「わたしがいなくなったら…」統合失調症 わが子の将来
神奈川県に住む60代の女性。アルバイトをしながら生活をしている、統合失調症の30代の息子がいます。
周囲からは「アルバイトができているなら十分じゃないか」といわれますが、その言葉を複雑な思いで受け止めています。
病気を抱えながら働くことの厳しさに、何度も直面してきた息子。その後に、今は障害者年金とあわせて、ぎりぎりの生活を送っているからです。
本当は、安定した暮らしができるようになってほしい。私や夫がいなくなったあとのために。
(横浜放送局 記者 尾原 悠介)
「死にたい」徹夜で付き添いも
おととし(2021年)川崎市内の住宅で、統合失調症の疑いがある37歳の男性が手足を縛られた状態で死亡しているのが見つかりました。父親が保護責任者遺棄致死などの罪で起訴されました。
この事件を報じたことをきっかけに、統合失調症の当事者や家族から多くのメッセージが寄せられました。
神奈川県に住むようこさん(仮名)もその1人です。「息子が統合失調症で、親以外の支援につなげるのが難しい」とのメッセージを寄せてくれました。
息子のてつやさん(仮名)が統合失調症を発症したのは10年以上前、高校2年生の時でした。ようこさんは、てつやさんの当時の病状をノートに記録してきました。
最初は自分の容姿を執拗(しつよう)に気にし始め、その後、全く眠ることができなくなりました。すぐに精神科を受診して薬をもらい、半年後に統合失調症と診断されたといいます。
なかなか合う薬が見つからず、てつやさんは「死にたい」と口に出すようになりました。
ようこさんは症状が悪化する夕方からそばに付き添い、時には朝までほとんど眠らずに働きに出ることもありました。当時の記録には、病気に向き合う不安が記されていました。
「不安と悲観。治らない気がする、一生このまま」
「眠れるのか心配、眠たくなってばかりは怖い。いつも眠る直前に不安を訴える」
病院に行きたがらないこともありましたが、必死になだめてなんとか連れて行っていました。
そんな生活が1か月ほど続いたあと、ようやく症状が安定し、大学にも合格することができました。
就職活動でぶつかった壁
真面目な性格だったてつやさんは、友人にも恵まれて、ゼミにも入り大学生活は順調でした。
しかし、就職活動で壁にぶつかりました。
営業など人と接する仕事に就きたいと考えていたてつやさん。
大学のキャリアセンターに相談に行き、病気のことを告げると、「1人暮らしができる給料をもらえる仕事は紹介できないので、実家に戻った方がいい」と言われたのです。
精神疾患のある人などを支援する、就労支援センターにも相談しました。
相談員から返ってきたのは「単純な仕事しか紹介できない」「アルバイトできているのなら、給料は変わらないからそのまま続ければ」といったことば。
提示されたのは、ほとんどが倉庫での仕分け作業など、1人で行う非正規雇用の仕事でした。
病気というだけで、希望も聞いてもらえないことにショックを受けたてつやさんは、自分で企業を探して面接を受け、希望した営業職に就きました。
「門前払いされるかもしれない」
病気のことは告げなかったといいます。
「配慮はできない」
てつやさんは定時の30分前には出社し、がむしゃらに働きました。
上司に気に入られ、次々と仕事を振られるようになりましたが、次第に症状が悪化していきました。
真っ青な顔をして、会社に行こうとするてつやさんを、ようこさんは必死に説得して病院に連れて行きました。
しばらく仕事を休むことになったてつやさん。
上司からは「そんなことじゃだめだ」「もっと働けるのではないか」と頻繁に電話がかかってきました。
病気のことを説明しても納得してもらえず、退職せざるを得ませんでした。
症状が落ち着いたあと、別の会社に採用されましたが、体調が悪化した際に病気のことを打ち明けたところ、「勤務時間の配慮はできない」「配置転換する」と告げられ、その後、退職しました。
アルバイトでギリギリの生活
その後、てつやさんは、複数のアルバイトを経て、今のバイト先に落ち着きました。週に4日、接客などの仕事をしています。
上司は病気について理解があり、症状が悪化した際に休むこともできます。
「体調は大丈夫か?」とか、「1人暮らしで困っていることはないか?」と声をかけてくれることで、受け入れてもらっていると安心して働けているといいます。
アルバイトの収入は月に10万円あまり。障害者年金を含めればなんとか1人暮らしをすることができています。
それでも、体調が悪化した月には収入が減り、ようこさんが援助することもあるといいます。
100人に1人が発症すると言われている統合失調症。平成30年度に厚生労働省が行った実態調査では、推計6万人あまりの統合失調症の人が何らかの仕事に就いています。
統合失調症を含む精神障害者にとって、安定した収入を得たり、同じ職場で働き続けたりすることが容易ではないことも、この調査から明らかになっています。
精神障害者全体では推計20万人の労働者がいるとされていますが、無期契約の正社員として働いている人は25%にとどまりました。さらに、平均賃金は月に12万5000円。平均勤続年数は3年2か月となっています。
「私がいなくなっても…」
「バイトができているのであれば十分じゃないか」。
てつやさんの母、ようこさんは周囲からは言われます。
統合失調症の家族を持つ人たちの集まりに参加すると、より症状が重い人が多く、相談を受ける側に回ります。
しかし、安定した収入を得るにはどうしたらいいのか。自分や夫がいなくなったら、てつやさんはどうなるのか。
どこに相談したら良いのかわからず途方に暮れているのです。
病気に配慮してもらいながら、正社員として働いている人の親に「どうやって職場を見つけたの?」と聞いても「運がよかったとしか言いようがない」と言われてしまったこともありました。
てつやさんは最近、再び就労支援施設に登録しました。
「また病気というだけで仕事を決めつけられるのではないか」。
そんな不信感が拭えたわけではありませんが、より収入が安定した正社員の仕事を探そうとしています。
ようこさんは「焦らずに自分に合った仕事を見つけてくれれば」と願っています。
統合失調症の家族には、皆が心配していることがあります。
「自分が亡くなったあとこの子はちゃんと暮らしていけるのだろうか」ということです。
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ようこさん
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「大金持ちになってほしいわけじゃありません。病気に配慮してもらい、安定した収入が得られる仕事を見つけてほしい。そんな願いは甘いのでしょうか」
「会社にあわせる」から「自分にあった職場を探す」へ
統合失調症の人が働くにあたって、どのようなことに気をつければいいのか。国立精神医療・研究センターの山口創生 精神保健サービス評価研究室長に聞きました。
統合失調症の病気を抱えていても、適切な配慮や支援を受けられれば、安定して働き続けることは可能だということです。
しかし、現状では、就職希望者が職場に合わせなければならない社会的な課題があります。
就労支援施設の支援者など第三者の意見も取り入れながら、働く側と会社側が話し合える環境を整えることが重要だといいます。
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国立精神医療・研究センター
精神保健サービス評価研究室長 山口創生さん -
<配慮や支援、丁寧なすりあわせを>
統合失調症を含む精神障害がある人は、環境の変化に大きな影響を受けやすいので、実際に働いてみて、労働時間や日数、通院日の確保などについて、どんな配慮や支援が必要か、会社側と丁寧にすりあわせていくことが必要です。
病気を会社に打ち明けない、いわゆる「クローズ」の状態で働く場合は、あらかじめ休める環境にあるのかなど就職前に会社の環境をよくチェックし、就職後も支援員の助言を受けながら、会社に要望していくのも一つの方法です。
<職場に合わせるのではなく、人に合わせる>
一つの方法として、IPS(=Individual Placement and Support)モデル援助付き雇用と呼ばれる就労支援があります。支援者が、仕事をしたい人の希望を聞いて、その人にあった会社を探し、就職後も支援を継続する方法です。
統合失調症に限った話ではありませんが、日本ではまず就職に必要な職業訓練を受けた上で仕事を探す、いわば「就職希望者を会社にあわせる」のが一般的です。
個人の希望や特性にあった職場を探し、就職した上で必要なスキルを身につけていってもらおうという、「IPSモデル」の支援は、国内ではまだ広がっているとはいえません。
海外では、就労期間が平均で3倍以上長くなるというデータがあり、より広がっていけば、統合失調症など精神障害がある人たちがより働きやすくなると思います。
さらに、企業や同僚の立場の人は、統合失調症などの精神疾患のある人が会社で働くことは、誰もが働きやすい職場への一歩だと考える視点が必要だといいます。
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<誰もが働きやすい職場に>
育休や産休、けがや病気など、誰でも、働くのに配慮が必要になることはあります。
事情がある人が働きやすい職場を整備することは、誰にとってもメリットになるはずです。
初めて統合失調症の人と働く人にとっては、どう接したら良いのか不安になる人もいるかもしれません。
しかし、「助けないといけない人」としてみるのではなく、得意な仕事を任せたり、一緒にランチに行ったり「自分の一同僚」として接してほしいと思います。
みんなのコメント(9件)
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体験談トッキー2023年11月18日
- 21歳娘が統合失調感情障害です。今年1月診断を受け1ヶ月半の入院後順調に回復してA型作業所に通えるまでになりました。しかし、本人には疲れを感じることができず、もらった給料を全部買い物に使ってしまう事の異常性も認識できません。知らず知らずのうちに頑張りすぎてしまい、ストレスを溜め込んでしまう。病識を持たせることは難しいです。身内に当事者がいない人達に、統合失調症の大変さを理解してもらうのは容易ではないと思います。当事者の自立が親亡き後の暮らしに必須なのは解りますが、難しいのが現実です。
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悩みまる2023年11月17日
- 兄50代が統合失調症です。何件か精神科にもかかりましたが、措置入院後、通院を拒否し病院からも自治体からも見放されています。実家で両親と兄3人で生活していますが、父はレビー小体型認知症です。
ここ最近は兄は母が自宅にいると大声を出して騒ぐので近隣住民からは苦情を言われ、ベランダに爆竹が投げ込まれたこともありました。分譲マンションなのでこのままだと競売にかける旨の書面や、その他ことあるごとに手紙が送られてきていました。逆の立場であれば迷惑であることに間違いはありませんが、本当に手を尽くしてやっていることは理解されず、家の中、外に出ても針のむしろで母は持病もあり本当に疲弊しています。
いっそこの世から去ってくれれば、我々は楽になるのにと思う反面、家族しか理解者のいない兄の人生をかわいそうにも思います。
措置入院後は世間に対してより一層恨みを持ち、もうどこにも頼れるところがなくなってしまいました。
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感想モンブラン2023年11月16日
- 統合失調症という病気は娘が発症してから本当に大変な病気だと感じてます。なので私も同じ悩みを抱えてます。1人になった時に病気が発症した時。誰にフォローしてもらえるのか?金銭的にも精神的にも働く意欲は多いにありますが、症状が良い時ばかりではないので不安です。
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提言おゆき2023年11月16日
- 私の息子は発達障害と統合失調症を10代から抱えています。父親による躾と称した暴力、希望の道を阻まれた事が大きな原因で発症しました。今年大学を卒業したので、本来であれば就職している頃です。病気の症状だけでなく、発達障害の特性、副作用の苦しみなどがあり、その中で正規で働くことは難しい状況にあります。通所先をいくつも見学体験しましたが、本人の発達障害の特性により断られるばかりで、なかなか見つからず、それも引き金になったのか、結局体調を崩し入院することになりました。
先月退院したばかりですが、退院後すぐに通所先が見つかるわけではなく、相談員さんと協力しながら、本人を理解してくださる環境、本人らしく過ごせる居場所を探しているところです。それぞれの地域に、安心して過ごせる居場所、レスパイト施設が必要だと思います。ないなら作るしかないと訪看さん、相談員さんと居場作り、シェアハウス等考えています。
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体験談mayu2023年11月16日
- 病気になりたくて、なったわけじゃない。まだまだ統合失調症の原因や治療は発展途上。当事者も家族も、毎日病気と闘いながら、もがき、試行錯誤しながら、日々を積み重ねています。働きたい。けれども、毎日普通に起きて、普通に働く事が、当事者にとってどれほど困難な事か。これは、当事者、家族にしか分からないと思います。いえ、家族でも理解しようとせず、病気を認めず、怠けているだけと、当事者を追い込んでしまう人がいます。当事者の不足分の仕事を快く補える、病気に理解ある人達が多くいる職場ってありますか?気持ちに余裕がある人が増える世の中になって欲しいと、心から願います。
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感想線路は続くよ2023年11月16日
- 記事にしてくださり、とてもありがたいと感じました。
この病で苦しんでいる当事者の数、そのご家族の人数を考えると、もっと広く認知されていくべき事案かと思います。
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悩みsana2023年11月16日
- うちの20歳の息子も統合失調症です。高校にも行ってなくて、普通に就職など出来ません。グループホームに居て、そこから就労支援B型で働く事になりましたが、少し通いましたが今は通えなくなりました。このケースは本当にアルバイトに通えてるので本当に良いケースですよね。もっと大変な人がたくさんいると言う事を知って頂きたいです。
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感想森野民子2023年11月16日
- 「わたしがいなくなったら…」統合失調症 わが子の将来
この記事の取材をして頂きありがとうございます。私の息子も統合失調症です。同じような悩みが付きまといます。これからも、統合失調症の方々の辛さや悩みに寄り添うステキな記事をお願い致します。
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悩みヨコヨコ2023年11月15日
- おや亡き後 どうしたら
良いか 分からない。
良い方法があれば教えて頂きたい。
兄妹 親戚はまったく あてにならない!
途方にくれるぱかりです。