『リッツ・カールトン たった一言からはじまる「信頼」の物語』を読んでいると、不思議と穏やかな気持ちになれます。おそらくそれは、自己啓発書やビジネス書にありがちな泥くささとは別の角度から話が進められているから。「俺が俺が」ではなく、あくまでこちら側の気持ちを尊重しているのです。NYプラザホテルなどを経てサンフランシスコのリッツ・カールトン開業に携わってきた著者ならではの、プロフェッショナルの視点がそう感じさせるのでしょう。
タイトルに反映されているとおり、本書で著者が強調しているのは「信頼」の大切さ。第7章「『信頼』の力を磨く 〜成長し続けようとする努力が、あなたの軸を作る」からいくつかを引き出してみます。
「自然体」は、相手が決める
(216ページより)
どんなときでも「自然体がいいよ」という人もいるけれど、ある人にとっての「自然体」が必ずしもその場にそぐわない、不自然に感じられるケースもあるといいます。たとえば著者はホテルのロビーで、それぞれ別の方向を見ながら話す6人ほどの若者の姿に違和感を感じたのだとか。
彼らにとってはそれが自然体なのでしょう。しかし、彼らが社会人として働くとき、果たしてその自然体が通用するでしょうか。
自然体とは、自分中心、ということではありません。
あなたの自然体を見て、信頼が置けるかどうかを判断するのは、あなた自身ではなく、職場の仲間やお客様です。
たとえばリッツ・カールトンで働くのなら、リッツ・カールトンの価値観とはなにか、どういう言葉づかいが必要なのか、チーム内でどのような人間関係を作っていくべきかを考えつつ、仕事に取り組む。そうすれば、見えてくるものがある。そして「あるべき自然体」の方向が見えたら、意識的に自分の「自然体」を引き上げていくべきなのだといいます。
江戸しぐさに見る「大人としての指標」
(220ページより)
「自分は信頼されているのだろうか」と迷ったときに自分の信頼度をはかる指標として、著者は江戸しぐさのなかにある「大人しぐさ」を紹介しています。
1番目は、どれだけ人を笑わせたかということ。周囲をどれだけ楽しませたかという、大人としての立ち位置です。
2番目は、どれだけ人を立てたか。ほとんど自分がやった仕事だとしても「自分が自分が」ではなく、「□□くんががんばってくれたから、できたんです」などと言えるかどうか。これは相手を立てる力だといいます。
3番目は、どれだけ人を育てたか。リーダーに限らず、どれだけ相手の力を引き出したかということ。たとえばいいものを持っているのに、自分でそのよさに気づいていない後輩がいるとします。そんなとき「あなたならどうする?」と聞いてみる。それに対して「自分だったらこうします」と答えが返ってきたとき、「おもしろいことを考えるね」とコメントしたら、後輩は自分のいいところに気づくことができる。こう考えれば、なにげない瞬間に他人の力を引き出してあげられるわけです。
そして4番目は、自分の持っているものをどれだけ相手に伝えたかということ。知識や智恵、スキルなどは自分ひとりで抱え込まず、どんどん人に伝えるべき。新しい情報が入ったら、それが役に立ちそうな人に話したり、自分が身につけてきた方法を後輩に伝えたり、新たなアイデアを会議のときに提案するなど、手段はいろいろです。
「何をしないか」を決める
(233ページより)
新しくて魅力的なことを発見したら、つい真似したくなるもの。しかし、真似することにより、自分たちが築き上げてきた企業価値やブランドに対する自身と誇りがぶれてしまうことがあるといいます。社員の自身と誇りは働き方の軸を作るだけに、その軸がぶれるとお客様からの信頼が揺らぐことにもなりかねません。だからこそ、「なにを大事にして、なにを取り入れないか」をわきまえることが大切だそうです。
本書に安定感があるのは、著者が自身の経験に基づいて「信頼」の価値を説いているから。そしてそれは、ホスピタリティの本質を見つめ続けてきた立場だからこそなしえたものなのだろうと感じました。
(印南敦史)