幸せや安心は仕事の効率を高めると確信する上司もいますが、Amazonの創設者でもあるジェフ・ベゾスCEOは違う考えを持っている、と報道されたことがありました。
米紙『ニューヨーク・タイムズ』がAmazonの企業風土を痛烈に批判した2015年の記事によれば、同社では業務によるストレスや疲労のせいで、デスクで涙を流す従業員の姿が日常的に見られたそうです。しかし、そうしたAmazonの状況は変わろうとしています。
ベゾス氏が所有する米紙『ワシントン・ポスト』の報道によれば、Amazonは小規模な試験的プロジェクトとして、週30時間勤務の時短制度を採り入れ始めたようです。数十人の従業員たちから成る選抜チームは、労働時間を短縮し、フルタイム正社員の75%にあたる給与を受け取ります。特筆すべきは、選抜チームのメンバーがフルタイムの正社員と同等の福利厚生を受けられることです。
何が起きているのか?
Amazonは、前述したニューヨーク・タイムズの記事に強く反論しましたが、そのダメージは大きなものでした。この記事がきっかけとなって、Amazonが今回の新たな試みに乗り出したのだろうという点では、今回の動きに関するほぼすべての論評で意見が一致しています。コロンビア大学のコロンビア・ビジネススクールで教鞭をとるRita McGrath教授は、その記事が「企業人気度という見地から、大きな打撃だった」とワシントン・ポストに語っています。ただ、それとは違う見方もあります。
Tim Worstall氏は米誌『Forbes』に寄稿した記事の中で、Amazonの新プロジェクト参加者が福利厚生を減らされないことから、今回の時短制度が、オバマケアとも呼ばれる医療保険制度改革の義務を回避するための抜け道である可能性はないと指摘しています。とはいうものの、この点に関して財務的意図がないからといって、お金とは無縁の動きだと言い切れるものでもありません。
Worstall氏は記事の中で次のように述べています。「経済学者のGary Becker氏は、差別は、差別をする者にとって高くつくと指摘しています。肌の色を理由に採用を見送れば、将来利益をもたらすかもしれない有能な人材を排除してしまうことになります」。さらに、現在のAmazonの厳格な業務スタイルは、一部の層(特に母親層)を排除するものであり、そうした層の労働力が不足する原因になっている、とWorstall氏は続けています。家庭など、仕事以外での責任も持つ人たちが魅力的に感じる職場をつくることは、活用されていない有能な人材を引き付ける賢い方法なのです。そして率直に言えば、そうした人材は、おそらく普通より安く雇うことが可能です。
「多くの企業では、子供や育児を重視した労働時間が設定されていません。その結果として、安く雇える人材を獲得するチャンスが生まれている点に、Amazonは目を付けたのです。そしてそれは、純粋に市場原理に基づいた動きです」と、Worstall氏は記事を締めくくっています。
新たな業界トレンドとなるか?
Worstall氏が正しいとすると、ひとつ大きな問いが残ります。果たして今回の動きは、ハイテク業界における企業風土や企業戦略の転換点になるのでしょうか? Amazonのようなワーカホリックが集まる有名企業が改革に乗り出したのをきっかけとして、家族を大切にする人たちにとってはありがたい競争に、ほかの企業もこぞって参加するようになるのでしょうか?
今のところAmazonしかデータがないので、今回の動きだけで業界トレンドの行方を占うことはできませんが、Families and Work Institute(FWI)の創始者で代表を務めるEllen Galinsky氏は、そうした変化を願う人の1人です。同氏はワシントン・ポストの記事のなかで、「Amazonほど大規模な会社がそうしたプログラムを成功させることができれば、時短をめぐるタブーを打ち破る効果があるはずです」と期待を寄せています。
Jessica Stillman(原文/訳:風見隆/ガリレオ)
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