ジェトロ対日投資報告2024
第2章 日本の対内直接投資動向
第5節 対日M&A動向  

1. 件数の推移 国・地域別トップ5

対日M&A件数は微減、アジアからの案件減少が顕著

2023年の日本向けクロスボーダーM&A(以下、対日M&A)の件数(完了日ベース)は前年比6.4%減の147件であった(図表2-17)。対日M&Aの件数は、2021年を境に減少しており、2023年は世界の直接投資が2年連続で減少し、クロスボーダーM&Aが10年ぶりの低水準を記録しているところから、日本もその影響を受けている可能性がある。

2023年の対日M&Aの件数を投資元国別に見ると、米国が52件(全体の35.4%)で最多、次いで香港(16件、同10.9%)、シンガポール(15件、同10.2%)が続いた。2022年に6件だった英国は11件で4位となった一方で、2022年に16件の3位であった中国は10件となり5位になった(図表2-18)。

図表2-17 対日M&A件数の推移

〔出所〕「Workspace」(Refinitiv)(2024年7月1日時点)を基にジェトロ作成

図表2-18 2023年における対日M&A投資案件(投資元国・地域別)(単位:件、%)
順位 国・地域 件数 伸び率(前年比) 構成比
1 米国 52 △ 3.7 35.4
2 香港 16 △ 15.8 10.9
3 シンガポール 15 87.5 10.2
4 英国 11 83.3 7.5
5 中国 10 △ 37.5 6.8
全体 147 △ 6.4 100.0

2. 2023年1月~2024年9月までの主な対日M&A案件

マネジメント・バイアウト(MBO)の実施案件が目立つ

上記期間における主な対日投資M&A案件のうち、投資ファンドのサポートによって、対象企業の経営陣が経営の見直しや上場廃止などを目的として、株式公開買付(TOB)によって自社の株式を株主から買い集めるマネジメント・バイアウト(MBO)を実施したケースが散見された。米投資ファンドのベインキャピタルによる「アウトソーシング」案件、スウェーデンのプライベート・エクイティ投資会社EQTによる「ベネッセホールディングス」案件、米投資ファンドのゴールドマン・サックスによる「日本ハウズイング」案件等である。また、被買収企業がTOBに関して賛同意見を表明した友好的M&A案件も散見された。米投資ファンドのカーライルによる「ユーザーベース」案件、同「岩崎電気」案件、米投資ファンドのベインキャピタルによる「T&K TOKA」案件等である。 (図表2-19)。

図表2-19 2023年1月~2024年9月までの主な対日M&A案件
完了年月 被買収企業名 被買収企業 業種 買収側 名称(実質的な買収主体※注2) 買収側最終親会社所在国・地域 買収側
業種
概要 金額(100万米ドル)
2023年2月 日立物流 工業 HTSK
(KKR)
米国 金融 米投資ファンドのKKRが、特別目的会社のHTSK等を通じて日立物流を買収。日立物流は、社名を「ロジスティード」に変更し、旧日立物流の親会社であった日立製作所と戦略的パートナーシップを組んで、物流一括受託事業の推進を目指す。 5,985
2023年4月 エビデント ヘルスケア BCJ-66
(ベインキャピタル)
米国 金融 オリンパスは生物顕微鏡や工業用内視鏡の科学事業などを手がける完全子会社エビデントの全株式を、米投資ファンドのベインキャピタルが主導するBCJ-66に譲渡。医療分野とは事業特性が異なる科学事業をエビデントに承継させ、両者はそれぞれの特性に合った経営体制を確立するとしている。 3,110
2024年6月 アウトソーシング サービス BCJ-78
(ベインキャピタル)
米国 金融 米投資ファンドのベインキャピタルが主導するBCJ-78によるMBO目的のTOB案件。国内外で製造業などへの人材派遣を手がけるアウトソーシングは、積極的なM&Aによる事業拡大で経営管理が難しくなっており、ベインキャピタルの経営資源も活用することで抜本的な内部管理体制およびグローバルガバナンス体制の再構築を加速させることができるとしている。 2,223
2024年5月 ベネッセホールディングス サービス ブルーム1
(EQT)
スウェーデン 金融 スウェーデンのプライベート・エクイティ・ファンドEQTが設立した買収目的会社ブルーム1は、MBOの一環として、ベネッセホールディングス株式のTOBを行い非公開化を実施。ベネッセホールディングスは、EQTによるグループへの経営資源の投入により、教育事業におけるデジタル化による業務効率化及びサービスの多様化等の施策を機動的かつ着実に実行するとしている。 1,263
2024年2月 総合メディカルグループ サービス SO1 Holdings
(CVCキャピタル・パートナーズが投資助言するファンド)
英国(ジャージー島) 金融 欧州系投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズが投資助言するファンドが出資するSO1 Holdingsが、調剤薬局大手の総合メディカルグループ(2020年に株式非公開化済)を買収。 1,198
2023年3月 プリンスホテル保有のホテル&レジャー施設(計26資産) 不動産 Reco Sky
(GIC)
シンガポール 金融 西武ホールディングスグループの財務・事業体質の強固化の一環として、同グループ連結会社のプリンスホテルは、所有するホテルなど26の資産を、シンガポール政府投資ファンドGICの関係会社Reco Sky社に譲渡。資産の譲渡価格は1,237億円。 906
2023年1月 キトー 工業 Lifting Holdings BidCo
(KKRが投資助言するファンド)
米国 サービス 米投資ファンドKKRが助言したファンド等が設立した会社(Lifting Holdings BidCo)によるTOB案件。マテリアル・ハンドリング機器(ホイストおよびクレーン)大手のキトーとリフティングおよびリギングソリューションの大手プロバイダーである米クロスビーグループの経営統合によるシナジー効果により企業価値を向上させる。公表ベースでの予定買付代金は565億円。 479
2023年2月 集合住宅ポートフォリオ33資産 不動産 アクサIMオルツ
(アクサ・インベストメント・マネージャーズ)
フランス 金融 AXAグループのオルタナティブ投資事業アクサIMオルツは、日本での新たな住宅ポートフォリオ取得を開始。売り主は米J.P.モルガン・アセット・マネジメント系列のアジア大洋州地域不動産会社。取得価格は約590億円と公表。物件の中心は、東京、名古屋および大阪に所在する33棟で、主に駅近のワンルーム。 458
2023年3月 ロイヤルホテル(リーガロイヤルホテル大阪) 不動産 合同会社さくら
(ベントール・グリーンオーク)
カナダ 金融 カナダ大手生命保険会社グループのサン・ライフ・ファイナンシャル下で不動産プライベート・エクイティファンドを運営する企業グループのベントール・グリーンオークは、不動産取得のために設立した特別目的会社(合同会社さくら)により、リー ガロイヤルホテル(大阪)の土地、建物の信託受益権等を取得。 418
2023年7月 大和リゾート 不動産 合同会社恵比寿リゾート
(SC キャピタルパートナーズ,
アブダビ投資庁子会社、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント)
シンガポール、アラブ首長国連邦、米国 金融 シンガポールの不動産開発会社SCキャピタル・パートナーズ、アラブ首長国連邦・アブダビ投資庁の子会社、および米ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントの3社からなる国際私募ファンドの特別目的会社・恵比寿リゾートは、ホテルなどのリゾート施設運営・管理を手がける大和ハウス工業子会社の大和リゾートの全株式を取得。大和リゾートは全国24カ所でホテルを運営しているが、施設の老朽化やホテル業界を取り巻く環境の変化に直面していたところに新型コロナ禍の影響が加わり、今後の成長シナリオを描きづらい状況にあった。恵比寿リゾートは、ホテル事業の運営を「グランドメルキュール」・「メルキュール」ブランドを展開するフ仏アコーに委託する。 407
2023年2月 ユーザベース ハイテク THE SHAPER
(KKR)
米国 金融 米投資ファンドのカーライル・グループは、THE SHAPERを通じて、ニュースアプリ「ニューズピックス」などを運営するユーザベース株式をTOBにより全株取得した。ユーザベースは米カーライルとの協議を重ねる中で、同社実績を踏まえ、中長期的な企業価値向上を推進する最適なパートナー候補であるという判断に至ったとしている。 398
2024年6月 日本ハウズイング 不動産 マルシアンホールディングス合同会社
(ゴールドマン・サックス)
米国 金融 米投資ファンドのゴールドマン・サックスは、投資目的のために設立したマルシアンホールディングス合同会社により、MBOの一環として日本ハウズイング株式のTOBを実施。日本ハウズイングはこのTOBに関して賛同意見を表明するとともに、日本ハウズイングの株主に対して本TOBに応募することを推奨する旨を決議した。MBO化により、既存事業における事業基盤の強化を図り、中長期的な企業価値の向上を実現する。 336
2024年4月 ささえあホールディングス ヘルスケア ビルバック フランス ヘルスケア オリックス株式会社は同社の傘下にある動物用医薬品子会社である、ささえあホールディングスの全株式を、仏ビルバックに譲渡する契約を締結したと発表。ビルバックは日本に於ける産業動物でのワクチン市場、特に牛部門において主導的地位を獲得し、主要動物種すべてに対応した動物用医薬品市場で広範なポートフォリオ展開を実現するとしている。 304
2023年10月 クオリカプス ヘルスケア ロケット フランス ヘルスケア 三菱ケミカルグループは、医薬品カプセルを製造する全額出資子会社のクオリカプスの全株式を、ヘルスケア関連製品製造の仏ロケットに譲渡することで同社と合意し、株式譲渡契約を締結した。三菱ケミカルグループは2013年に医薬関連事業の強化を目的にクオリカプスを傘下に収めていた。 302
2023年6月 KOKUSAI ELECTRIC 工業 Qatar Holding
(カタール政府)
カタール 金融 カタールの政府系ファンド・カタール投資庁は、子会社であるQatar Holding LLCを通じてKOKUSAI ELECTRIC株式を取得したと発表した。Qatar Holding LLC は今回の株式取得により4.9% を保有する少数株主となった。KOKUSAIは、米投資ファンドのKKRが2018年に日立国際電気を買収し、半導体装置部門を分社して設立した。2023年10月に再上場を実施済みであり、半導体製造装置専業メーカとして企業価値の向上を目指している。 298
2023年10月 モリテックス ハイテク コグネックス 米国 工業 米産業用マシンビジョン大手コグネックスコーポレーションは、マシンビジョン用光学部品のリーディングプロバイダであるモリテックスを中国中信集団(CITIC)の子会社シティック・キャピタル・ホールディングス(香港)のプライベートエクイティ部門トラスター・キャピタル 関連ファンドから 約400 億円で買収。マシンビジョンとは、カメラに映った画像を処理し、処理結果に基づいて機器を動作させる技術。産業機器に人間の視覚を持たせ、そこから判別する機能を提供する。 273
2023年9月 不動産ポートフォリオ25資産 不動産 シティ・デベロップメンツ シンガポール 不動産 シンガポールを拠点とするグローバル不動産会社のシティ・デベロップメンツは、カナダ大手生命保険会社グループのサン・ライフ・フィナンシャル下で不動産プライベート・エクイティファンドを運営する企業グループのベントール・グリーンオークから、東京都内の賃貸マンション25物件(総戸数836)を取得。取得総額は350億円。いずれも最寄り駅から10分以内の好立地物件であり、東京23区内における旺盛な賃貸住宅需要を見込んでの投資。 234
2023年6月 インパクトホールディングス メディア BCJ-70
(ベインキャピタル)
米国 金融 米投資ファンドのベインキャピタルが主導するBCJ-70が、流通小売業の店頭マーケティング事業を主力とするインパクトHDをTOBによりMBO化。インパクトHD側は「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ」を公開していた。特に成長余地が大きいデータマーケティング領域における競争激化による需要喪失リスクなどの経営課題に対応するべく、外部の経営資源も活用することが有益であるとした。 210
2023年6月 岩崎電気 工業 コスモホールディングス
(カーライル)
米国 金融 米投資ファンドのカーライルが保有するファンドが設立したコスモホールディングスが、MBOの一環として、岩崎電気のTOBを実施。岩崎電気は、このTOBに関して「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ」を公開、TOBは成立した。主力製品とする国内LED照明市場が縮小、成長が鈍化しており、機動的に経営課題に取り組むためには株式非公開化が必要と判断した。 207
2024年4月 T&K TOKA 化学 BCJ-74
(ベインキャピタル)
米国 金融 米投資ファンドのベインキャピタルが主導するBCJ-74が、MBOの一環として、各種印刷用インキおよび印刷用・塗料用・接着剤用合成樹脂の製造・販売等を行っているT&K TOKAの TOBを実施。T&K TOKAは、このTOBに関して「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ」を公開、TOBは成立した。デジタル化の進展で紙媒体印刷物の需要減少が続くなどして、経営環境が厳しさを増しており、株式非公開化により、抜本的な経営改革を進めるとしている。 205

【コラム】対日M&Aの買い手と手法が多様化

外資による2000年以降の対日M&A投資(OUT-IN)件数を見ると、年により跛行性はあるものの、近時は80件前後で推移している(注1) 。外資によるM&Aの実施は、その時々の世界および日本の経済・社会環境に大きく影響を受けてきた。図の折れ線は、日本国内で実施されたクロスボーダーM&A投資の際に、買収側となった外資系金融業の全体件数に占める比率を示したものである。 2008年のリーマン・ショックの影響等により以降数年間は、日本における外資によるクロスボーダーM&A件数も減少した。2014年の大幅な件数増加は、対ドルで下落した日本円相場の影響を受けて取引金額に割安感があったこと、またこのタイミングでコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードが策定され、日本の投資環境がグローバルスタンダードを意識して整備されてきたこと等が呼び水となった面がある。直近2023年の落ち込みは、世界的なサプライチェーンの混乱等が対日M&A投資の抑制に影響したと考えられる。

これまで外資系投資ファンドと言うと、カーライル、ベイン、ゴールドマン・サックス、CVCキャピタル等の欧米系の投資ファンドが想起されることが多かったが、最近では中東のアラブ首長国連邦(UAE)の政府系ファンドであるムバダラ・インベストメント、中東カタールの政府系ファンドであるカタール投資庁やシンガポール政府ファンドのGIC等が、日本は地政学的リスクに対するサプライチェーンの強靭化に比較優位があり、投資環境も整備されていると評価し、また今次の円安経済環境を捉え、対日投資に積極的な姿勢を見せている(注2) 。

そのような中にあって、従前からの投資ファンドは、被買収側のニーズを汲むようなスキームで(例えばカーブアウトM&Aの推進、あるいはMBO資金の提供者として等)日本でのクロスボーダーM&A取引手法に工夫を凝らしてきている(注3) 。

政府によるコーポレートガバナンス改革の推進や、東京証券取引所が発表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(2024年3月) 等により、企業は実効的な経営戦略を策定し、中長期的な収益力の改善を図ることが求められるようになってきた。日本企業の経営課題解決や成長の加速に向けた選択肢の一つとして、対日M&Aの活用がさらに注目される可能性がある。

図 日本におけるクロスボーダーM&A件数推移および買収者事業形態
  1. 〔注1〕

    M&A投資件数の内訳は、「過半数持ち分の取得」、「残余持分の取得」から構成、「少数持分の取得」は含まない。
    なお、本報告第2章、第5節における「図表2-17対日M&A件数の推移」では、「少数持分の取得」を含む件数。

  2. 〔注2〕

    上図において買収側最終親会社所在国が、中東(UAE、カタール、サウジアラビア、クウェート)である2015年以降の​累計件数は13件、シンガポールについては112件。

  3. 〔注3〕

    経済産業省 「対日M&A活用に関する事例集」(2023年4月)
    カーブアウトについては、「パターンA 解説・特徴(子会社売却・事業譲渡(カーブアウト))(P16-P29)
    MBOについては、「パターンC 解説・特徴(オーナー企業の売却・資本の受入(事業承継等)) (P42-P53)

  4. 〔出所〕

    「Workspace」 (Refinitiv) (2024年9月20日時点)を基にジェトロ作成

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