第1章 パワーインダクタとは
1.1 パワーインダクタの概要
コイルとは、電極をらせん形状に形成したものの総称です。その中でも電気的な用途で使用されるものはインダクタと呼ばれており、さらに信号系で用いられるRFインダクタと電源系で用いられるパワーインダクタに分類することができます。本項で説明するパワーインダクタとは、DC-DCコンバータなどの電圧変換回路において、その一部を構成しているものです。
DC-DCコンバータにおけるパワーインダクタの働きについて説明します。パワーインダクタは、ある電圧を必要な電圧へ変換するための昇圧、降圧、あるいは昇降圧回路に用いられます。その中でも、主にスイッチングレギュレータ方式と呼ばれる回路で使用されます。
図1-1はスイッチングレギュレータ方式の降圧回路の事例になります。
直流入力電圧を、IC、パワーインダクタ、コンデンサを用いて、必要な出力電圧へ変換を行います。パワーインダクタは、コンデンサと協力して、ICから出力される矩形波出力を直流へと整流する役割を担っています(詳細は第2章で説明します)。
このうち、どれか一つでも欠けると、正しく整流できません。
1.2 パワーインダクタの基本特性
それではパワーインダクタを選定するときに、どのようなパラメータをみればよいのでしょうか?各メーカーのパワーインダクタのカタログには、主要なものとして以下のようなスペックが記載されています。図1-2にはスペック表の一例を示しています。
- インダクタンス
- 定格電流
- 直流重畳定格電流 Isat
- 温度上昇定格電流 Itemp
- 直流抵抗Rdc
- 使用温度範囲
しかしこれだけでは、どんなスペックのパワーインダクタを選べばよいのか分かりません。例えば、インダクタンスは高い方ものと低い方ものどちらがよいのか、定格電流はどのくらい必要になるのか、といったことは、DC-DCコンバータの動作条件に合わせて適切に選ぶ必要があるからです。本章では、パワーインダクタのスペックの見方について紹介していきます。
インダクタンスとは
インダクタンス値は、リップル電流や負荷応答特性に影響を与える非常に重要なパラメータです。DC-DCコンバータで使用されるパワーインダクタには図1-3のような三角波電流が流れます。一般的にリップル電流⊿ILは、負荷電流Ioutの30%程度に設定するのがよいとされます。そのため、DC-DCコンバータの条件が決まれば、適正なパワーインダクタのインダクタンスは次式から計算できます。
ただし、DC-DCコンバータには、パワーインダクタの適正なインダクタンス値がリファレンスとして記載されているものがほとんどです。そのため、上式のような計算をしなくてもメーカーのリファレンスにしたがって選定することも可能です。
定格電流
定格電流とは、それ以上の直流電流を流したときに品質が保障できなくなる電流値を規定したものです。パワーインダクタの定格電流には、直流重畳定格電流(Saturation)を規定したものと温度上昇定格電流(Temperature)を規定したものの2つがあります。それぞれ重要な意味を持ちますので別々のスペックとして記載されることが多いです。
ⅰ)直流重畳定格電流 Isat
インダクタの特性のひとつに直流重畳特性というものがあります。高いインダクタンスを取得するために、インダクタのコア(磁心)にはフェライトなどの磁性体材料が用いられます。インダクタに電流が流れると、磁性体の磁気飽和という現象が発生し、インダクタンスが低下していきます。この特性を直流重畳特性と呼びます。直流重畳定格電流というのは、このインダクタンスが電流を重畳していない初期特性に対して一定割合低下するときの電流値を規定したものです。
ⅱ)温度上昇定格電流 Itemp
部品の発熱を指標とした定格電流規定であり、この範囲を超えての使用は部品の破損やセットの故障につながります。一般的に温度上昇が⊿40℃となる電流値で規定されています。
それでは、パワーインダクタとして使用する時に、これら定格電流はどのように決めればよいのかみていきましょう。図1-3に示したようにインダクタには最大で、Iout+⊿IL/2の電流が流れます。この電流値がIsat以上であると、インダクタンスの低下が大きくなり、三角波電流の形状が図1-4の赤線のように異常となりリップル電流が増加します。リップル電流は出力電圧を変動させる要因となるため、リップル電流が増加すると負荷側のシステムの動作異常を引き起こします。そのため、Isatは最大電流以上であるものを選定する必要があります。
一方、温度上昇定格電流については、定格値を超えてもインダクタがすぐに破損するということはありません。そのため、Itempの値としてはIout以上であることを目安に選定します。
直流抵抗 Rdc
直流を流したときの抵抗値を示したものです。この抵抗値によって発熱による電力損失が発生するため、直流抵抗は小さいほうが損失を少なくできます。ただし、Rdcを小さくすることは、直流重畳特性やサイズの小型化などとトレードオフの関係になります。先に示したインダクタンスや定格電流などの必要特性を満足するインダクタの中から、よりRdcの小さいものを選定すればよいでしょう。
使用温度範囲
インダクタを使用する際の雰囲気温度の許容範囲を規定したものです。回路の動作環境によっても温度の影響は変わってきますので、実使用環境を想定した上で選定してください。
それでは、実際のDC-DCコンバータでのパワーインダクタの選定例をみてみましょう。図1-5のような降圧DC-DCコンバータの場合を考えます。ここでは、以下の条件で動作する場合を想定します。
[動作条件]
- Vin
- 3.6V
- Vout
- 1.8V
- FSW
- 2.0MHz
- Iout
- 1.5A
次式より、適正なインダクタンスの大きさはおよそ1.0μHとなります。
また、Iout=1.5Aであり、⊿ILはIoutのおよそ30%の0.45Aであるため、最大電流は
Iout+⊿IL/2=1.725A
となります。よってこれより、およそItemp1.5A以上、Isat1.8A以上となるインダクタが求められます。
ムラタの設計支援ソフトウェア「SimSurfing/DC-DCコンバータ設計支援ツール」を使用すれば、求めているスペックから最適なアイテムを検索することが可能です。例えば図1-6の赤枠に示すように、検索項目の中からインダクタンス、サイズ、T 寸法、Itemp、Isatの要求値を入力すると、条件に適したアイテムが青枠部分にリストアップされます。
図1-6 設計支援ソフトウェア「SimSurfing」による条件検索
アイテムを選択すれば、直流重畳特性などの基本特性を比較することも可能です。
図1-7では、
DFE252010F-1R0M
LQH2HPN1R0MGR
LQM2HPN1R0MGH
の3アイテムを選択して、重畳特性を比較しています。これらの結果より、今回の事例ではDFE252010F-1R0Mが要求条件を満足し、低Rdcと高いIsat特性を持っていることが分かりました。
図1-7 設計支援ソフトウェア「SimSurfing」による基本特性比較
1.3 パワーインダクタの種類
ここからは、パワーインダクタの種類をご紹介します。ムラタのパワーインダクタには、巻線メタルアロイ/積層フェライト/巻線フェライトの3つの構造のラインアップがあります。ウェアラブル、スマートフォン等のモバイルデバイスから、医療、産電、自動車機器まで、幅広い用途に対し、最適なインダクタを提供しています。
巻線メタルアロイ
巻線メタルアロイは、巻線と樹脂コートされた金属磁性粉を熱圧着させたインダクタです。大型品から小型品まで大電流領域に適用できます。金属磁性材料は後述するフェライト材と比較すると透磁率が低くなるものの、優れた直流重畳特性を持つので、大電流に適した材料です。DC-DCコンバータの高速スイッチング化が進む近年では、低いインダクタンスが求められているので、巻線メタルアロイは大部分の市場において主要商品となりつつあります。
また、フェライト材に比べて温度特性がよいことも大きな特徴です。周囲温度に対する透磁率の変動が小さいため、高温時にも安定した直流重畳特性を維持することが可能です。対象市場は自動車、スマートフォン、HDDなど多岐にわたります。
巻線メタルアロイの技術には、金属磁性材料とその加工技術、銅線を用いた巻線技術があります(図1-10)。ムラタでは、独自の巻線構造と高い透磁率と絶縁性を実現する素材技術を確立しています。これらの組み合わせにより、インダクタンスの取得効率の向上、低直流抵抗化が可能となり、大電流に対応した商品ラインアップを実現しています。
巻線フェライト
巻線フェライトは、フェライトのコアに銅線をらせん状に巻いています。ムラタの巻線フェライトの多くは、フェライトコアに巻いた銅線の上を磁性樹脂でコーティングしています。樹脂コーティングの目的は漏れ磁束の軽減、インダクタンス取得向上及び強度アップです。フェライトの透磁率が高いため、高インダクタンス領域で使用する場合、巻線フェライトを選択するメリットがあります。対象市場はスマートフォン、TV、HDDなど多岐に渡ります。
LQH_Pシリーズ
LQH2MC_02シリーズ
LQH2MC_52シリーズ
巻線フェライトの技術には、フェライト材料および磁性樹脂材料技術、フェライトコアの形成技術、細線から太線まで対応した巻線技術があります(図1-12)。ムラタはこれらの技術を組み合わせることにより、多彩なサイズと幅広いインダクタンスの商品ラインアップを実現しています。
積層フェライト
積層フェライトは、磁性材料と内部電極を交互に積層させて焼結したインダクタです。巻線構造に比べて小型・低背化が可能です。小型で低インダクタンスの需要に対しては、巻線メタルアロイが使用されるケースが増えてきていますが、小型大Lや高耐圧の領域では積層フェライトの特性が必要になってきます。
積層フェライトの技術には、フェライト材料技術と高アスペクト比の内部電極形成技術、回路設計技術、積層技術があります(図1-14)。ムラタは、従来のシート積層では達成できなかった内部電極の高アスペクト化技術を獲得し、さらなる低抵抗化を可能としています。また、自由度の高い磁路ギャップ形成技術により磁気飽和を抑制し、非常に優れた直流重畳特性を達成しています。これらの技術により、小型・低背化が求められる領域に対応した商品ラインアップを実現しています。
次に、これら各構造のパワーインダクタの性能を比較してみましょう。
パワーインダクタの性能比較
パワーインダクタを比較する性能として主なものに、1)インダクタンス値 2)直流重畳特性 3)温度特性 4)耐電圧 5)漏れ磁束 があります。これらを知ることで、必要とする性能に対し、それぞれ適した構造のパワーインダクタを選択することができるようになります。
1)インダクタンス値
インダクタンス値はその構造によって、取得できる範囲が決まってきます。巻線フェライトは、フェライト材の高い透磁率から、10uH以上の高いインダクタンスまで幅広く取ることができます。積層フェライトは巻線に比べると小型である点から、10uH以下の低いインダクタンス領域となります。巻線メタルアロイもその材料特性から、10uH以下の低いインダクタンスを得意とします。
2)直流重畳特性
デジタル回路のような大電流が流れる回路では、パワーインダクタのインダクタンスが大電流によって低下しないこと、即ち、直流重畳特性のよいパワーインダクタが求められます。これは、インダクタンスが低下しないことで、リップル電流が一定に保たれ、安定した回路動作を維持できるためです。巻線メタルアロイの場合、フェライトに比べて磁気飽和が起こりにくいため、優れた直流重畳特性をもちます。
3)温度特性
自動車用の電源回路のように、高温下でパワーインダクタを使用する場合、その温度特性は非常に重要なものとなります。磁性材料には、温度により透磁率が変化する温度特性がありますが、金属磁性材料は、フェライトよりも温度による透磁率の変化は小さく、その特性は優れているといえます。
巻線メタルアロイの場合、インダクタンス値と直流重畳特性に大きな変化はありません。図1-17は、周囲温度25℃~125℃での、巻線メタルアロイとフェライト品の直流重畳特性です。巻線メタルアロイは、125℃においても、25℃の場合とその特性が変わらないことがわかります。
4)耐電圧
LEDなどの昇圧回路や高降圧比の電源回路おいては、パワーインダクタの耐電圧に注意する必要があります。巻線メタルアロイの場合、金属磁性粉を絶縁樹脂にて覆うことによりその絶縁性を確保していますが、巻線フェライトに比べると絶縁性が低い傾向にあります。このため、巻線メタルアロイは多くの優れた特性を有していますが、高耐電圧で用いられる場合には確認が必要です。
5)漏れ磁束
インダクタからの漏れ磁束は、他の回路にノイズとして影響を及ぼし、特に部品間の距離に制約のある電源回路においては、信号の品位低下や誤動作等につながることがあります。漏れ磁束の大きさは、インダクタの構造によるところが大きく、閉磁路構造である巻線メタルアロイや積層フェライトが有利です。これは、同じインダクタンスを得ようとするとき、外部に漏れる磁束を、巻線メタルアロイや積層フェライトでは減らすことができるためです(図1-18)。構造別の漏れ磁束の比較結果を図1-19に示します。この結果より、巻線メタルアロイや積層フェライトでは、巻線フェライトに比べて漏れ磁束が低く抑えられていることが分かります。
図1-18 巻線メタルアロイ・積層フェライトの断面図
表1は、これらの性能比較をまとめたものです。パワーインダクタを選択する際には、こちらを参考にして用途に適したものを選択してみてください。
表1 構造別の性能比較
最後に、これらのパワーインダクタのおすすめラインアップを紹介します。パワーインダクタの用途は、大きく一般用と車載用に分類できます。
巻線メタルアロイは、幅広いインダクタンス値とサイズをとることができます。巻線フェライトは高インダクタンス品として、積層フェライトは小型品としての強みがあります。
1.4 パワーインダクタ選定の課題
1.1~1.3章にて パワーインダクタの特性の見方、工法による特徴の違いを説明してきました。しかし、設計者が最も関心があるのはパワーインダクタそのものの特性ではなく、DC-DCコンバータで使用した場合の性能であると思います。
図1-21に同じサイズ・L値の巻線メタルアロイと積層フェライトのDC-DCコンバータでの効率測定結果例を示します。図1-21からわかるように部品の種類により、効率が約3%と大きく異なります。
しかし、この違いは残念ながら今回説明したスペックからは読み取ることができません。実性能に基づいて商品を選定するためには、より深いパワーインダクタの特性の理解と、DC-DCコンバータの動作条件に基づいた評価が必要になります。
そこで次章ではDC-DCコンバータの動作原理および、DC-DCコンバータの性能とパワーインダクタのスペックの関係を説明します。またムラタDC-DCコンバータ設計支援ツールを使ったパワーインダクタのDC-DCコンバータ上での実性能の評価方法についても実例を示します。
図1-21 巻線メタルアロイと積層フェライトの効率測定結果