こんばんは、はるです。新橋の猫好きなおっちゃんたちが集まってくる「家庭料理てまり」で店番してます

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猫が店番をしている居酒屋です

こんばんは。わたしの名ははるといいます。名付け親はマスターです。

新橋の烏森神社横にある居酒屋「家庭料理てまり」で店番をしています。

よくお客さんに「きみに会うといつでも春の陽気を感じるんだ」と言われます。

わたしにそんな力があるなんて知りませんでしたが、よくそう言われるので本当なのでしょう。そんなとき、わたしの頭に浮かぶのは「てまり」の皆さんの、はにかむような笑顔です。

わたしたち四兄弟を、ここまで立派に育ててくれたのですから。

 

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▲おくらひとしお(600円)

 

わたしが店番をしているのは、客商売が好きだからではありません。もし接客が好きかと尋ねられたら、モフッとした首を横に振るでしょう。

夜の新橋を右往左往する大人たちは、店のネオンや軒先のメニューをチェックするのに忙しくて、わたしたち猫など目に入らぬ様子。

ならばこちらも用はないと気配を消すのみですが、ときたま、ほんとうにたまにですが、わたしの後をついてくる人間がいます。そんな人間には親切に「てまり」の存在を教えてあげることもあります。

 

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▲猫「あら。初めて見る顔ね。ゆっくりしていらっしゃい」 

 

ほら、今夜もわたしの愛らしい後姿にフラフラと付いてくる一行が現れましたよ。

さっそく「てまり」に案内することにしましょう。

  

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「おかみさん、お客さん4名ね」

「あら、いらっしゃい」

 

新橋の地に開店して39å¹´ 

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â–² çŒ«ã€Œãã‚ŒãŠã‚‚ちゃ? 遊ぼうよ!」

 

開店時間を30分も過ぎると、カウンター席と奥の小あがり席はびっしりと人間で埋められます。満席っていうやつです。てまりは人気店なのです。

満席で身動きの取れない人間たちと違い、わたしたち猫はするりするりと好きな場所へ自由に移動できます。さきほど店に案内した小あがりの4人ですが、わたしやほかの猫が膝の上を歩いてみただけで「来てくれた」「最高」「かわいい」と大喜びの様子。

通路のかわりにしただけなのですが、こんなに喜んでもらえると店番として悪い気はしません。しばらくの間ここに居てあげましょう。

 

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▲猫「ちょっとだけ撫でさせてやってもよいぞ」 

 

「てまり」は1980年に開店してから今年で39年を迎える由緒ある老舗居酒屋です。

人気の理由は、旬の食材を使った日替わりの大皿料理にあります。

おかみさんが毎日5時間くらいかけて8~10皿ほど作ります。色合い豊かな大皿料理の数々がカウンターに並ぶ様は、圧巻といえるでしょう。開店してからは、おかみさんは注文を取ったりお酒を作ったりと主に接客担当です。

 

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▲猫と人が自然に同席している。お互いに干渉せず、ただ寄り添うだけ

 

一方マスターは、大皿料理を盛り付けたり温めなおしたり厨房担当です。社交的なおかみさんと寡黙なマスターは、親子ですがまったく違うタイプのように見えます。

ですが、わたしたち猫はふたりとも大好きです。順位などつけようがありません。

なぜならふたりとも、心の芯から優しい親子だからです。

 

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猫は言葉を話せないかわりに心を読み取り会話をします。

猫にはおべっかも付け届けも通じません。わたしたちの前で取り繕う必要もありません。すべてお見通しですから。

 

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▲本日のメニュー。旬の味を生かした料理を日替わりで味わえます

 

「てまり」には、ありのままでいらしてください。心と心の触れ合い。それがわたしたち猫との交流の醍醐味といえるでしょう。

もし過去に猫に好かれたことがおありなら、あなたにはどこか素敵なところがあるということです。

 

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▲ウインナー炒め(600円)

 

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▲玉子やき(600円)

 

2日でいなくなった母

前に話したとおり、わたしは四兄弟です。きくさん、与茶郎さん、トラチ、そしてわたし、はるです。わたしたちのお母さんはわたしたちが産まれた2日後に、新橋の街へと消えました。わたしたちをマスターに託して。

当時てまりには既に12匹の猫がいました。

 

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そこに自分でミルクも飲めない産まれたての子猫が4匹も仲間入りしたのです。

ただでさえ忙しいマスターとおかみさんです。仔猫の世話は壮絶を極めたのではないでしょうか。

ところが、奇跡が起きたのです。

 

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▲猫「あなたとは気が合うみたい。さあ飲みましょ」 

 

静かに見守っていたカウンター席の常連さんが、ひとり、またひとりと手を貸してくれたのです。連日のように店を訪ねてはわたしたちの成長を喜び合っていたといいます。マスターを中心とする見事な育児(猫)のチームワークが誕生したのでした。

これには感動したものだよ、と先住猫のチマくんがこっそり教えてくれました。

 

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マスターとおかみさん、お客のおっちゃんおねえさん、てまりに集まるたくさんの人たちに囲まれながら、わたしは十分な愛情を注がれて成長しました。

親猫のことを知らないので本当のことはわかりませんが、その愛情は親以上のものだとも思ったりしています。

 

お互いの存在を尊重しながら寛ぐ

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▲生まれてから数日後の写真。お客さん皆で成長を見守った。 

 

さてさきほどの4人ですが、あろうことか隣のテーブルの女性客に声をかけているではありませんか。

「てまり」は上品な店です。ナンパのような下品な行為は辞めてほしいと思い近くに行ってみると、お互いの携帯電話を見せ合い、やれ「このハチワレはたまらない」とか、やれ「そちらこそ美猫だ」とか褒め合っているだけでした。

どうやらお客さんの飼い猫さんの写真のようです。

 

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▲お食事中のところをパチリ

 

猫たちが彼らの傍らでのびのびと寛いでいます。

どうやら彼らは猫たちに認められたみたいですね。

猫も人間も、好きなように寛ぐ。

お互いに邪魔しないのがこの店のルールなのです。15匹の猫がリラックスできるのは、「てまり」に集まる人間のおかげともいえるでしょう。

 

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▲揚げ茄子ポンズ(600円)

 

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▲トマト(600円)

 

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▲猫「おかみさんの料理、おいしかったでしょ」 

 

「てまり」で飲んでいると「はたして自分は人間なのか猫なのか」わからなくなってしまうことがあると聞きます。

「今、自分は猫になってしまっているかも……」

その瞬間の楽しさといったら! あなたにもこの感覚をぜひ味わってみてほしいのです。

 

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……もしそうなってしまってから、人間に戻れるかは不明ですし、責任は取れません。

でも、それはそれでいいんじゃないでしょうか。

 

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では、ご来店を心待ちにしております。

「てまり」店番・はるからは以上です。

 

写真:工藤真衣子

 

お店情報

てまり家庭料理

住所:東京都港区新橋2-9-11
電話番号:03-3592-2280
営業時間:月曜日〜土曜日18:00~23:00
定休日:日曜日

www.hotpepper.jp

 

書いた人:逸見チエコ

逸見チエコ

ライター、イラストレーター、まんが家、猫カメラマン、ボサノヴァシンガー。主な著書に『猫カフェめぐり~あの猫に会いにでかけよう~』(エンターブレイン)『まちの看板ねこ』(宝島社)などがある。横幅の広い顔の猫が好き。

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