界面現象と曲線の微積分
名随筆「茶わんの湯」において、物理学者・寺田寅彦は熱い湯が入った茶わんから立ちのぼる湯気をよくよく観察すると、そこには、渦、気流、熱伝導、光の反射、などさまざまな典型的な物理現象が凝縮されていることがわかるという話を名口調で展開している。また、寺田の高弟、中谷宇吉郎も、雪の結晶というスキー場でも見つけられる天空で生成された氷の粒を分析することにより、上空の気候状況がわかるから、その意味で「雪の結晶は天から送られた手紙である」という言葉を残した。本書では、現象を科学的精神でもって観察し、それを数学的な言葉で記述し、そして解析するという精神を貫いているが、それは、寺田や中谷が彼らの著述で語っていた精神に違わないと信じている。
現象を理解するための現代的方法論の一つは次のようである。まず、上で述べた先人たちのように、現象をよく観察し、それを数学的に記述する。この作業をモデリングといい、その結果は、ニュートン以来、微分方程式として記述されることが多い。そして、得られた微分方程式を、何らかの意味で解析する。特に、手計算で解けない場合は、コンピュータを援用して、数値的に解析する。そして、解析結果をもとの現象に照らし合わせて、モデリングは妥当であったか、解析は十分であったかなどを検証する。本書では、現象として、特に界面現象に対象を絞り、できる限り予備知識を仮定することなしに、この方法論に則ったさまざまな「数学と現象」あるいは「現象と数学」の話題を提供している。本書を読み進めると、大学低学年の知識から始まり、最先端の研究結果まで到達することの一つの道筋が見えてくることだろう。
0.1 境界とは何か(§3.1)
0.2 蛇口から垂れ落ちる水滴
0.3 ヘレ・ショウ流(§6.1)
0.4 雪結晶(§7.2)
0.5 チンダル像と空像(§7.1.2, §7.2.2)
0.6 BZ反応(§6.2)
0.7 画像輪郭抽出(§5.4)
0.8 関連書籍と論説
第I部 準備編
第1章 平面曲線と曲率に関する基本事項
1.1 平面曲線とその表現
1.2 平面曲線の性質
1.3 弧長sに関する微分∂sFと積分∫ΓFds
1.4 曲率
1.5 凸性
1.6 曲率円と曲率半径
1.7 接線角度と曲率による曲線の構成
第2章 界面現象を数学的に記述するための準備
2.1 移動境界問題
2.2 時間変化する平面曲線とその表現
2.3 時間に依存する弧長sに関する微分∂sFと積分∫Γ(t)Fds
2.4 幾何学的量
2.5 接線速度
2.6 逆向きの曲線
2.7 さまざまな量の時間発展
2.8 接線方向,法線方向,曲率の符号についての注意
2.9 古典的曲率流方程式
2.10 勾配流
2.11 勾配の由来
2.12 曲率の別の定義
第II部 基礎編
第3章 等周不等式とその精密化
3.1 等周問題と等周不等式
3.2 フーリエ級数を用いた証明
3.3 古典的曲率流方程式を用いた証明
3.4 ボンネーゼンの不等式
3.5 ゲージの不等式
3.6 凸曲線に対する表現
3.7 最大値原理と凸性の保存
3.8 爆発
第4章 異方性と等周不等式の一般化
4.1 異方性と重み付き曲率流
4.2 ウルフ図形
4.3 重み付き曲率流方程式の一般化
4.4 フランク図形
4.5 等周不等式の一般化のための準備
4.6 一般等周不等式
第5章 さまざまな勾配流方程式と曲率流方程式
5.1 アイコナール方程式
5.2 面積保存流―古典的面積保存曲率流
5.3 重み付き曲率流方程式の一般化
5.4 非斉次エネルギーの勾配流と画像輪郭抽出の考え方
5.5 凸性の崩壊
5.6 ウィルモア流
5.7 周長保存曲率流
5.8 ヘルフリッヒ流―面積・周長保存曲率流
5.9 等周比の勾配流
5.10 異方的等周比の勾配流
5.11 自明でない接線速度の効果1―局所長保存流
5.12 自明でない接線速度の効果2―相対的局所長保存流と一様配置法
第III部 発展編
第6章 さまざまな界面現象にみられる移動境界問題1
6.1 気液/液液界面現象―ヘレ・ショウ問題
6.2 らせん運動
第7章 さまざまな界面現象にみられる移動境界問題2
7.1 固液界面現象―ステファン問題
7.2 気固界面現象―雪結晶成長
7.3 折れ線版移動境界問題
第8章 数値計算とその応用
8.1 直接法と間接法
8.2 時間変化する平面折れ線とその表現
8.3 一様配置法(離散版)
8.4 アルゴリズム
8.5 接線速度(詳説)
8.6 自明でない接線速度の効果3―曲率調整型配置法
8.7 形状関数φ(k)の効能
第I部略解
参考文献
索引