消えたエロ回顧【裏本】
現在のようにインターネットで無修正画像を簡単に見つけることができなかった昭和。ベテランライター・橋本玉泉が、「裏本」の思い出を秘蔵の画像とともに振り返る。
目次
日本初の裏本は『金閣寺』？
裏本販売ルートや価格は？
衰退どころかよりエロくなった『裏本』
裏ビデオや裏本を扱うショップが急増
裏本の価格破壊が加速したワケ
裏CD-Rの気になる価格と中身
裏本時代の終焉
【文＝橋本玉泉（@H_gyokusen）】
1963年、横浜市出身。トラック運転手、学習塾講師、経営実務資料の編集、フリーペーパー記者など数多くの職を転々とした後、91年からフリーライターとして活動。事件や犯罪に関するレポートや歴史・文化などの記述も多い。『メンズサイゾー』では性に関する習俗、話題、事件や、偉人たちの性癖を赤裸々に綴った『日本のアダルトパーソン列伝』などを執筆。
「毛相学」（もうそうがく）というものがある。手相や家相のようなジャンルと同様に、人体の「毛」の外見や性質によって人間の性格や運勢について分析判断を試みる学だ。といっても、対象となる毛は頭髪ではない。アンダーヘアすなわち陰毛である。その毛相学における創始者にして権威、そして唯一の研究家が、平井利市（1898－1979）である。
与謝野鉄幹（1873～1935）とその妻・晶子（1878～1942）といえば、明治期歌壇の革新派としてあまりに有名だが、その奔放さは自らの性生活にも現れている。 まず鉄幹だが、僧侶の父と商家出身の母によって幼少時から漢籍や国書について教育を受け、12歳で専門雑誌に自作の漢詩を投稿するほどだった。17歳の時、2番目の兄が経営する女学校に国語・漢文の教師として赴任する。
鴎外こと森林太郎といえば、幼少期からエリートとして育てられ、若い頃から小説や評論など多くの優れた作品を遺し、また『即興詩人』『ファウスト』をはじめとする翻訳でも卓抜した業績で知られる、明治の文学界における巨人として不動の地位を確立していることは言うまでもあるまい。
裏本、すなわち無修正のアダルトグラビア誌については、『昭和名作「裏本」の記憶』『初期裏本名作集』（ともにイースト・プレス）、本橋信宏氏『裏本時代』（幻冬舎）など関連書があり、またネットにも個々の裏本作品についてのレビューや解説がアップされている。わざわざ最初から裏本について説明を重ねるのも、蛇足の部分が多いだろう。
そこで、一般ユーザーとして裏本が身近となり、そして急激に値崩れをおこして消えていったあたりをメインに回想してみたい。
日本初の裏本は『金閣寺』？
裏本はビニ本が登場してから数年後、1981年（昭和56年）に製作された『金閣寺』『法隆寺』などが起源であるというのが定説となっているようだ。
当時、「ヘアですらご法度」という長い長い闇をさまよっていた男性たちは、ビニ本の露出度に狂喜した。そして、続けて現れた裏本についても、激烈な関心を抱いたことは言うまでもない。
だが、時間と現金さえあれば、そして18歳以上であれば容易に購入できたビニ本と違い、裏本はハードルが高かった。
※日本初の裏本と言われる『金閣寺』。AV監督の斉藤修氏が『罪悪感を感じながらも新宿歌舞伎町に行ってみたら、店の前に裏本を並べて黒山のひとだかりができていました』と購入した当時の思い出を語っている。
『裏本の『金閣寺』 月給12万円なのに1冊1万円で買う人もいた』
『裏本』の販売ルートや価格は？
まず、どこで売っているのかがわからない。週刊誌その他の雑誌、さらに『オレンジ通信』（東京三世社）や『コスモス通信』（考友社出版）などの情報誌によってその存在は知っていたものの、入手先は不明であった。
まだ20歳になる前だった筆者は、裏本を求めて電車を乗り継ぎ、あるいはクルマを走らせ、思いつく限り走り回った。ビニ本が並んでいるアダルト書店などをいくつも回ったが、裏本は見つからなかった。都内や近郊、行動範囲を広げて探し回ったが、当てもなくさまよっても無駄足だった。
だがある日、都下のある古本屋さんのアダルトコーナーで、クラフト紙の封筒に入ったA4判くらいの冊子が並んでいるのを見かけた。はたして、それは裏本だった。しかし、1万円から1万5000円という値段は、20歳の筆者がポンと出せるものではなかった。結局、筆者は購入をあきらめた。
その後、AVや裏ビデオの台頭とともに裏本は急速に衰退。80年代末頃にはほとんど話題にならなくなっていた。すでに自販機本やビニ本など、70年代に登場したアダルトメディアは、新作が製作されることなくその姿を消そうとしていた。裏本もまた同じ道をたどることになるだろうと、筆者は確信した。
80年代まで、庶民にとってアダルト系裏モノは簡単に手に入るものではなかった。通販業者もインチキばかりで、代金を送っても商品が送られてこないというケースも多かった。
衰退どころかよりエロくなった『裏本』
ところが、その予想は大きく崩れた。グラビアに代わってビデオが主流となった後も、裏本の製作は根気強く続けられたらしい。そして、90年代になってショップの棚に並ぶようになる。
筆者がその様子に気づいたのは、95年頃の新宿・歌舞伎町のアダルトショップだった。何気なく足を踏み入れたのは、裏ビデオなどを扱う類の店だった。ふと見れば、店内に置かれたテーブルの上に、無造作に何冊かのグラビア誌が並べられていた。何気なく手にとってパラパラめくってみると、それは確かに裏本だった。ポリ袋に入れられることもなく、実物が見本として置かれていることに驚いた。
しかも、それらの裏本は大変に出来がよかった。ルックスもスタイルもよい女性モデルを被写体とし、印刷も鮮明だった。既存のポジの使い回しではなく、新たに製作されたものと感じられた。
インターネットの普及によって、アダルト関連のメディアはこの10年ほどで劇的な変化を遂げた。そのひとつが、裏系アダルト媒体の消滅、または極端な衰退である。 現在、静止画であれ動画であれ、無修正の画像はインターネットで至極簡単に、しかも無料でいくらでも入手できる。下世話な表現ではあるが、心身ともに健康な男性の「実用」に資するのであれば、無料のサンプル画像で十分である。
裏ビデオや裏本を扱うショップが急増
そして、90年代後半から、新宿・歌舞伎町をはじめとして、主要な繁華街に裏ビデオや裏本を扱うショップが急増する。
そうしたショップは、以前はひっそりと、路地裏やマンションの一室などで目立たないような趣で営業していることがほとんどだった。
ところが、このときに増え続けていたショップはまったく違っていた。繁華街の目に付きやすい場所などで、「本・ビデオ」と大書きした看板を掲げて営業する店がほとんどで、なかには、まぶしいほどの電飾イルミネーションをまぶしいほどに光らせてアピールするケースも少なくなかった。
90年代末から2000年代初頭まで、そうした裏モノはどんどん増えていった。最盛期には、歌舞伎町だけでも200軒から300軒ほどが営業していただろうといわれている。
店舗の急増とともに価格競争も加速する。ただし、裏ビデオのほうは関西系通販の安さには及ばなかった。
裏本もまた値下がりしていった。単品での価格はあまり変わらなかったが、5冊で1万円など、まとめ売りが多くなった。
予断だが、歌舞伎町のある業者から当時の裏本流通について話を聞いたことがある。
「撮影は都内や近隣。撮ったそのフィルムを、すぐさま深夜に高速道路でクルマを飛ばし、裏日本の印刷業者に運ぶんです。そして、おそらく1日か2日、もしかしたら、もっと短いかも。それくらいの早さで印刷、製本して、また深夜の高速道路を飛ばして都内に運んで、ショップに」とのこと。そうやって作られた裏本の、6～8割程度が都内で流通し、残りを関西にまわされるのだと当時聞いた。
インターネットの普及によって、アダルト系メディアの流通と獲得は劇的に変化した。現在ではいわゆる「無修正モノ」などは、画像でも動画でもネットから手軽で迅速に、しかも無料で入手できる。だが、そんな環境が整ったのは、この10年ほどのこと。ADSLが普及するまでは、ネットでも画像1枚入手するのも時間がかかって仕方なかった。
裏『本』から裏CD-Rの時代へ
印刷物の値段というのは、製造コストの点で限界がある。実際の裏本は、以後はそれほど安くはならなかった。
ところが程なく、裏本をそのままデジタル画像にしてCD-ROMに入れたものが出回るようになった。最初の頃は1枚に1冊か、せいぜい3冊程度、価格は2000円から2500円くらいだったと思う。
しかし、筆者は警戒して買わなかった。当時、エロ画像のデータが入っていると称するCD-ROMは都内数箇所で出回るようになっていたが、ウソやだましが少なくなかった。筆者も歌舞伎町や秋葉原などで、1枚1000円から2000円でその類のCDを買ったことがある。しかし、雑誌のグラビアをスキャンしただけの画像や、ヌード写真やAV画像にさらにモザイクを施したものが数枚入れてあるだけ、なかには素人が書いたようなあにるキャラクターの画像が多数入っているようなど、粗雑なインチキが多かったからである。
少し様子を見ていると、間もなく変化は現れた。CD1枚に8冊の裏本データが入った製品が現れ、価格も1500円くらいになっていた。その程度ならだまされても授業料だとばかりに、違う店で何枚か購入した。
裏CD-Rの気になる価格と中身
結果、間違いなく、正真正銘の画像が入っていた。やがて、1枚に10冊のデータを入れたものが多く出回るようになった。それでも値段は1500円から1000円。裏本1冊あたり100円である。CDなら一度焼いてしまえば、あとはコピーすれば制作費など印刷物の比ではない。そして、コピーすれば商品はいくらでも追加できるのだから、お客をだますようなことをする必要もない。既存の裏本は次々にCD化され、時には旧作が8冊入ったCDが1枚800円とか500円といった、在庫セールのようなものもよく見かけた。
筆者の手元にある当該CDのなかでは、1枚に53冊の裏本データが入っているのが最高だ。価格は確か、2000円くらいだった。1冊当たり40円以下。かつて1冊1万円で売られていた裏本も、デジタル時代には50円でお釣りが来る程度になってしまったというわけである。
裏本時代の終焉
だが、裏本もこの頃が最後だったようだ。
インターネット環境として、2001年頃からADSLが急速に普及し始める。
すると、ネットの高速化によって画像の閲覧や取得がきわめて容易になっていった。
2000年以前のダイヤルアップ方式では、今では考えられないほどネットは重く、遅かった。画像1枚を閲覧するだけでも、数分かかったほどである。それが、ADSLのような高速通信により、画像ばかりか動画もストレスなく鑑賞できるようになった。
そして、2003年頃にはADSLの普及率はピークに達し、現在のように、機器などの環境がそろえば、さまざまな画像や動画か手軽に楽しめる状況が整った。
以後、いわゆる裏モノを買い求める者は激減し、歌舞伎町などのショップも当局の健全化作戦ともあいまって、次々に姿を消した。印刷物としての裏本も、この頃にはすでに途絶えたと思われる。
最初に簡単に紹介したように、裏本については書籍やネットである程度知ることができる。それらはもはや、筆者のような過ぎた日をを回顧する痕跡か、あるいは一部のマニアによって愛好される素材として語られているのかもしれない。
（橋本玉泉）