人間の行動を理解しきるのは簡単ではありません。
人は複雑であり、その行動の理由を理解するのは困難なものですが、それは特に、心のいたずらの可能性が高いからです。
人が行う最も基本的な事柄でさえ、その原因に関する仮説の検証に必要な変数を単純に排除することは、不可能も同然です。
ですから、心や性格の仕組みについて一般的に信じられている以下の12の項目のうち1つが当てはまったとしても、あまり自分に腹を立てないようにしましょう。
「アルファ」「ベータ」理論
この考え方は、生まれつき「アルファ」である人(ある階層構造におけるリーダーの役割にふさわしい)と「ベータ」である人(追従者)がいるというもので、動物界における階層構造を観察した結果に基づいています。
こうした観察結果は、自然界で誤解されてきただけでなく、科学的とは程遠い方法で人間社会に広く適用されてきました。
動物間の事情は、「アルファ対ベータ」よりもずっと複雑です。オオカミの研究では、この言葉はもう使われてもいません。
研究によって、「アルファのオス」は実際には父親であり、最も劣ったオオカミと対照的なのはその点だということが明らかになっているからです。
雄鶏や雌鶏の集団における「つつく順序」も同じです。
チンパンジーの場合は、集団のリーダーは肉体的に最も強いことが多いものの、寛大で共感力があり、集団の結束を高める傾向もあります。人間の「アルファの男性」とよく結び付けられる「いじめっ子」の典型とは正反対です。
人間は動物よりも、微妙な違いのある生き方をしています。人は、状況に応じて異なる役割を演じることが求められます。
たとえば、チェスクラブのミーティングではアルファである人も、ドッジボールの試合ではベータになるかもしれません。アルファ理論は、人を分類する方法として有効でも正確でもないのです。
笑顔になるといつもより幸せに感じる
無理に笑顔を作ればいつもより幸せな気分になれるという考え方は「表情フィードバック仮説」からくるもので、この仮説では、人が感情を経験する際には顔の表情からのフィードバックに影響を受けている、とされています。
この考え方は昔からあり、チャールズ・ダーウィンもその提唱者でしたが、偽りの笑顔に関する最も有名な研究は、1988年に社会心理学者のFritz Strackによって行われたものです。
Strackは、被験者の口にペンをくわえさせて強制的に「笑顔」を作らせたうえで、マンガを見せました。この研究によると、笑顔の人は対照群よりもマンガをおもしろいと感じたそうです。
しかし2016年には、17の研究室がStrackの実験結果を再現しようとして失敗しました。おそらく当時から状況が変わったのかもしれません。あるいは、もともとの結果が異常値だったのかもしれません。
表情フィードバックがまったくのデタラメというわけではありません。
ただ、違いはあまり生じないようなのです。
表情フィードバック研究のメタ分析では、「入手可能な証拠では、表情フィードバックが感情の経験に影響を与えるという表情フィードバック仮説の中心的主張は支持されるものの、その効果は小さく不均一となる傾向がある」と結論づけられています。
「マシュマロ実験」と満足遅延耐性
1967年、心理学者のウォルター・ミシェルは、未就学児の目の前にマシュマロを置いて「これは今食べてもいいよ、もし食べなかったら私が戻ってきてからマシュマロを2個あげるよ」と言う、という実験を始めました。
我慢のできた子は、人生で大きな成功を手にするように見えましたが、この実験には、いくつもの理由で欠陥がありました。
実験グループは小規模(わずか90人)かつ全員がスタンフォード大学の教職員の子どもで、代表標本とは言い難いものでした。この実験では、子どもたちがマシュマロを好きかどうかさえ制御されていませんでした。
2018年に行われた、サンプル数がこれよりも多い同様の研究では、元の実験と同じ相関関係は見つかりませんでした。
その代わりに見つかったのは、幼少期の自己否定とその後の成功の間にある弱い関連性で、これは社会経済的な要因を制御すると完全に消えてしまいました。
どうやら、15分の実験では、お金持ちの子どものほうが15分間マシュマロを食べないことに長けているようです。
左脳対右脳理論
脳の右半分が創造性を、左半分が分析的思考を司るという考えには一抹の真実がありますが、「創造的な人は右脳を、分析的な人は左脳を使う」というよりもずっと複雑です。
脳のそれぞれの半球に関する最も影響力のある科学的研究は1960年代に遡りますが、当時、てんかんの研究者が突き止めた発見は、「ほとんどの場合、脳の左半分のほうが言語とリズムで右半分より優れており、右半分のほうが空間的方向や感情、メロディーを区別するのに優れている」ということです。
しかし、それ以降、脳の活動はもっと詳細に観察できるようになっており、複雑な活動には脳の異なる部分間のコミュニケーションが必要であるということが示されています。
交響曲の作曲や数学の証明の考案に必要な創造性と分析力の組み合わせを考えてみれば、脳の片方の半球が優位だという考え方は崩れ始めます。
「マイヤーズ=ブリッグス」の性格タイプ
「マイヤーズ=ブリックス・タイプ指標」(MBTI)は、「あなたは普段、A)論理より感情を重視する、B)感情よりも論理を重視する、のどちらですか?」といった93個の質問に対する答えから、人を16の性格タイプに分類します。
年間約200万人が教育現場や職場でこのテストを受けており、結果を採用の際に利用する組織もあります。このテストも大部分はデタラメで、基本的には星占いをもっと複雑にしたものです。
「ほとんどの人にとって、MBTI性格テストは正確でも信頼できるものでもありません」と、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の心理学者であるJaime Lane Derringerは『Discover』に語っています。
性格特性は、MBTIで測定される4つを含めて、正規分布となります。つまり、ほとんどの人が真ん中のスコアで、どの特性でも非常に高いスコアや非常に低いスコアを出す人はほとんどいないのです。
分析によると、異なる種類の仕事における満足度や能力について、このテストに予測的な価値はないということが示されています。
さらに他の研究では、テストを受けた人の約半数が、2回目にテストを受けると異なる結果になるということが指摘されています。
スタンフォードの監獄実験
1971年のスタンフォード監獄実験では、社会的期待が行動に及ぼす影響を測定するために、疑似的な監獄を設置し、学部生ボランティアを囚人役と看守役を割り当てました。
「看守」と「囚人」はそれぞれの役割にうまく溶け込むことができたようで、多くの人が実験結果についてたくさんの結論を導き出しました。
しかし、この実験は非常に有名になり、かつその結論は衝撃的なものだったにもかかわらず、実はこれは本当に、本当に愚かなものでした。
これは、基本的にはリアリティ番組だったのです。学生たちの「役割」は、実は決して「看守」と「囚人」ではありませんでした。
「看守や囚人のふりをしているところを観察・撮影される人」だったのであり、したがってその行動は、学生たちが長編の演劇の即興演習をさせられた場合にどのように反応するか、ということを示しているに過ぎないのです。
それから、自己選択の問題があります。偽物の刑務所に数週間住みたい被験者を募集する広告に応募した24人の学生たちは、無作為抽出とはほぼ正反対のサンプルです。
また、再現性の問題もあります。
BBCは2001年にテレビ番組で同様の「偽物の刑務所」を作りましたが、結果が再現されなかっただけでなく、看守は役に立たないことがわかり囚人たちがすぐに刑務所を占拠してしまったのです。
神経言語学プログラミング
神経言語プログラミング(NLP)とは、NLPセンターによると「目標達成のために、人に認知行動の変化を起こしてより臨機応変な状態を構築することを可能にする一連のモデル」です。
これを行うために使われるのは主に、非言語的なコミュニケーションを理解することです。
このテクニックを使うライフコーチは山ほどいます。恐怖症からうつ病、アレルギーまであらゆるものに効く治療法として持ち上げられてきた手法で、オプラ・ウィンフリーからRussell Brandまで、さまざまな有名人がそのテクニックを使っているとされています。
しかし、神経言語学プログラミングは、おそらくデタラメです。1970年代の「人間性回復運動」の産物であるNLPは、その主張のどこにも科学的根拠がほとんどありません。
脳の働きに関する時代遅れで誤りと証明された理論に基づいており、評論家の間では、NLPは科学に近いものというよりカルトと表現した方が正確だろうと言われています。
子どもに音楽を聴かせると賢くなる
子どもにクラシック音楽を聴かせると頭が良くなるという考え方に基づき、幼児用DVDから胎児用サウンドシステムまで、各家庭でさまざまなやり方が生まれて一産業を成しています。
「モーツァルト効果」はあまりに広く信じられていて、1998年にはジョージア州知事のZell Millerが新生児の母親にクラシック音楽のCDを与えることを義務づけたほどでした。しかし、この主張を裏付ける研究はあまりありません。
妊娠後期の胎児は音楽が聞こえ、それに反応することもできますが、それが何かに影響を与えるという兆候はまったくありません。
生まれてきた子どもであっても同じです。研究では、クラシック音楽(あるいはどんな音楽でも)を聴くことがIQに長期的な影響を与えるという結果は出ていないのです。
音楽を聴くことで視覚的・空間的推論が一時的に向上することはあるかもしれませんが、1996年にイギリスで行われた研究では、当時人気バンドだったブラーを聴く生徒のほうがモーツァルトを聴く子どもよりもテストでわずかに良い結果を出すということが明らかになりました(バンザイ!)。
人にはさまざまな学習スタイルがある
人にはさまざまな「学習スタイル」があるという考え方は、教育関係者の間で広く受け入れられています。
2014年の調査では、90%もの教育関係者がこの考え方を信じていることがわかりました。
しかし、そんなことはないのかもしれません。たとえそうだったとしても、重要ではないようです。
最も広く使われている学習スタイル判定システムであるVARKテストでは、学習者を「視覚、聴覚、読み書き、運動感覚」に分類しますが、このテスト結果を使って教え方を変えようとしても、それぞれのスタイルに合わせたテストで実際に子どもたちの成績が上がることはないということがわかっています。
生徒が「視覚的」または「言語的」な学習スタイルを選択できるようにしたイギリスの研究でも同様に、成果が得られないことがわかりました。
バージニア大学の心理学者であるダニエル・ウィリンガムは、「人は自分の学習スタイルだと信じているものに従って課題を扱おうとするものの、それは役に立たないということが証明されています」と『The Atlantic』に語っています。
催眠は物事を思い出すのに役立つ
記憶の仕組みについては誤解されていることがたくさんありますが、人を「催眠状態」にすることができた場合、催眠状態になった人はそうならなければ思い出せなかったことを思い出す、という考え方は特に根強い誤解です。
研究によると、催眠状態になっても物事を思い出しやすくなるわけではないばかりか、催眠状態では虚偽記憶に対する自信が高まり、さらには催眠状態が虚偽記憶を引き起こすこともある、ということが明らかになっています。
催眠術をかけられて記憶力テストを受けた被験者は、催眠術をかけられていない被験者と比較して成績は同じくらいだったものの、間違った答えを正しいと確信する度合いが高まったのです。
「どうして間違って覚えていたなんてことがあるだろう?催眠術をかけられていたからだ!」というのは効果的な考え方なのかもしれません。
トークセラピーでは子ども時代を検証する必要がある
セラピストが患者のほうにかがみ込んで「お母さんのことを話してください」と告げるというイメージは馴染みのあるものですが、子ども時代のトラウマを与えるような出来事に焦点を当てる「トークセラピー」はますます少なくなってきています。
現在、最も研究され、推奨され、広く使われているトークセラピーの形式は、認知行動療法(CBT)です。
この考え方では、患者の過去を深く掘り下げ、現在これほど混乱している理由を見つけ出すということにはほとんど関心がありません。
CBTは、その代わりに症状に焦点を当て、原因には触れないのです。
人付き合いの場面で緊張してしまうのであれば、CBTでは、5歳の誕生日パーティーで起こったことを話すようにさせるのではなく、バーベキューの場でリラックスするための戦略を教えてくれるかもしれません。
心理カウンセリングに万能のアプローチはありませんが、CBT研究のメタ分析はその有効性を強く示しています。
夢には意味がある
多くの文化では、夢は予言的なものだと信じられています。フロイトは、夢は象徴の体系を通して人の無意識を明らかにすると考えました。
「夢判断」の材料は、世の中にいくらでもあります。
しかし、こうした理論はおそらくすべて間違っています。
眠っている心が呼び起こす映像が何を意味するのかを確実に言うことはできませんが、多くの神経生物学者は、そうしたものには何の意味もないと考えています。
夢見の活性化−合成モデルでは、睡眠中に脳がランダムに発火し、そこから映像が構築されるとしています。目が覚めると、その映像をもとに「夢の物語」が作られます。
自分が作り出した物語は自分に関して何事かを明らかにしている、と言うことはできるかもしれませんが、夢それ自体には何の意味もないのです。
Source: verywellmind, NIH, The New York Times, Science Daily, The Atlantic, Vark, Parenting Science, CGA, Walmart, Donald Clark, APA, INLP, The BBC, Research Gate, Discover, Johns Hopskings, North Street Dental, Insider, Wolf