長谷川閑史社長はベストの危機対応で武田薬品を救えるか

武田薬品は、予定されていたメディア懇親会を中止、午後6時から急きょ、長谷川閑史社長が出席する記者説明会(同社主催の記者会見)を開催した。

■圧巻だった長谷川社長主導の記者会見

武田薬品の高血圧治療薬ブロプレスの誇大広告の問題を報じた2月27日、28日のNHKニュースに関して、一昨日の3月3日、当ブログで【NHK報道で追い詰められた武田薬品】と題する記事を出したところ、当ブログの閲覧数、閲覧者数共に最高を記録したのを始め、BLOGOS、ハフィントンポストにも転載され、大きな反響を呼んだ。

同日、武田薬品は、予定されていたメディア懇親会を中止、午後6時から急きょ、長谷川閑史社長が出席する記者説明会(同社主催の記者会見)を開催した。

その模様は、東洋経済のネット記事【ノバルティスに続き、武田薬品でも不正が発覚 第三者機関による調査の結果が焦点に】などでも詳しく紹介されているが、武田薬品の対応は、以下の点で、重大な不祥事に直面した企業の危機対応として適切なものだったと評価できる。

会見の冒頭で、長谷川社長は、「臨床試験に対する一連の報道によって不安を抱いている患者、医薬関係者に早急に現時点で把握している情報を開示させていただくことが、何にもまして必要かつ誠実な対応だ。」と記者会見を開催した理由について述べた

長谷川社長、営業本部長など3人の会見者は、冒頭で、立ったまま頭を下げて謝罪し、途中では、広告に使ったグラフが、論文に掲載する前の学会発表に用いたものだったことを認めた上で、製薬業界の広告に関する自主ルールでは、論文から引用すべきとされているのに、学会発表のデータを使用した点、効果について他の薬と統計的に有意な差がないのに、差があるように誤解されるような表現があった点が不適切だったと認め、「深く反省し、お詫び申し上げます」と述べた。一方、臨床試験データの改ざんはないこと、研究チームへの奨学寄附金についても適切に拠出されていて利益相反上の問題はないことを強調した。

会見上では、会見者の背後に大きなスクリーンを用意し、そこに、広告宣伝に使用したグラフと論文のグラフを映し出して、大きな違いがないことを、映像的にわかりやすく説明した。そして、会見の中で第三者機関を設置して調査を行う方針を明らかにした。

会見の冒頭の長谷川社長の発言で、会社として、問題をどのように受け止め、どのように対応しようとしているのかを示したこと、記者からの質問に対しても、重要な点については社長自らが答えたこと、自社の主張を視覚的にわかりやすく表現したこと、第三者委員会の設置を迅速に決断し、会見で公表したことなど、いずれも危機対応としては極めて適切だったと言えよう。

■記者会見によって報道は沈静化

このような危機対応の結果、新聞各紙の朝刊記事やテレビニュースは、昨日の会見での武田薬品側の説明と謝罪の内容を、比較的小さく淡々と伝えており、今のところ、企業不祥事に対するバッシング報道につながる気配はない。

企業不祥事の記者会見に関しては、「立ち上がって深々と頭を下げる謝罪」が、新聞、テレビニュースなどで大きく取り上げられ、不祥事について企業側に弁解の余地がなく、問答無用の悪事であること」を印象づけ、問題が単純化されることにつながる場合が多いが、今回の武田薬品の会見については、冒頭の会見者が頭を下げているシーンを取り上げている新聞、テレビは殆どない。

高血圧治療薬ブロプレスの誇大広告の問題に関するマスコミの追及が、このような程度にとどまり、批判・非難が高まっていないのは、NHKニュースによる報道などを受けて、迅速な対応が決定され、長谷川社長中心に行われた記者会見で、会社側の主張が、マスコミ側に十分に理解されたことよるところが大きいものと考えられる。

もし、会見を、担当役員以下に委ねていたら、論文データや、学会データ、広告宣伝の内容について、記者から厳しい追及を受け、誇大広告の疑いについて、弁解の余地のない状態に追い込まれていた可能性もある。

拙著【企業はなぜ危機対応に失敗するのか 相次ぐ「巨大不祥事」の核心】(2013年毎日新聞社)で取り上げている、昨年後半に表面化した、カネボウ化粧品、みずほ銀行、阪急阪神ホテルズの不祥事では、いずれも、企業が危機対応に失敗し、不祥事の中身について重大な誤解を招いたがゆえに、もともと重大な不祥事ではないのに「巨大不祥事」化していった。これとは対照的な今回の武田薬品の対応は、危機対応におけるディフェンスのフォーメーションの在り方として、多くの企業において参考にすべきであろう。

■「誇大広告疑惑」は解消されたか

しかし、危機対応がいくら適切に行われたからと言って、決して、前回のブログで「史上最大の企業不祥事」と表現した総売上1兆4000億円の高血圧治療薬をめぐる今回の問題の疑惑が晴れたわけではない。

武田薬品は、追跡期間42か月以降、ブロプレスがCa拮抗薬・アムロジピンに比べ、良好な心血管イベント抑制効果を示しているように見えることを強調。"クロス"という言葉を用い、長期投与による同剤の有効性を訴求してきた。この点について同社の医薬営業本部長の岩崎真人氏は、「統計学的に有意差はないものを交差するという言葉を使ったが、これは誤解を与える可能性のあった内容であったと反省している」と謝罪した。実際には、カルシウム拮抗薬とブロプレスは、心疾患に対する抑制度は変わらないのにもかかわらず、長期に渡って投与すればブロプレスのほうが優位だと思わせていることになる。つまり、ブロプレスを長期投与すると他の薬剤より心疾患を抑えることが期待できるという誤解を生むことから、多数の種類が製造されている高血圧治療薬の中で医師が薬を選択する際、大きな誘引材料となることは間違いない。武田薬品の記者会見は、この点について「プロモーションコード(業界団体の規約)違反」という表現を用い、業界内の規約の違反にすぎないかのように印象づけているが、薬事法に違反する誇大広告に当たらないことの説明にはなっていない。

また、広告宣伝に、「論文のデータ」ではなく、「学会発表のデータ」を使用したことが業界団体の規約違反だったと説明しているが、その会社側に有利な「学会発表のデータ」というのは、どのようにして作られたのか、という点に重大な問題がある。2月28日のNHKニュースで、研究チームの代表者の猿田氏が、「広告の記事内容は誤りで、事前にチェックすべきだった」とコメントしたとされているが、「学会発表のデータ」であれば代表者の猿田氏が把握していないはずはなく、「記事内容は誤り」ということにはならないはずだ。記者会見では、このデータの作成は研究チーム側が行ったもので武田薬品は関与していないかのように説明しているが、上記の猿田氏のコメントとは矛盾する。

■「誇大広告」刑事告発は回避できるのか

一昨日のブログでも書いたように、厚労省が、既に、ブロプレスと同じARB高血圧治療薬であるノバルティスファーマ社のディオバンの問題に関して、誇大広告の薬事法違反で刑事告発を行っている以上、ブロプレスの問題に関しても、違反が成立する限り、刑事事件としての立件が問題とならざるを得ない。記者会見によって当面の危機は回避しように見える武田薬品だが、高血圧治療薬ブロプレスの誇大広告問題による危機を脱したと言えるだろうか。

記者会見で、武田薬品側は、「第三者委員会の調査を待ちたい」としながらも、現時点では、今回の問題は誇大広告には該当しないと判断している旨答えた。

その理由について、担当部長は、「提供している情報は効能内の情報を超えたものではない。効能外の利用を促進するためではない。」と説明し、長谷川社長が、それに補充して、「臨床試験の結論は有意差がないということであり、グラフでも専門家がみれば誰でも分かるような形で表記されている。(広告の記述が)その内容と異なるのは不適切であったが、我々は誇大広告とは判断していない」と述べた。

しかし、グラフ自体は「有意差がない」という内容になっているとしても、広告の文言でそれとは異なった説明をしていれば、「誇大な記事の広告」に当たることは明らかであり、長谷川社長が述べている点は誇大広告を否定する理由にはならない。

また、「有意差がないものを有意差があるかのようにゴールデンクロスと表現したことが誇大広告に当たるのではないか?」との記者の質問に対して、担当部長は「(他の薬)と比較してどちらが長期に使ったらいいかを示唆したもので、ブロプレスの薬効そのものには関係ないので薬事法には抵触していない。」と述べた。

この説明は、「厚労省で承認されている高血圧治療薬の効能に関して広告をしたものであり、(ノバルティスファーマ社のディオバンの問題のように、)その効能とは別の他の症状に対する効能を広告したものではない」「他の薬との比較を述べただけで、薬の効能そのものに問題ないのだから誇大広告には当たらない」という趣旨であろう。

しかし、薬事法66条の誇大広告の禁止規定は、「何人も、医薬品...(中略)...の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。」と定めているのであり、「承認された効能の範囲か否か」で区別していない。また、「比較広告」が典型的な広告の手法であることは常識であり、「効能自体に問題はないから誇大広告には当たらない」という理屈は通らないのである。

一昨日のブログ記事【NHK報道で追い詰められた武田薬品】でも述べたように、武田薬品が行った広告が、誇大広告を禁止する薬事法の規定に違反するものであることは否定できない。ディオバンの問題に関しては、データ改ざんという不正が行われたのは、Jikei Heart Studyなどの大学での臨床試験であり、それがノバルティスファーマ社の広告宣伝に活用された経緯や、社内での意思決定のプロセスは明らかになっていない。にもかかわらず、厚労省は、同社を「被疑者不詳」のまま薬事法違反で刑事告発した。

武田薬品の問題は、同社が、記者会見で強調したように、臨床試験の「データ改ざん」が行われたのではなく、そのデータを活用した広告宣伝に「虚偽又は誇大な記事」があったというものであり、まさに典型的な誇大広告の薬事法違反なのである。

同ブログ記事でも述べたように、今回の武田薬品のブロプレスの問題に関して、薬事法の誇大広告の禁止違反の罰則が適用されるかどうか、最大の問題は公訴時効である。時効期間の最近3年以内まで広告宣伝行為が行われていなければ、時効完成ということになる。この点に関して、武田薬品側は、会見で、「宣伝は、明日以降は速やかに解消する」と述べ、問題のパンフレットを用いた宣伝が、会見の直前まで行われていたことを認めた。

こうなると、厚労省としても、武田薬品の刑事告発を回避することはほとんど不可能になったと見ざるを得ないであろう。

■「真の医薬品コンプライアンス」の観点からの検証・総括を

今後、注目されるのは、設置の方針が明らかにされた第三者機関(第三者委員会)が、どのようなメンバーで、どのような位置づけ、役割を与えられて設置されるのか、どの程度、独立性、中立性が確保されるのかである。前に述べた2013年3大不祥事では、いずれの企業も第三者委員会を適切に活用できなかったことによって事態は一層深刻化した。とりわけ、みずほ銀行問題では、名目だけの「第三者」委員会が設置され、当たり障りのない銀行側の言い分をなぞっただけの報告書公表にとどまったことが、同銀行に対する誤解を一層拡大させ、金融業界全体を巻き込んだ「巨大不祥事」にまで発展した(【企業はなぜ危機対応に失敗するのか】2013年毎日新聞社)。

記者会見で武田薬品側は、「誇大広告に当たるか否かは第三者委員会の調査を待ちたい。」と述べたが、上記のように、誇大広告の成立については、現時点においても、否定する余地はほとんどない。

重要なのは、武田薬品が、「法令遵守」ではなく「社会の要請に応えること」という意味のコンプライアンスの観点から、今回の問題を検証することである。高血圧治療薬に対する「社会の要請」は、「血圧を下げる」という第一次的な効能ばかりではなく、それによって実質的に脳疾患、心疾患などの疾病を予防することである。そのような観点から、総売上が1兆4000億円に上る高血圧治療薬ブロプレスについて、他の薬より心疾患を予防できるかのような表現を使って行ってきた営業、広告宣伝といった事業活動が、「高血圧治療薬に対する社会の要請」という面から、どのような問題があったのか、何を反省すべきなのかについて、独立性・中立性を確保した第三者委員会の調査・検討によって明らかにされるべきである。それができれば、むしろ、医薬品最大手の武田薬品に対する信頼が一層高まることにつながるであろう。(【第三者委員会は企業を変えられるか】2012年毎日新聞社)

さらに、武田薬品の対応が、医薬品メーカーに対する社会的責任を十分に果たしたものと評価されれば、今回の問題について、形式的に誇大広告の薬事法違反が成立しても、実質的には罰則適用の必要がないとの判断がなされることも可能となる。それは、ディオバンのデータ改ざんに関する元社員の関与等の疑惑について、記者会見を開くこともなく、十分な説明責任も果たさず、厳しい社会的批判を浴びたノバルティスファーマ社との関係で、刑事告発について異なった取扱いをすることの合理的な理由にもなり得るからである。

長谷川社長を中心に行われた危機対応は、問題が表面化した現段階で、マスコミ報道による社会的批判・非難の拡大を防止することに関してはベストの結果をもたらした。

それが、その後、第三者委員会の設置によって、事案の真相究明と原因究明が行われ、問題の本質が明らかにされ、医薬品最大手としての信頼回復が果されることにつながるのかどうか、長谷川社長のリーダーシップ、危機対応の真価が問われるのはこれからである。

(2014年3月5日「郷原信郎が斬る」より転載)

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