たった一言聞いただけで無性に食べたい気持ちになってしまうことがありますが、残念ながらそういう気持ちは身体によくない食べ物に対して起きてしまうことが多いです。でも、その衝動をいい方向に変えられるとしたらどうでしょう? この記事では、脳の信号経路をつなぎ直して、抑えきれない気持ちの持つエネルギーをプラスに換える方法を紹介します。
私たちは毎日衝動と戦っていますが、「ポテトチップスを食べたくてたまらないとき」と「何でもいいからショッピングに行きたいと思うとき」は、基本的には科学的に同じことが起こっているのです。この衝動をどのように使うかという話にいく前に、まずこのような衝動について身体的・心理的に分析してみましょう。今回はシカゴ大学の助教授Wilhelm Hofmann氏とスタンフォード大学の心理学者Kelly McGonigal博士にご協力いただきました。
■食べたい衝動とは何か、どのように作用するのかMcGonigal博士によると、食べたい衝動は「欲しいから」だけでなく「必要だから」起こるのだそうです。つまり、
食べたいという衝動は、元々脳が自分にごほうびをあげるプロセスとして生まれました(これについては次のセクションで述べます)。それが切望する気持ちと結合し、無意識レベルから意識レベルに発展して「なぜそれが欲しいのか」という理由と一緒に頭の中に浮かぶのです。
ポテトチップスの話に戻りましょう。私たちはまず「食べたら気分がいいだろうなあ」と想像し、そこから食べたくてたまらない気持ちになり、結果として一袋を食べ尽くしてしまいます。衝動は行動から逆に作用して起こるのです。身体的な感覚につながる衝動は、タバコやドラッグでさえカラダよりも脳の中で先に始まっているのです。それでは衝動の身体的・心理学的な側面について、ここからもう少し詳しくみていきましょう。
Photo by Aviva West.身体的な衝動は思ったほど多くはありません。基本的に私たちは、身体的に慣れたもの(たとえばタバコ・食べ物・お酒など)を無性に欲します。「The Journal of Abnormal Psychology」に発表された論文では、これまで身体的な中毒とされてきた喫煙は実は習慣からくる衝動で、脳に起因していると書いてあります。ドラッグ関係の衝動は身体的だと言えるのですが、それ以外の私たちが普段身体的衝動だと思っているものは、もしかしたら違うのかもしれません。
身体的衝動は進化的な理由で説明できるのでしょうか。McGonigal博士の説明では、衝動とは元々、生き残るため(食べること、飲むこと)と繁殖(遺伝子を後世に残す)のためのものでした。身体と脳は生き残りのために衝動を持つことを学んだのですが、進化の過程で生き残りのための危機が薄らいだ後も「どうしようもなく何か欲する」という部分だけが残ってしまったのです。
私たちが毎日戦っているのは心理的な衝動の方なのです。ではここからは、それがどのように働き、どこに由来し、どんなハックが有効なのかをみていきましょう。
心理的衝動とは、たとえばポテトチップスを一袋食べてしまいたいという急な欲求のようなものです。これには、脳の2つのシステムが関わっています。
- まず「ごほうびシステム」がターゲットを認識し、それによって脳でドーパミンが分泌されます。そうすると脳は「ターゲットを得ることによって幸せや喜びを感じることができる」と認識するのです。この、「すぐにごほうびをもらいたい」という強い欲求は、長期のゴールを見据えて行動する前頭前野の活動をブロックしてしまいます。みなさんもご存じの、あなたの肩の上に乗る「天使」と「悪魔」のイメージ、これが衝動と戦っているときのあなたの脳内の状態です。衝動が短期的なごほうびだけを考えている悪魔、長期的な影響まで考えている前頭前野が天使です。
- 次に、身体がストレスホルモンを分泌することにより、不快な気分になったり、痛みを感じたりします。そしてストレスは身体に、「この不快さを解消させるには衝動に屈するしかない」と思い込ませるのです。
McGonigal博士によると、脳は「ごほうびをもらえるという確約」を、どんなものとも結びつけることができるのだそうです。つまり脳は、ひとたび「あなたをハッピーにするもの」を認識すれば、「どうしてもそれを求めずにはいられない衝動」を起こすのです。メリーランド大学でのある調査では、テクノロジーから片時も離れられない人の脳でも、このような衝動に関する場所が働いていることがわかりました。ドラッグの禁断症状も、食べ物や買い物などの衝動でも脳の同じ部分が関係していると説明している論文もあります。 Hoffmann氏もおおむねこの説に賛成していますが、まだ科学的にはっきり証明されていないこともあると付け加えています。
脳がごほうびと衝動を結びつけていることは、多くの研究者が明らかにしています。脳は、喜びをもたらすものについて学習し続けているので、さまざまな脳の研究において、ごほうびのシステムは注目されている部分なのです。
一般的に衝動がどう働くかを理解しても、それがあなた自身にどう影響を与えるかにはすぐにつながらないかもしれません。ここからは、あなたが自分の衝動をどう使うかということについて考えていきます。
私たちは、何か食べたくて仕方がない気持ちについてよくわかっているつもりですが、ポテトチップスを一袋食べてしまいたいと思うときに、ほかにどんな感情がうごめいているのかについてまでは検証したことがないと思います。そこで、McGonigal博士が学生と一緒に行っているエクササイズ、「マインドフルネス」を試してみましょう。
まず、あなたがごほうびとして感じてしまう食べ物を用意してください。そして、食べたいだけ食べ、その間にハッピーな気分からおなかが膨れて気持ちが悪くなるのを注意してみてください。ほかにも様々な感情が生まれてくるので、ひとつひとつ注意して感じてください。食べていくうちに食べ物の味が違ったように感じられるのにも気づいたでしょうか。この段階でのゴールは、ポテトチップスを一袋食べきっても、あなたは満足した気持ちになっていないのだと認識することです。しかし、おなかいっぱいで気分が悪くなってきていても、脳はまだその食べ物を欲してしまうのです。このエクササイズの目的は、脳のメモリの書き換えをして食べたい衝動とごほうびではなく結果を結びつけることです。
これで、食べたい衝動が私たちの脳とカラダに働く仕組みがわかりましたね。このマインドフルエクササイズで、メモリの書き換えをする方法も紹介しました。ここからは、具体的にどのように書き換え、ネガティブな衝動をポジティブに換える方法を紹介します。
Photo by Kelly.■脳をハックして、抑えられない衝動をプラスに換える
衝動はいいものではありません。実際にストレス反応を起こすので、私たちが衝動を感じているときは、たいてい良い気分ではないはずです。すでにストレスを感じている状態以上の負担をかけないためにも、時間をかけて良い習慣を作っていきましょう。
すでに述べたように、衝動は脳のごほうびシステムと関係があります。このシステムが作動すると、脳は長期的なゴールを無視してしまうのが問題なのですが、衝動が起きているときでも長期ゴールを忘れてしまわないようにトレーニングすることは可能です。
McGonigal博士は、自分の脳をトレーニングしてモチベーションと衝動の違いを認識させることを提案しています。そのためには、衝動に負けないほどの強いモチベーション(つまりあなたにとって大きな目標)を設定して書き出し、すぐ見えるところに貼っておくといいかもしれません。そうすると、衝動によって短期的なごほうびを得ることに目がくらんでも、脳はすぐに長期ゴールがあったことに気づき、軌道修正を試みることでしょう。
上記のポテトチップスエクササイズ、やってみましたか? これは脳がネガティブな衝動に走らないようにするトレーニングとしても役に立ちます。「Psychologists in Addictive Behaviors」という学術誌には、喫煙者を対象としたこんな実験が載っていました。喫煙者は、タバコの箱を意識的にゆっくりと開けつつ、一つ一つの行動について考えるというものです。細かい動作についていちいち考えなければいけないので、これを繰り返すことによってタバコを吸いたいという気持ちは次第に薄れていったのだそうです。ポテトチップスエクササイズにこれを用いるのならば、すでにお腹いっぱいになっているのにまだ手が伸びてしまう自分、手を伸ばすという動作についてよく考えてみてください。チップスは最初の数枚しかおいしく感じなくて、食べきったあとは気持ちが悪くなる、ということもちゃんと認識すべきです。
ネガティブな衝動を克服できればすばらしいことです。ではここからは、このネガティブな衝動をポジティブに変換し、目的を達成させるハックを紹介しましょう。
Photo by Todd Baker. ■衝動のきっかけを、ポジティブな欲求に変換する 衝動が起きるには、引き金があります。「ポテトチップス」という単語を読むだけでも食べたくて仕方がなくなるので、抑えられない衝動にはなにか引き金になるものがあるはずです。引き金を利用して衝動を抑えるのは長期的な解決策ではありませんが、前向きなゴールを設定する手助けとしては使えます。たとえばこんな風に使うというのはどうでしょうか。
Mcgonigal博士は「ドーパミン分泌で自分の意志の強さにチャレンジ」することを提案しています。ネガティブな衝動の引き金と、達成したい目標をセットにするのです。たとえばある書類を仕上げなければいけないときには「コーヒーショップでマフィンを食べる」というお楽しみとセットにします。運動は嫌いだけれど、ショッピングは好きだったらモールを早足で歩くといいでしょう。ドーパミンとストレスホルモンは引き続き分泌されますが、それを目標を達成するエネルギーとして使うのです。身体が慣れてくると、このホルモン分泌は落ち着いて新しい健康的な習慣だけが残ります。
モチベーションをキープできるような環境づくりをします。エクササイズをして食生活を改めるのがポジティブなゴールだとすれば、「欲しいもの」ではなくて「必要なもの」を身の回りに置き、目標達成しやすい環境を作ってください。たとえば、家や職場での小さな変革でかまいません。ランニングシューズを見えるところに置くとか、お菓子をしまっていた棚にフルーツを置くようにするとか。このトレーニングでは、モチベーションとネガティブな衝動のバランスを取れるようにするだけでなく、よりポジティブな変化を促すきっかっけを作り出すことができます。欲しくないものを衝動的に欲しくなったりはしませんが、脳をハックすることによって「健康的な自分だったら欲しいもの」がわかるようになってきますよ。
環境を変えることで「ポジティブな行動を起こす新たなきっかけを作る」というのは一つのオプションです。ほかにも自分にあったごほうびシステムを作ることが可能です。
Photo by Bill S. ■ごほうびシステムをカスタマイズ あなたが本能的に持っているごほうびシステムは、そもそも目標を設定したり達成したりするために作られています。新しい習慣を身につけたいと思ったら、「健康的になる」というよりもっと具体的な目標を設定する必要があります。ごほうびシステムをうまく利用して一時的に目標達成のエネルギーにすることによって、長期的にも使える新しい習慣を身につけることができます。
「鼻先にニンジンをぶら下げられたら頑張れる」という話は聞いたことがあると思いますが、ぶら下げるものはポテトチップスでも何でもいいのです。とてもシンプルですが、ごほうびシステムは有効に働きます。
これは「もっとお金を貯めたい」というような抽象的な目標にも使えます。お金を貯めたいのについ宝くじを買ってしまうという人は、200ドル貯金したら20ドル宝くじを買っていいというふうに決めるのです。お金を貯めるという目標を達成しつつ、宝くじを買いたいという衝動にも対応していることになります。
■ごほうびを吟味して、本当は身体は何が欲しいのかを知るHofmann氏も、ポテトチップスエクササイズのようにネガティブな衝動をポジティブに変換する方法に賛成しています。
特定のゴールがあってそこにたどり着きたいのであれば、達成したときに自分がどんな気持ちになるのかをよく考えてみましょう。たとえば、エクササイズしたあとの清々しい気持ち、健康的な食事をしたときのいい気分。そして、「そういう気分にまたなりたい」とポジティブな衝動を持てるよう、プログラミングし直すのです。
アイディアとしては、時間をかけて脳の配線を設置しなおして、よりヘルシーな活動・食べ物・行動を欲するように変えていくことです。「ランナーズハイ」や健康的な食事をしたあと、身体にエネルギーがみなぎる感じを思い浮かべてください。この方法で絶対にうまくいくと断言はできませんが、試してみる価値はあると思います。
Photo by Daniel Huggard.抑えられない衝動は、人類の発達上のループホール(抜け穴)のようなものです。衝動によって私たちの脳は正常に機能できなくなり、健康に悪影響を及ぼします。このような衝動がどのように生まれるのかを知ることでうまく対処できるようになり、さらにこれをプラスに換えることができます。衝動はつねに起こってきてしまうものですが、その中から本当に自分に必要なものを見極めれば、うまくつきあっていけるものです。
みなさんは、抑えられない衝動をどう対処していますか? いいアイディアがあったら教えてください。
Thorin Klosowski(原文/訳:山内純子)