Crew Blog:コメディアン・脚本家・映画監督であるルイスC.K.は、今年度に約10億8000万円を稼いだとして、『フォーブス』誌のコメディアンランキングで7位を獲得しました。その彼が数年前に起こした行動は、アーティストからファンへの作品の届け方を変えました。
彼は、5ドルという「激安価格」で、自身のウェブサイトにコメディスペシャルを公開したのです。
大したことではないと思うかもしれません。でも、ルイスC.K.ほどのビッグアーティストがこのような形で作品を売ることは、従来考えられなかったことです。しかも、それだけが唯一の配信チャンネルでした。HBOスペシャル、ツアー、広告はおろか、著作権保護技術すら実装されていなかったのです。
すべて、彼が1人でやったことでした。
ルイスの目的は、実験でした。
ファンが制約なくショーを購入して見られるうえに、メディアによる中間マージンがないので、価格が必要以上に高騰することがありません。
結果、ルイスは12時間で25万ドルを稼ぎました。
12日後、売上は100万ドルに。
この成功は、ルイスにとっても驚きでした。
未だかつて、こんなにすぐに100万ドルを得たことはありません。この経験を共有している皆さん、これは皆さんからもらったお金なので、私がそれをどうしようとしているか、知ってほしいと思います。
数日後、ルイスは驚くべき行動に出ます。
全額を自分のものにせず、半分以上のお金を手放すことを決めたのです。
ルイスは、25万ドルを制作費に、22万ドルを自分のものにしました。残りの53万ドルは、スタッフへのボーナス(25万ドル)と、5つのチャリティ(28万ドル)にあてました。
2週間かけずに100万ドルを稼いだルイスは、なぜその半分以上を手放したのでしょうか。
その売上は、彼が30年間のキャリアで地道に獲得してきたファンから、直接得たものです。つまり彼には、それをすべて手中に収める権利があったはずです。
でも、ルイスに言わせれば、お金は自分のためだけのものではなかったのです。
私はこれまで、お金を「自分のお金」と思ったことは一度もなくて、いつも「ただのお金」として考えています。それは、リソース。私の周辺にたまってきたら、システムに戻してやらないといけません。
お金は、さまざまに姿を変えます。ため込むもの、争いの種、守られるもの、盗難の対象、差し引かれるもの。かと思えば、希望や意志、クリエイティブな興味、笑いの必要性に刺激されることで、多くの人々のエネルギーにもなります。シャッフルして、手放して、1カ所にまとめることで、共通の利益を刺激することができるのです。
筆者にとって、これはとても刺激的な哲学でした。なので、何度も何度も読み返して、頭にたたきこみました。
快適に生きるためのお金をキープしたら、残りをため込むのではなく、手放すことで、より大きな目的を達成できる。
とても考えさせられる哲学ではありますが、言うは易く、行うは難し。
「十分」なお金があると思えるようになるには
お金をきちんと管理しなさいと教えられることが多いこの世の中では、お金とは「自分のお金」か「他人のお金」のどちらかです。
そこに、「ただのお金」というものは存在しません。
できるだけ稼いで、いい暮らしをして、さらに老後に備えることがよしとされています。いい暮らしができるほど稼げないなら、生きるのに必要な額だけを使って、残りは後のいい暮らしのために、貯金しておくべきだと教えられます。
人間のモチベーションを説明する有名な理論のひとつ、アブラハム・マズローが提唱した欲求のピラミッドを見ると、お金はピラミッドの最下層の基本的欲求からトップの高次な欲求まで、すべてに影響を与えるものであることがわかります。
お金の直接的な影響が大きいのは、間違いなく最下層の「質の高い食品、住居、医療へのアクセス」です。多くの人にとって、これらの基本的欲求を満たすためにはそれなりのお金が必要でしょう。それより上位の欲求(愛/所属、承認、自己実現)にはお金がいらないような気がしますが、これらの欲求に集中するための時間を取るには、「十分」なお金を持っているという感覚が必要です。
今月の家賃支払いや家族のためにヘルシーな食品を買うお金に不安があると、何かに集中することは(不可能ではなくても)難しくなってしまいます。さらに、寝る場所や次の食事を手に入れる場所が不安な状態では、何かへの集中はほぼ不可能です。
私たちの基本的欲求に直接かかわっている以上、お金が心配の種になるのは当然です。
お金に対する典型的なアプローチは、「自分のもの」か「他人のもの」か。損得勘定が重要だと教えられるのはそのためです。この教えでは、テーブルの向こうにいる相手が、本来自分が支払うべき金額よりも多くを取ろうとしていることを想定しています。だから私たちは、学校に行って、社会に出るための準備をしなければなりません。
つまり、私たちの社会では、人生の第一の選択はお金であると考える人が大半だと考えられているのです。
2014年に行われたある調査では、米国人がもっとも恐れていることの第1位は、退職後のお金でした。
回答者の大人のうち約59%が、退職後のお金が十分でないことを懸念していると答えたのです。
大半の人は、ある程度のお金を必要としています。かと言って、使えきれないほどのお金を求めるほどがめつくもありません。ほしいのは、快適に生きられるだけの十分なお金なのです。
快適に生きられるだけの「十分なお金」の金額は、人によって違います。それでも、快適さを得るには、自分が選びたい選択肢を選べる状態が必要です。
幸せはお金では換えません。しかし、「十分なお金」があるという感覚は、自由をもたらします。つまり、ただ日々を生き延びるだけでなく、自分が何をしたいかを長期的な視点で考えられるだけの時間的余裕は、お金で買えるのです。
ルイスは、金銭的見返りを求めずに、お金をシステムに戻しました。彼にとっての見返りは、お金ではありませんでした。チームメイトやチャリティにお金を渡すことで、気にかけている人々やプロジェクトに、ポジティブな影響を与えることを望んだのです。そしてもう1つ、ルイスがしたことがあります。彼は、お金に対する新たな考え方を、多くの人々に示したのでした。
これまでにルイスが収めてきた成功から、彼がかなり羽振りの良い生活をしていると思うかもしれません。確かにルイスはたくさんのお金を稼いでいて、何年もの間、快適な暮らしが十分にできているでしょう。しかし彼は、かなりの金額をテーブルに残すことで、クリエイティブな自由を手にするとともに、他者をサポートしています。
ルイスの行動を見て、私も多くを手放そうと思いました。余ったお金を貯め込むのではなく、自分が信じる人や物に、お金をつぎ込もう。金銭的な見返りを求めずに。
しかし、何の見返りもないかもしれないこの思考に至るには、長期的な視点が必要でした。
お金は貯め込むものではなく燃料であると考えられるようになったら、金銭的な見返りよりも、ずっと大きな見返りを得るポテンシャルが生まれます。
自由を経験するチャンスを誰かに与えることで、その人が刺激を受け、何かを生み出し、願わくば(いずれ)つぎ込んだお金、あるいはあなたがため込んでいたかもしれないお金よりもずっと価値のあるものを世界に返してくれるかもしれません。燃料を注ごう
数カ月前、私たちは、自社が運営する写真コミュニティ「Unsplash」の本を作り始めました。
出版にはお金がかかり、恐怖を伴います。自ら出版社の役割を兼ねる場合、見返りが得られる約束はまったくありません。だったら、そのお金を取っておいたほうがいいと思うかもしれません。リスクが高まるだけなら、稼いだお金はすべて貯めておこうと。
Unsplashのフォトグラファーはじめ、関係者の誰1人として、その本を作るために一銭も要求してきません。お金ではなく、価値を誰かに届けるために、作品を提供してくれています。彼らのアートとハードワークは、クリエイティブ業界の燃料になるのです。私たちには、2つの選択肢があります。言い訳をしながら利益を手にし、火を消してしまうのか。あるいは、利益をコミュニティに戻すことで残り火にガソリンタンクを注ぎ、爆発を待つのか。
私たちは、後者を選んでいます。
本のデザインおよび印刷コストを回収した後、お金に対して長期的な視点を持ち、この本を実現させてくれた人々と利益を分けました。写真家、ライター、イラストレーター、デザイナーなど、無償で仕事を提供してくれた人たちです。
Unsplashのすべての写真を本で取り上げられるわけではありませんが、すべての利益は、より良いUnsplashコミュニティを築くために直接使われます。
私たちはルイスと同じように、皆にとっていいことは、自分たちにもいいことだと考えています。誰かのクリエイティブスピリットを刺激することは、数ドルのもうけよりもずっと大事なのです。
この社会におけるお金の重要性は否定しません。
でも、ステータスや贅沢のような思い上がりよりも、お金は快適さと安全を与えてくれます。お金を日用品のひとつとして考えれば、あなたが正しいと思う方法で創造および行動するための自由を与えてくれるはず。それは、もっと多くを望む自分に縛られず、あなたの生き方を実現させているシステムにお金を投じる自由です。
エンターテナーとして成功したルイスの哲学は、私たちにインスピレーションを与えてくれました。私たちがUnsplashの本によって生み出すお金も、1冊の本としての価値よりも、もっと多くの価値を生み出すことができたなら嬉しいです。
How to feel like you have 'enough': What Louis C.K. taught me about money
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Mikael Cho(訳:堀込泰三)
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