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トルコの対インフレ政策──信頼性の不足

Turkey’s Disinflation Policy: Trust Deficit

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001212

2024年12月

(5,212字)

エルドアン政権のメフメト・シムシェク財務国庫相が2023年6月に「経済合理性への回帰」(「3選エルドアンのトルコ」IDEスクエア、2024年4月)を宣言してから1年半が経とうとする1。その最大の課題はインフレ抑制だったが、2024年10月時点でも年率(前年同期比)48.6%とインフレ低下のペースは遅く、中央銀行はインフレ予想の上方修正を再三余儀なくされた。インフレ抑制はなぜ長丁場となっているのか。本稿はこの問いに答える。

最大課題としてのインフレ

トルコにおける経済問題、特に物価上昇は、現在のトルコにおいて最重要の問題として認識されている(図1)。統計局が毎年実施している生活満足度世論調査でも、国の重要な問題は何かとの問いに対し、大統領制が導入された2017年にはテロリズムとの回答が4割と最も多かったが、過去3年は物価、貧困、失業という3項目からなる経済問題が全回答の半数を占めている。なかでも物価は直近の2023年には33.8%を占めている。 

図1 「国の最も重要な問題」(2017-23年)

図1 「国の最も重要な問題」(2017-23年)

(注)トルコ統計局が毎年実施している生活満足度調査の結果
(出所)トルコ統計局ウェブページのデータより筆者作成

高いインフレ率の下では所得格差が広がる2。トルコでもインフレが進行した過去3年間、所得格差は大きく拡大している(図2)。トルコの税制は消費税など間接税に大きく依存するため、インフレによる低所得者の負担を特に大きくしている。OECD諸国平均でみると税収に占める所得税の割合は23.6%、消費税は31.6%と2対3である3。これに対し、トルコでは所得税が11.4%、消費税が43.9%と、1対4である。財・サービス価格が上昇すれば消費者が支払う消費税額も同じ率で上昇する。その消費税額は本人の所得水準に左右されないため、低所得者ほどインフレの影響を受けることになる。

図2 インフレ率(左軸、%)と所得格差(右軸)(2006年-2023年)

図2 インフレ率(左軸、%)と所得格差(右軸)(2006年-2023年)

(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

過去3年のインフレ急進の原因は、エルドアン大統領による利下げ圧力と2023年5月の大統領国会同時選挙(「エルドアンの総力選挙」IDEスクエア、2023年6月)を前にした財政拡張だった。選挙後、シムシェク財務国庫相は2023年6月の「経済合理性への回帰」の宣言で、「持続可能な成長のために物価安定の確保が基本目標である」と述べている。またエルドアンを説得して中央銀行総裁と3名の副総裁を市場の信任を得やすい人物に代えさせたことも、対インフレ政策に期待を持たせた。

二桁インフレの慢性化

しかしインフレは消費者物価上昇率でみると2023年6月の38.2%から2024年5月の75.4%まで上昇し続けた。下降に向かったのは6月以降である(図3)。インフレが下降に向かったのは、政策金利が2024年3月に50%へ引上げられた効果が大きかったことが図3から読み取れる。9月以降は政策金利がインフレ率を若干上回る状態にある。逆に言えば、政策金利の引き上げが緩慢で政策金利の実質プラス化に1年以上を要したことがインフレの慢性化をもたらした。

図3 インフレ率と政策金利(2021年8月-2024年10月)(%)

図3 インフレ率と政策金利(2021年8月-2024年10月)(%)

(注)インフレ率は、消費者物価上昇率。政策金利は1週間レポ金利。
(出所)トルコ統計局ウェブページのデータより筆者作成

それでも中央銀行は2024年11月に発表した2024年第4四半期のインフレ報告で、予想インフレ率を2024年末については38%から44%へと6ポイント、2025年末について17%から21%へと4ポイント、2026年末については9%から12%へと3ポイントそれぞれ引き上げ、一桁台への移行が2027年以降になる見込みを示した4

実は中央銀行は2024年第1四半期のインフレ報告で年末の予想インフレ率を34%としていたが、第2四半期にそれを38%へ4ポイント引き上げている。すなわち1年のうちに予想インフレ率は10ポイントも引き上げられた。それが中央銀行の予想の甘さによるのか、低めの予想値を政府に強いられたのかは不明だが、いずれにせよ現実の値との辻褄を合わせざるを得なくなったといえる。

中央銀行は同報告で、年末予想インフレ率修正の理由として食料品価格と家賃の上昇を挙げている。特に家賃には2022年6月に(当時のインフレ率より遙かに低い)25%の改定上限率が設定されたが、それが2024年7月に解除されたことで家賃が急速に上昇した。ただし中央銀行は、より根本的にはインフレ低下を阻む大きな要因はインフレ予想の固定化であると述べている。その固定化の原因として経済専門家たちは2つの欠如を指摘している。インフレ統計の信頼性の欠如と財政政策支援の欠如である5

信頼されないインフレ統計

統計局が公表するインフレ統計への信頼性は2022年以降大きく低下した。統計局では2020年から22年までの間、インフレ統計値を低めに改ざんさせる圧力に抵抗して4人の長官が更迭された。その後2022年1月に就任した新長官のもとで、消費者物価指標作成のための財・サービス品目別価格表が2022年6月以降公表されなくなった。代わりに、より粗い分類を用いた財・サービス部類別指標が公表されることになったものの、品目別価格がわからなくなったため第三者による検証が不可能となった。

統計局の全国インフレ率は2022年以降、イスタンブル商工会議所が公表するイスタンブルのインフレ率よりも10ポイント程度低くなったが、その傾向は現在も続いている6(図4)。図5は、中央銀行が経済主体別ごとの12カ月後消費者物価上昇率予想の聞き取り調査結果である。2022年当初までは市場関係者と産業界の予想値はほぼ同じだった。しかしそれ以降、産業界は消費者の予想値に近づいた。

図4 インフレ統計の乖離(2018年1月-2024年10月)(%)

図4 インフレ統計の乖離(2018年1月-2024年10月)(%)

(注)トルコ統計局とイスタンブル商工会議所がそれぞれ公表した消費者物価上昇率
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

図5 12カ月後の予想インフレ率(%)

図5 12カ月後の予想インフレ率(%)

(注)経済主体別に行われた12カ月後消費者物価上昇率予想の聞き取り調査結果
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

市場関係者は、統計局のインフレ率を前提として金融取引を行っているのに対し、産業界は生産財を購入するため製品価格の実際のインフレ率を体感している。消費者は食料や家賃など価格上昇率がより高い項目のインフレ率から将来のインフレを予想している。これらの理由により、経済主体別の予想インフレ率が異なり、将来のインフレ予想も統計局のそれには簡単に近づかない。

マルマラ大学経済学部のブラク・アルゾヴァ教授によると、多くの企業は統計局のインフレ率を信頼できないため、現実により近いイスタンブル商工会議所のインフレ率を、またはより高いインフレ率を推計している経済学者たちの「インフレ調査グループ」(ENAG)のインフレ率と統計局のインフレ率の平均値を利用している。あるいは企業は自身の所在地、例えば同じイスタンブル県内であってもある特定の市における特定品目の物価上昇率を自ら計算し、それをもとに価格改定を行う。このようにインフレ水準の認識が国民全体で共有されず将来の予想インフレ率も高止まりしていると、同教授は指摘している7

財政支出拡大

中央銀行は上述のインフレ報告で、「ディスインフレ過程において、金融政策と財政政策の協調は極めて重要である」と述べ、「税制や管理・誘導価格の調整がインフレ率の予想される低下経路と整合的でない場合、インフレ圧力を生む可能性がある」と警告した。そして2025年初頭の公定価格・税課徴金の改定率と特別消費税額引き上げの決定において、「トルコ中央銀行のインフレ予想を考慮し、金融引き締め姿勢を慎重な財政政策で支援することは、予想されるディスインフレ経路を確立するうえで極めて重要である」と述べたうえで、「歳入増加ではなく歳出削減を優先することが、ディスインフレ過程を支援することになる」として歳出削減を進めるよう暗に求めた8

このような中央銀行の主張にもかかわらず、実際には歳出の削減は不十分である。2024年1月-8月の中央政府予算実績を前年同期と比べると、歳出が84.1%増と、2024年末予想インフレ率(45%)を大きく上回った(表1)。歳出増の最大の要因である人件費増(113%)は、公務員の給与増のみならず採用増を反映している。このようなインフレを大きく上回る歳出拡大は過去と比べても顕著である(図6)。

他方、歳入は75.2%増にとどまったうえ、その内訳をみると、税収(69.6%増)よりも寄付、援助、金利・課徴金などからなる税外収入(106.5%増)への依存を強めている。その結果、現政権の経済政策で最も信頼性が高かった財政収支も、利子支払いを除く中央政府財政収支(プライマリバランス)がマイナスに転じるなど悪化している(図7)。

表1 中央政府歳出実績(2024年1-8月)

表1 中央政府歳出実績(2024年1-8月)

(出所)T.C. Cumhurbaşkanlığı Strateji ve Bütçe Başkanlığı, “2024 Yıllık Ekonomik Rapor,” s. 36.

図6 インフレ率を上回る歳出増(2008年1月-2024年9月)(対前年同期変化、%)

図6 インフレ率を上回る歳出増(2008年1月-2024年9月)(対前年同期変化、%)

(注)インフレ率および国債費を除く歳出は、対前年同期変化を直近12カ月間移動平均値として
平準化した値。インフレ率は、消費者物価上昇率。
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

図7 利子支払いを除く中央政府財政収支(2006年第1四半期-2024年第2四半期) (対GDP%)

図7 利子支払いを除く中央政府財政収支(2006年第1四半期-2024年第2四半期) (対GDP%)

(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

確かに2023年2月に発生したトルコ南東部地震に伴う支出は発生しているが、それを差し引いても、歳出は拡大している。同地震の復興対策費として、GDP比7%の予算が総額で計上された。しかし2023年分の震災復興予算にはGDP比3.6%が計上されたが、そのうち1ポイント分しか年内に執行されなかった。未執行分は翌年以降に持ち越されたが、2024年も執行率見込みは3分の2程度にとどまっている9。国債費を除いた2023年中央政府歳出実績のGDP比は2022年から5ポイント上昇しているが、そのうち震災復興支出は0.7ポイントしか占めていない。すなわち震災とは無関係な歳出が1年間で4.3ポイントも拡大した。

さらに従来から問題視されているのが、官民パートナーシップ(PPP)によって多額の偶発債務が生じていることである。偶発債務とは現段階では発生していないが、将来に特定の条件を満たした場合に発生する債務のことをさす。そのなかでも毎年確実に発生している債務が、高速道路、架橋、大型病院を運営する建設運営業者に対する最低収入保証とその名目為替レートへの連動化(外貨建て換算)である。通行料金や患者医療費などにあらかじめ設定された水準の政府支払い保証を行い、さらに料金はトルコリラ建てであるにもかかわらずインフレ率による目減りを補填するために外貨建て換算をするのである。

2025年中央政府予算では道路庁の予算3495億リラの3割(946億リラ)、厚生省の予算1兆203億リラの1割(996億リラ)が政府保証支払いに充てられている。これら最低収入保証の額は2023年にはGDPの0.4%に相当すると推定される10。ただしPPPの情報開示は不充分である。それに該当する政府支出は省庁間で一様ではないため、その規模や構造が不透明で、歳出監視が難しい。

他方、官庁公用車の調達は、実際には予算額に占める割合は少ないものの浪費体質の象徴とされ世論の眼に触れやすかった。それでさえ、2025年中央政府予算では購入台数が3423台と、前年の3059台よりも1割増えている11。大統領府を始めとする官庁の歳出削減の欠如は、これまでインフレ率以下に低く抑え込まれていた最低賃金や年金の引き上げ要求の高まりに繋がっている。政府はこれらの2025年1月の年率改定を(過去のインフレ率よりも低い)予想インフレ率内に留めるとしているが、過去のインフレ実績を反映するように追い込まれつつある。

利下げへの動き

現在の対インフレ政策の唯一の碇(アンカー)は、政府公式インフレ率よりは高い水準(すなわち公式には実質プラス)の政策金利である12。しかし産業界の負担が大きいこともあり、中央銀行は金利引き下げの圧力には長くは抗しがたい。トルコの2001年経済危機後の対インフレ政策には、IMF主導の構造調整とEU正式加盟交渉という、信頼性を付与する2つの碇があったため、政策金利を一度は引き上げても早期に下げることができた。現在の唯一の碇である政策金利はそもそも、大統領の了解を得たのち徐々に上げられた。短期間に引き上げられていればより低い金利でインフレを下降させることができたはずである。

インフレの慢性化は政策金利引き下げが可能となる時期を遅らせた。しかし資金調達を借り入れに頼る中小企業を支持基盤とする政権は中央銀行に対して金利引き下げへの圧力を強めているとの見方が強まっている13。エルドアン大統領も11月7日に「金利とともにインフレも低下する……これがエコノミストとして学んだ知識だ」と発言、それまで封印してきた「エルドアン経済学」の理論に言及した14

図8 直接投資と間接投資(2016年第1四半期-2024年第3四半期)

図8 直接投資と間接投資(2016年第1四半期-2024年第3四半期)

(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

政策金利引き上げに伴い証券投資などの間接投資は急増したが、直接投資の流入増は起きておらず、資本収支は短期的資本移動に大きく左右される(図8)。証券投資流入の重要な部分を占めていたキャリー・トレード(日本円などの金利の低い通貨で資金を調達し、トルコリラのような金利の高い通貨で運用して利ザヤを稼ぐ取引手法)の外貨残高は、2023年5月大統領・国会選挙時のほぼゼロから2024年9月末に300億ドルに達した。

しかしその後減少に転じて11月中旬は240億ドルになり、60億ドルの流出を示した15。これは利下げ予想が市場に広がってきたことの反映とも捉えられる。インフレが充分下がらない状態で利下げが起きれば再び実質マイナス金利、トルコリラ下落、輸入インフレ上昇という悪循環を招く可能性がある。中央銀行が政治的圧力の下、どのような決定を下すか、12月26日および2025年1月23日の中央銀行政策決定会合の金利決定に注目が集まっている。

米国のブルッキングス研究所でトルコの金融財政政策について講演したシムシェク財務国庫相(右、2024年10月25日)

米国のブルッキングス研究所でトルコの金融財政政策について
講演したシムシェク財務国庫相(右、2024年10月25日)
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ主任研究員。博士(政治学)。最近の著作に、“From activism to resilience: the Turkish constitutional court in comparative perspective,” in P. Kubicek, Reflections on the Centenary of the Republic of Turkey. Taylor & Francis Limited, 2023、『エルドアンが変えたトルコ──長期政権の力学』作品社(2023年)、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)など。


  1. 財務相や経済担当副首相を歴任し、国際金融界の信頼が厚いシムシェクは、2023年大統領・国会同時選挙後の6月、財務国庫相に任命された。
  2. Linda Glawe and Helmut Wagner, “Inflation and inequality: new evidence from a dynamic panel threshold analysis,” International Economics and Economic Policy 21, no. 2, 2024; Andreas Sintos, “Does inflation worsen income inequality? A meta-analysis,” Economic Systems 47, no. 4, 2023.
  3. OECD, Revenue Statistics 2023, 2023.
  4. Türkiye Cumhuriyet Merkez Bankası, “Enflasyon Raporu 2024-IV,” 8 Kasım 2024.
  5. Selva Demiralp, “Enflasyonu düşürmenin maliyeti artıyor,” Dünya, 22 Kasım 2024; İrfan Hüseyin Yıldız, “Aralıkta faiz indirimi sinyali,” Cumhuriyet, 24 Kasım 2024.
  6. イスタンブル商工会議所のような公的職業組織は、法律により設置された市民社会組織の一つであり、半官半民の性格を持つ。
  7. Ekonomik Görünüm - Mevcut Parasal Sıkılaşmanın Sonuna Mı Gelindi?” BloombergHT, 26 Kasım 2024.
  8. Türkiye Cumhuriyet Merkez Bankasi, “Enflasyon Raporu 2024-IV,” 8 Kasım 2024, p. 61.
  9. International Monetary Fund, “Republic of Türkiye: 2024 Article Iv Consultation—Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for the Republic of Türkiye,” October 11, 2024, p. 8.
  10. International Monetary Fund, “Republic of Türkiye,” October 11, 2024, p. 10.
  11. Mustafa Çakır, “Kamudaki toplam araç yaklaşık 120 bin, toplanan araç sayısı ise sadece 1000: Tasarruf ‘sözde’ kaldı,” Cumhuriyet, 25 Kasım 2024.
  12. 実は中央銀行は現在に至るまで、トルコリラ為替相場下落を防ぐために非公表の為替介入(dirty float)を続けていた。中央銀行副総裁が2024年11月のロンドンでの外国投資家との会合で認めている(“TCMB Başkan Yardımcısı Akçay: Enflasyon yavaşladıkça dövize müdahale azalacak,” Ekonomim, 27 Kasım 2024)。実質金利がマイナスかつ二桁のインフレが続いていながら為替相場が安定している背後に為替介入があることが明らかになった。
  13. Erdal Sağlam, “Para politikasında gevşeme dönemine girdik10 Haber, 23 Kasım 2024.
  14. Erdoğan ‘faiz sebep enflasyon sonuç’ sözlerini tekrar hatırladı: ‘Bir ekonomist olarak öğrendiğim bilgi bu’,” Cumhuriyet, 8 Kasım 2024.
  15. Carry trade tarafında çıkışlar devam ediyor,” BloombergHT, 22 Kasım 2024.
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