コラム

安倍首相はロシアの「有益な愚か者」か プーチン大統領のプロパガンダ戦争

2018年05月17日(木)13時00分

クレムリンで日本の安倍晋三首相との会談に向かうプーチン露大統領(2017年4月) Sergei Karpukhin- REUTERS

[ロンドン発]「英国に到着したロシア人から空港でいわれなきチェックや質問を受けたという苦情が数週間前から電話で寄せられるようになった」。アレクサンドル・ヤコヴェンコ駐英ロシア大使は5月16日、こう英メディアに訴えた。

英イングランド南西部ソールズベリーで2カ月前、ロシアの元二重スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリアさんが猛毒の神経剤ノビチョクで暗殺されそうになった事件を引き金に英国とロシアの関係は冷戦以降、最悪の状態に陥っている。

ロシアで逮捕され、スパイ交換で英国に定住したセルゲイ氏は危篤状態を抜け出したものの、今も病院で治療を受ける。一方、ユリアさんは退院して安全な場所に身を隠している。

セルゲイ氏は最近まで旧ソ連圏諸国のチェコやエストニアの情報機関にロシアのスパイ情報を提供していたと英紙が報じると、在英ロシア大使館は「ソールズベリー事件にロシアが関与したという証拠は何一つない。英情報機関はロシアに罪をなすりつけるため、必死に動機をでっち上げている」と即座に反論した。

セルゲイ氏の姪は二度にわたって英政府に査証の発行を拒否された。姪は電話でユリアさんと話したという内容をメディアに流したが、ユリアさんは「私と父の代わりに話す人はいない」とのコメントを発表し、姪との面会を拒否している。

ロシア大使館が連続ツイートで印象操作

在英ロシア大使館はツイッターで「さて査証拒否の理由は次の3つのうちどれ?(1)申請のミス(2)スクリパリ父娘を隔離するため(3)姪の安全を守るため」と問いかけた。回答すると(1)10%(2)78%(3)12%という結果(回答者は筆者を含め586人)が表示される仕掛けだ。

大使館はツイッターで「否定」「撹乱」「非難」を繰り返し、ソールズベリー事件との関係をうやむやにしようとしている。ロシアの在外公館はウラジーミル・プーチン大統領が主導する「ハイブリッド戦争」の完全なプロパガンダ・マシンと化している。

kimura180516.jpg
記者会見するヤコヴェンコ駐英ロシア大使(筆者撮影)

筆者が取材した4月20日の記者会見で、ヤコヴェンコ大使は「シリアで化学兵器による攻撃を受けたとされる子供の映像はデッチ上げ」「ソールズベリー事件で英国は意図的に証拠を隠滅している」と立て板に水のごとくロシア側の言い分を語り続けた。

英南部ポートダウンの国防科学技術研究所で製造されたノビチョクがセルゲイ氏とユリアさんに注射された可能性を示唆したと受け取れる発言もあった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
[email protected]
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ほぼ横ばい、指標やトランプ関税巡る報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、トランプ氏関税巡る報道で米

ビジネス

FOMC参加者、インフレリスク高まり指摘 次期政権

ワールド

ロシア、ウクライナ南部ザポロジエを誘導爆弾で攻撃 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 2
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分からなくなったペットの姿にネット爆笑【2024年の衝撃記事 5選】
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 4
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 7
    マクドナルド「多様性目標」を縮小へ...最高裁判決の…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 10
    日本の「人口減少」に海外注目...米誌が指摘した「深…
  • 1
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 2
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 3
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを拒否したのか?...「アンチ東大」の思想と歴史
  • 4
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 5
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 6
    「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 9
    空腹も運転免許も恋愛も別々...結合双生児の姉妹が公…
  • 10
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story