月の主な地質活動は地球と比較して早い時期(約30億年前)に終了したため、月面には地球型惑星の初期進化履歴や太陽系の力学的進化の歴史が地質記録として保存されています。それらを読み解くためには、適切に選別された月面露頭の地質探査とサンプルリターンが必須です。本連載ですでに紹介されてきたように、国際的な月面探査が活発化している状況下において、それらの機会を利用した科学探査の検討は急務と言えます。我々は3科学(本連載第2回を参照)を並行して推進するためのチームを組織し、独自の月面探査実現に向けた科学検討を進めています。その中でも我々は月面サンプルリターン探査による第一級の科学成果の導出を目指し、リモートセンシングデータ解析による将来探査領域の調査・選定、その場試料選別のための観測機器の開発、持ち帰られた試料の分析フローの検討を進めています。

我々が目指す科学は、(1)月形成直後にマグマオーシャン(LMO: Lunar magma ocean)から直接つくられた始原地殻岩のサンプルリターンによって、LMOの組成を決定し、SLIMの観測結果と統合して地球 - 月系形成条件を制約すること、(2) 巨大衝突で作られた衝突溶融岩のサンプルリターンによって、太陽系初期に起こったとされる巨大惑星の軌道移動と、それに伴った衝突頻度が増加したとの仮説を検証することです(図1)。しかし月面は40億年以上に及ぶ天体衝突による衝撃変成を受けているため、大部分の岩石は形成イベントに関する始原的情報が失われています。それゆえ、形成後に二次的な変成を受けていない岩石を月面で選別する必要があります。そして月面での始原的岩石の選別には、その場で岩石組織観察による低衝撃変成の試料を同定し、鉱物・元素組成計測を行うための高度な分析装置が不可欠です。なぜならば地質調査の訓練を受けたアポロ宇宙飛行士であっても、目視観察では月面で始原的な岩石を選別することは困難だったからです。そこで我々は、探査領域の地質把握とリモートセンシングデータとの接続を目的とした元素・鉱物組成把握のための「ガンマ線・中性子分光計」と「広域赤外分光カメラ」、詳細地質把握と試料の元素・鉱物組成、岩石組織観察のための「岩石研削装置」、「顕微赤外分光カメラ」、「レーザー誘起絶縁破壊発光分光計( Laserinducedbreakdown spectroscopy; LIBS)」、「ラマン分光計」、その場年代測定のためのLIBS-質量分析計による「カリウム‒アルゴン年代計測装置」の開発を進めています。それらの装置の無人ローバ探査や有人探査への搭載を目指しています(図2)。

これらの月面その場観測技術は、火星やその他の重力天体における表面探査においても主軸となることが期待されます。また、将来の月面利用に向けた水や金属などの資源探査に加え、長距離月面移動技術開発や建設技術開発のための地質・地盤調査にも活用可能です。さらに岩石研削装置やLIBSの要素技術は月面建材の製造技術とも高い親和性を有しています。月面有人基地の建設に向けては、段階的に月面環境に関する知見を深め、月面活動に必要な技術を着実に獲得していくことが必須です。月面その場観測探査及び、サンプルリターン探査はその第一歩に位置づけられると考えています。将来の月面活動に新規参入を計画している多様な分野の研究者や企業との協力関係の構築にも注力しており、こうした連携を通じて持続可能な月面探査の基盤を築くことを目指しています。

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図1:月の初期進化とSR探査が目指す科学。

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図2:無人ローバによる月面その場観測のイメージ。

【 ISASニュース 2024年12月号(No.525) 掲載】