙汰だ。その友人は今シンガポールに住んでいて、時々日本に帰ってくるときに寿司などを食べに行ったりしている。彼が言うにはシンガポールにはうまい魚がないらしい。特に新潟出身の奥さんは、魚が美味しくないことで大層苦しんでいる。いくら裕福に暮らしていてもままならない事はあるのだ。私は昨日居酒屋チェーンで1000円のおまかせ寿司ランチを食べたが、正直価格の割にうますぎた。東京ははっきり言って、食事の質と価格帯のバランスに関しては異常である。クオリティーが高すぎる。外国人観光客に居酒屋ランチの存在がばれてしまったらどうなるんだろうか。

そんな無駄な心配をしながら、今日も今日とて私は歩くのである。

しかし、あてのない散歩は良い。

昨日腐った泥のような感情をぶつけられ続けた心が、冷たい空気に洗われるようである。

トウカエデ

街路樹には、もうすでに葉がない。トウカエデと言うらしい。

木に関してもそうだが、冬は人の本音も丸裸にするようだ。

この旅日記は、本当に私の心そのまんまを書き連ねている。

思えば、20代は虚飾にまみれた人生だった。

偽りの自分を自分だと信じていた。

丸の内でオーダーメイドのスーツを着て毎日深夜まで働いてたのだ。今はユニクロさえ高いと感じているのに、人間本当にわからないものである。

私は自分を偽る、飾るという行為は、もう金輪際やめようと思っている。

今、通りがかりの個別指導の塾の看板に、『生徒の人生を一生応援する』と書いてあったが、絶対に嘘である。基本資本主義の国の看板には偽りしかない。

真に受ける人はいないにしてもそういうぶち上げるようなことを言うのはやめようと思う。このブログを読んでいる人も、自分が実は傷ついていたり、辛かったりした時は周りの人に恥ずかしいと思うかもしれないけど、そのまんま言ったほうがいい。自分を飾る、誤魔化すと言う事はまったくの無駄である。

 

さあ永福町です。

まず、今日の永福町の特徴としては、非常にまぶしい。

まぶしい

いいお寺



なんだか低い建物が多く、太陽から身を隠す方法がなかなかない。

寺があったのでなんの考えもなしに入る。

すごい墓参りしやすいシステムが整っている。この行き届いた感じ好きである。檀家への心配りを感じる。

墓参しやすい

なんだかいい寺だった。ここなら墓を作りたい。後で名前が知りたい。(大圓寺という曹洞宗のお寺でした。やはり仏教なら禅宗が好みだ。)

 

歩いていると、とある施設の壁に、「すべての人に歩ける喜びを」と書いてある。

おそらく病院なのか、リハビリ施設なのかちょっとよくわからないけど、その文字が気になった。

しつこいようだが、そういえば私は歩けるのである。

私は歩けるし食える。読み書きもいける。それだけで正直恵まれまくってる。


ここ数年大きな病気もしていない。メンタルがどハマりする前に、ちゃんと会社の退職調整をできる撤退戦が得意な名将である。

金もないわけではないし、家族も友人もいないわけではない。それを喜ばなくてはならない。

やったよね。

 

外観にピンときたので、古本屋グランマーズという店に寄る。

古本屋グランマーズ外観

奥でカフェもやっているらしいが、今日はやっていないらしかった。

店主曰くもう既に6年もここでやっている。

私は子供の頃好きだった寺村輝夫の絵本を450円で買った。

この店、メインは児童書であるが、新書なども扱っている。

内観

その新書の棚に『心の折れない部下の育て方』というものがあった。私が買って責任もって始末し、勘違いした上司をこれ以上増やさないようにする、と言う義憤に駆られたが、やめておいた。

店主におまけでもらったミントキャンディーを一つ口に入れた。

もうすぐ昼食を食いたいというのに、でっかいアメを舐めはじめてしまった。口の中のキャンディーが溶けるまで、私は永福町の住宅街をフラフラすることにした。運命的にうまい飯屋に出会うことを祈る。


あっつい

 

しかし歩いていると暑い。私はマフラーを取った。

近くにある北西さんの家などは、これでもかと家中の布団という布団を外に干している。そのくらい天気が良いのだ。

口の中のミントキャンディーは一向になくならない。

家ばかりで飯屋がない。

このままでは昼飯が食えない。腹はとうに空いている。暑い。

ただ口の中のキャンディーをそこら辺に吐き捨てるというのはやりたくない。

ということで思いついた。

喫茶店でコーヒーを使って溶かそう。

私は最寄りの喫茶店を調べ、飛び込むことにした。

 

パブ&喫茶みやけだ。

みやけ内観

近所の年配の方の憩いの場なのだろう。

年配の常連が同年代の女性店員とずっとしゃべりっぱなしだ。

テレビでは森山良子がなにか話している。

それを聴きながら常連が森山家について話している。

 

奥の席に1人で座る。

隣の席にキレイなグレイヘアのボブカットのおばあ様がいる。

しかもなんとメガネをかけている。鼻が高く横顔がとてもキレイだ。

正直めちゃくちゃ好きだ。

クールかつかわいい。旦那さんが心底羨ましい。しかし私はボブの女性にはほんと目がない。

 

ミントキャンディーを出された茶を使いつつ噛み砕く。中にキャラメルが入っている。もう直ぐ飯を食うというのに歯に挟まる。もはや存在が忌々しくなってきた。

 

カレイの煮付けを頼んだ。

女性店員にカレイの子供入ってもいい?と言われた。

いいと言ってしまった。

そうしたらほぼカレイの身は少なく、卵だらけで来てしまった。

身の部分は当たり前のように美味い。卵もご飯にぴったりである。

 

カレイの煮つけ

私がガツガツと飯を食っていると、

明日来れませんので、良いお年を、とボブカットの夫婦が店の人に挨拶していた。

この夫婦は超常連で、おそらく毎日のように来ているのだ。

なんだか邪魔してしまったかもしれない。

 

テレビでは森山良子が「涙そうそう」をラテン語バージョンで歌うのはすごく大変だったといっている。

なぜそんなことをするのか、という疑問は置いといて、やはり芸能人は挑戦する気概がすごいな、と思った。

 

デザートのりんごがしっとりしていて美味い。わたしは大満足して店を出た。

 

さて、腹も膨れたのでまた歩き出す。

先ほどの店でもそうだが、私は結局どこまでいっても余所者でありたいのだなということがわかった。

なにせ年末の挨拶をしなければいけない人が1人もいない。年賀状も皆無。そしてそれが楽だと思ってしまっている。

根無し草気質であると言えるだろう。

そして、根のない草が強いはずもない。タンブルウィードのように、コロコロと滑稽に転がって生きていきたいものである。

 

歩いていると唐突に現れた『季節の中でギャラリー』。

季節の中でギャラリー


見た目は完全に民家だ。中がギャラリーになっていて絵がいくつか見れるらしかった。入場無料である。しかし火曜日はやっていなかった。

残念。また明日来るほどの熱量は無いが、とても入りたかった。

 

道路沿いの生け垣にはおそらくだが、椿の花。ただ隣に菓子パンのゴミが突っ込んである。世の中美しいものだけではない、ということか。私はそのゴミを持ち帰り、世の中を少し美しくした。

花とゴミ

西新宿 方南通りから思い出横丁へ

朝起きると、「今、自分の心に何が起こっているか?」と問いかける。
混乱している、悲しい、すごく不安だなどが返ってくる。
それは起き抜けでセロトニンが不足しているからである。
鬱病とまでは言わないが、3歩手前といったところか。

それを自覚し対策を練る。体を冷やすのと二度寝がいちばんいけない。

メンタルにいい活動など、ネットで5分も調べればごまんと出てくる。

そのようにして、皆社会生活をごまかしているのだ。

なんか伊藤計劃の虐殺器官みたいだね。

 

メンタルの保守のために近所を歩いていると、髪をところどころクリーム色に染めているおしゃれなおじさんをみかけた。近づくとただランダムにハゲているだけで染めていると思った部分は頭皮だった。無惨なことだ。老いとは無惨さを受け入れることだ。

 

コンビニで棚の奥にある牛乳に手を伸ばした時、右手の甲を傷つけてしまった。

痛い



まあまあ痛い。ただついた傷に血がにじんでいても、そのままにしておく。流れに任せる。

私の父は血液の癌らしく、赤血球の数が減ってしまっているらしい。この前見舞いに行ったら、腕があざだらけだった。内出血しても赤血球が足りないので塞がらないのだ。脳梗塞の影響でもう話すこともできない。無惨だ。ただ、受け入れる。

 

昨日笹塚のお菓子やで買ったチョコバーを歩きながら一本食べて、ウォーキングに備える。

 

さて、西新宿へ向かう。

目的地はどこか。

 

とんかつ檍のカレー屋 いっぺこっぺ 西新宿店に行きたいのである。

あそこのヒレカツカレーが絶対に食べたい。
ただ今の経済状況からすると1500円近い出費は手の甲の傷よりも痛い。

 

なので、電車は使わず、歩きで面白そうなところがあればちょっと寄りながら行ってみようと思う。11時半に方南町を出てまぁおそらく1時間程度で着くだろう。

 

さあカツカレー食うぞ、と意気込んだのもつかの間、店を検索したら日曜日はやっていないと言うことに気づいた。
新宿まで歩く気満々だったのに急に途方に暮れてしまった。
どうする?
とりあえず西新宿に行ってから考えよう。

いつも通りあてのないウォーキングが始まった。

思い出横丁で何かを食べるのはどうだろうか。私は「かめや」と言う蕎麦屋が大好きである。食うのはもっぱらうどんだが。
今の上司の前の上司は大阪出身で、ある日東京風のそばが食べたいと言ってくれたので、その「かめや」に連れて行ったことがある。結局その上司は東京と大阪の往復で疲れ果ててしまい、お酒を飲み過ぎと言うところもあるが胃がんになってしまった。大好きな上司だった。彼は治療のためまた大阪に戻ってしまった。
私と新宿のかめやでもう一度あのそばが食べたいと言ってくれたのが嬉しかった。おそらく二度と叶う事は無いだろう。切ない。

とまれ方南通りをひたすら東へ向かう。

相変わらず、この季節は落葉が美しい。

ちょっとした風に吹き上げられて黄金の黄金に光る葉っぱが、くるくると回るところなどを見ると、目が見えると言う今の状態を心底幸せだと思う。

そうだ、私は今の状態は健康で幸せなのだ。ストレスで胃がんにもなっていない。何せさっきまでカツカレーを食おうとしているんだから。ド健康だ。

元上司は胃の一部を切除したため、残念ながら美味しくカツカレーを食べることもできないだろう。カツカレーは無理でもまた東京に来る機会があったら、かめやのそばを1人でも構わないので、おいしく食べて欲しいものである。

しかし、2024年の12月は全く雨が降らないような気がする。ありがたい。

 

公園には2種類あると思う。陽性の公園と陰性の公園である。クラシックで例えればモーツァルトとベートーベンのようなものである。うまく例えられているのか? 我ながらスノッブで癪に障る。

陽性の公園はわりかし新しくトイレなども綺麗で掃除も行き届いていることが多い。陰性の公園と言うものはサビきった遊具などがさみしくポツンと一つあり、植物の剪定などが行き届いておらず生えっぱなしなのが特徴である。全体的に暗くリストラサラリーマンが錆びたブランコに乗っているようなものがなしさが漂う公園のことである。どこか狭く落ち着かない雰囲気が漂っており、人を暗い気持ちにさせるものがある。ともすればホームレスが住み着いているなんてこともある。
もちろん私は陰性の公園が大好きである。
このブログのコンテンツとして、暗い気持ちにさせる陰性の公園をみつけたらどんどん写真に撮っていきたいと思っている。今単に思いつきで言ってるだけで二度と公園を取らないっていうことがあるかもしれないので、その時はごめんなさい。

 

方南通りの歩道をずんずん歩いていくと、目の前にバス停があった。

女性がバスが来るであろう方向を髪を振り乱しながら険しい表情で睨んでいる。
今日は風が強いのでロングヘアの女性は大変である。女性は全員黒髪ストレートのボブにすればいいと思っている人間なので、ロングヘアの女性は私の中では女性ではない。

バスだけではなく風への怒りも表情から感じる。バスが遅れているのだ。太陽の向きのせいか眩しいのだろうが、凄まじい表情している。
自分はどこか地方のバスの運転手になろうかと、最近考えていたが、遅れたときに、こんな表情で睨まれたらたまったものではない。

1分後ぐらいに私をその女性が乗ったバスが追い抜いた。
よかった、と思った。

よかったね


あのぶちぎれていた女性が用事に間に合うことを願う。

 

さて、そろそろ西新宿に着く。

正直言って、腹はあまり空いていない。

なのでつけ麺などのがっつりしたものでは無いような気がしてきた。

 

そこで喫茶店という選択肢を思いついた。
サンドイッチとかピラフ、いわゆる軽食である。
私は飲食店の中で最も純喫茶が好きで、
とにかく明るい白を基調としたおしゃれカフェなどは憎悪の対象だ。店内がすこぶる暗い、純喫茶が好きである。

そこも前述の公園の好みと似ている部分がある。
そうだ、ずっと行きたかった西新宿の西武に行こう。
サンドイッチでもやっつけよう。

なんだか本当に散歩とこのブログに癒されている。
音声入力のiPhoneに感謝だ。
もし昔の文豪などに会えたら、このiPhoneの自動音声入力を自慢してやりたい。
これすごい楽だよ、と。漱石やら谷崎やらが「いいなぁ」と言ってくれるといい。

背脂いっぱいの中華そば屋の看板に異常なほど心惹かれてしまった。
しかし初志貫徹したい、俺は喫茶店に行くのだ。

これまさに新宿、というところまで入ってきた。
気を確かに持たないと適当な店に入ってしまいそうだ。

このブラジルという喫茶店も一度入ったがなかなか良い。

ブラジル

そしてココイチでチキンカツカレーを食べることへの誘惑をなんとか耐える。


さながらキリストの最後の誘惑。
私達は弱いので多くの誘惑にさらされますが、私達には私達が耐えられない試練に遭わされる方ではない、脱出の道も与えてくださる神がいます(I コリント10:13)。

 

もし警官になれるなら、ここの交番で勤務したい。
外観が渋すぎる。向かいにココイチがあるのもいいし、背負うのは大きい公園と都庁である。

丹下謙三もこのアングルで見てくれと思ったのではないだろうか。正直デザインは今観ても見蕩れてしまう。

交番と都庁



やはり私は西新宿が好きかもしれない。

役者が個性を競うように様々な形をした高層ビルが並んでいると、なんだか楽しくなってくる。歩く人もうるさい若者とか少ない気がする。

高層ビルを眺めていると視界には落ち葉が舞っていて非常に美しい。
晴天の青空をバックに何やら美しい舞台作品などを見ているような気分になる。
いい心持ちだ。

ただ、最近できた歌舞伎町タワーとかいういい加減なビルは目に入るだけで腹が立つ。なぜだかあのビルの外観は美的感覚が損なわれるような不愉快な気持ちにさせる。まぁ中に入ったこともないので、見た目がとにかく嫌いだと言うことだ。日本人の美的センスの劣化を感じる。西新宿にあのビルが建たなくて本当によかった。

 

対してコクーンタワーはめちゃめちゃに好き。
繊細な美しい女性の佇まい。がっしりした都庁に並ぶ西新宿の看板だ。

 

このビルも好きだ。ネットワーク機器とかプレイステーションのような機能美を感じる。

好きなビルそろい踏み

焼肉ライクの最後の誘惑も何とかやり過ごしそろそろだ。
チェーン店の気軽さと雑さにはいつもお世話になっているが、今日は我慢だ。

 

着いた!珈琲西武西新宿店。乳と蜜が流れる約束の地。

西武外観




店内に入ると黒髪ボブの横顔が美しい店員さんに案内されて着席、東京喰種のヒロインに雰囲気が似ている。

二、三ヶ月一緒に働けば、私などは確実に惚れるだろう。黒髪ボブの若い女性ならもはや誰でもいいのか、少し不安になる。東京喰種も喫茶店が舞台だったか。

中にコピー機がなぜかある。そして喫茶店関連の雑誌がある。

雑誌

難波里奈さんのインタビューを読む。

昔30歳くらいの頃バイトしていた神保町の名物喫茶店「さぼうる」の特集を読む。賄いのピザトースト、懐かしい。生いちごジュース、作る時に味見するのが楽しみなくらい美味かった。食べる時は、マスターにピザトースト頂きます、と一言言わないといけなかったことを思い出す。

古い雑誌だったので、亡くなってしまったマスターの顔を思い出すことができた。ルールには厳しいが、それ以外の全てに対して優しい方だった。

彼曰く、喫茶店は夢の集まる場所、か。

 

別のページを繰ると、森下の小野珈琲の写真が!

懐かしい、こちらは20代の社畜時代、近くに住んでいた。

名物のホットケーキを食べたかは忘れてしまった。
勘で選んだ雑誌の中に、知っているものがたくさんある。こういったちょっとした縁を増やしていきたいものだ。

西武のオムライス

美しい…

CoCo壱とか焼肉ライクに入らなくて本当によかった。

デミグラスソースが嬉しい。オムの中にはチーズが入っている。中身はもちろんケチャップライスだ。

なんと味が重層的で複雑な料理なのだ…

ただ如何せん私はバカ舌であるので、もう少し雑な料理のほうが合っているような気もする。そう、かめやの天玉うどんのような…

まあもちろん当然の如く美味い。

次はナポリタンかパフェか。また来たい。

さて、最後は、思い出横丁で今日の放浪を終えようと思う。

 

思い出横丁のかめやは閉まっていた。日曜は休みなので注意だ。
元上司との思い出は中途半端に蘇った。この人も父と同じく決して怒らない優しい人だった。優しい人の思い出はいつまでも消えない。

 

手の甲の傷はすでに塞がっていた。

私の赤血球はまだ仕事をしてくれるようだ。

ちょっと治った

笹塚の讃岐うどん、上田屋菓子店、団地

仕事の事ばかり考えてしまう。もうすぐ上司と話さなければいけない。とても憂鬱だ。今日は深夜1時に目が覚め、仕事のことを無意識で考えていた。

ちょっとした抑鬱状態だと思う。

早くケリをつけたい。嫌な気持ちは晴れない。

深夜スマホ片手に良くないネットサーフィンをしていると、チョコレートは鬱に効くらしいとわかった。他にはバナナ、ナッツなどが有効だ。毎朝バナナを食べているのでチョコを入手したいと思った。ナッツは苦手。なので、例によって歩くことにした。

 

方南町から環七を南下して笹塚まで向かう。何度も歩いた道だ。

こんな暗い気分で歩くのは初めてだが、まず何か安い飯を食おうと思う。

何かあるだろうか。生物として何か食事を探している時は鬱から狩人モードに切り替わるような気がする。

もう嫌な事も思い出したくない。ありがたい。

いつメンタルは改善するんだろうか?

いつ貯金は尽きるのだろうか。

わからない。

笹塚駅へ

イチョウの葉はほぼ落ち切って、残り2割と言ったところ。本格的な冬が始まる。

 

さて、笹塚である。

友人がここに住んでいるので、時々遊びに来ることがままある駅だ。

とにかく腹ごなしがしたいが高いものは食べたくない。結果的に好物である讃岐うどんを食べることにした。目指すは駅前にある宮武讃岐うどん笹塚店。私はもうすでに40回ぐらい来たことがある。必ず食べるのは冷やかけの大盛り、かしわ天を二つ。850円だ。


その前にスマホの電池の充電の調子が悪い。94%。充電しても100%にならず、必ず94で止まる。消費も速い。なんだかそんな些細な事でもイライラしてしまうので、思い切ってバッテリーを交換することにした。うどん屋の隣の隣の隣位にある、スマホ修理の店で私の使っているiPhone SE2は5800円30分で交換できるらしい。うどんをすすって戻ってくればすぐである。

 

うどん屋で、冷やかけの大を注文する。

お決まりのセット

すぐ出てくる。かしわ天はかならずふたつだ。
出汁の輝きが美しい。そしてうますぎる。なぜこんなにもいりこだしと言うのはうまいのか。私は好みの幅というものが狭いらしい。おそらく味覚も敏感な方である。冷たいいりこだしを飲むたびに感動している。僕はこんなもんでいいのである。またかしわ天もうまい。私は鶏肉が1番好きだ。毎日食べる。

かしわ天をどんぶりの中に入れると、油がいりこだしに混ざりの表面がさらに輝きだす。美しいので、写真を撮ってしまった。

黄金です

退社するのは来月1月末だが、もう既に無職のマインドになっている。

無職のマインドを持つ者は、贅沢に今の時間を楽しむことができる。

未来の目標や予定のために生きていない。その辺の花や石に思いを馳せることができる。

働いている人間が悪いと言うわけではないが、仮にも文士を目指すものとしては、こういった感性が必要な気がしている。

花を撮っただけ 感想は特になし

 

スマホのバッテリーが交換された。これで100%になってほしいものである。

とても人のよさそうな店主に持っているカメラを褒められた。父の形見です、となぜか言ってしまった。

まだ亡くなってはいないのだが。余計なことを言う嫌な奴になっている気がする。

 

さて、どこへ行こう

玉川上水らしいが水が全然ない。太宰死にたい時どうすんねん。

水無し玉川上水

天気が良くて気持ちが良い。

ほのぼのした気分だ。

いよいよをもって自分がどこに向かってるのかわからなくなってきた。

私と違って選挙のポスターに写っている候補者は、どこかしらに向かおうとする意志を感じる。

 

観音通りとやらに入る。

しっとりしたジャズっぽいBGMが流れている。まぁ飲み屋が多いので、どちらかと言うと本番は夕方からなのだろう。

しかし、腹も膨れたし、バッテリーも新しく生まれ変わったし気分が良い。

金に余裕があれば、喫茶店など行くんだろうが。
あまり葉っぱが落ちていないイチョウを発見する。美しい。

笹塚の目抜き通りに入る。

まあ華やか

何も買わずに歩くだけなのが申し訳ない。

たい焼き屋があるらしい。食べたい。見つけたら絶対に買ってしまう。

活気がある。

渋いお菓子屋さん発見。

その店の娘と思われる10歳くらいの女の子が店の中に走って入っていった。
その勢いと元気がどこかうらやましく、なんとなく入ってみた。
素晴らしく好みの店構えだ。

お菓子屋さん

中に入ると、なんともレトロ好みの嗜好をそそられるチョコ菓子があった。

これは欲しい。悩むことなく買ってしまった。
なんとさっきの女の子がレジを対応してくれた。変なおっさんだと思われただろう。

やや警戒の表情が切ない。

 

いこいの広場もある。あまりいこえなそうだが。

憩いの広場

この文章は、iPhoneのメモ帳の音声入力で記入しているのだが、既にバッテリーが発熱している気がする。はずれのバッテリーをひいたようだ…

またすぐ替えることになりそうだ。

静かだ

シンと静まり返った団地を見ると、胸がキュンとなるのはなぜだろうか。

幼い頃の記憶がふっと脳裏によぎる。
子供の時は団地がもっと大きく見えた。今はミニチュアに見える。

毎日乗っていたお気に入りの自転車。
家庭科の授業で作ったナップサック。
団地の友達の家の匂い。
ドラゴンクエストのレベル上げ。
漫画を読みお菓子をたべる。
ゆっくりと日が暮れていく。
あたりが暗くなる。
5時のチャイムが鳴る。
まだ遊びたいのに私は帰らなければいけない。
外に出ると少し寒い。


ふと廃品回収のトラックが通った。
家電なら何でも引き取ると喧伝しながらゆっくりと走っている。
「壊れていても構いません」と言っていた。
私もやや壊れているので引き取ってほしいとちょっと思った。

チョコは鬱に効くらしいので、470円で32本ある。毎朝1本ずつ食べようと思う。
なくなったら、またあそこに買いに行こう。

その時は、あんな怪訝な表情をされないことを願う。

今日の戦利品

 

高円寺 タロー軒 純情商店街

今日は高円寺へ向かう。方南町から一時間弱歩く。

今回も電車に乗らなくて申し訳ない。いずれ絶対乗りますんで。

高円寺で1番安くて、満足度が高い飯を探すのだ。これから金銭的につらい無職の日々が始まる。絶対に1000円以内に抑える。理想は500円で腹いっぱいかつ美味い、という無茶な要求をかなえられる街は高円寺しかなさそうである。



大きい道を歩かずに、あえて住宅街を通る。私は市井の人々が暮らす家の門構えを見るのが結構好きである。家族構成や人となりを想像して楽しむのだ。じっくり見ると不審なので、それを歩くスピードに合わせ、結構大急ぎでこなしていく。

ここは金持ち、金持ち、子沢山、LUUPがあるのでいけ好かない奴、金持ち、やや貧しい、選挙ポスターだらけ、老人一人住まい、金持ち、金持ち…

 

正直みんなお金を持っていそうでうらやましい。どうやったらこうなるのか。
37歳の今でさえ、どうやって家を入手して家族を築くのか、方法がわからないのだ。一般成人男性として、私が逃げてきた様々なことをかなり我慢しなければならないことはわかる。持ち家を買えた人はもっと自慢していいと思う。家を買った苦労を自慢しまくる会、みたいなのを開催してみたい。別の星の出来事だと感じるだろう。

 

おそらくここが妙法寺だ。
イチョウの落ち葉の黄色が綺麗であった。木はダントツでイチョウが好きだ。

イチョウの黄色と、アジサイの青が街を歩いていて一番楽しみだ。

この文章は音声入力なので、毎回「胃腸」と誤変換するのに腹が立つ。

妙法寺

下手なのでイチョウの美しさが全く表現できていない

ただこの黄色の鮮やかさは写真が下手すぎるので写っていないだろう。

神社仏閣に入ると心持ちが空っぽで凪状態になるのがうれしい。

昨日上司に退職すると告げた人間とは思えない。昨日の心中は嵐そのものだった。
すべてを失って真の自由を得る。タイラー・ダーデンはいつだって心の師匠だ。
またたくさん歩いて安い飯を探す。日々安い宿を探す。日々安い電車でなんとかする。それが始まるのだ。
どう考えたって自分に合っている。楽しみでならない。

5年間待ち望んだ自由と工夫の時である。

 

幸いなことに私は3食食べなければ気が済まないと言う男ではない。昼飯1食だけでことたりる。朝はバナナか味噌汁、あるいはおにぎり1つ程度でちょうど良い。

夜はコンビニのおでんなど適当なものをちょっと腹に入れる。酒も飲まない。

そのサイクルが体調に1番良いのだ。

 

歩いていると、いい感じの銭湯があった。入浴料550円はやや高く感じる。

白を基調としたおしゃれなカフェは論外だ。

馴染まない落ち着かない空間に高い金を払うつもりは毛頭ない。僕は自らの意思を持ってディズニーランドに行く事は生涯ないだろう。

 

そんなややアナーキーな気分に浸りながら歩いていると向かいの道路沿いにひっかかるものが。

タロー軒だ!タロー軒だ!


びっくりした!急に現れた!ずっと行きたかったんだ!


行くしかない。慌てて交差点を渡る。初恋の人を街で見かけた男のようである。

出会いは突然

写真に撮るには憚れるが、片手をポケットにつっこんだままラーメンを立ち食いする常連がものすごくかっこいい。恰好からしてタクシーの運転手だろうか。話しかけたくなるほどに惹かれる哀愁の持ち主だ。

 

求めていたものだ。ラーメン大盛り900円は望んでいた価格帯とはかけ離れているが…

東京ではもう貧乏人は外食できないようだ。

ラーメン大盛り 900円

うまい!見事だ!

また絶対に来る!

スープを1口飲んだ途端そう思ってしまう。具のネギが立派で大きい。わかめもたっぷりだ。麺は非常に柔らかく具と比べると1番主張が少ない。常連は麺固めで頼んでいる人が多そうだ。今度来た時は絶対固めで頼むことを忘れないようにしなければならない。しかしこのチャーシュー、3枚載っているんだが、チャーシュー麺と間違えられたんだろうか。ただこのサービス過剰な具の量からして、デフォルトが3枚なんだろうか。チャーシューもお歳暮で来る高級なハムといったような見てくれなのだが、ちゃんと味がついててうまい。3枚あるのほんと嬉しい。

外国人観光客はまずタロー軒に来るべきである。東京のラーメンはこれだと突きつけたい。いや、やはりみつかるべきではない。混んでしまう。
しかしこのラーメン、手がこんでいるわけではないのだが、一切手を抜いてないことがわかる。キーになるのは具沢山なのにすべてを調和させるスープの味。まるでレアル・マドリードをまとめあげるカルロ・アンチェロッティのようだ。こういったものを、人間は愛さなければいけない。保護されなければならない。

おいしいものを食べると気分が爽快になる。気持ちのいい風も相まって素晴らしい気持ちでまた歩き出す。

さて、高円寺駅前である。

高円寺

ラーメン屋が多い。割とマンションとか普通に働けそうな会社も多い。
雑踏の中カメラ片手にきょろきょろしているとなんだかおのぼりさんになった気分で悲しくなる。

とりあえず純情商店街へ向かう。


どこかのラーメン屋の張り紙に派手なフォントで「煮干し降臨!」と言う文字があった。いい加減な言葉を使っていることから、このラーメン屋は、高円寺では生き残れないだろうとなんとなく思う。タロー軒とはレベルが違う。そんな甘いところではなさそうだ。


スキーウエアにもこもこのズボンをはいた、ダサイ格好をした中学生ほど懐かしい気持ちになれるものはない。その子の母親が、センスを無視して暖かさ最優先の服装をさせるため、ちぐはぐな服装になるからである。お金はなくとも我が子に風邪をひかせたくない、という愛が垣間見える。
そしてかつての自分と自分の周りの環境にあったものの全てだから懐かしいのだ。

「純情商店街」というものを馬鹿にしていた。

だが私は今決してバカにできないことを恥ずかしく思った。

なぜかというと、本当に最近のことだが、会社の12歳年下のまだ大学生のような娘に恋に落ちてしまったのである。死ぬほど恥ずかしい話、退職理由の1つとしてそれがあるのだ。

若いころは何が純情商店街だ、寒いんじゃ、とGOING STEADYの「佳代」を聞いてその存在を知ったのだが、今はとてもじゃないが馬鹿にできない。
自分が純情というか、もはやその狂気的な想いはやっとここ数日になって少し落ち着きを見せたが、寝起きの夢と現実の間に現れて、いい年して色ボケか、と恥ずかしい気持ちにさせるのだった。

 

「高円寺って高円寺ってお寺があるから高円寺なの!?」

そういう私の低レベルな冗談を、カラカラと笑ってくれる女の子だった。
あのASD特有の無表情から唐突に現れる、屈託の無い笑顔をこそ私は好きだった。

商店街は人が多いので写真撮りにくい


寺の方の高円寺には結局行かなかった。

体力と、スマホの充電が残り少なかったからである。最近どちらもすぐに減ってしまう。
三十路後半の体力はどうしようもないが、バッテリーは替えなければならない。

鶴巻温泉駅周辺 蕎麦屋と温泉に流れる時間

さて鶴巻温泉駅である。平塚の実家から車で20分ほどで着いた。

快晴過ぎる

 

なぜ私がここにいるかというと、父が 鶴巻温泉病院にずっと入院しているからである。 今年の晩夏に脳梗塞を起こし自宅で倒れてから、ほぼ緩和ケアという段階に進んでおり、回復のめどどころか日々できることが少なくなっていく状況である。
母から彼の一眼レフを譲り受け、彼が入院している病院がある駅周辺をふらつく。

最初の記事としてはなんだか縁起が悪いかもしれないが、とりあえず天気だけはいい。

駅前で喫茶店を探したいがある気がしない。ここは東京ではないのだ。
とりあえずここら辺の象徴である陣屋という旅館に向かった。

陣屋 正面

葉の紅さがうまく撮れない

まあ庭とかそりゃ奇麗にはしてるよね、という印象。それ以外は特になし。
泊ってもいないやつのだからわかるべくもない。

ここらは日曜でも正午に学校のチャイムがなるようだ。

12月の割にあったかいのが非常に助かる。

裕福な家も唐突に現れ、フェラーリが置いてあるあたり、父を診察した医者でも住んでいるのだろうか、と勘ぐってしまう。

 

西光寺

線香の匂いが落ち着く。午前中に誰かが来て、誰かを悼んでいたのだろう。

西光寺 入り口から

 

しかし歩いていると暑い。ユニクロのあずき色をしたウルトラライトダウンを脱ぐ。その下もどうせユニクロである。
自分はこれからどうなってしまうのか、という不安と、当分治らなそうな心の傷みたいなものを抱え鬱々としながら歩いていたが、いい陽気なのが幸いして落ち込み切らずに済んでいる。


もはや思い付きで近くにあった蕎麦屋に入る。

田代庵 天ぷら蕎麦 1000円
東京で立ち食いソバにいくとやはり醤油のガツンとしたしょっぱさを求めてしまうのだが、こちらは優しい味だ。のんびりした気持ちに拍車がかかり、なんだか非常に助かった。この味の優しさは、今のメンタルにはありがたい。

お茶もうまい。すぐ飲みほせる熱さなのがありがたい。

 

過不足無し 美しい

 

こじんまりした店である。

客が座るべき席にはかなり店の荷物が置いてあり、その雑な感じがなぜか落ち着く。
常連たちは仕事の話をしている。誰かの悪口を聞くと関係ないのになぜか不安になる。

どこかの土地に根ざして常連になることが永遠に来ない気がする。あこがれてはいるのだが…

歴史を感じるものが好きだ。自分に歴史が大してないからないものねだりなのかもしれない。

 

店の奥の様子

奥の席は娘さんが描いた絵を大胆に飾っているらしい。もうすでに娘さんは40歳を超えているらしいがこの客席を圧迫するほどの変わらぬ娘への溺愛ぶりに何思うのだろうか。

 

蕎麦屋を出て、なぜかマクドナルドに入ってしまった。

数分前まではまったく行くつもりが無かった。 

本当に何も考えずに生きている。計画性のかけらもない。それが無性に嬉しい。

こんなやつに嫁が来るわけはないし、どうりで期初に目標を立てて日々邁進、報告しなければならない会社員に馴染めないわけである。

マックシェイクのバニラである。150円。

Sサイズでも飲みきれないという小鳥並みの胃袋の狭さ。

 

弘法の湯へ向かう。弘法山が近いからだろう。

弘法といえば筆を誤ることで有名だが、筆を誤っていること以外に何も知らなかったのでそれ以外の活躍を知れるならありがたい。

登山客が多かった

この温泉、中でひたすらに頭をからっぽにできた。
理由としてはそんなに湯の温度が高くないからである。
また中の客も登山後に来ているからか、疲れが見えていて落ち着いている。
東京のせわしないスーパー銭湯と比べると流れる時間がゆったりしている。
というか、私が長年住んでいる東京が異常で、それ以外の世界はきっとこうなのだ。
せっかちで、数字と女の尻ばかり追いかけ、イライラして汲々としている。
営業マンである私の現上司は、ある同じ職場の女を落とすためにアカウントプランなる用意周到な資料を作ったらしい。そんな人間にはなりたくないしなれない。
私は理由なく衝動のみでマックに入り、頼んだシェイクを飲み干せない人間なのだ。
その上司は結果目当ての女と結婚したのは見事だが、現状うるさいだのIQが低いだの互いにひどい悪口を言い合っている。

無惨である。

結局汚らわしいことを思い出してしまった。

落葉

どちらの世界で生きるかはこれから決めていかなければならない。

旅日記に変更します

このブログの方針を変えようと思う。

今までは、私の心を支えてきた作品についての上から目線の生意気な評論を行っていたが正直やる気が失せていた。
天才の作品を凡人が評論する、というのは、凡人からしたら偉くなったような気がして非常に楽しい。気が向いたらまた始めようと思うが、このブログを一種の写真付き旅日記に変更しようと思う。

 

私は来月に5年ほど勤めた会社を退職する、37歳の独身男である。

下手だが小説を書いて、新人賞をいつかとることを夢見ている。
働いた期間で五百万ほどの貯金ができた。
それをつかってこれから大小の旅に出ようと思う。
このブログには、そのまま自分の気持ちを書こうと思う。限界まで正直にそのまんまをお届けしたいと思う。

 

ちなみに、現在の私の精神状態はちょっと鬱っぽくなっている。

朝晩の落ち込みがかなり激しい。

父親が脳梗塞で倒れ、寝たきりになってしまった影響かもしれない。(もう使えないので彼の一眼レフを譲り受けたのが写真をとるようになったきっかけの一つだ)

父の一眼レフ内に残っていた2009年のひらつか七夕祭り

退社の調整が今佳境に差し掛かっているのと、さらに非常に情けない、職場での失恋もどきのようなものを経験している。37歳の中年男の失恋なんてものはもはや話す価値がないほどに無様である。いずれその情けなさを田山花袋の様に小説にものそうとしているので、いずれ気持ちが落ち着いたらまとめようと思う。

(あのうまくいっていると感じていた、ちょっとした冗談で笑ってくれた親しい女性の態度が急変し、毒虫を見るような嫌悪の態度を取られた時の男の気持ちというのは、とにかく惨めで酷いものだ。あの地獄に叩き落されたような気持ちをどう例えるのが適当か現時点では思いつかない。)

 

自分で言うのも小恥ずかしいが生来私は恐ろしく神経過敏にできており、ちょっとしたことでもすぐ落ち込み、ちょっとした音でびっくりし、ちょっとした匂いにも嫌がり、食い物の好き嫌いも激しい性質である。そんな中年男が恋愛もサラリーマンもできるはずもない。一種の不能者として、これから生きていかなければならないのだ。

そんな筆者のため、明るい文章やご機嫌な文章を望んでいる人には満足はできないだろう。 

まぁ、ブログタイトルを見る通り、私が尊敬してるのは、内田百閒、沢木耕太郎、さらにつげ義春、深沢七郎など、貧乏臭さと謎の切なさがある旅行記、そういったものを目指していきたい。虎の子の貯金が尽きたとしても、何とかこの旅ブログ、旅ブログとも言えないかもしれない、下手な写真と駄文の記録は生涯続けられる趣味のような感じに持っていきたいものである。まあどう転んだって屁みたいなもんしか書けないだろう。

いるかどうかわからないが、読者の皆様はこの私の人としてブレブレの生き方、無意味さといい加減さを楽しみに読むのが1番良いのかもしれない。

また正直さを唯一のよすがとしていきたいので、機嫌が良ければたくさん更新するし、めんどくさくなったら正直にめんどくさいと言って更新はまた途切れる。
ただ、割とやってみて思うのが、古いカメラを片手に知らない街を一人で不審者よろしくフラフラするというのは性に合っている。
あとは金をどうやって稼ぐかだが、また就職するのかそれともフリーランスとして何かをやるのか、まったく見えていない。国民健康保険、国民年金、住民税はどれほど払わねばらならないのか。


とにかく、暗中を模索してやるしかないのである。